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甘い香りを求めて

甘い香りを求めて④(※ジョシュア視点)

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 裏庭のレンガ小道を、少女がピンクブロンドの髪を揺らして駆けて行く。
 美しく咲き誇るチェリープラムの木の影へと消えたその姿を、ジョシュアは執務室の窓から眺め、唇をへの字に曲げる。
 彼女が視界から消えたのを残念に思う気持ちは、どこからくるのか。

 修道院から攫ってきた少女を、はじめは利用しつくすつもりでいた。

 父から引き継いだこのフラーゼ家は、『死の商人』として国内外から知られている。
 最先端の研究所で日夜研究開発が進められているのは新種の科学兵器だ。生物に有害な毒物や爆薬等を研究し、国や裏組織へ販売する事を生業とする。
 そうして得られた巨万の富は、納税や賄賂、寄付等の形で各組織へと投げられ、政財界での強い発言力を下支えしている。

 化学兵器開発の先人として、他者へ後塵を拝させるためには、人材調達が不可欠。技術力が及ばぬところは、特殊スキル保持者の力で乗り越えなけばならないため、人材を発掘するのは、重要な業務の一環なのだ。

 そういう事情もあり、ステラを攫った当初は、母親の依頼が完了した後、彼女をフラーゼ家の研究所で働かせようと考えていた。

 聖ヴェロニカ修道院において、特殊な扱いを受けていた彼女は、ジョシュアが期待していた通りに非常に珍しいスキルを二つも保有していた。『物質運動スキル』と『複製スキル』。そのどちらも科学研究には有用と言わざるを得ず、修道院から無理矢理連れて来た自分の判断が間違いではなかったと確信が持てた。
 彼女を研究に関わらせたら、フラーゼ家には更なる利益が転がり込む。

 打算まみれの思考で接し、丸め込もうと思っていたのに、何故だかその矛先がグニャリと曲がった
 ステラを人殺しの研究に巻き込みたくないと、考えるようになってしまったのだ。

 彼女は世界を、そして人を知らな過ぎる。良く言えば純粋、悪く言えば子供。
 裏切り続けたくないと思えるのは、ジョシュアがまだまだ青二才だからなのだろうか。
 騙すのが簡単に思えるからこそ、本気を出せず、どこかに逃げ場を残してしまう。彼女が自分の言葉をうまく躱すのがなんとなく嬉しいという歪み。

 こういう対象は、他の人に任せるのが正しい。
 それなのに、関わり続けたかった。

 たぶんこの感情はおかしい。昨日婚約者だった女に離縁の言葉を口にして、ハッキリと自覚した。
 ジョシュアの中の何かが狂い始めている。

 数少ない同年代の令嬢でありながら、一応スキルを保持していた婚約者と縁を切って、自分は今後誰を望むのだろう。

 窓際に立ったまま呆けていると、従者がこちらに近付いて来た。

「ジョシュア様、四月度の販売報告書がまとまりました。……何をご覧になっているのですか?」

「あぁ、桃色の花が咲いているから、気になって」

「おや? 裏には白と黄の花しか咲いていないと思っておりましたが、桃色もあったとは。見落としてしまっていましたね」

「心が綺麗な人にしか見えないからね。報告書を貰おうか」

「あ、どうぞ!」

 無味乾燥な数字の羅列に視線を落とすと、レイフがつまらない事を話しだした。

「クラリッサ嬢が、昨日の婚約破棄について抗議文を送ってきましたが、どうなさいます?」

「君が謝罪文を書けばいいじゃない」

「字でバレそうな気がしますが……」

「かもね」

「シスターステラをクラリッサ様の代わりになさるのですか?」

「……」

 代筆を頼んだ事の意趣返しのつもりなのか、随分踏み込んだ質問をするものだ。
 苛立ちのまま何か言おうと思ったが、不用意な発言が使用人の噂話のネタとして広がるのも良くないので無視する。

(それにしても、ステラが元婚約者殿の代わり……か)

 ステラは今のところ、ジョシュアを人攫いの信用できない人間だとしか認識していない。そんな相手が自分と結婚したがってると知ったら、逃げ出したくなるに決まっている。

(今からステラに好かれるのは、さすがに不可能なのかな)

 彼女をこんなに可愛く思うようになると分かっていたら、ちゃんと手順を追って修道院から連れ出していただろう。後悔の念から頭痛が酷いが、彼女が修道院に帰るまで、そう時間が残されているわけでもない。

 何とか彼女を王都に残す為の案を考え出さなければならない。
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