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彼女の兄は根っからの犯罪者
彼女の兄は根っからの犯罪者③
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「お金の問題じゃないわ! 私、一度目の結婚は失敗したから、もう気軽に結婚はしないの」
「あぁ、そういえば、テオドール大公と一度結婚してたんだったね。でもさ、ジル様。気軽に結婚する気がないのに男とイチャついたりは出来るんだ?」
聞き捨てならない言葉だ。イラッとしてヨナスを睨む。
「どういう意味かしら?」
「言葉のままだけど? 俺が貴女に付けた呪印、あれはね、誰かに愛を告げようとすると発動する仕組み。『好き』って言おうとしてたんでしょ? 試しに仕込んでみただけなのに、本当に口にするなんてね」
ジルは、ハイネの腕の中での事を思い出し、顔を赤くした。でも、あのやり取りを誤魔化すために嘘を吐くつもりはなかった。
「結婚に消極的だからって、誰かに恋愛感情を抱かないと決めつけないでもらえるかしら? ごく自然に惹かれてしまう事だってあるのよ」
頭の中の冷静な部分が、幼馴染相手に自分の恋愛観を語る状況に呆れている。
だけど言い切ってみると、ハイネへの想いの確かさを再確認出来た。
「ハイネ殿下に遊ばれてるだけだろうに、それも分からないなんて、可哀そう。前はもっと賢い子だったのに」
ヨナスはジルを憐れみの眼差しで見つめ、手に持つブドウを口に入れる。
「貴方には理解出来ないのでしょうね。でもね、私も貴方の気持ちを理解できないし、する気もないの。そいういう意味ではおあいこなのかもしれないわね」
「いつまで反抗的でいられるか、見ものだね。異国の地で二人で生活してたら、そのうち俺の事しか考えられなくなると思うよ。人の気持ちってそういうもんでしょ?」
「勝手に決めつけないで!」
彼はジルの主張なんてどうでもいいかの様にせせら笑う。そういうところが、昔から全然変わってなくて腹立たしい。
「もう一時間したらトリニア王国に出発するよ。それまで朝食を食べておいて」
ヨナスはパンやスープ、果物等をテーブルに並べ、部屋を出て行った。
勿論ドアに鍵をかけるのを忘れずに。
彼が出て行った後、窓を開けてみようとしたが、ビクともしない。さり気なく術をかけたのだろうか?
(完全に閉じ込められてしまったわ。どうしよう……)
一時間後にはトリニア王国へと出発するらしいが、誰にも告げないまま、何もかも置いてブラウベルク帝国を去ってしまう事に焦る。
マルゴットとイグナーツ、他に雇っている人々は混乱するかもしれない。
大学や会社の事も気になる。
そしてハイネは……。
彼の目の前で自分は消えてしまった。優しい彼の事だから、きっと気に病んでいる。表情にも出せず、今日も次期皇帝としての振る舞いをしているだろう。
(今すぐ戻って安心してもらいたいのに……)
出発までの一時間、ジルは窓に椅子を投げつけたりして脱出を図ったものの、異能の力をくぐり抜ける事は出来なかった。
疲れ切り、へたり込んでいたジルをヨナスは嗤い、縄で縛って一階に連れて行く。
ポーチに立つのは、一度会った事があるマリク伯爵家の執事だ。彼は縄で繋がられたジルの姿を見て、険しい表情になった。
「ヨナス様、その女性は皇太子殿下の婚約者では? 何故縛り上げておいでなのです?」
「殿下に婚約者がいるの? 初耳だね! この国でそんな公式発表はされてないはずだけど?」
「そうではありますが……」
彼等は二人ともマリク伯爵に雇われている。いわば仲間なはずなのに、執事のヨナスを見る眼差しには強い不信感が浮かんでいる。
バザル村の件でジルは彼に恨まれていると思われるが、執事は今、この光景を見て何を考えているのだろうか?
