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選択の時

選択の時④

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 逆上するウィローを何とか落ち着かせようと、ステラはオロオロと立ち上がり、両手で彼女を制した。

「あの! 自ら命を絶つのは、罪深き行為なんですっ。ですから、その――――」

「面白い。ウィロー、ここで死んで見せよ」

 ステラの言葉を遮ったのは、ポピーだった。
 優雅な所作で扇子を僅かばかり開き、口元を隠す。

 対するウィローは顔を青ざめさせつつも、悪辣な笑いを浮かべた。

「やってやる……」

「やめてちょうだい、ウィロー! ダドリーが死んだのは平民女に騙されたからよ。フレディ卿に殺されたのではないと何度言えば分かるのよ。貴女にまで死なれたら、私は世間にどう見られると思うの?」

「母さんはいつもそうっ! 私の言う事なんて何も信じないのね。世間体ばかり気にしてっ」

 憎々し気に母親をねめつけた娘はもう一度テーブルを叩き、「帰る」とサロンを出て行ってしまった。
 母と娘のやり取りというものを始めてみたのだが、あのくらいの癇癪を起しても許されるのだろうか。
 ステラは興味深く思いつつ、大人達の反応を観察する。

「ごめんなさいね。あの子ったら、兄の死を受け入れられないみたいで……」

「流石は豪傑と謳われるカントス伯の娘なだけはある。あの啖呵の切り様はなかなかサッパリしていて良かったぞ」

「似なくてもいい所ばかり似てしまったのね」

「『仇』がどうのと言っていたな? なにゆえだ」

「あの子の考えすぎなのよ。亡くなった息子とウィローの婿殿候補は二人とも外交官なのだけど、共に訪問した国で、息子が自害したものだから、変に繋げて考えてしまっているのだと思うわ」

「それだけで、あの様な強い言葉を使うものか」

「昔から思い込んだら、退かない子ですから。……息子は殺害されたわけではないわ。だって遺書まで書いていたんだもの。それにフレディ様は人を殺す様な方ではないのよ。頭脳明晰で高潔、そして保有スキルにも魅力がある。そんな人物が犯罪などしましょうか」

「スキルな。ふむ……」

 何も関係の無い立場のステラが聞いていていい話題でもなさそうなので、退席を申し出ようかと思い始めていたが、『スキル』の単語が気になりそのまま留まった。
 他人が保有しているスキルには、どの様な物があるのだろう。

「フレディ卿が保有するスキルは『土壌改良』。痩せた土地が多いカントス領では、とても有効な能力よ」

「人間の能力と殺意に相関関係があると言うのだな?」

「無関係とは言えないと思うわ」

 カントス夫人の考えに共感する事は、ステラにとって難しかった。
 人は簡単に悪に染まる。例え長年善人だったとしても、ほんのちょっとの衝動に負けてしまうものらしいのだ。

「あ……あの……。誰もが皆、犯罪者になり得ると思ってます。かく言う私も修道女ではありますが、今日の夜にはこの家の当主様を殺す可能性……は、ないですが――――」

 ポピーがニタリと嗤い、ステラを見たのに心臓を冷やし、慌てて打ち消す。ジョシュアとポピーが親子なのを忘れてはいけない。
 コホンと咳払いをして言葉を続ける。

「……神学においても、『美しき明けの明星』が堕天し、悪魔を束ねる存在になったとされていますし。善と悪は紙一重かと」

「シスターステラ。修道女としての貴女の教え、とても素晴らしいわ。でもね、私は今更犯罪者を探し出したいわけではないのよ――――」

 それからの三人での会話は平行線を辿り、何も得る事のないままに二時間程も経ってしまった。
 夫人ののらりくらりとした会話に、ステラが辟易とし始めた頃、漸くポピーがやんわりと帰宅を促してくれた。

 エントランスでカントス夫人を見送った後、ステラはポピーに気になっていた事を尋ねる。

「カントス伯爵夫人は、フレディ卿のスキルに随分拘っていましたね」

「貴族にとって有用なスキルとは何をおいても確保したいものなのだ。資源乏しい我等の国では、スキルいかんによって、家の収入が大きく左右される。それゆえ、貴賤問わず、有能な者を家に取り込む事を望む。家を維持するためにな」

「うーん……。そうなんですね」

 微妙に引っかかるものを感じつつも、深く考えずに頷く。

「カントス領は近年領民の移住が続き、税収が傾きつつある。加えて長男も死亡したので、有能な婿を是が非でも迎えたいのだろう」

「貴族の方々は大変ですね」

「苦労するのは、能力も発想力も無い者共のみ。さて、私はこれから用事がある。お前はもう休むがいい」

「はい。お疲れ様でございました」

 ポピーはステラを一人エントランスに残し、去って行った。

(夜まで何して過ごそうかな……。カントス夫人に、娘さん用のフレグランスの調香を頼まれたけど、使う張本人が嫌がってるから、あんまりやる気しないなぁ)

 つらつらと考え事をしながら、多目的ルーム近くまで歩くと、窓の外に黒い猫が居た。
 アジ・ダハーカだ。楓の枝の上に座り、下の方をジッと見つめている。

(何か居るのかな?)

 窓を開け、ステラも視線を落としてみると、緑のドレス姿の少女ウィローが地面の上に座っていた。
 とっくに帰ったと思っていたのに、何故まだこんな所に居るのだろうか。
 声をかけるか、放っておくか迷ってしまう。
 決めかねてソワソワしているうちに、アジ・ダハーカが楓の枝からこちらの窓枠へと飛び移って来た。

「空気に土っぽい匂いが混じってるぞ。雨が近い」

 言われてみると、確かに腐葉土の様な香が薄っすらと漂っている。このままウィローを放置したら、雨に打たれて濡れてしまうだろう。

「下まで行って来ますね!」

 ステラはパタパタと走り、外へと出て行った。
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