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父の従者は幼馴染
父の従者は幼馴染③
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三人で夕食を食べた後カフェを出て、イグナーツが所持している馬車で離宮まで送ってもらう。
「では明日までに『山羊の角物産』についての概要をまとめます」
ジルとマルゴットが下車すると、イグナーツは御者台から一度下り、二人が離宮に入るのを見届けようとしてくれる。
「急いではいないから、明日じゃなくてもいいわよ?」
「いえいえ、お嬢様の頼み事なら最優先で対応させていただきますので」
「有難う。明日は一日中大学に居る予定なの」
「そうでしたか。では明日の昼にブラウベルク帝国大学のカフェテリアに来ていただけますか? 資料をお持ちしますので」
何故ジルが通う大学にカフェテリアがある事を知っているのかと、微妙な気持ちでイグナーツを見詰める。だが彼は何を勘違いしたのか、照れた様に笑うだけだ。ため息が出てしまう。
「離宮なので危険は少ないかと思いますが、母屋までお気を付け下さい」
「有難う……。ちなみにイグナーツはどこに滞在しているのかしら?」
「私は帝都内のホテルです。ジル様が新居に移ったら、私もそこに住みますし、それまでの辛抱ですね」
どういうわけか彼はジル達と同居する気満々の様だ。
思わず顔を顰めてしまう。マルゴットも腹が立ったらしく、ゴホンゴホンと咳払いした。
「残念だけど、変人が立ち入る事が出来ない様に呪い(まじない)をかける予定だから……」
「変人ってどこにいるのかな?」
「アンタだよ」
不穏な空気を感じたのか守衛が身を乗り出して此方を見ている。早めに引き上げた方がいいだろう。
「マルゴット、行きましょ。お休みなさいイグナーツ」
「はい、ジル様」
「お嬢様、良い夢を……」
二人で離宮に戻ると、使用人から一通の手紙を差し出された。
「あら、誰からの手紙かしら?」
「皇太子殿下からの手紙だそうです。昼頃にオイゲン氏が届けに来ました」
ハイネからの手紙と聞き、心が浮き立つ。
(ハイネ様がフリュセンへ出発してから始めて貰う手紙だわ)
二週間程前に再び戦地へと赴いたハイネに何かしてあげたくて、ジルは健康維持に役立つ様な保存食を作る事にした。
石窯でドライトマトを作り、オイルに漬け込み、彼に送り届けてもらったのだ。それが一週間前だったから、彼は保存食を受け取った後直に返事を書いた事になる。
彼に出したトマト料理が不評だったから、自信を失っていたが、今回はどうだっただろうとドキドキする。一応同封した手紙に美味しく食べる為のレシピを書いてみたのだが、試してもらえただろうか?
マルゴットと別れ、自室のデスクへと向かう。暖かな明かりのランプの下で改めて見ると、夜色の封筒が金色の封蝋で閉じられている。
封蝋に押された印は皇室のもので、シンプルながらも品を感じられた。
ジルは以前ハイネから適当な茶封筒で手紙を貰った事を思い出し、軽く噴き出す。
(ハイネ様にとって、ちゃんとした手紙を出すに値する相手になれたと思えばいいのかしら?)
あの茶封筒で貰った手紙とラナンキュラスはジルを大いに励ましてくれた。だから全く嫌な感じはしなかった。でも格式ある手紙も、それ自体が特別な贈り物の様で嬉しい。
ペーパーナイフを使い、中から便せんを取り出す。
”フリュセンから軍事境界線を超え、公国を南下し続けている。この国の景色は美しいな。戦争中なのに、時々風景に圧倒されてる。
トマトのオイル漬け有難う。一個食ってみたら旨かった。
――ハイネ・クロイツァー・フォン・ブラウベルク”
(ハイネ様、私の祖国だからと気を遣って下さっているのね)
ハイネらしい簡潔な文章に心温まる。祖国との戦争なのだから、当然公国の民の事が心配だ。だけど口に出さなくてもちゃんと分かっていてくれているようだ。
オイル漬けも気に入ってくれた様なのでほっとした。レッドペッパーを入れなくて正解だった。
ジルは羽根ペンを手に取る。
(さて、何と返事を書こうかしら?)
◇◇◇
翌朝、黒魔術サークルに用があるマルゴットと別れたジルが大学の構内を歩いていると、前方に子供の姿を見つける。
(教授か職員の子供かしら?)
