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消失の街ライハナ

消失の街ライハナ⑥

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 会議室での打ち合わせは、明日の古城やその周辺での探索活動の予定についてまで及んだ。森の中に埋められているであろう死体の捜索や、古城内にあると思われる農産物の探索等に人員が細かく割り振られ、それぞれの動き方まで決められる。ジルやハイネ等は取り敢えず古城までのルートの安全性が確認されるまでは、ライハナで待機する事になった。

 そんなこんなで、会議は長引き、結局終わったのは陽が暮れてからだった。

 オイゲンが腕を振るった夕飯を食べて終わってから、ジルはマルゴットに宛がわれた部屋を訪れていた。
 手首に付けられた痣は、さらに広がり、肘の付近まで到達していたため、流石に誰かに頼らざるをえないと感じたのだ。

「――うーん……随分古い術にオリジナルの改良を加えている様な気がします。昨日不審者から口付け以外に何かされていませんか?」

「何も……。解除する手立てはないのかしら?」

「そうですね……。蔦である事と、増殖していいく事、皮膚への広がり方のパターンから、少し考えてみます。1時間程もらえますか?」

 マルゴットは口に手をあて、提案する。未知の術に、彼女も即答出来ないのだ。

「分かったわ。こんな夜遅くにごめんね」

「とんでもないです……。むしろ直ぐに気が付かなくてごめんなさい……。何か思いついたらジル様の部屋に行きますね!」

「有難う!」

 ジルはマルゴットに頷き、捲り上げていた袖を元に戻す。

 ドアを開け、廊下に出ると、階下から近衛達の話声が僅かに聞こえた。

 マルゴットに痣の事を相談した事と、身元の良く分からない人間が同じ空間に居ないという安心感から、ジルの足取りは軽くなる。

(やっぱり、頼れるのは身内という感じがするわ!)

 ナチュラルにハイネの事も身内と考えてしまっている事に気付き、顔が熱くなる。

(身内だなんて、おこがましいわよね! ハイネ様、公国からの長旅で疲れてるでしょうし、ユックリ休んでほしいわ)

 同じ屋根の下で過ごせる幸せは、以前一緒に修道院に泊まった時には感じられなかったものだ。
 たぶんハイネに対する感情に変化があったからだ。

 廊下の壁に等間隔で並ぶランプの光を頼りに、自分に割り当てられた部屋へと足を進める。角を曲がると、ひと際明るい光が漏れている部屋があり、ジルは通り過ぎざまにチラリと室内を見る。

(誰かいるわね)

 そこは遊戯室のようで、ビリアードテーブルや、カードゲーム用の小さめなテーブルが並ぶ。部屋の側面にバーカウンターが備えられており、誰かの髪の毛がカウンターの影から見えていた。
 色合い的に、ハイネのものに似ている様な気がして、ジルは近付く。

(やっぱりハイネ様だわ)

 カウンターの内側の作業台の上に、ハイネが突っ伏している。片腕で顔を隠し、もう一方の手には玻璃のグラスを握りしめている。一人で晩酌をしていたのかもしれない。
 彼の姿がどこかの酔っぱらいの様に見え、ジルは口を抑えて笑った。

 そんな彼に近付き、肩を軽く叩く。

「ハイネ様……、ハイネ様、こんな所で寝たら風邪をひいてしまいますわ」

「う……ん……」

 よっぽど疲れているのか、ハイネは目を覚まさない。
 それもそのはず、公国での国同士の殺伐としたやり取りの後、ジルを心配してライハナに来てくれ、長時間会議をしたのだ。これが疲れないわけがない。
 寝入る彼の姿を見ているうちに、その柔らかそうな髪を撫でてあげたくなる。
 ハイネは別に嬉しく思わないだろうが、頑張っている事を労わりたい。

 ソッと手を伸ばし、彼の頭に触れてみる。

(わ! 柔らかい。コルト様も猫っ毛だったけど、やっぱり兄弟なのね)

