結婚した次の日に同盟国の人質にされました!

だるま 

文字の大きさ
上 下
101 / 101
番外編②

雷雨でも特別な一日③

しおりを挟む
 ジルはこのまま暖炉の前で昼食をとりたいらしい。
 型にはまらない彼女を改めて好きだと思う。
 神に祈りを捧げるその横顔は優しくて、神秘的だ。
 いつまでも見ていたいのだが、長すぎると怒られるのを知っているから早々に視線を外し、深皿の中の腸詰をフォークで差し、齧る。

(アッツ……!!)

 中から飛び出した肉汁が思ったよりも熱く、口を抑える。
 アホな失態を見られてしまったかと、彼女をチラリと見ると、まだ目を瞑り、祈りを捧げ続けているので、バレていないだろう。

 口の中の熱い物体を我慢して咀嚼する。

「お味はどうですか?」

「……うまいケド」

 何とか飲み込み、返事をするものの、正直熱すぎて味なんて分からなかった。

 ハイネの嘘を疑いもせず、嬉しそうにはにかむ彼女。嘘をついた甲斐があったようだ。

「うん。ちゃんと味が染み込んでますわね。我ながら力作です」

(そんな美味いのか。スープから飲んでみようかな)

 熱を持ってそうな、ゴロゴロした具材を避け、スプーンでスープをすくう。
 冷めるのを少しばかり待ってから口にふくむと、野菜や腸詰から出た出汁の味わいにホッコリする。それに、腹の中からジックリ温まる感覚もある。

「何杯でも飲みたいくらい美味い」

「気に入っていただけた様で嬉しいですわ」

 今度は心からの言葉を告げると、力強く頷かれる。

「先程採って来たポルチーニ茸も美味しいです。雨に打たれた甲斐があったというものですわね」

「リゾットにするって言ってなかったっけ? ポトフも最高だけど」

「ええと……。リゾットは夕食にしようかと思いまして。……ハイネ様も召し上がって行きませんか?」

(ん? これって……)

 ジルの顔は、さっきよりも赤い。暖炉からの熱気の所為ばかりではない気がする……。

(リゾットを餌に、俺を引き留めようとしてる!?)

 もっと一緒に居たいという気持ちは、彼女も一緒らしい。でも、この閉鎖的な空間で心臓を鷲掴みにするのは、色々危険すぎる。

「いいけど……」

「良かったですわ!」

 冷静さを装った返事に、ジルは無邪気に喜ぶ。
 そんな姿を見ると毒気を抜かれてしまう。

(早とちりして行動したらきっと嫌われるから、気を付けないとな)

 彼女にバレないように、後ろを向いて、コッソリため息を吐く。そんなハイネに、ジルは意外な事を口にした。

「ねぇ、ハイネ様。昨日誕生日って本当ですか?」

「え? ああ、そうだけど。よく知ってるな」

 てっきり知らないと思っていたので、ドキリとする。

「昨日パン屋さんでオイゲンさんとお会いした時に教えていただいたのですわ。宮殿で祝砲を打ち上げたとか……」

「そーそー。大袈裟だよな。誕生日くらいで」

「私、オイゲンさんから知らされた事、ちょっぴり悔しかったんです」

「悔しい? 何で?」

 彼女の顔を見ると、寂し気な表情をしていた。

「皇太子の誕生日なら、少し調べれば分かったのに、そうしなかった。オイゲンさんにお会いしなければ、スルーしていたかもしれません! 私はハイネ様とお付き合いしてますのに、こんなの失格ですわよね……」

 自分の誕生日を意識するジルの気持ちが嬉しい。当然、彼女失格だなんて思ってない。気を遣わせない様にと思って、敢えて伝えなかったのだから。
 だが、ある事に思い至り、嫌な汗をかく。

(俺もジルの誕生日を知らないけど、もう過ぎてる!? 彼氏失格なのか!?)

 付き合った時直ぐに、彼女のプロフィールを根ほり葉ほり聞くべきだったと、今更ながらに後悔する。

「あの。これ、プレゼントですの。急だったから、大した物を用意出来なかったのですけど、受け取っていただけます?」

 差し出されたのは、綺麗に包装された細長い箱だ。何が入っているのだろうか?

「今開けてもいいのか?」

「ええ。どうぞ」

 黒地に金の葉の模様が入った紙を丁寧にはぎ、中から現れたビロードの箱を開けると、万年筆が入っていた。この筆記用具に関しては近年海外の技術者が特許を取得したと聞く。この国でも普及し始めており、ハイネも数本持っている。だけど、ジルに貰った物だから一目で気に入ってしまった。

「何を差し上げたらいいのか分からなくて、実用的な物にしましたの」

 何も言わずに万年筆を握ってみたりしているハイネに不安になったらしく、ジルの声は小さくなっていく。

「使わせてもらう。ちょうど新しいのが欲しかったんだ。嬉しいよ」

「ホントですか!? 良かったです! このマロンタルトも、誕生日を祝うつもりで焼いたのですわ」

 暖炉の前でどっしりと存在感を主張していたタルトは、彼女によって切り分けられ、さらに盛り付けられた。

「いっぱい召し上がってくださいね」

 満面の笑みで皿を差し出され、胸が苦しい……。挙動不審にならないように、震える右手を左手で押さえながら受け取る。

「……なんか」

「ん?」

「こんなに色々してもらったら、お返ししないわけにはいかないんだけど」

「そんなの! 気にしないでいただきたいのですわ! だって私、ハイネ様に色々していただいてますもの。この指輪も、凄く嬉しくて……」

 彼女の胸元で怜悧な輝きを放つ指輪。それをジルは、まるで宝物を扱う様に両手で持ち上げ、幸せそうに微笑んだ。

(俺の婚約者、可愛すぎないか??)