首を傾げて通りすぎようとする。しかしその子が道の角を曲がろうと方向転換し、横顔が見えると、ジルは(あら?)と凝視した。見覚えがあったからだ。
(もしかして、コルト様……?)
アチコチに跳ねた金髪に、ハイネを幼くした様な生意気な顔立ち。この国の第三皇子コルト・クロイツァー・フォン・ブラウベルクで間違いないだろう。
ハイネが以前、ハーターシュタインから奪還すると言っていたが、本当に連れて帰る事に成功していたようだ。
彼が弟を見捨てていなかった事が嬉しくて、コルト皇子を微笑みながら見送ろうとする。人質交換の際に少し顔合わせした程度の関係なので、向うは覚えていないだろうし、今のジルの身分を考えると、気安く話しかけるべきではない様に感じられるのだ。
「ん……?」
コルトはジルの視線に気が付いた様で、歩みを止め、こちらに顔を向けた。
「君とどこかで会った気がする」
少し吊り上がった目でジルを見上げるコルトは撫でたくなる程可愛らしい。緩みそうになる頬を引き締め、スカートを摘まみ上げる。
「ジル・クライネルトと申します。この大学の植物学研究科で学んでおりますの」
ジルは余計な事を口にしない様に最低限の挨拶をした。
「ジルって、どこかで聞いた事がある様な……。あ! 君、前太ってなかった?」
意外と鋭いコルトに驚きながら頷く。
「よくお気付きになられましたわね」
「ああ、やっぱり……。何で痩せちゃったの? ポッチャリ感が良かったのに……。残念だなぁ」
「ええと……」
「痩せた人は女として見れないけど、代わりに僕と友達になってよ。僕って子供だし皇子様だから大学でボッチなんだ」
「友達ですか? 私でいいのでしたら、是非!」
ハイネの弟と友人になるというのは、予想もしてない展開なので、ジルは妙に楽しい気持ちになる。もしかしたら、ジルが知らないハイネの情報を教えてもらえるかもしれない。
「コルト様はその歳でもう大学生なのですの?」
「うん。飛び級したからね」
「優秀なのですね」
「ハイネ程じゃないよ……。あ、植物学を専攻してるなら、知り合いの教授を紹介してあげるよ。貴族の次男で大学で働いてる人なんだ」
「まぁ、有難うございます!」
「では明日までに『山羊の角物産』についての概要をまとめます」
ジルとマルゴットが下車すると、イグナーツは御者台から一度下り、二人が離宮に入るのを見届けようとしてくれる。
「急いではいないから、明日じゃなくてもいいわよ?」
「いえいえ、お嬢様の頼み事なら最優先で対応させていただきますので」
「有難う。明日は一日中大学に居る予定なの」
「そうでしたか。では明日の昼にブラウベルク帝国大学のカフェテリアに来ていただけますか? 資料をお持ちしますので」
何故ジルが通う大学にカフェテリアがある事を知っているのかと、微妙な気持ちでイグナーツを見詰める。だが彼は何を勘違いしたのか、照れた様に笑うだけだ。ため息が出てしまう。
「離宮なので危険は少ないかと思いますが、母屋までお気を付け下さい」
「有難う……。ちなみにイグナーツはどこに滞在しているのかしら?」
「私は帝都内のホテルです。ジル様が新居に移ったら、私もそこに住みますし、それまでの辛抱ですね」
どういうわけか彼はジル達と同居する気満々の様だ。
思わず顔を顰めてしまう。マルゴットも腹が立ったらしく、ゴホンゴホンと咳払いした。
「残念だけど、変人が立ち入る事が出来ない様に呪い(まじない)をかける予定だから……」
「変人ってどこにいるのかな?」
「アンタだよ」
不穏な空気を感じたのか守衛が身を乗り出して此方を見ている。早めに引き上げた方がいいだろう。
「マルゴット、行きましょ。お休みなさいイグナーツ」
「はい、ジル様」
「お嬢様、良い夢を……」
二人で離宮に戻ると、使用人から一通の手紙を差し出された。
「あら、誰からの手紙かしら?」
「皇太子殿下からの手紙だそうです。昼頃にオイゲン氏が届けに来ました」
ハイネからの手紙と聞き、心が浮き立つ。
(ハイネ様がフリュセンへ出発してから始めて貰う手紙だわ)
二週間程前に再び戦地へと赴いたハイネに何かしてあげたくて、ジルは健康維持に役立つ様な保存食を作る事にした。
石窯でドライトマトを作り、オイルに漬け込み、彼に送り届けてもらったのだ。それが一週間前だったから、彼は保存食を受け取った後直に返事を書いた事になる。
彼に出したトマト料理が不評だったから、自信を失っていたが、今回はどうだっただろうとドキドキする。一応同封した手紙に美味しく食べる為のレシピを書いてみたのだが、試してもらえただろうか?
