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香水は高級品でございます
香水は高級品でございます③
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「うぅ……。申し訳ありませんが、裾が長い方がいいです」
純白のドレスの裾と、ブーツの間から露出する生脚が気になって仕方がない。
長い修道院生活の中で、こんなにみっともなく脚を曝け出す女性を見たことなんかなかった。侯爵家でだってそうだ。
泣きたい気持ちで必死に変更を訴える。
「生憎、ステラ様の体型に合っているドレスはそれだけなのですわ。長めの方がお好みでしたら、他のドレスはその様に仕立てますが」
「そうして下さい!!」
今着ているドレスは、取り敢えず包んでもらって、ウィローから借りたドレスを着て侯爵の元に戻ればいいだろう。
そう考えたのだが……。
「ステラ様が着ていらっしゃったドドメ色のドレスは侯爵様にお渡ししておきました! 今の姿のままお帰り下さいね!」
年若いお針子がにこやかにステラの希望を打ち砕く。
何という事だ。この浮ついた姿をジョシュアに見られてしまう。
「さぁさ、ステラ様。侯爵がお待ちかねですわ。店内に戻りましょう」
「やだやだ! 嫌です!」
篭城の構えをみせたいステラは、しかし圧倒的に力が足りていない。
自分より一回りも身体の大きな女性達に腕を引かれ、背中を押され、つんのめるように試着室を出てしまった。
「侯爵様! ステラ様のご用意が出来ましたわ!」
「漸く終わっ____」
こちらに背を向けていたジョシュアが振り返り、目を丸くした。
(驚いてる! さっきより酷い服装で出てきたから呆れたのかも! 恥ずかしい)
彼の視線に耐えかね、トルソーの影に隠れる。ジロジロと見ないでほしい。
そんなステラに、ジョシュアはツカツカと近寄ってきて、手を引く。
「もっと良く見せてよ」
「……みっともないから見られたくないです」
「何言ってんの。すっごく可愛いよ!!」
「!!?」
ストレートに褒められたステラの頬は、リンゴの様に真っ赤に染まった。
修道院で暮らした十五年間、着飾る事は悪とみなされてきた。
『清貧』、『貞淑』、『服従』。
この三つの誓願を守る必要があったからだ。
そういう状況下で育てられたので、ステラは『可愛くなりたい』という思考を封じられてきたといえる。
可愛いという言葉はそもそもどういう意味なのかと、パニック気味の頭でグルグル考えるが、個人の感覚に依存するだろうから、明瞭な答えなんて出てこない。
自分の感覚では、ゴテゴテと装飾されたドレスを着た姿はみっともないはずなのに、ジョシュアは目を逸らさない。
可愛い……のだろうか?
「野暮ったい修道服なんかじゃ、君の魅力は引き出せないよ。……オレの為にいつも可愛いステラでいて」
ステラの頬を包むのは、革の手袋をはめた大きな手。
いつの間にかやたらと近い位置に、整った顔が迫っていて、驚いて押し返す。
「何で鼻をくっつけようとするんですか!? 非常識です!」
「鼻じゃなくて唇!」
「非常識です!!」
ジョシュアは、不貞腐れた様な表情をしてみせた後、オーナーの方へと向かって行った。
(今の何!? あの口を私のどこにくっ付けるつもりで……。こわい……)
少し気を許しかけていた矢先にこれだ。
この少年への警戒は継続した方がいいだろう。
「__ステラ様の残り九着のドレスの案はこちらですわ」
「ふーん。このドレス、グレーじゃなくてクリーム色にして。それからスカートの裾は全部四十センチずつ上げといて」
耳を疑う。折角裾を長くしてもらったのに、何故台無しにしてしまうのか。
「勝手に変更すんなです! この変態!!」
ステラは腹が立ちすぎて、ジョシュアの真っ直ぐな背中をバシバシと叩いたのだった。
◇◇◇
数日後、クリーム色のピナフォアドレスに身を包んだステラは、フレディ卿の使いの者に、青いリボンを巻いた香水の瓶と領収書を差し出す。
「これをお納め下さい」
「確かに受け取りました。フレディ卿は満足なさるでしょう」
恭しくお辞儀した男性はマーガレットに連れられ、退室して行った。
ウィローの作戦は首尾よくいっている様で、一週間も経たずに、ステラの元に一回目の貢ぎ物の注文が入った。
彼女がおねだりした品が協力者の手で売られているだなんて、フレディは思いもしないだろう。
領収書の片割れを無くしてしまわない様に、茶封筒の中に仕舞い込む。
「ウィローは順調みたいだな」
窓の下で日向ぼっこしているアジ・ダハーカは、その尻尾でユルリと床を叩く。
「ウィローさんの演技を見ましたが、全くの別人になりすませてましたよ。このまま上手くいくんじゃないですかね!」
「うむ。アレは器用な娘よの。……そういえばお主、急に服装が変わったな」
「えーと、まぁ……そうですね」
仕立屋は、侯爵家の注文を優先してくれた様で、店舗へと行った二日後には全てのドレスを届けてくれた。
ドレスはジョシュアの希望を聞き入れたせいで全て裾が短く、着れたものではなかったので、修道服を着続けようとしたのだが……。
何故かその日から修道服が洗濯から返ってこない。
理由を聞いても、乾かないと言われるばかり。
快晴が続いているのに、流石に三日間も乾かないなんて事があるはずもなく、誰かさんの仕業なのは明白だ。
