16 / 89
呪われた猫
呪われた猫④
しおりを挟む
肌寒さを感じ、ステラは目を覚ました。
作業台に腕を突っ伏して寝たせいで、腕が痺れてしまっている。
顔を上げると、目の前でビーカーが倒れていて、中に入っていた完成品が零れていた。寝る前にスキルでフレグランスの溶液を複製して、遮光瓶に入れていたので、これは駄目になってしまってもいいのだが、液体を拭き取るのが少々面倒だ。
窓の方から吹き込んだ微風がステラの髪を揺らす。
アジ・ダハーカが散歩から帰って来たのだろうか?
閉めようと椅子から立ち上がり、ビクリとする。
「……っ!?」
室内に自分以外の人間が居る。
作業台の傍に寝そべっているのは、赤い布が印象的な民族衣装姿の黒髪の青年。少し神経質そうな美しい顔立ちをしていて、おかしな事に、頭の上に黒い猫耳が生えている。
「うわぁぁ!? 不審者!!」
あまりの恐ろしさに叫び声を上げて扉の方へと逃げようとすると、ステラの声に驚いたのか、青年が起きた。
「あぁ……。やっと起きたのか」
ステラは耳を疑った。今の可愛らしい声は、猫耳の青年が発したのだろうか? アジ・ダハーカの声に良く似ている。
「お主が調香したフレグランスとやら、とても良かったぞ。鼻の先と前脚に付いてしまった所為で暫く落ち着かなかったがな」
「あの……、貴方はアジ・ダハーカさんじゃないですよね?」
「そうだが?」
「えぇ!? 男の人に見えます!!」
なんという事だ。彼は黒猫のアジ・ダハーカで間違いないらしい。
わたわたと慌てるステラに嫣然とした笑みを向け、作業台の上に長い脚を組んで座る様は、男性的でありながらも美しい。
「お主が戸惑っている理由を当ててやろうか? 儂が別物に見えるのだろう?」
「そう! そうです! 何故ですか!?」
「やはりな。ドラゴンだった時分、儂の血肉は摂取した者に幻覚を見せる効果が有ったのだ。お主が儂の素材を使ってこのフレグランスを作った事で、その幻覚作用が発現しているのだろう」
「そうなんだ……。でも、猫が人間に見えてしまうなんて、相当ヤバイですよね?」
特殊な素材を使っている自覚はあったので、何かの効果が現れるかもしれないと予想していたが、まさか別の生き物に見せてしまう事になろうとは考えもしなかった。
ステラは作業台までトコトコと戻り、遮光瓶を手に取る。中に入っているのは、深夜に調香したフレグランスを複製したものだ。
「ヘンテコな作用があるなら、廃棄した方がいいのかな……」
良い出来だと思っていただけに残念でならないが、使用する人の安全を考えたら、この調香を無かった事にした方がいいだろう。
「素晴らしい香りに仕上がっているのにか?」
「褒めてくれるのは嬉しいのですが、何らかの事故が起こってしまわないように、これは危険物として処分してもらいます!」
「……いや、ちょっと待て。やっぱり儂の結石だった物を無駄にするのは不快だ!」
「これは複製した物なので、アジさんのボーコーの中で育てた結石は入っていません!」
「そういう問題ではないわ! 貸せ!」
「渡せません!」
フレグランスが入った遮光瓶を持ち、扉へとダッシュするマリの後ろを、アジ・ダハーカが追って来る。後ろを振り返ってしまったせいで、ステラの足が縺れバランスが崩れた。
何とか体制を直せたものの、ついうっかり遮光瓶を落としてしまい、玻璃ガラスが砕け散る。
中に入っていた液体が飛び散って、床の上に水たまりを作ってしまった。
「わぁぁ! 危険な液体が!」
「この阿保阿保娘め!」
フレグランスの水溜まりは、扉の方に広がる。何か拭くものは無いかと多目的ルームを見回しているうちに、運悪く扉が開いてしまった。
入室して来たのはポピーだ。
「アワワ……!?」
「何を騒いでいる……? 物取りでも入ったんじゃあるまいな? ぬぅ……この香り……」
フレグランスの溶液は、ポピーのドレスの裾を濡らしてしまっていた。
しかもガッツリと。
それを目の当たりにしたステラは顔を青くする。
「ポピー様! ここは危険です! 一度部屋の外に出てもらえませんか!!」
彼女の裾から、その顔まで視線を上げてみて、驚愕した。
扉の前に佇んでいるのが、絶世の美女だったから。
(嘘ぉ!? 数秒前までふくよかな体系だったのに!!)
「何をそんなに驚いておるか……?」
「あの……、あまりにも美しいので……」
ドラゴン素材の所為で、ポピーの容姿が美しく見えている。小さな顔にバランス良く配置されているのは少し垂れた目と、ポッテリとした唇。
身体は無駄な贅肉など一切付いておらず、出るところはシッカリ、凹むところはキュッとしていて、理想的な体系になっていた。
「おだてても無駄だ。しかし……この香りは気に入ったぞ。もう一度同じ調香をしてくれ」
ポピーはそう言い、ニカリと笑った。
(これと同じって、ドラゴンの結石入りで!? というか今のポピー様、何故かジョシュアにとても似ている……。単なる偶然なんだろうけど)
自分が作り出したフレグラスの効果の恐ろしさに、震えずにはいられないステラだった。
作業台に腕を突っ伏して寝たせいで、腕が痺れてしまっている。
顔を上げると、目の前でビーカーが倒れていて、中に入っていた完成品が零れていた。寝る前にスキルでフレグランスの溶液を複製して、遮光瓶に入れていたので、これは駄目になってしまってもいいのだが、液体を拭き取るのが少々面倒だ。
窓の方から吹き込んだ微風がステラの髪を揺らす。
アジ・ダハーカが散歩から帰って来たのだろうか?
