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消失の街ライハナ

消失の街ライハナ④

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「調査に訪れた方々が埋められた森、というのは、ライハナ北東方向に広がる森ですの?」

 ライハナは深い森を切り開いて造られた街だ。近年ではだいぶこの辺りの森林伐採が進んでいるらしいのだが、北東方向には未だに森が残っている。そこに人が埋められ続けるのは、ただの死体遺棄の場所にされているからという以外にも理由がありそうに思える。

「そう。ライハナの北東の森だよ。帝国とハーターシュタイン公国の間に位置する山から流れる川は、ライハナから帝都への運輸にも使われているんだが、川の支流の一つが、大昔にここの領主が使用していた古城に通じている。行方不明者の足取りを辿ると、水路で、または陸路で古城に向かい、そのまま消息を絶つパターンばかり」

「やっぱり、マリク伯爵が……」

「この領地で、これだけの大がかりな事が出来るのは、あの方くらいだろうな」

 ジルの考えていた通りの人物の名前が挙がる。彼は会社の経営難と、バザル村に関する罰金等で金銭面で苦境に立たされている。物流を操作して、金融取引を有利に行おうとしているとしか思えなかった。
 だからエミール氏が死の際に書いたと思われる『ファフニール』という文字はマリク伯爵の事を指し示していたんだろうと考えている。その財産を隠し続けるという行動の一致から……。

「マリク伯爵が所持する古城に、帝都に流されなかった農産物が隠されている可能性が高いのですわね?」

「恐らく……。そこに目星を付けた者は全員が口封じのために殺されただろう。俺は頭が弱いからつい数日前に漸く古城にあたりを付けられたんだが、実際にそうであると目で確認を取る前にあの世に行きそうなんだよな」

 探偵は難しい顔で口ひげを撫でた。



 宿の部屋に入り、ジルは改めて今後について悩んでいた。
 今日ライハナに着いたばかりではあるが、探偵の話からすると、調査を続けるのはかなり危険を伴うようだ。
 今までこの街で活動してきた探偵達は自らの手柄を優先し、他人に伝える前に殺されてしまったりしていたようだが、今日出会った探偵は手柄を放棄してでも会ったばかりのジル達に情報をくれた。つまりそれほど彼に死の気配が迫っているのだ。
 ここまで来たのに、真相を完全に解明出来ないのは悔しいけれど、巻き込んでしまっている人達の安全を考えれば、早めに手を引き、国に調査を引き継ぐべきなのかもしれない。

 ジルはため息を吐き、ドレスのボタンを外していく。宿の従業員に運んでもらった湯で身を清めたい。

 下着姿になり、視線を下に向けると、見慣れない物が視界に入る。手首の内側だ。先程不審者に口付けされた部分が小さな葉の様な形の痣になっていた。

「何かしらコレ……?」

 お湯をすくって洗ってみても、石鹸を使って擦ってみても、薄くならない。それどころか、数ミリ蔓の様な痣が伸びている。

(怖い……)

 素早く身体を洗い、フリルのカフスで手首を隠す。
 マルゴットに相談しようか迷うが、不審な男に手首に口付けられたなんて、はしたなくてあまり言う気になれない。

(明日には消えてるかもしれないし……)

 色んな恐怖に心が疲れ、随分早い時間ではあったが、ベッドに潜り込んでしまった。



 次の日、ジルは帝都での物価上昇の事、フリュセンでの調査、ライハナでの失踪事件の事等、自分なりの見解を一行に伝え、その上で帝都に帰り、警察や税務局に調査を依頼する事を提案した。しかし、ゲントナーは折角ライハナに立ち寄ったから、物流の拠点を見学してからこの街を立ち去りたいと主張したので、帝都への出発は午後からにして、午前は川沿いの倉庫に足を運んだ。

「へぇ~、なるほど、行きは川の流れを利用できるけど、帰りは人力で船を運ぶのか。大変だねぇ!」

 桟橋で船頭と言葉を交わすゲントナーの会話を聞きながら、ジルはカフスをずらして手首を確認する。
 昨日不審者に付けられた痣は消えるどころか、濃くなり、ジルの手首を一周してしまっている。