この豪華な邸宅の中を部屋着で彷徨くわけにもいかず、ステラは仕方なしに、買ってもらったドレスを着ているのである。
ピナフォアドレス__別名エプロンドレスを着た自分の姿は、余計に年齢が若く見え、残念極まりない。
純白のドレスの裾と、ブーツの間から露出する生脚が気になって仕方がない。
長い修道院生活の中で、こんなにみっともなく脚を曝け出す女性を見たことなんかなかった。侯爵家でだってそうだ。
泣きたい気持ちで必死に変更を訴える。
「生憎、ステラ様の体型に合っているドレスはそれだけなのですわ。長めの方がお好みでしたら、他のドレスはその様に仕立てますが」
「そうして下さい!!」
今着ているドレスは、取り敢えず包んでもらって、ウィローから借りたドレスを着て侯爵の元に戻ればいいだろう。
そう考えたのだが……。
「ステラ様が着ていらっしゃったドドメ色のドレスは侯爵様にお渡ししておきました! 今の姿のままお帰り下さいね!」
年若いお針子がにこやかにステラの希望を打ち砕く。
何という事だ。この浮ついた姿をジョシュアに見られてしまう。
「さぁさ、ステラ様。侯爵がお待ちかねですわ。店内に戻りましょう」
「やだやだ! 嫌です!」
篭城の構えをみせたいステラは、しかし圧倒的に力が足りていない。
自分より一回りも身体の大きな女性達に腕を引かれ、背中を押され、つんのめるように試着室を出てしまった。
「侯爵様! ステラ様のご用意が出来ましたわ!」
「漸く終わっ____」
こちらに背を向けていたジョシュアが振り返り、目を丸くした。
(驚いてる! さっきより酷い服装で出てきたから呆れたのかも! 恥ずかしい)
彼の視線に耐えかね、トルソーの影に隠れる。ジロジロと見ないでほしい。
そんなステラに、ジョシュアはツカツカと近寄ってきて、手を引く。
「もっと良く見せてよ」
「……みっともないから見られたくないです」
「何言ってんの。すっごく可愛いよ!!」
「!!?」
ストレートに褒められたステラの頬は、リンゴの様に真っ赤に染まった。
修道院で暮らした十五年間、着飾る事は悪とみなされてきた。
『清貧』、『貞淑』、『服従』。
この三つの誓願を守る必要があったからだ。
そういう状況下で育てられたので、ステラは『可愛くなりたい』という思考を封じられてきたといえる。
可愛いという言葉はそもそもどういう意味なのかと、パニック気味の頭でグルグル考えるが、個人の感覚に依存するだろうから、明瞭な答えなんて出てこない。
自分の感覚では、ゴテゴテと装飾されたドレスを着た姿はみっともないはずなのに、ジョシュアは目を逸らさない。
可愛い……のだろうか?
「野暮ったい修道服なんかじゃ、君の魅力は引き出せないよ。……オレの為にいつも可愛いステラでいて」
ステラの頬を包むのは、革の手袋をはめた大きな手。
いつの間にかやたらと近い位置に、整った顔が迫っていて、驚いて押し返す。
「何で鼻をくっつけようとするんですか!? 非常識です!」
「鼻じゃなくて唇!」
「非常識です!!」
ジョシュアは、不貞腐れた様な表情をしてみせた後、オーナーの方へと向かって行った。
(今の何!? あの口を私のどこにくっ付けるつもりで……。こわい……)
少し気を許しかけていた矢先にこれだ。
この少年への警戒は継続した方がいいだろう。
「__ステラ様の残り九着のドレスの案はこちらですわ」
「ふーん。このドレス、グレーじゃなくてクリーム色にして。それからスカートの裾は全部四十センチずつ上げといて」
耳を疑う。折角裾を長くしてもらったのに、何故台無しにしてしまうのか。
「勝手に変更すんなです! この変態!!」
ステラは腹が立ちすぎて、ジョシュアの真っ直ぐな背中をバシバシと叩いたのだった。
◇◇◇
数日後、クリーム色のピナフォアドレスに身を包んだステラは、フレディ卿の使いの者に、青いリボンを巻いた香水の瓶と領収書を差し出す。
「これをお納め下さい」
「確かに受け取りました。フレディ卿は満足なさるでしょう」
恭しくお辞儀した男性はマーガレットに連れられ、退室して行った。
ウィローの作戦は首尾よくいっている様で、一週間も経たずに、ステラの元に一回目の貢ぎ物の注文が入った。
彼女がおねだりした品が協力者の手で売られているだなんて、フレディは思いもしないだろう。
領収書の片割れを無くしてしまわない様に、茶封筒の中に仕舞い込む。
「ウィローは順調みたいだな」
窓の下で日向ぼっこしているアジ・ダハーカは、その尻尾でユルリと床を叩く。
「ウィローさんの演技を見ましたが、全くの別人になりすませてましたよ。このまま上手くいくんじゃないですかね!」
「うむ。アレは器用な娘よの。……そういえばお主、急に服装が変わったな」
「えーと、まぁ……そうですね」
仕立屋は、侯爵家の注文を優先してくれた様で、店舗へと行った二日後には全てのドレスを届けてくれた。
ドレスはジョシュアの希望を聞き入れたせいで全て裾が短く、着れたものではなかったので、修道服を着続けようとしたのだが……。
何故かその日から修道服が洗濯から返ってこない。
理由を聞いても、乾かないと言われるばかり。
快晴が続いているのに、流石に三日間も乾かないなんて事があるはずもなく、誰かさんの仕業なのは明白だ。
この豪華な邸宅の中を部屋着で彷徨くわけにもいかず、ステラは仕方なしに、買ってもらったドレスを着ているのである。
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