閉めようと椅子から立ち上がり、ビクリとする。
「……っ!?」
室内に自分以外の人間が居る。
作業台の傍に寝そべっているのは、赤い布が印象的な民族衣装姿の黒髪の青年。少し神経質そうな美しい顔立ちをしていて、おかしな事に、頭の上に黒い猫耳が生えている。
「うわぁぁ!? 不審者!!」
あまりの恐ろしさに叫び声を上げて扉の方へと逃げようとすると、ステラの声に驚いたのか、青年が起きた。
「あぁ……。やっと起きたのか」
ステラは耳を疑った。今の可愛らしい声は、猫耳の青年が発したのだろうか? アジ・ダハーカの声に良く似ている。
「お主が調香したフレグランスとやら、とても良かったぞ。鼻の先と前脚に付いてしまった所為で暫く落ち着かなかったがな」
「あの……、貴方はアジ・ダハーカさんじゃないですよね?」
「そうだが?」
「えぇ!? 男の人に見えます!!」
なんという事だ。彼は黒猫のアジ・ダハーカで間違いないらしい。
わたわたと慌てるステラに嫣然とした笑みを向け、作業台の上に長い脚を組んで座る様は、男性的でありながらも美しい。
「お主が戸惑っている理由を当ててやろうか? 儂が別物に見えるのだろう?」
「そう! そうです! 何故ですか!?」
「やはりな。ドラゴンだった時分、儂の血肉は摂取した者に幻覚を見せる効果が有ったのだ。お主が儂の素材を使ってこのフレグランスを作った事で、その幻覚作用が発現しているのだろう」
「そうなんだ……。でも、猫が人間に見えてしまうなんて、相当ヤバイですよね?」
特殊な素材を使っている自覚はあったので、何かの効果が現れるかもしれないと予想していたが、まさか別の生き物に見せてしまう事になろうとは考えもしなかった。
ステラは作業台までトコトコと戻り、遮光瓶を手に取る。中に入っているのは、深夜に調香したフレグランスを複製したものだ。
「ヘンテコな作用があるなら、廃棄した方がいいのかな……」
良い出来だと思っていただけに残念でならないが、使用する人の安全を考えたら、この調香を無かった事にした方がいいだろう。
「素晴らしい香りに仕上がっているのにか?」
「褒めてくれるのは嬉しいのですが、何らかの事故が起こってしまわないように、これは危険物として処分してもらいます!」
「……いや、ちょっと待て。やっぱり儂の結石だった物を無駄にするのは不快だ!」
「これは複製した物なので、アジさんのボーコーの中で育てた結石は入っていません!」
「そういう問題ではないわ! 貸せ!」
「渡せません!」
フレグランスが入った遮光瓶を持ち、扉へとダッシュするマリの後ろを、アジ・ダハーカが追って来る。後ろを振り返ってしまったせいで、ステラの足が縺れバランスが崩れた。
何とか体制を直せたものの、ついうっかり遮光瓶を落としてしまい、玻璃ガラスが砕け散る。
中に入っていた液体が飛び散って、床の上に水たまりを作ってしまった。
「わぁぁ! 危険な液体が!」
「この阿保阿保娘め!」
フレグランスの水溜まりは、扉の方に広がる。何か拭くものは無いかと多目的ルームを見回しているうちに、運悪く扉が開いてしまった。
入室して来たのはポピーだ。
「アワワ……!?」
「何を騒いでいる……? 物取りでも入ったんじゃあるまいな? ぬぅ……この香り……」
フレグランスの溶液は、ポピーのドレスの裾を濡らしてしまっていた。
しかもガッツリと。
それを目の当たりにしたステラは顔を青くする。
「ポピー様! ここは危険です! 一度部屋の外に出てもらえませんか!!」
彼女の裾から、その顔まで視線を上げてみて、驚愕した。
扉の前に佇んでいるのが、絶世の美女だったから。
(嘘ぉ!? 数秒前までふくよかな体系だったのに!!)
「何をそんなに驚いておるか……?」
「あの……、あまりにも美しいので……」
ドラゴン素材の所為で、ポピーの容姿が美しく見えている。小さな顔にバランス良く配置されているのは少し垂れた目と、ポッテリとした唇。
身体は無駄な贅肉など一切付いておらず、出るところはシッカリ、凹むところはキュッとしていて、理想的な体系になっていた。
「おだてても無駄だ。しかし……この香りは気に入ったぞ。もう一度同じ調香をしてくれ」
ポピーはそう言い、ニカリと笑った。
(これと同じって、ドラゴンの結石入りで!? というか今のポピー様、何故かジョシュアにとても似ている……。単なる偶然なんだろうけど)
自分が作り出したフレグラスの効果の恐ろしさに、震えずにはいられないステラだった。
0
お気に入りに追加
720
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる