20 / 89
選択の時
選択の時④
しおりを挟む
逆上するウィローを何とか落ち着かせようと、ステラはオロオロと立ち上がり、両手で彼女を制した。
「あの! 自ら命を絶つのは、罪深き行為なんですっ。ですから、その――――」
「面白い。ウィロー、ここで死んで見せよ」
ステラの言葉を遮ったのは、ポピーだった。
優雅な所作で扇子を僅かばかり開き、口元を隠す。
対するウィローは顔を青ざめさせつつも、悪辣な笑いを浮かべた。
「やってやる……」
「やめてちょうだい、ウィロー! ダドリーが死んだのは平民女に騙されたからよ。フレディ卿に殺されたのではないと何度言えば分かるのよ。貴女にまで死なれたら、私は世間にどう見られると思うの?」
「母さんはいつもそうっ! 私の言う事なんて何も信じないのね。世間体ばかり気にしてっ」
憎々し気に母親をねめつけた娘はもう一度テーブルを叩き、「帰る」とサロンを出て行ってしまった。
母と娘のやり取りというものを始めてみたのだが、あのくらいの癇癪を起しても許されるのだろうか。
ステラは興味深く思いつつ、大人達の反応を観察する。
「ごめんなさいね。あの子ったら、兄の死を受け入れられないみたいで……」
「流石は豪傑と謳われるカントス伯の娘なだけはある。あの啖呵の切り様はなかなかサッパリしていて良かったぞ」
「似なくてもいい所ばかり似てしまったのね」
「『仇』がどうのと言っていたな? なにゆえだ」
「あの子の考えすぎなのよ。亡くなった息子とウィローの婿殿候補は二人とも外交官なのだけど、共に訪問した国で、息子が自害したものだから、変に繋げて考えてしまっているのだと思うわ」
「それだけで、あの様な強い言葉を使うものか」
「昔から思い込んだら、退かない子ですから。……息子は殺害されたわけではないわ。だって遺書まで書いていたんだもの。それにフレディ様は人を殺す様な方ではないのよ。頭脳明晰で高潔、そして保有スキルにも魅力がある。そんな人物が犯罪などしましょうか」
「スキルな。ふむ……」
何も関係の無い立場のステラが聞いていていい話題でもなさそうなので、退席を申し出ようかと思い始めていたが、『スキル』の単語が気になりそのまま留まった。
他人が保有しているスキルには、どの様な物があるのだろう。
「フレディ卿が保有するスキルは『土壌改良』。痩せた土地が多いカントス領では、とても有効な能力よ」
「人間の能力と殺意に相関関係があると言うのだな?」
「無関係とは言えないと思うわ」
カントス夫人の考えに共感する事は、ステラにとって難しかった。
人は簡単に悪に染まる。例え長年善人だったとしても、ほんのちょっとの衝動に負けてしまうものらしいのだ。
「あ……あの……。誰もが皆、犯罪者になり得ると思ってます。かく言う私も修道女ではありますが、今日の夜にはこの家の当主様を殺す可能性……は、ないですが――――」
ポピーがニタリと嗤い、ステラを見たのに心臓を冷やし、慌てて打ち消す。ジョシュアとポピーが親子なのを忘れてはいけない。
コホンと咳払いをして言葉を続ける。
「……神学においても、『美しき明けの明星』が堕天し、悪魔を束ねる存在になったとされていますし。善と悪は紙一重かと」
「シスターステラ。修道女としての貴女の教え、とても素晴らしいわ。でもね、私は今更犯罪者を探し出したいわけではないのよ――――」
それからの三人での会話は平行線を辿り、何も得る事のないままに二時間程も経ってしまった。
夫人ののらりくらりとした会話に、ステラが辟易とし始めた頃、漸くポピーがやんわりと帰宅を促してくれた。
エントランスでカントス夫人を見送った後、ステラはポピーに気になっていた事を尋ねる。
「カントス伯爵夫人は、フレディ卿のスキルに随分拘っていましたね」
「貴族にとって有用なスキルとは何をおいても確保したいものなのだ。資源乏しい我等の国では、スキルいかんによって、家の収入が大きく左右される。それゆえ、貴賤問わず、有能な者を家に取り込む事を望む。家を維持するためにな」
「うーん……。そうなんですね」
微妙に引っかかるものを感じつつも、深く考えずに頷く。
「カントス領は近年領民の移住が続き、税収が傾きつつある。加えて長男も死亡したので、有能な婿を是が非でも迎えたいのだろう」
「貴族の方々は大変ですね」
「苦労するのは、能力も発想力も無い者共のみ。さて、私はこれから用事がある。お前はもう休むがいい」
「はい。お疲れ様でございました」
ポピーはステラを一人エントランスに残し、去って行った。
(夜まで何して過ごそうかな……。カントス夫人に、娘さん用のフレグランスの調香を頼まれたけど、使う張本人が嫌がってるから、あんまりやる気しないなぁ)
つらつらと考え事をしながら、多目的ルーム近くまで歩くと、窓の外に黒い猫が居た。
アジ・ダハーカだ。楓の枝の上に座り、下の方をジッと見つめている。
(何か居るのかな?)