「若い女性への粗雑な扱い、見過ごす事は出来ません」
「執事さん……」
彼の言葉を聞き、その良心が確かなものと知る。マリク伯爵に組すると一括りに考えてしまった自分が恥ずかしくなる。
「へー。執事さんは俺の力を忘れたのかな?」
「「……!?」」
ヨナスの低い声に呼応するかの様に、彼の影が不自然にうごめく。
影は、そのあるべき場所から回転し、どんどん面積を拡大させる。
「ひ……!?」
後ずさる執事を追う様に、黒い何かは伸び、ボコリと泡立った。骨ばった禍々しい手が地面から突き出された。そして尖った牙の生えた巨大な口も……。
不気味な光景に唖然としそうになる。だけど、このままじゃ、執事はこの生物に食い殺されるかもしれない。
ジルの身体は自然と動き、ヨナスから伸びる影を踏みつけた。
「消えなさい!!」
影の動きが停まる。まるでジルの命令に応えるかのように。
振り返ると、ヨナスは仄暗い嗤いを浮かべ、ジルを見ていた。
「ワームの動きを止めれるなんて、流石シュタウフェンベルクの血筋だね。貴女の傍に居ると、いつか光に溶けて消されてしまうのかな?」
「え……?」
「何でもないよ。執事なんかに構ってないで早く行こう」
「仕掛けたのは貴方でしょう?」
「そうだっけ? どっちでもいいじゃない。トリニア王国に入ったら縄を解いてあげるから、それまで辛抱してね」
化物はヨナスの影の中に収納され、そして、影自体も、日差しの向きから正常な位置へと戻った。
(ヨナス……、とんでも無い生き物を飼ってるのね。エミール氏のメッセージは、農産物に関する事ばかりじゃなかったの……)
「あ、あの……。貴女の為に、何か出来る事は……?」
腰を抜かしたのか、立てないでいる執事の脇を通り過ぎようとすると、声がかけられる。
「可能でしたら、帝都のクライネルト家に、ジルはトリニア王国に行くと伝えていただけませんか?」
ジルの頼みを聞き、彼は力強く頷いた。
「貴女はジル様と言うのですね……。クライネルト家と……、殿下に必ず伝えます」
「馴れ合いってヤダヤダ。ぎゃ!? いったぃ!!」
肩を竦めるヨナスに腹が立ち、ジルは後ろから彼の膝に蹴りを入れた。
「あぁ、そういえば、テオドール大公と一度結婚してたんだったね。でもさ、ジル様。気軽に結婚する気がないのに男とイチャついたりは出来るんだ?」
聞き捨てならない言葉だ。イラッとしてヨナスを睨む。
「どういう意味かしら?」
「言葉のままだけど? 俺が貴女に付けた呪印、あれはね、誰かに愛を告げようとすると発動する仕組み。『好き』って言おうとしてたんでしょ? 試しに仕込んでみただけなのに、本当に口にするなんてね」
ジルは、ハイネの腕の中での事を思い出し、顔を赤くした。でも、あのやり取りを誤魔化すために嘘を吐くつもりはなかった。
「結婚に消極的だからって、誰かに恋愛感情を抱かないと決めつけないでもらえるかしら? ごく自然に惹かれてしまう事だってあるのよ」
頭の中の冷静な部分が、幼馴染相手に自分の恋愛観を語る状況に呆れている。
だけど言い切ってみると、ハイネへの想いの確かさを再確認出来た。
「ハイネ殿下に遊ばれてるだけだろうに、それも分からないなんて、可哀そう。前はもっと賢い子だったのに」
ヨナスはジルを憐れみの眼差しで見つめ、手に持つブドウを口に入れる。
「貴方には理解出来ないのでしょうね。でもね、私も貴方の気持ちを理解できないし、する気もないの。そいういう意味ではおあいこなのかもしれないわね」
「いつまで反抗的でいられるか、見ものだね。異国の地で二人で生活してたら、そのうち俺の事しか考えられなくなると思うよ。人の気持ちってそういうもんでしょ?」
「勝手に決めつけないで!」
彼はジルの主張なんてどうでもいいかの様にせせら笑う。そういうところが、昔から全然変わってなくて腹立たしい。
「もう一時間したらトリニア王国に出発するよ。それまで朝食を食べておいて」
ヨナスはパンやスープ、果物等をテーブルに並べ、部屋を出て行った。
勿論ドアに鍵をかけるのを忘れずに。
彼が出て行った後、窓を開けてみようとしたが、ビクともしない。さり気なく術をかけたのだろうか?
