結婚した次の日に同盟国の人質にされました!

だるま 

文字の大きさ
上 下
98 / 101
皇帝陛下と初対面!

皇帝陛下と初対面!②

しおりを挟む
 貴族達は宮殿の大広間から、前庭へと場所を移し、皇帝陛下と皇太子の決闘という、前代未聞の大イベントを見守る。
 始めは微妙な面持ちで見学していた彼らは、父子の真剣勝負を前に、徐々に声援を送り始める。

 ジルはそんな貴族達の輪から少し離れて立つ。

 先程の式典での衝撃的な展開について、ハイネに問い詰めたいのに、こんな状況では聞くに聞けないし、彼から上着を預かっているから、帰る事も出来ない。

 皇帝に対し、大きく踏み込んだハイネの姿を恨みがましく見つめる。

(私が伯爵って……、流石に無理よ)

 バザルやライハナに住む領民を思い返す。確かに善良な人々は居た。だけど、殺人や差別に加担する者がかなり多く、うまくやって行けそうに感じられない。
 ハイネの上着の皺を伸ばしながら、小さくため息を吐く。

――キンッ

 金属音が一際高くなり、ジルは顔を上げた。

「流石ハイネ様だ!」

「殿下の勝ちだ」

 貴族達が騒ぐ。
 ハイネが皇帝の剣を弾きとばした様だ。

(凄い……。ハイネ様、ちゃんとお強いのね)

 大歓声の中、片腕を突き上げる彼の姿が眩しい。視線が合えば、モヤモヤも忘れて頬が緩んだ。

「腕を上げたな」

「アンタに舐められ続けるのも癪だからな」

 皇帝は豪快に笑い、ハイネに向かって何か小さな物を投げた。

「受け取れ、約束の物だ。うまくやれよ」

「了解」

 何を贈られたのだろうか?
 彼等の話の内容に全く見当が付かず、首を傾げた。

「ジル! 何でそんなに離れてるんだよ。ちゃんと見えてたのか?」

 貴族達の輪を抜け、ハイネはジルの元に駆け寄って来た。

「見てましたわ。剣術も得意でしたのね」

「まぁ、コロッと暗殺されないくらいにはな。ちょっと時間くれ」

「え? はい」

 自分達だけ抜け出していいのだろうかと思い、貴族達の方を見ると、パラパラと散らばり、人数が減っていく。今日はもうお開きになったのかもしれない。

 ジルは自分の手に持つ物を思い出し、ハイネに差し出す。

「上着を着ないと風邪をひいてしまいますわ」

「アンタの方が寒いだろ」

 彼は上着を受け取ると、ジルの背後に回り、肩にかけてくれた。そして手を引かれる。

(う……。どうして色んな方々が見ているのに、いつも通りに私と接するのかしら!?)

 宮殿の中に連れられ、前を行く彼をジト目で睨む。

「もう式典は終わりなのですわよね? どこに向かってますの?」

「俺の部屋」

「え!?」

 付き合っているとは言え、いきなりプライベートな空間に踏み入れてもいいのだろうかと慌てる。

(そういえばこの前、恋人同士の行為として、お互いの私室で過ごすものだと言っていたわね。まさかそれを今日実戦なさるおつもりなの!?)

「何で赤くなってるんだ。昼飯を一緒に食おうと思っただけなんだけど」

「そうでしたのね!!」

 食事するくらいなら、大丈夫そうだ。ジルは安堵し、ホッと息を吐いた。

 青い絨毯の上を歩き、宮殿の奥へ奥へと進む。公国の宮殿の造りもそうだったが、やはり、身分の高い者の居室は深部に配置されている様だ。

 ハイネは一際大きな扉の前で止まった。
 両脇に立つ衛兵が敬礼し、「お帰りなさいませ」と言っているので、ここが彼の私室とみていいだろう。

 彼は扉を開け、中に入る。

「お邪魔します……」

 シンプルながらも、センスの良い部屋だ。
 色をそろえた調度品は、一歩間違えると無機質な印象になりそうなのに、そうなっていないのは、一品一品が凝った細工が施されているからだろう。
 清涼感のある香りが彼らしい。

(私、同年代の男性の私室に入るの初めてなのよね……)

 部屋の中央で手を放されたものの、どうしていいか分からず、その場でクルクル回る。

「何やってんだ……。回転してないで、カウチに座ってて。俺はお茶貰ってくるから」

「あ、はいっ」

 彼に働かせるのは抵抗があるものの、宮殿の構造も知らないので、自分が行くとも言えず、大人しくカウチに腰かける。
 室内をボンヤリ見回していると、ハイネがトレーを手に戻って来た。カップを二つローテーブルに置き、ジルの隣に座る。

「向かいに座りませんの? どうして隣に……」

「俺の部屋なんだから、どこに座ろうと俺の勝手だろ」

「う……」

 彼から注がれる視線に再び落ち着かなくなり、持って来てもらったお茶を口にふくむ。飲みやすい温度のハイビスカスティーは酸味があるものの、許容範囲内なので美味しく感じる。
 少し気分がスッキリし、式典の事を聞きたくなる。

