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香水は高級品でございます

香水は高級品でございます②

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「何でここに居るんですか!?」

「ここで商談の相手と待ち合わせしてたんだよ」

「離して下さい! ウィローさんを一人だけ残してはおけません!!」

「一緒に居たのは、やっぱりカントス家のウィロー嬢か。ポピー様が変身した姿も見た事があるけど……、君の香水の効果は恐ろしいな」

 ジョシュアはステラを荷物の様に抱えたまま、社交クラブの廊下をズンズンと進む。
 体勢が凄いことにになっているせいで、周囲を殆ど確認出来ないが、他人と通り過ぎる時に、動揺する様な声が聞こえてくるので、悪目立ちしているのはたしかだろう。
 恥ずかしすぎて、顔が暑くなる。

 ジタバタと暴れても何の意味もなさず、外にまで連れて来られて、馬車の客車につめこまれた。
 ステラは、自分を二度誘拐した犯人の顔を睨みつける。

「邪魔しないでください! フレディさんの件は説明したじゃないですか!」

「ウィロー嬢が危険な目に合うのは、どうでもいいけど、君までこんな変態共の巣窟に来ると聞いていたら、賛成なんてしなかった!」

「急に決まったんです! ……とにかく、ウィローさん一人は危険なので、戻りたいです!」

 客車の床にペタンと座り、出口を塞ぐジョシュアを上目遣いで見上げると、彼は眉根をグッと寄せ、後方を振り返った。
 車外でオロオロとしていた従者が、シャキンと姿勢を正す。

「フレディ卿と共に居る黄色いドレスの女を、身元がバレない様に配慮しながら、カントス伯爵家まで送り届けといて」

「黄色のドレスの方ですね。了解致しました!」

 従者は返事をしてから、社交クラブの入り口へと駆けていく。

(従者さんの目があれば、ウィローさんは最悪な事にはならずに済むのかな……? でも……)

 作戦に最後までつき合えなかった事に後ろめたさを感じる。
 俯くステラを他所に、ジョシュアの命を受けた馬車は動き出してしまった。

 床に座ったままジッとするステラに、ジョシュアは盛大なため息をついた。

「そんな所に座ってないで、ちゃんと座席に腰を下ろしてよ。ペットじゃないんだから」

 彼の声には怒りが篭っている。
 こんな風に苛立ちを露わにされるのは初めてなので、怖くて彼の方を見たくない。首が回る限り捻り、明後日の方を向く。

「君に話しかけていた中年の男、幼女趣味で有名な奴だよ。君みたいに抜けた感じの子は特に好んでるだろうね」

「幼女じゃないって何度言えば分かるんですか?」

「だったら、もっとちゃんとした格好で出歩きなよ。これからは侯爵家の広告塔になってもらうんだから」

「う……」

 痛い所を突かれ、声を詰まらせる。
 ステラはウィローのドレスをブカブカなまま着ている。こんな服装の女をまともだと思う人はいないだろう。
 とはいっても、今持っている服は、修道服や以前買ってもらった簡素な部屋着くらいだし、まともな服の調達法すら知らない。
 自力でどう見た目を整えるのか分からず、悔しくて、唇を噛み締める。
 ジョシュアが仕立ての良さそうな服装なので、余計に惨めな気分だ。

「正直、君がウィロー嬢に服装面で負けているのを見て、気分が悪かった。しかも、侍女の真似事までしているし」

「そんな勝手な事言われても……。私はウィローさんと張り合うつもりなんか一切ないのに」

「君はその気がなくても、オレにはあるんだよ! 誰が見ても可愛くしてやる!」

「む……?」

 ジョシュアの考えがおかしな方向に向かっているのに、漸く気がつく。
 ステラの行動に怒っているのかと思っていたのに、そればかりでもないらしい。
 金持ちの思考は良くわからない……。

 気まずい空気のまま馬車に揺られ、連れて来られたのは、煌びやかな外装の仕立て屋だった。
 店内に居た中年の女性は、ステラ達二人を見比べ、目を丸くしている。

「この子にピナフォアドレスとデイドレスを五着づつと、女性の目から必要そうなものを一通り揃えてあげて。とにかく、見た目を良くしてよ」

「ま、まぁ……。畏まりましたわ。ではお嬢様、こちらへどうぞ」

「そんなにたくさんは必要無いような……」

「男性の好意には素直に甘えるものですわ!」

「好意っていうか、見栄じゃ?」

 ジョシュアと引き剥がされ、ステラは仕立て屋の奥に設けられた、広い試着室へと連行された。
 次々と部屋にやってきた針子達は、飢えた肉食獣の様にステラを取り囲み、採寸し、色彩豊かな布を身体に当てる。

「髪の色が珍しいピンクブロンドで、瞳が空色。今着ていらっしゃる暗い色で全体の印象を引き締めるのも間違いではありませんが、まだお若いのだし、フワッとした雰囲気にしてもいいでしょう」

「そうですわね。これから暑い季節になりますし」

「でしたら、ちょうど店内に展示しているホワイトのデイドレスはどうですか? 子供用なので、直しが殆ど要らないでしょう」

「そうね。侯爵様のご様子だと、すぐにでも服装を整えてほしそうだったし」

 周りでけたたましく話し合う女性達を他所に、ステラの思考は全く別の事を考えている。

(ウィローさん今どうしてるだろ……。変な事になってないといいな。あ! 従者さんに香水を持って行ってもらうべきだった!)

 後悔しても、こんな所まで連れて来られてしまってはどうにもならない。
 今のステラに出来るのは、彼女の“顔見せ”が無事に終わるのを祈るだけだ。

 着せ替えはかなり時間がかかり、ドレスだけでなく下着や靴下といった、細々した物まで見繕ってもらった。
 先程女性達が話していたドレスは、ステラの身体に合わせて手早くサイズを直され、着せられている。

 髪の毛までキッチリとセットされた後、姿見の前に立たされ、叫び声を上げそうになった。

 修道女にあるまじき、“浮ついた格好”だったのだ。
 薄手の生地は純白で、膝丈のスカートはフリルが何段にも重なっていて、ペチコートで膨らませている。
 上半身も酷いもので、レースやリボンがゴテゴテ。
 頭に乗せられたレースの装飾品のお陰で、頭の中に脳味噌が入っているとは誰も思わなそうである。

「可愛らしいですわ! まるで天使様!」

「ええ、本当に! 王城に住まわれる王女様よりも可愛い!」

「これ程似合う方に着てもらえると、デザインした者としては嬉しい限りです……」

 仕立て屋の女性達に口々に褒められ、脱ぎたくても主張出来ない。

(うぅ……。こんな姿、侯爵には見られたくない! 全然まともじゃないよ!)
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