 もう何度思ったか分からない。この分だと、今後も自分はこの調子だろう。
 だけど、今は彼女の言葉に感動している場合ではない。ハイネにも主張すべき事があるのだ。

「それはアンタと結婚する為にやった物だから、当然渡すべき物であって、誕生日とは分けて考えるべきだと思う」

「む? そうです?」

「そーなんだよ! だから、ええと……。アンタの誕生日はいつ? 欲しい物、何でも買ってあげたい」

「誕生日は十一月十日なのですわ。でもほしい物何て何も無いのです」

「十一月十日か……」

 ほんの二週間程であるが、ハイネの方が年上らしい。
 訳も無く嬉しくなる。

「その日、空けといて。一緒にどこか行こう」

「お出かけ! 必ず空けておきます。楽しみです! でも、プレゼントは本当に要りませんからね?」

「分かった分かった」

 適当に頷いておくけど、頭の中では何を取り寄せるか考え始めている。

(珍しい宝石のアクセサリー? 年代物のワイン? う~ん……女が喜ぶ物ってなんだ? 小切手とか? あ~でも、ジルって結構金持ってるからそんなもん要らないか)

 なかなか難しい。だけど、彼女へのプレゼントを考えるのは不思議と楽しい。

 絶品のマロンタルトをおかわりしながら、彼女からヒントを貰う。

「ドレスは間に合ってる?」

「えぇ! 間に合ってますわ!」

「別荘はまだ持ってないだろ」

「別荘!? この家があれば充分なのですわ!」

「セキュリティ向上のために近衛を二人程渡すとかは?」

「ちょっと手に余る様な……」

「もう二週間あるし、少し悩んでみるか……」

「だから要らないと何回も言ってますのに!」

「そういう訳にはいかないから」

「はぁ……。あ! 何時の間にか雨がやんでますわ!」

 強引に話題を変えられた様な気がしなくもないが、窓に視線を向けると、雲の隙間から太陽の光が下りていた。

「あー、ホントだ」

 たぶん、前までの自分だったら、雨があがり、雷が止んだ事を単純に喜んでいただろう。それなのに、今は何故か天気にムカついている。

 自分の感情が良く分からず、首を傾げる。

「晴れそうですわね。夕食までの間、どこかに散歩に行きませんか? 雨上がりの空気はきっと美味しく感じられますわ」

 ジルの言葉を聞き、自分の感情の正体にピンときた。たぶん、雨に閉ざされた家の中で、彼女と身を寄せ合う様に過ごすのをかなり心地良く感じている。だから外になんか出たいわけがない。たちが悪い事に、それを言葉で伝えるは恥ずかしいから、天気の所為にしたいのだ。だから晴れてしまう事が気に入らない。

「水たまりで転ぶと、ずぶぬれになるし、今日はフラフラ出歩かないで家の中に居た方が安全だと思うけど」

「何故水たまりで転ばなければならないのです?」

「たぶん、アンタは転ぶと思う。だって、この間なんか安全な室内で植物に連れて行かれたし」

「むむ……。だってアレは!!」

「アンタ色々巻き込まれる体質みたいだから、このままここでノンビリしてようぜ!」

 釈然としない顔をする彼女の口に、マロングラッセを突っ込み、黙らせる。驚き、真っ赤になるジルの姿がやっぱり可愛い。

 雷の日でも、彼女と過ごすと最高の一日になる。自分の気持ちを引き上げてくれる彼女のパワーは、やっぱり自分にとっては無くてはならない物になりつつある。
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

くろうさぎ
2019.10.11 くろうさぎ

面白いです
登場人物がクセがあって読んでて楽しいですね
ハイネとジルが幸せになってほしいなぁ…

2019.10.11 だるま 

感想ありがとうございます😊
番外編も投稿しますので、お楽しみに! です!

解除
ひゅふぁ
2019.09.16 ひゅふぁ
ネタバレ含む
2019.09.17 だるま 

全員が完璧超人だと、物語にならないので、ウッカリさんや身勝手さんを配置してます(´・ω・`)

解除
shin_101
2019.09.15 shin_101

すごく面白いです!
登場人物それぞれのキャラが好きです!
これからも楽しみにしています!

2019.09.15 だるま 

有難うございます!
ストーリーとか悩みながら書いたので、そう言っていだくと凄く嬉しいです(o^^o)

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。