(完全に閉じ込められてしまったわ。どうしよう……)
一時間後にはトリニア王国へと出発するらしいが、誰にも告げないまま、何もかも置いてブラウベルク帝国を去ってしまう事に焦る。
マルゴットとイグナーツ、他に雇っている人々は混乱するかもしれない。
大学や会社の事も気になる。
そしてハイネは……。
彼の目の前で自分は消えてしまった。優しい彼の事だから、きっと気に病んでいる。表情にも出せず、今日も次期皇帝としての振る舞いをしているだろう。
(今すぐ戻って安心してもらいたいのに……)
出発までの一時間、ジルは窓に椅子を投げつけたりして脱出を図ったものの、異能の力をくぐり抜ける事は出来なかった。
疲れ切り、へたり込んでいたジルをヨナスは嗤い、縄で縛って一階に連れて行く。
ポーチに立つのは、一度会った事があるマリク伯爵家の執事だ。彼は縄で繋がられたジルの姿を見て、険しい表情になった。
「ヨナス様、その女性は皇太子殿下の婚約者では? 何故縛り上げておいでなのです?」
「殿下に婚約者がいるの? 初耳だね! この国でそんな公式発表はされてないはずだけど?」
「そうではありますが……」
彼等は二人ともマリク伯爵に雇われている。いわば仲間なはずなのに、執事のヨナスを見る眼差しには強い不信感が浮かんでいる。
バザル村の件でジルは彼に恨まれていると思われるが、執事は今、この光景を見て何を考えているのだろうか?
「若い女性への粗雑な扱い、見過ごす事は出来ません」
「執事さん……」
彼の言葉を聞き、その良心が確かなものと知る。マリク伯爵に組すると一括りに考えてしまった自分が恥ずかしくなる。
「へー。執事さんは俺の力を忘れたのかな?」
「「……!?」」
ヨナスの低い声に呼応するかの様に、彼の影が不自然にうごめく。
影は、そのあるべき場所から回転し、どんどん面積を拡大させる。
「ひ……!?」
後ずさる執事を追う様に、黒い何かは伸び、ボコリと泡立った。骨ばった禍々しい手が地面から突き出された。そして尖った牙の生えた巨大な口も……。
不気味な光景に唖然としそうになる。だけど、このままじゃ、執事はこの生物に食い殺されるかもしれない。
ジルの身体は自然と動き、ヨナスから伸びる影を踏みつけた。
「消えなさい!!」
影の動きが停まる。まるでジルの命令に応えるかのように。
振り返ると、ヨナスは仄暗い嗤いを浮かべ、ジルを見ていた。
「ワームの動きを止めれるなんて、流石シュタウフェンベルクの血筋だね。貴女の傍に居ると、いつか光に溶けて消されてしまうのかな?」
「え……?」
「何でもないよ。執事なんかに構ってないで早く行こう」
「仕掛けたのは貴方でしょう?」
「そうだっけ? どっちでもいいじゃない。トリニア王国に入ったら縄を解いてあげるから、それまで辛抱してね」
化物はヨナスの影の中に収納され、そして、影自体も、日差しの向きから正常な位置へと戻った。
(ヨナス……、とんでも無い生き物を飼ってるのね。エミール氏のメッセージは、農産物に関する事ばかりじゃなかったの……)
「あ、あの……。貴女の為に、何か出来る事は……?」
腰を抜かしたのか、立てないでいる執事の脇を通り過ぎようとすると、声がかけられる。
「可能でしたら、帝都のクライネルト家に、ジルはトリニア王国に行くと伝えていただけませんか?」
ジルの頼みを聞き、彼は力強く頷いた。
「貴女はジル様と言うのですね……。クライネルト家と……、殿下に必ず伝えます」
「馴れ合いってヤダヤダ。ぎゃ!? いったぃ!!」
肩を竦めるヨナスに腹が立ち、ジルは後ろから彼の膝に蹴りを入れた。
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