聖女適正ゼロの修道女は邪竜素材で大儲け~特殊スキルを利用して香水屋さんを始めてみました~

だるま 

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選択の時

選択の時⑤

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 ステラが前庭を駆けているうちに、空から大粒の水滴が落ちてきた。
 あっという間に修道服が湿り気を帯び、体温が奪われる。

(わわ……。冷たい。急げ急げ!)

 トロトロとしか動けない自らの脚を心の中で罵りながら母屋の角を曲がると、開けっ放しにしてきた多目的ルームの窓の下にウィローが居た。折角の上等なドレスを濡らし、途方に暮れた様な姿は、先程の勝気さからは程遠い。
 水溜まりをピョンピョンと飛び越え、彼女に近付く。

「ウィローさーん! 風邪をひいてしまいますから、中に入りましょうです!」

 眉をしかめてそっぽを向く彼女の腕を掴む。

「ちょうどたくさんのドライハーブがあるので、一緒にハーブティーを飲みませんか? 使い切るのに協力してください!」

 ずぶ濡れになりながらも、彼女の顔を覗き込んで微笑みかけると、少しだけその表情が緩んだ。
 引っ張ってみると、抵抗も無く足を動かしてくれる。これなら中に連れ込めそうだ。

「私なんか放っておけばいいのに」

 ボソリと呟かれた言葉を聞こえないフリをし、母屋の中へとグイグイ手を引く。

 フラーゼ家の使用人達に心配されながらも、多目的ルームまで歩き、ウィローを室内に押し込む。
 直ぐに来てくれたマーガレット達にに甲斐甲斐しく世話をされ、服が乾くまでと使用人用のワンピースを着せられた。
 ワチャワチャ感が何となく楽しくて、ステラはウィローと二人残されるまで終始ヘラヘラとしていた。
 作業台に並んで座り、陶器のポットの中から、薄い黄緑色の液体をディーカップに注ぎ入れると、フワンとラベンダーの香りが漂う。

「良い香り……。美味しい」

 ウィローがハーブティーを一口飲み、ポツリと呟く。
 香料に使用しなかったラベンダーは、お茶にしても香り高く、貴族の舌にも問題ないようだ。

「ラベンダーにはリラックス効果があるみたいですね。良かったらエッセンシャルオイルを差し上げましょうか?」

「いいの?」

「量産できますからねっ」

 ホルダーの中から『ラベンダー』の遮光瓶を取り出して、空いている瓶の中へとほんの少しだけ移し入れる。『複製スキル』を使用し、エッセンシャルオイルを増量するステラの手元に視線が注がれた。

「貴女って、ジョシュア様の……」

「ん?」

「何でもない」

 続く言葉が気になりはするが、それ以上何も話そうとはしないので、聞かずにおいた。
 出来上がったエッセンシャルオイルをウィローの手に握らせる。

「幾ら?」

「タダですよ! えーと、親愛のしるしにっ」

「変なの。でも、有難う……」

 そう言って、嬉しそうな表情を浮かべる彼女は、充分に可愛らしい。カントス夫人が言っていた『愛嬌』はこれ以上必要ない様に思われる。先程彼女が言っていた、『顔を曇らせていた原因』を取り除けば、もっと輝くのだろうか。

「――――フレディさんは、貴女を不幸にするんですか?」

 ついつい余計な事を口走ってしまい、内心慌てふためく。
 再びウィローが癇癪を起したらどうしようか。

 しかし、ステラの心配を他所にウィローは落ち着いていた。

「不幸にされたし、これから関係を深めるなら、余計に酷くなる」

「じゃあカントス夫人に調香をお断りしますね」

「そうだね……。だけど巻き込まれた貴女はスッキリしないだろうし、私が何を考えているか教えてあげる。……あれは昨年の夏の事だった――――――」

――――――ウィローはステラに対し、長い話を語ってくれた。

 彼女の婚約者候補のフレディの事を、カントス伯爵家の長男ダドリーはあまり良く思っていなかったらしい。フレディは外遊の為に諸外国を周り、行く先々で商売女に入れ揚げ、持ち金を全て使いつくしては借金していた。それでも、金遣いの荒さは収まらなかった。ダドリーはその金の出所を不審に思い、密かに調査をし始めたようだ。
 その詳細を、ウィローには知らされていない。しかし調査後暫くするとダドリーの恋人に悪い噂がたち、何故だか彼女の兄は捨てられてしまった。
 恋人と別れてから一月も経たぬうちに、ダドリーは隣国の湖で変わり果てた姿で見つかり――――――

「両親は、兄が何のスキルも持たない無能だからフレディを嫉妬していると決めつけていた。私と結婚するのは無能な奴の方が、家督の継承の際に彼にとって有利だからと。だから彼の話をまともに取り合わなかったんだ。でも私は兄さんを信じてる。だから兄が何かを知って、口止めの為に殺されたとしか思えない。確実な証拠がないから殺人だとは認められていないけれど……。これだけ黒い奴と結婚するだなんて地獄だ」

 淡々と語られた内容は、断片的ではあるが、事件性を感じさせられなくもない。
 真偽を確かめられず、芽生えてしまった不信感をウィローが拭えないのなら、結婚したとしても、フレディとの関係は破綻するだろう。

「フレディさんの金遣いの荒さだけでも、夫人に認めさせる事が出来たら、ウィローさんが結婚しなくても済む気がしますが……」

「奴が使う金の出所が怪しいから、そこを暴きたいとは思ってる。一度結婚してから陥れてみてもいいのかもしれないけど」

 二人でしんみりしていると、急におまぬけな声が室内に響いた。

「証拠をでっち上げろ」

「むむ……」

 声の主はアジ・ダハーカだ。
 作業台の下から顔だけ出している。

「ね、猫が喋った……」

 ウィローはわなわなと震え、黒い毛玉を指さす。
 驚くのも無理はない。喋る猫なんて、どこの図鑑にも載っていない珍獣なのだから。

「アジさん。証拠をでっち上げるって、何をどうするんですか?」

「フレディという男は、女好きなのだろう?だったら話は簡単だ。お主、ウィローという名だったか。ステラのフレグランスで別人になりすまし、ソイツを誑し込んだらいい。悪事の証拠は今からでも作れるはずだ。ククッ……」

 彼はそう言い、猫らしからぬ笑みを浮かべる。元邪竜の本性を垣間見せたのだ。
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