「私が伯爵って……、何かの間違いですわよね?」

「さっき説明しただろ? アンタはマリク伯領の税収で、前伯爵への貸付金残高に充当すればいいだけ。放置しておくには、気の毒なくらいの金額だった」

「もしかして、イグナーツから聞き出しましたの?」

 会社の内部事情が漏れてしまっている事に、若干気分が悪くなる。

「そう! たまたま二人で話す事があったから、アンタの会社について色々聞いといた」

(この人、絶対イグナーツから情報を仕入れる為に、わざわざ私のいない時を見計らって会いに行ったわね……。時々純粋に見えるからといって、油断できないわ……)

 つい胡乱な目つきで彼の顔を見てしまう。

「まぁ、爵位は高いにこしたことないだろ? ちょうど良かったな!」

 爽やかな笑みを向けられても、ジルとしては微妙な気分のままだ。

「でも、たった五年とはいえ、あれだけ広大な領地の管理なんて出来ると思えなくて……」

「心配するな。困った事があったら協力するから」

「それは……心強いですけど」

 ジルの言葉に、ハイネは嬉しそうにニンマリとした。

「爵位については改めて文書を送らせるから。それよりさ、さっき、親父と決闘した時、何をかけていたと思う?」

 急に話題を反らされ、ジルはキョトンとした。皇帝から小さな物を渡されていたのは目にしたが、それのことを言っているのだと分かるが、良く見えなかった。

「さぁ……? 分かりませんわ」

 ハイネは頷き、ポケットから小箱を取り出した。紅色のビロードが貼り付けられたそれは、アクセサリーでも入っていそうに見える。

 蓋が開けられる。中に鎮座していたのは、大粒のダイヤモンドがセンターストーンとして使われた指輪だった。石は大きさもさることながら、その透明度の高さからも、相当価値ある代物のようだ。

「綺麗、ですわね」

「これは、母の遺品なんだ。親父が結婚を申し込む時に渡したらしい」

 皇族ともなると、これ程の指輪を婚約指輪にしてしまうのかと、ジルは目を丸くする。

「ハイネ様はお母様の遺品を傍に置いておきたくて、皇帝陛下から譲ってもらったんです?」

「そ、そんなわけないだろ! 何でボケるんだよ。ワザとなのか?」

 何故急に怒られなければならないのか分からず、ジルは頬を膨らませた。

「分からないから聞いたのに、そんな言い方しなくてもいいでしょう?」

「あー。そうだよな……。悪かった」

 ハイネは素直に謝り、小箱の中から指輪を取り出した。

「アンタにこれを付けてほしいんだ」

「……私に?」

「そう。アンタに。一度ちゃんと言わなきゃいけないと思って……」

「む……」

「俺と結婚して」

 真っ直ぐに見つめる眼差しは、真剣そのもの。彼は冗談を言っているわけではないのだ。

「答えは『はい』しか認めない。最長でも五年内――マリク伯領を返還するまでには、アンタを嫁にするつもりだから」

「ご……五年……」

 結婚については、去年騙される様に母国の大公に嫁がせられた苦い経験から、これまでハイネから話を持ち出されても、それとなく話を逸らすなどしてかわしてきた。彼はそれを良く思わなかったから、こうして目に見える物で実感を持たせたいのかもしれない。

 ハイネの事は好きだ。たぶん……何もかもが。

 でも、結婚した後、愛だけじゃやっていけない事が分かるから怖いのだ。
 利用されたり、期待に応えられなくて幻滅されたり。たぶん色んな事がある。好きだからこそ、余計に傷つくんじゃないだろうか?

 だけど、こうして彼と交際して、出会いのチャンスを奪っている以上、無責任に逃げ続ける事も出来ない。

 覚悟を決め、ノロノロと彼の前に左手を差し出す。

「く……ください……」

「もっと嬉しそうな顔しろよ」

 彼は苦言を呈しながらも、ホッとした表情でジルの手を掴む。

 薬指に指輪が通されていく。
 直前まで微妙な気分だったのに、指輪という拘束具で彼に捕らわれていく様な光景が、甘い様な感覚をもたらした。
 不思議とぴったりはまったのは、何の偶然か?

(私、本当に将来ハイネ様と結婚するのね)

 ストンと地に足が付いた様な感覚だ。
 思えば、この国に来てからずいぶんフワフワと、自分の所属する国すらよく分からないままに、暮らしていた。
 ジルに居場所を与えてくれたハイネに対し、何故か強い不信感を感じ、彼を傷つけた事もあった。

 それなのに、彼はちゃんと向かい合ってくれた。
 今度は自分が、彼を思いやる番なのかもしれない。

「大切にします」

 二つの意志を込めた言葉を紡ぐ。

「俺も……大事にするから」

 引き寄せられた腕の中で目を閉じると、漸く彼との未来が見えた気がした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

処理中です...