上 下
12 / 89
香料準備フェーズ

香料準備フェーズ④

しおりを挟む
 ステラはジョシュアに対し、二種類のスキルを利用したエッセンシャルオイルの抽出方法を説明した。
 実はもう一種類使えるスキルがあるのだが、聖ヴェロニカ修道院のシスターアグネスに「最も目を付けられやすいスキルかもしれない」と言われているので、それについては黙っておくことにした。

 一通り話し終えると、ジョシュアは満足気に頷く。

「『物体運動スキル』と『複製スキル』かぁ。くだんの『聖ヴェロニカの涙』の制作者は絶対何かしらのスキルを持っているだろうと予想してたんだけど、的中したな~」

「……む。ジョシュアは何故予想できたんです?」

「簡単な事だよ。君が作った『聖ヴェロニカの涙』は出来が良すぎたんだ。これは単に、今までのオレの経験に過ぎないんだけど、他と一線を画す程に高品質の商品を辿ると、間違いなく何らかのスキル保持者に行きつく。芸術品なら、スキルだけでなく、高いセンスも持っている場合が多いかな」

 なるほど。ステラは自分自身で外部の者に、スキルに関するヒントを提示してしまったらしい。そして察しの良いジョシュアに気付かれ、自由に泳がされたあげくに白状させられる状況になったわけだ。
 自分にガッカリして頬を膨らせていると、ジョシュアにクスリと笑われる。

「そんな顔しないでよ。オレは君に活躍の場をあげたいだけなんだから。オレもスキル持ちってやつだけど、事あるごとに怖がられたり、特殊扱いされるんだよね。だから、スキル保持者を支援して、世の中の人達にその能力ごと受け入れられるようにしたいって常日頃から思ってる」

 これは本音なのだろうか? ジョシュアの顔を見ると、真面目な表情をしている。

「……信用してもいいんですよね? その言葉」

 言った後で、ステラは猛烈に後悔した。これでは自分で何の判断も出来ない人間みたいだ。
 だけど口に出さずにいられなかった。
 たぶん信じたいから。

「オレは信用に足る男!」

 ステラのスキルにやたら執着しているような気がしなくもないし、妙に軽いのが胡散臭いが、あんまりしつこいのも良くないので渋々頷く。

「分かってくれたのかな。良かった! そうそう。君に渡したい物があるんだ」

「何ですか? これ以上お菓子を貰っても、昼食も食べたいので、困りますねっ」

「お菓子じゃないから」

 ジョシュアは一瞬呆れた表情になったがコホンと咳払いした後、ベストのポケットの中から小さく畳まれた紙を取り出し、ステラに渡してくれた。

「これは?」

「ステラは昨日酒屋の親父に貰ったドラゴンの結石を、フレグランに使いたがっていたよね? オレも協力しようと思って、あの素材についてここの図書室で調べてみた。加工法を記した書籍を見つけたから、書き写してきたんだよ」

「わぁ! 本当ですか!?」

 急いで畳まれた紙を開き、中に書かれた文章を読んでみる。

”ドラゴン族の体内から稀に採れる結石は、ほんのりと甘い土の香りがする。そしてその効果は種族・個体により千差万別。加工法については国よって異なっているが、我が国の一般的な方法は、出来る限り細かく砕いた結石を蒸留酒に浸し、10年~50年程熟成させる。そうする事で様々な薬に利用しやすい溶液に出来る”

「むむ……? 何で熟成の年数にこれだけ差があるのですか?」

「注釈に書いてあった事によると、ドラゴンの個体差で熟成に必要な年数が変わるらしいよ。強いドラゴンの結石程、アルコールに溶け込み辛くなるんだとか。原本が必要なら、後でマーガレットに運ばせるけど、どうする?」

「あ、可能でしたらお願いします」

 ジョシュアのメモの内容を疑うわけじゃなく、原本には他に有用な事が書いてあるかもしれないので、全体的に読んでみたいのだ。

「了解だよ。昼食はここで食べる?」

「そうします」

 ジョシュアと会話を続けながらも、ステラの頭の中はドラゴンの結石の事でいっぱいになっている。

(結石の扱い、興味深いな~。アルコールに香りとかの成分を移すには、熟成期間が必要になるのか。でも期間が最短で十年間! 流石にそんなに待てないよ。私の三つのスキルでなんとか短縮出来ないかなぁ~?)

 悩ましいのは熟成年数についてだけじゃない。千差万別と書かれている効果についてもだ。
 昨日ジョシュアと行った酒屋の店主に、何のドラゴンの結石だったのか質問した方がいいだろう。

「ジョシュア。もし暇なら、午後のどこかで昨日の酒屋に連れて行ってくれませんか? この結石の情報をもっと欲しいです」

 この部屋に閉じこもって作業を続けていると、うっかりスキルを使い過ぎてしまいそうなので、休憩がてらに外出するのはいい事の様に思えた。

「情報を聞くくらいなら、使いを出せばいいけど……。その顔は出かけたそうだね。いいよ。夕方になったら繁華街に行こっか。酒屋だけだとアレだから、外食してから帰ってくるか」

「外食! 本で読んで憧れてました!」

 昨日の外出も新鮮な事の連続だったが、今日も繁華街に出られるのかと、感動する。

(自由って素晴らし……。フレグランス作りが終わった後は修道院に帰えんなきゃいけないのが、ちょっと……、うぅ……。でも自分から状況を伝えた方がいいよね。修道院の皆には散々面倒みてもらっているし。夕方までに手紙を書いて、マーガレットさんに託そう)
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...