マルゴットと別れ、自室のデスクへと向かう。暖かな明かりのランプの下で改めて見ると、夜色の封筒が金色の封蝋で閉じられている。
封蝋に押された印は皇室のもので、シンプルながらも品を感じられた。
ジルは以前ハイネから適当な茶封筒で手紙を貰った事を思い出し、軽く噴き出す。
(ハイネ様にとって、ちゃんとした手紙を出すに値する相手になれたと思えばいいのかしら?)
あの茶封筒で貰った手紙とラナンキュラスはジルを大いに励ましてくれた。だから全く嫌な感じはしなかった。でも格式ある手紙も、それ自体が特別な贈り物の様で嬉しい。
ペーパーナイフを使い、中から便せんを取り出す。
”フリュセンから軍事境界線を超え、公国を南下し続けている。この国の景色は美しいな。戦争中なのに、時々風景に圧倒されてる。
トマトのオイル漬け有難う。一個食ってみたら旨かった。
――ハイネ・クロイツァー・フォン・ブラウベルク”
(ハイネ様、私の祖国だからと気を遣って下さっているのね)
ハイネらしい簡潔な文章に心温まる。祖国との戦争なのだから、当然公国の民の事が心配だ。だけど口に出さなくてもちゃんと分かっていてくれているようだ。
オイル漬けも気に入ってくれた様なのでほっとした。レッドペッパーを入れなくて正解だった。
ジルは羽根ペンを手に取る。
(さて、何と返事を書こうかしら?)
◇◇◇
翌朝、黒魔術サークルに用があるマルゴットと別れたジルが大学の構内を歩いていると、前方に子供の姿を見つける。
(教授か職員の子供かしら?)
首を傾げて通りすぎようとする。しかしその子が道の角を曲がろうと方向転換し、横顔が見えると、ジルは(あら?)と凝視した。見覚えがあったからだ。
(もしかして、コルト様……?)
アチコチに跳ねた金髪に、ハイネを幼くした様な生意気な顔立ち。この国の第三皇子コルト・クロイツァー・フォン・ブラウベルクで間違いないだろう。
ハイネが以前、ハーターシュタインから奪還すると言っていたが、本当に連れて帰る事に成功していたようだ。
彼が弟を見捨てていなかった事が嬉しくて、コルト皇子を微笑みながら見送ろうとする。人質交換の際に少し顔合わせした程度の関係なので、向うは覚えていないだろうし、今のジルの身分を考えると、気安く話しかけるべきではない様に感じられるのだ。
「ん……?」
コルトはジルの視線に気が付いた様で、歩みを止め、こちらに顔を向けた。
「君とどこかで会った気がする」
少し吊り上がった目でジルを見上げるコルトは撫でたくなる程可愛らしい。緩みそうになる頬を引き締め、スカートを摘まみ上げる。
「ジル・クライネルトと申します。この大学の植物学研究科で学んでおりますの」
ジルは余計な事を口にしない様に最低限の挨拶をした。
「ジルって、どこかで聞いた事がある様な……。あ! 君、前太ってなかった?」
意外と鋭いコルトに驚きながら頷く。
「よくお気付きになられましたわね」
「ああ、やっぱり……。何で痩せちゃったの? ポッチャリ感が良かったのに……。残念だなぁ」
「ええと……」
「痩せた人は女として見れないけど、代わりに僕と友達になってよ。僕って子供だし皇子様だから大学でボッチなんだ」
「友達ですか? 私でいいのでしたら、是非!」
ハイネの弟と友人になるというのは、予想もしてない展開なので、ジルは妙に楽しい気持ちになる。もしかしたら、ジルが知らないハイネの情報を教えてもらえるかもしれない。
「コルト様はその歳でもう大学生なのですの?」
「うん。飛び級したからね」
「優秀なのですね」
「ハイネ程じゃないよ……。あ、植物学を専攻してるなら、知り合いの教授を紹介してあげるよ。貴族の次男で大学で働いてる人なんだ」
「まぁ、有難うございます!」
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