(これ、もしかしてどんどん拡大していくのかしら? もしかして全身真っ黒に!? あわわ……)

 今のところ実害はないが、この先何が起こるのか予想もつかない。

(あの不審者を探すべき? でもこの街に長くとどまらない方がいいわよね? どうしよう……)

「大変な仕事だからこそ、稼ぎはなかなかのもんですね! まぁ、今は途絶え……おっと、いけね……」

 グルグルした悩みを抱えながらだと、ゲントナー達の話を聞いていても上の空になってしまう。

「船頭さん、仕事の邪魔して悪いね! 勉強になったよ!」

「いやいやいや、綺麗なお姉さんの力になれて、こっちも嬉しい!」

 人たらしの才能があるのか、ゲントナーは気難しそうな船頭達からいとも容易く川沿いの情報を仕入れて行く。

「ジルちゃん、気分悪そうだね? 午後から帝都に帰るわけだけど、大丈夫かい?」

「あ! ごめんなさい。私なら大丈夫ですわ! それよりも、そろそろ宿に戻りません?」

「大丈夫なら良かった。凄く勉強になったし、ここに来て良かったよ」

「ええ、本当に!」

 不安な気持ちを押し殺し、ジルはゲントナーに微笑んだ。

 ジル達に付き合ってくれていた近衛と三人で宿屋に戻ると、マルゴットやクライネルト家の使用人、宿屋の従業員達が外に出ており、しかも近くに位置する広場に凄い人だかりが出来ていた。ただ事ではない雰囲気だ。

 ボンヤリとした顔で広場を見つめるマルゴットに駆け寄ると、微笑まれる。

「あ、ジル様お帰りなさい……」

「マルゴット、ただいま。これは一体どうしたの?」

「何かハイネ様とか来ました。それと、探偵が血まみれです」

「え!? ハイネ様? 探偵さんが血まみれ??」

 マルゴットの説明は色々端折りすぎて、全く意味が分からない。ゲントナーも隣で「何だろうね?」と首を傾げている。

「だから医者を連れて来いと言ってるのが聞こえないんですかね? このお馬鹿さんは」

 広場の方から、悪役顔負けの台詞が聞こえてくる。何だか聞き覚えのある声だ。

「も、勿論聞こえております……。ですが、旅人の救助については、マリク伯爵に許可をいただかないと……」

「はぁ? そんな馬鹿げた話初めて聞きましたよ。というか、貴方、皇太子の命令より伯爵の命令を優先させると? 指を一本づつ切り落とされたいんですかねぇ?」

「ひ……ひぃ……お許しを!」

「もういい! バシリーお前が手当てしろ。そしてとっととマリク伯爵をここに連れて来い!」

 良く響くこの声はハイネのものだ。約二週間ぶりに聞き、ドキリとした。
 ジルは人垣を掻き分け、声の主に近付く。
 この曇り空の下でも明るく輝く金髪が見えた。灰色の瞳がこちらを向き、その目が大きく見開かれる。

「ジル! 無事だったのか!」

「ハイネ様も!」

 ハイネが近付き、ごく当たり前の様にジルを抱きしめた。

(ふぁぁあ!? え……!? 私達、抱きしめ合うような関係だったかしら!? ……っていうか、やっぱりいい香り……)

 彼の身体はスラリとして見えるのに、ちゃんと筋肉が付いているようで、堅い。

「良かった。フリュセンでアンタ達がこんな訳のわからない危険な都市に向かったって聞いたから、急いで追いかけて来たんだ」

「心配をお掛けしてごめんなさい……」

 ハイネの腕の中にいると、さっきまで感じていた不安が嘘みたいに消えていくようだ。が、だんだん心拍数がえらい事になり、慌てて彼の胸を押し返した。

「あ、あの……医者が必要というのはっ!?」

(ハイネ様って何気にスキンシップ好き!? でも慣らされちゃったらダメな気がするわ!)

「……折角久し振りに会えたのに……。はぁ……。あー医者ね。道中で怪我人を拾ったから、手当してやろうと思って」

 ハイネが指さす方を見ると、昨夜宿屋のレストランで会った探偵が腹から血を流して横たわっていた。

「探偵さん!?」
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