 ゆるゆると手を動かしてみても、ハイネは起きる気配はない。ジルは調子に乗って、何度も何度も撫で、その髪の感触を楽しむ。

「触ってると気持ちいい……ひゃ!?」

 隙だらけだったジルの手は、素早く動いた彼の手に掴まれていた。驚き、心臓が止まりそうになる。

「触りすぎ。ていうか、アンタ以前も俺の寝込みを襲ってたよな。油断ならないな」

「お……起きてらっしゃいましたのね」

「肩叩いてくれた時にな」

「そんな前に!? 直ぐに返事をしてくださいませ!」

「大きな声出したら迷惑だろ。もう寝てる奴もいるのに」

 マルゴットの部屋を出た時、二十二時を過ぎていた。もう就寝している者がいても不思議ではない。
 掴まれてない方の手で口を覆い、ジルが頷くと、ハイネは性質の良くない顔で笑った。

「ハイネ様? ……きゃあ!」

 掴まれたままだったジルの手は、そのまま強く引かれ、ハイネの膝の上に乗せられる。肩に触れる彼の手や、太ももの下に感じる堅い脚の感触。至近距離で見るその表情は、無責任にもかなり恥ずかしそうだ。

「酔ってますの!? ……こんな……」

「酔ってない。あれだけ撫でまわされた羞恥心を、アンタにも味わわせなきゃ気がすまない」

 ランプの光で照らされた彼の頬は赤く染まり、口はへの字に曲げられている。早鐘を打つ心臓の音を聞かれる前に逃げ出したいのに、この前、彼を晴れの舞台でこっぴどく拒絶した前科から、踏ん切りがつかない。

「膝の上じゃなくても……」

「膝の上でも問題ないだろ、別に……」

 大きな手がユックリと頭を撫でる。

(わ!?)

 抱き込まれ、撫でられるなんて、子供の時にしかしてもらった事がない。
 でも、今ハイネがしているのは、だんじて子供扱いなどではない。
 薄着の彼から伝わる体温と、時々肌に触れる手の感触。撫でられながら、いつの間にか、彼の形のいい唇を見ていた事に気が付き、動揺する。

(早くやめてもらわなきゃ……)

「こんな所、誰かに見られたら……」

「別にみられたっていいだろ? どうせここにいる全員、俺達の関係を恋人同士だと思ってる」

「恋人……? 私とハイネ様が?」

「誰が見ても、そうだと思うけど」

 ハイネの目は、初めてみるくらい優しい。ランプのオレンジの光のせいもあってか、蜂蜜の様な色合いで、そのまま溶けてしまいそうだ。今日は一体どうしたんだろう? 疑問に思う。だけどこの甘ったるい雰囲気に流されてしまっては駄目なのだ。今まで、ハイネと自分の関係性について、彼の認識とズレてるような気がしていたが、それは気のせいではなかったらしい。今ちゃんとしておかないと、後で大変な事になるのは明白。

「恋人じゃないですわよね?」

「え……」

 傷ついた様な表情が少しだけ憎い。

「ハ、ハイネ様は、皆さんに認められたら、関係が成立するとお考えかもしれませんけど、私は肝心な言葉を貰ってないですわ! だからとても恋人だなんて思えない!」

「言わなくても分かるだろ、俺の気持ち。こんな行為、何とも思ってない奴にやるわけない」

 ハイネは狼狽える様に、視線を彷徨わせる。ジルを抱きしめる事は出来るのに、想いを紡ぐのを躊躇うのが良く分からない。

「言葉が欲しいのですわ。じゃないと、恋人同士でやる行為は受け入れられませんっ! だって――」

 ジルは、それ以上言葉を続けられなかった。右の手首がまるで氷を当てられた様に冷たくなったからだ。ギョッとして視線を落とすと、自らの手首から天井に向かい、黒い蔦が何本も伸びていた。

「な、何コレ……」

「ジル……? 一体それは……」

 手首からだけじゃなく、腕から次々に生える蔦は、ジルの身体に巻き付き、そして覆い隠していく。
 胴も、脚も、頭も。

「何でこんな……」

「クッソ、この植物、掴めないぞ!」

 ジルの胴体に巻き付く蔦を引きはがそうと、ハイネの手が蔦の上を左右するが、空を切るだけの様だ。

「ハイネ様……、お願いです。マルゴットにこの事を――」

 言葉の途中で、蔦はジルの全身を覆い、視界が真暗になる。自分の名を呼ぶハイネの声も、暫くすると完全に聞こえなくなってしまった。

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