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調査

調査⑦

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 白み始めた空の下、住宅街を抜けて森の中へと入る。

 だんだんと小路に傾斜が付いていくので、ハイネが向かっているのは標高が高い所なのかもしれない。

 ジルは思い出していた。祖国で監禁されているところをハイネから救出してもらった時、彼に色んな所に連れて行くと言われていた。今日のお出かけはその約束を守りたいからなんだろう。

(嬉しいけど、急すぎて、何も持って来てないのよね……)

 準備させる事もなく連れ出したのは、そこまで遠くない場所だからだろうか?

(遠い場所だと、明日からの旅路が辛くなると思うし、近い方がいいわよね)

 ハイネの出発の事を考えると、色々気になりだす。

「ハイネ様はハーターシュタイン公国にどのくらい滞在しますの?」

 次にいつ会えるのだろうか? ゲントナー女史と共にもう一度フリュセンに行くので、タイミングが悪いと何週間も会えい可能性もある。それだとやっぱり少しだけ寂しい。

「こっちに戻って来るのは十日後だな」

「じゃあ二週間以上会えませんわね」

「え……。そんなに? どっかに出掛けるのか?」

「もう一度フリュセンに行きますのよ。まだ調査は終わらないので」

 ジルの言葉にハイネは表情を曇らせた。

「当初の予定と違うようだな?」

「調査しているジャガイモの種芋が病原菌を持っていたのかどうか、観察する予定だったんです。でもそういう症状はまだ現れてなくて……。だから継続して観察するんですのよ」

「えーと……。種芋に菌があったかどうか確かめる事で、六月収穫のジャガイモに病気が広がっていたかどうか推測するって事?」

 相変わらずハイネは理解が早い。ジルは嬉しくなる。

「そうです。だからもう一、二カ月観察を続けるのですわ」

「なるほどな……。大変そ」

「根気が大事なのです!」

 両手で拳を握りしめて見せると、馬が大きく左右に揺れる。

「きゃぁ!!」

「危な!」

 ハイネが隣から手綱を引いてくれて、事なきを得る。

「有りございます……」

「気を抜くなよ。ヒヤヒヤする」

 ハイネに溜息を吐かれ、ションボリする。
 やっぱりブランクがあるから、馬の扱いがおぼつか無い。馬がジルを乗せるのに疲れてしまう前に目的地に着いてほしい。

 坂道を上り始めてから三十分程経っただろうか? 森の木々が視界を遮り、どの位の高さまで上ってきているのか見当もつかない。
 キョロキョロと辺りを見回していると、ハイネに軽く笑われる。

「もう少しで着く」

「あら、そうですのね!」

 彼の言葉を証明するように、それから五分もかからず、視界が開けた。木々が少ない場所に出たのだ。
 道がカーブしている場所の向うに、青空が広がっている。そこまで行ったら、下界を見下ろせるだろうか?
 その景色を早く見てみたくて、ハイネを追い越す。

「あ! 崖から落ちないように気を付けろよ」

「大丈夫です!」

 カーブの手前で減速し、馬から下りる。手綱を握って崖に近付き、息を飲む。

 ミニチュアサイズの帝都が丸ごと見える。
 遠目にも目立つ宮殿や離宮の丸い屋根、そこから真っ直ぐに伸びるのは、先日ハイネが凱旋パレードを行った大通りだ。ジルの新居が見えないかと、夢中で探す。

「気に入ったか?」

 隣に並ぶハイネに、ジルは満面の笑みで頷く。

「ええ、とても! 私の家がどこなのか、探してますわ!」

「うーん……。少し霧がかかってるから見えづらいな。もう少ししたら見えるかな」

「待ちます!」

「ここで朝食にしよう。食い終わってからまた探してみるといい」

「はい! 実は結構お腹空いてました」

「すぐ準備する」

 ハイネが黒毛の馬の所に戻って行くので、ジルも後を追う。

「何か手伝います?」

「ああ、頼む。これ運んでくれ」

 透明な液体にレモンの輪切りを詰めた瓶とピクニックバスケットを渡される。その意外な重みに驚く。

(これ、二人分にしてはかなり入ってるような?)

 ハイネは大きめのラグをさっきの場所に広げた。そこに座るハイネの隣に、ジルも座り、瓶やバスケットを下ろす。
 彼がバスケットの留め金を外すと、革のバンドに固定された白磁の食器や玻璃のグラス、小瓶に詰められた総菜やジャムが入っていた。紙の隙間から、綺麗な切れ込みが入ったカイザーゼンメルも見える。

「わぁ! とっても可愛らしいです!」

 夢中で眺めると、軽く笑われる。

「喜んでるアンタの姿の方が可愛いんだけど」

 ギョッとして顔を上げると、ハイネは居心地悪そうに、視線を彷徨わせた。彼は時々心臓に悪い事を言うので、用心が必要だ。

「これは、俺が詰めたんじゃなくてオイゲンが詰めたんだからな」

 撃ち抜かれた様な感覚がする胸を抑えるジルに、ハイネは皿とフォークを渡してくれる。

「まぁ、オイゲンさんが……。そういえば美味しいパン屋さんをご存知でしたし、食事に関して拘りがありそうですわね」

「そうだと思う。たまに俺の夜食を作ってくれるんだけど、普通に旨いよ」

 大柄のオイゲンがチマチマと料理を作る姿を想像すると楽しい。人は見かけによらないものだ。

「このレバーペーストとか、前食った時いい線いってたかな」

「食べます!」

「ホントは炙ったバケットに乗せて食べたいところだけど……。白パンでもそれなりに旨いはず」

 レバーペーストが入った小瓶とスプーン、ポピーシードが振りかけられたカイザーゼンメルを手渡される。まずパンをそのまま味わおうと、千切って口に運ぶ。焼かれたポピーシードの香ばしさや小麦の優しい味が広がり、口の中が幸せだ。レバーペーストを乗せて食べると、レバー特有の臭みは綺麗に消してあり、コックリした味わいを楽しめる。

「すっごく美味しいです」

「うん。旨いよな。やっぱ二人で旨いと思えるって大事だな」

「うぅ……。辛い物はもう作りませんわ」

 手料理に対しての嫌味と受け取ったジルは、口をへの字に曲げる。

「あ~、でも! ドライトマトをオリーブオイルで漬けたやつ、あれは好みの味! 来年も作ってほしい!」

 急に焦り出すハイネを、キョトンと見つめる。

 好みと言われたら作らわないわけにはいかない。
 今年収穫したトマトから種は採取したので、来年に食用分も栽培しようと決める。

(また来年も、ハイネ様とトマト試食会が出来るんだわ!)

 一度は永遠に会えない事も覚悟しただけに、年を越した後の約束が出来る事に感動する。

「え~と、機嫌なおせよ。たまになら……二週間に一回くらいなら、アンタの激辛料理を食べるから。慣れたら美味く感じられるかもだし」

 グラスに入ったレモネードをジルに差し出し、ハイネはボソボソ言う。ジルが黙ったままなのを、不機嫌だからだと思ってそうだ。

 別にジルはハイネに完全に自分と同じ味覚になってほしいなんて思ってない。
 だけど、彼の言う様に楽しい時間を共有したい。

 だから彼の持つグラスをその手ごと握った。

「もっと一緒にお食事して、お互いにとって美味しい味を探したいですわ。私にお付き合い下さいませんか?」

「……幾らでも付き合う」

 お互い素直になれるのは、明日から長期間会えないからなのかもしれない。
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