聖女適正ゼロの修道女は邪竜素材で大儲け~特殊スキルを利用して香水屋さんを始めてみました~

だるま 

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選択の時

選択の時③

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 この家の執事によると、ステラが午後から会うのはカントス伯爵夫人とその娘らしい。
 昨年長男を亡くしたばかりなので、話題には気を付けた方がいいようだ。

 カントス家の二人が来るまでの間ステラは手もちぶさただったため、マーガレットの手伝いをしながら時間を潰している。多目的ルームに籠ってばかりだったこともあり、邸宅の中を色んな雑用で動き回るのはなかなかに楽しい。

(私に会いに来るのは、フレグランスの製作をお願いしたいからなのかな?)

 大きな陶磁器の壺を布で拭きながら、これから会う人物達に思いを巡らしていると、廊下の向こう側から妙に軽快な足音が聞こえてきた。
 ステラの背後で立ち止まったその人は、「ププッ」と笑う。

「ステラはそんな事しなくていいのに」

 その声色にムッとして後ろを振り返る。
 憎きジョシュア改め、フラーゼ侯爵がニヤニヤしながらステラを見下ろしていた。

 身分が判明したからなのか、何となく威圧感がある気がするが、そんな事は怒れるステラにとっては関係ないのだ。

「フラーゼ侯爵とはお話したくありませんっ」

「あれ? 一晩経ったし、もう機嫌治ってるかと思ったのにな」

 この人はどれだけステラを単細胞だと思っているのだろうか。一晩程度で何もかも忘れて、仲良く出来る程都合良く出来てなんかいない。
 話に付き合うだけ無駄なのだろうから、彼を無視して、壺磨きを再開する。

「これからカントス家の女達が来るみたいだね。実はさ、あの家の長男はオレの友達だったんだ。優秀で真っ直ぐな奴だったけど、恋人に捨てられて自殺しちゃった」

「む……」

「それだけに、残された家族の心の傷は計り知れないのかな。彼女達に優しい声をかけてあげてよ、元修道女さん」

「現修道女ですけどっ!」

「そーだっけ? まぁ、遅かれ早かれじゃないかな」

「……」

 見透かされる様な言葉に対して返事が返せないでいるうちに、ジョシュアは懐中時計を取り出して「あ、やばい」と呟く。

「ちょっと出かけて来る。またね」

 手を振りながら立ち去る後ろ姿を、微妙な気持ちで見送る。

「……あんなに軽い人でも、友人に死なれてしまって傷ついたのかな?」

「シスターステラ」

「ひゃあ!」

 何時の間にか、執事が近くまで来ていた。ジョシュアに気を遣って、会話が終わるのを待っていたのかもしれない。
 彼の主人の悪口を言っていた事を咎められるかと思いきや、そんな事もなかった。

「カントス家の方々がいらっしゃいましたので、一度手を止めていただいても宜しいですか?」

「あ、はい! 忘れてたわけじゃないですっ」



 ステラは、執事の案内でサロンという部屋に連れて来られた。
 贅を凝らした室内の中央部に配置されるテーブルを囲むのは、雰囲気が全く異なる女性三人。

 相変わらずの存在感のポピーと、黒いレースのベールと漆黒のドレスに身を包む美女、そして緑色のドレス姿の鋭い目つきの少女、この三人が一斉にステラを見る。

 執事はこの様な場に慣れ切っているのか、臆することなく進み出た。

「ポピー様。シスターステラをお連れしました」

「ご苦労。お前はもう下がれ」

「何かありましたらお呼び下さいませ」

 ポピーは執事を下がらせ、ステラを手招きする。

「隣に座れ」

「あ……はい。失礼しますです……」

 扇子で示された椅子は美しい装飾が施されていて、修道服のホコリが付いてしまったらどうしようかと心配になるが、みっともなくオロオロしているわけにもいかず、チョコンと腰かける。

「聖ヴェロニカ修道院の修道女ステラです」

「黒い方がカントス伯爵夫人で、緑の方が娘のウィローだ」

 少々酷いポピーの紹介に気を悪くした風でもなく、カントス伯爵夫人は微笑む。

「貴女がシスターステラなの。まるで砂糖菓子の様に可愛い方ね。今日は突然押しかけてしまってごめんなさいね」

「いえ。大丈夫です」

 ジョシュアの話によると、彼女は昨年息子を亡くしている。未だに喪に服しているくらいなのだから、湿っぽい雰囲気を覚悟したのだが、意外にもカラリとしている。
 それに対して娘の方は無表情にティーカップの淵を指でなぞっているだけで、一言も発しない。

「カントス伯爵夫人。ステラに頼み事があるんだったな?」

「えぇ、そうなの。ウィローに婿候補の男性と会わせたいのだけど、この子ったら、こんなでしょう?
シスターステラの香水で多少なりとも愛嬌良く見せれたらと考えているのよ。若い娘だから、ポピー様の香水よりももっと華やかなのを希望するわ」

――――ガシャン!!

「そんなの必要無いって言ったよね?」

 テーブルを叩き、場の雰囲気を壊したのはウィローだった。
 彼女は危険な目つきでステラ達三人を見回す。

「兄さんの仇を夫にするくらいなら、この場で舌を噛み切って死んでやる。胡散臭い香水なんかいらない」

 怒りを押し殺した声色で、不穏な事を言い出した少女に、ステラは震え上がった。

(兄に続いて妹まで自害だなんて、修道女としては見過ごせない……。うぅぅ……何て言って止めたらいいの!?)
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