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甘い香りを求めて

甘い香りを求めて③

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 午後からステラはさっそくフレグランス作りに取り掛かった。
 まず最初は、ウィローから貰ったドライフラワーからの、エッセンシャルオイルの抽出だ。
 プレゼントなのだから、全て完璧な状態で持っておくのが礼儀かもしれないと思いはしたものの、ジャスミンの香りを嗅げば嗅ぐほど、バニラの香りと相性が良いように思えてならず、使わずにいられなかった。
 それに、初めて贈り物を交換した相手との協働作業で、一つのフレグランスを作り上げるのだと考えたら、素晴らしい事のような気もした。

 木箱の中から半分だけ取り出し、物体運動スキルでごく少量のエッセンシャルオイルを抽出する。
 さらにそれを複製スキルで増量し、惜しみなく使えるようにしておいた。

 バニラビーンズの加工は深夜にやるので、ひとまず手を止め、夜まではマーガレットの手伝いをしたい。

 彼女を探す為に邸宅の中を歩き回ると、厨房付近で固まっている使用人達の中にそれらしき姿を見付け、近寄ってみる。
 しかし残念ながらそこにマーガレットはおらず、似通った姿の使用人が同僚達と噂話に花を咲かせていた。

「まぁ! じゃあジョシュア様はクラリッサ様と縁をお切りに!?」

「そうらしいわ。幼少の頃から婚約者同士仲睦まじいご様子だったのに、意外よね」

「クラリッサ様はスキル的に微妙だと噂で聞いたのだけど、やはりそこが問題だったのかしら?」

「能力的に劣る方をこの家にお迎えになったら、私達使用人の将来まで危うくなるのだから、仕方無いと思うわ。ジョシュア様は賢明な判断をなさったのよ」

「それにジョシュア様はシスターステラを見つけたから――――」

 彼女達の会話の内容に動揺して、慌てて近くの通路を曲がり、速足で逃げる。

(あの人達が話していたのって、フラーゼ侯爵と婚約者の関係だったよね……。何でそこに私の名前が出てくるの!?)

 もう少しだけ会話を盗み聞きしていたらハッキリしただろうが、全部聞いた結果で心臓が爆散する可能性を思えば、これでいいのだ。
 小心者のステラは邸宅の中をあてどなくグルグルと歩き回る。
 必死で思考を落ち着かせようとするけれど、頭の中は勝手にアレコレと憶測を立て、ほぼパニック状態。

(昨日フラーゼ侯爵のほっぺが腫れていたのって、クラリッサさんて人に叩かれたからなのかな……。女性から叩かれたって言ってたし……)

 散らばっていたピースがまとまりそうになる。だけど導き出された答えが気に入らずに、頭を振る。
 思い至った事が本当だとしても、常識的な人なら修道女であるステラをどうにも出来ないはずだ。
 そういう対象ではないと考え、関りをもたないだろう。
 では、ステラが修道女の立場を捨て、俗世に帰ったらどうか。
 今まで選択肢に無かった事が可能になる。

「で、でも、私に選ぶ余地がないのはおかしいんじゃ……?」

「なにがだ?」

 独り言を呟いたはずが、後方から返事があったので、軽く飛び上がった。足を止めて振り返ると、アジ・ダハーカがトコトコと付いて来ていた。

「アジさん! いつの間に……」

「お主が厨房の方から不審な様子で歩いて来るのが見えたのでな、追いかける事にしたのだ」

「私、そんなに態度がおかしかったんですか?」

「かなり。どうしたんだ? 暇だから話くらいは聞くぞ」

 アジ・ダハーカの申し出は有難い。
 ちょうど話し相手が欲しいような気がしていたのだ。
 邸宅の裏口まで来ていたので、そのまま裏庭に出て、彼と一緒に気分転換したらいいだろう。

「じゃあ、ちょっとだけ時間をください。今日はチーズを持っているので、差し上げますよ」

「なに!? 本当か!!」

「日頃お世話になっていますからね」

 先程、彼にとって不名誉になるような事を口走ってしまったので、罪滅ぼしの為にポケットに忍ばせていたのは内緒だ。

 一人と一匹で自然美を模した庭園へ足を踏み入れる。
 周囲を見回してみると白い花を咲かせるチェリープラムの木の影に、小さくて感じの良い池を見付けた。邸宅からも死角になりそうな、そのほとりに腰を下ろす。
 ハンカチで包んだ1ピースのチーズを黒猫の前に置くと、彼は嬉しそうに舌なめずりをして、齧りだした。可愛らしい姿を眺めているうちに、自分が平常心に戻っているのを自覚する。

 一度深呼吸してからアジ・ダハーカに話しかける。

「アジさんは家族を持った事はありますか?」

「ないぞ。だが、つがいにしようと考えた相手は居た」

「つがい? 結婚する対象とかです?」

「人間風に言えばそうなる」

「ふむふむ。本で読んだ事があるんですけど、結婚――――つがいになる事は、二人の間に『愛』が必要なんだそうですね。アジさんにも愛するドラゴンがいたんですか?」

「愛!?そんなモノ有るわけがないだろう!!」

「なぬ!?」

「つがいとして選んだ雌は、優れた子孫を残すのに最適な相手だったにすぎない」

 彼の答えを聞き、ステラは「うーん……」と唸った。
 アジ・ダハーカの考えは、『誰かさん』も同様なんだろうと思えたからだ。

「修道女じゃなくなって……、家族をもてるようになったとしても、『愛』がないなら、何の意味も無いかも。そこに希望があるんじゃないかと思えちゃう分……質が悪いよ」

 膝を抱えて丸くなったステラの足に、猫の肉球がピトリと当てられた。
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