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甘い香りを求めて

甘い香りを求めて②

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 ジョシュアが盗人から取り返してくれた金貨で、店主にバニラビーンズのお代を払うと、おまけに無色透明な蒸留酒を付けてくれた。聞く話によると、それはエルフ族に愛されている「生命の水」と名付けられたお酒で、アルコール度数は四十パーセントにも及ぶ。
 王都に住む富裕層の貴婦人達の中では、このアルコールにバニラビーンズを二カ月漬け込み、それをお菓子作りに利用するのが流行っているらしい。
 ステラはそのやり方を試してみようと考えている。

 しかし都合が悪い事に、その場に居合わせたジョシュアも店主の話を聞いていて、帰りの馬車の中で抜け目のない質問を投げつけてきた。

「バニラビーンズの説明、興味深かったな。アルコールに長期間漬け込んで、香りを酒に移さないといけないんだね」

「みたいですねー」

「オレの記憶が間違ってないなら、たしかドラゴンの結石もそういう方法で加工するんじゃなかったかな? 確かポピー様用のフレグランスにドラゴンの素材が使われているという話だったけど、ステラはどうやって漬け込む期間を短縮したの?」

 ジョシュアは完璧な笑顔でステラを見ている。
 何か特殊な方法でドラゴンの結石を加工したと、疑ってないようだ。
 しかしあのスキルを話してみようと思えるほど、ステラはこの少年を信頼していない。適当な事を言って誤魔化してしまうのがいいだろう。

「さ、さぁ……? あのドラゴンの結石が特別にアルコールに溶けやすかったんじゃないですかね。砕いてアルコールにサラサラと入れたら、シュッって溶けてなくなっちゃったんです」

「ふむふむ。個体の強さと加工のし易さの度合いは関連性があるはずなんだけど、邪竜アジ・ダハーカの結石がアルコールに溶けやすかったって事は、実は弱かったって事なのかな?」

 笑みが深まったジョシュアの顔から視線を反らし、首を傾げる。

「そーなんじゃないですかねー?」

 人語を話す黒猫が聞いたら怒り出しそうな会話をしている自覚がある。
 また遊びに来てくれたら、せめてもの罪滅ぼしに美味しい食べ物をご馳走してあげたいところだ。

「バニラビーンズの加工時間はどのくらいなんだろうね。興味が尽きないや」

「……」

 これはたぶん、近々真剣にスキルを暴きにくるフラグだろう。
 バニラビーンズの加工は、彼が寝静まった頃合いにひっそりとやった方がいいかもしれない。

 フラーゼ家で作業する事が窮屈に感じ、閉口してしまう。
 ジョシュアはそんなステラを優しい眼差しで見つめ、また一つ気が重くなる質問をした。

「修道院との事はもう決めた?」

「……はい。取りあえずカントス家のウィローさんの件が終わったら一度修道院に戻ろうと思います。修道院でこの先暮らすか、暮らさないかはまだ決めていませんが、心配している人達がいるから顔を見せて安心させてあげたいですので」

 ステラは昨晩、今言った事と同様の内容を手紙に書き、マーガレットに送付をお願いした。
 自分なりに真剣に考え、その思いをシスターアグネスへの手紙にしたためた。
 たぶん、修道院に帰って面白みのない生活に逆戻りするのが賢い選択なんだろう。しかし今となってはそれだけでは物足りない。ある程度の自由を願い出て、それでも認められないというなら、修道院を抜けるという選択を考えたい。

 ジョシュアは感情の読み取りづらい表情で、ステラの言葉を聞いている。
 この誘拐犯は何を思うのだろう? 僅かに弧を描いた唇をジッと見つめる。

「ステラには自分の意志でフラーゼ家に留まってほしいんだよね。オレやポピー様と一緒に生活したいとか、美味しい料理を食べたいとか、香水作りを自由にやりたいとか、何でもいいと思うんだ。君の事は気に入っているから、幾らでも支援するつもりだよ」

「えぇと……。出来るだけ他人に迷惑をかけない道を選びたいです。ハイ……」

 このままグイグイと変な方向に話を持って行かれそうな気配を感じ、ステラは腕を組んで「ぐー」と狸寝入りした。軽く笑われるが、気にしない。
 真剣に考えたい時に、周りからアレコレ言われるのは少し苦手なのだ。

◇ ◇ ◇

 フラーゼ家に帰り着くと、多目的ルームにマーガレットがやって来た。

「シスターステラ。お帰りなさいませ」

「ただいまです!」

「カントス伯爵家のウィロー様からシスターステラへの贈り物が届きましたわ」

 そう言って手渡してくれたのは、彫刻が施された綺麗な木箱だ。
 白っぽい木材の表面には、小鳥や蔦が彫られていて、見るからに高級品と分かる。

「うわぁ、何が入っているのかなぁ?」

 ワクワクしながら蓋を開けてみると、爽やかな香りが溢れた。
 中に入っているのは、たくさんの小さな花の蕾。みずみずしさはないので、ドライフラワーなのだろうが、花の品種にピンとこない。
 木箱の底に埋まっているカードを取り出し、読んでみると……。

”シスターステラ。昨日はラベンダーのエッセンシャルオイルを有難うございました。ハンカチに染み込ませ、枕元に置いたらよく眠れました。お礼にジャスミンのドライフラワーを貴女に差し上げます。私のスキルで作った物ですが、品質は悪くないはずです。ご自由にお使い下さい。―――――――ウィロー”

 カードの文章を読み、ステラの頬が緩む。

(贈り物の交換なんて初めてした! すっごい嬉しい!)

 この喜びを、なんとかフレグランスの香りの中に閉じ込められないものだろうか。
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