窓を開け、ステラも視線を落としてみると、緑のドレス姿の少女ウィローが地面の上に座っていた。
とっくに帰ったと思っていたのに、何故まだこんな所に居るのだろうか。
声をかけるか、放っておくか迷ってしまう。
決めかねてソワソワしているうちに、アジ・ダハーカが楓の枝からこちらの窓枠へと飛び移って来た。
「空気に土っぽい匂いが混じってるぞ。雨が近い」
言われてみると、確かに腐葉土の様な香が薄っすらと漂っている。このままウィローを放置したら、雨に打たれて濡れてしまうだろう。
「下まで行って来ますね!」
ステラはパタパタと走り、外へと出て行った。
「あの! 自ら命を絶つのは、罪深き行為なんですっ。ですから、その――――」
「面白い。ウィロー、ここで死んで見せよ」
ステラの言葉を遮ったのは、ポピーだった。
優雅な所作で扇子を僅かばかり開き、口元を隠す。
対するウィローは顔を青ざめさせつつも、悪辣な笑いを浮かべた。
「やってやる……」
「やめてちょうだい、ウィロー! ダドリーが死んだのは平民女に騙されたからよ。フレディ卿に殺されたのではないと何度言えば分かるのよ。貴女にまで死なれたら、私は世間にどう見られると思うの?」
「母さんはいつもそうっ! 私の言う事なんて何も信じないのね。世間体ばかり気にしてっ」
憎々し気に母親をねめつけた娘はもう一度テーブルを叩き、「帰る」とサロンを出て行ってしまった。
母と娘のやり取りというものを始めてみたのだが、あのくらいの癇癪を起しても許されるのだろうか。
ステラは興味深く思いつつ、大人達の反応を観察する。
「ごめんなさいね。あの子ったら、兄の死を受け入れられないみたいで……」
「流石は豪傑と謳われるカントス伯の娘なだけはある。あの啖呵の切り様はなかなかサッパリしていて良かったぞ」
「似なくてもいい所ばかり似てしまったのね」
「『仇』がどうのと言っていたな? なにゆえだ」
「あの子の考えすぎなのよ。亡くなった息子とウィローの婿殿候補は二人とも外交官なのだけど、共に訪問した国で、息子が自害したものだから、変に繋げて考えてしまっているのだと思うわ」
「それだけで、あの様な強い言葉を使うものか」
「昔から思い込んだら、退かない子ですから。……息子は殺害されたわけではないわ。だって遺書まで書いていたんだもの。それにフレディ様は人を殺す様な方ではないのよ。頭脳明晰で高潔、そして保有スキルにも魅力がある。そんな人物が犯罪などしましょうか」
「スキルな。ふむ……」
何も関係の無い立場のステラが聞いていていい話題でもなさそうなので、退席を申し出ようかと思い始めていたが、『スキル』の単語が気になりそのまま留まった。
他人が保有しているスキルには、どの様な物があるのだろう。
「フレディ卿が保有するスキルは『土壌改良』。痩せた土地が多いカントス領では、とても有効な能力よ」
「人間の能力と殺意に相関関係があると言うのだな?」
「無関係とは言えないと思うわ」
カントス夫人の考えに共感する事は、ステラにとって難しかった。
人は簡単に悪に染まる。例え長年善人だったとしても、ほんのちょっとの衝動に負けてしまうものらしいのだ。
「あ……あの……。誰もが皆、犯罪者になり得ると思ってます。かく言う私も修道女ではありますが、今日の夜にはこの家の当主様を殺す可能性……は、ないですが――――」
ポピーがニタリと嗤い、ステラを見たのに心臓を冷やし、慌てて打ち消す。ジョシュアとポピーが親子なのを忘れてはいけない。
コホンと咳払いをして言葉を続ける。
「……神学においても、『美しき明けの明星』が堕天し、悪魔を束ねる存在になったとされていますし。善と悪は紙一重かと」
「シスターステラ。修道女としての貴女の教え、とても素晴らしいわ。でもね、私は今更犯罪者を探し出したいわけではないのよ――――」
それからの三人での会話は平行線を辿り、何も得る事のないままに二時間程も経ってしまった。
夫人ののらりくらりとした会話に、ステラが辟易とし始めた頃、漸くポピーがやんわりと帰宅を促してくれた。
エントランスでカントス夫人を見送った後、ステラはポピーに気になっていた事を尋ねる。
「カントス伯爵夫人は、フレディ卿のスキルに随分拘っていましたね」
「貴族にとって有用なスキルとは何をおいても確保したいものなのだ。資源乏しい我等の国では、スキルいかんによって、家の収入が大きく左右される。それゆえ、貴賤問わず、有能な者を家に取り込む事を望む。家を維持するためにな」
「うーん……。そうなんですね」
微妙に引っかかるものを感じつつも、深く考えずに頷く。
「カントス領は近年領民の移住が続き、税収が傾きつつある。加えて長男も死亡したので、有能な婿を是が非でも迎えたいのだろう」
「貴族の方々は大変ですね」
「苦労するのは、能力も発想力も無い者共のみ。さて、私はこれから用事がある。お前はもう休むがいい」
「はい。お疲れ様でございました」
ポピーはステラを一人エントランスに残し、去って行った。
(夜まで何して過ごそうかな……。カントス夫人に、娘さん用のフレグランスの調香を頼まれたけど、使う張本人が嫌がってるから、あんまりやる気しないなぁ)
つらつらと考え事をしながら、多目的ルーム近くまで歩くと、窓の外に黒い猫が居た。
アジ・ダハーカだ。楓の枝の上に座り、下の方をジッと見つめている。
(何か居るのかな?)
窓を開け、ステラも視線を落としてみると、緑のドレス姿の少女ウィローが地面の上に座っていた。
とっくに帰ったと思っていたのに、何故まだこんな所に居るのだろうか。
声をかけるか、放っておくか迷ってしまう。
決めかねてソワソワしているうちに、アジ・ダハーカが楓の枝からこちらの窓枠へと飛び移って来た。
「空気に土っぽい匂いが混じってるぞ。雨が近い」
言われてみると、確かに腐葉土の様な香が薄っすらと漂っている。このままウィローを放置したら、雨に打たれて濡れてしまうだろう。
「下まで行って来ますね!」
ステラはパタパタと走り、外へと出て行った。
0
お気に入りに追加
720
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる