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とっておきのトマト料理
とっておきのトマト料理①
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快晴の青空の下、ジル・クライネルトは緑生い茂る庭園の中、鍋を持って歩く。緩く波打つプラチナブロンドの髪、新緑を思わす瞳、誰がどう見ても美少女な彼女はいつもより楽しそうだ。
すれ違う使用人はそんな彼女の姿を不思議そうに見るが、チラリと四阿を振り返り、納得の表情を浮かべる。
◇
鍋の中には真っ赤なスープ。本日のお客様の為にジルが腕を振るった料理だ。
スープの赤はトマトの赤。見た目にも鮮やかなこの一品が、大切な友人とも言える方のお口に会えばいいと、ジルは期待半分、恐れ半分な気持ちで足を運ぶ。
薔薇の葉に覆われた四阿の中、視線を手元の書類に向けていた少年は足音に気付いたのか、顔を上げ、慌てて立ち上がった。そして日陰を出て、ジルに近付いて来る。
彼の名はハイネ・クロイツァー・フォン・ブラウベルク。この国の皇太子だ。
ジルと同じ十八歳の彼は、ジルに会うために、たびたびこの離宮に訪れる。
太陽の光を丁寧に紡いだ様な金髪が輝き、肌は以前あった時よりも陽に焼け、健康的だ。
以前は寝不足に苦しんでいた彼だったが、最近では良く眠れているのだろう。幼さが抜けて来た顔には、曇り一つない。
「何で鍋ごと持ってくるんだ。使用人に任せたらいいだろ」
「そろそろ私、この離宮を出て行くんですもの。ずっと頼り切ってばかりもいられないのですわ!」
「そういえば、引っ越すって言ってたな。鍋は俺が持つ。貸せ」
「あ……」
問答無用で鍋を奪い取られ、四阿に運ばれる。彼はそのまま鍋を真っ白いテーブルクロスの上に置こうとするので、ジルはさっと鍋敷きを間に滑り込ませた。
「まだ熱いから、そのまま鍋を置いたらテーブルクロスやテーブルが痛んでしまいますわ」
「あ~、なるほど。鍋なんて扱った事ないから知らなかった」
「一つ勉強になりましたわね!」
「あんまり使う事もなさそうな知恵だけどなー」
彼の灰色の瞳は半分に細められるが、機嫌を損ねていないのは、その口元が僅かに上がっている事から見て取れる。
「コレ、アンタが作ったの?」
ハイネは鍋を興味深そうに覗き込む。
「ええ! 船の中でも約束した通り、私が腕を振るいました。ハイネ様に買っていただいた種で栽培したトマトを使っていますのよ」
「へぇ……。ちゃんと料理出来るんだな。感心、感心」
ちょうど、使用人が他の料理や、食器を運んで来てくれたので、ジルはスープ皿を選び、盛り付ける。
そばに居る彼が妙に楽しそうなので、ジルは首を傾げた。
「コース料理が続いていたから、たまにこういう気楽なのもいい」
ハイネは皇太子ではあるが、時々市場で買い食いをする様な人なのだ。だから、作法をギチギチに守る様な食事が続くと息が詰まってくるのかもしれない。
「私もこういうラフな感じの食事は肩の力が抜けるから好きですわ」
「だよな」
皿の縁に飛び跳ねてしまった汁をふき取り、ハイネの前に置く。
「お口に会えばいいのですが」
「有難くいただく」
ハイネはスプーンを握ると、綺麗な所作でスープをすくい、口に運ぶ。ジルは彼の反応が怖くて、ドキドキしながら様子を見つめてしまう。
(どういう反応を返されるのかしら……!?)
「か……辛い……」
ハイネは顔をしかめ、一気にグラスの水をあおった。
「え!? そうですか?」
ショックを受け、ジルもスープを一口味わってみる。
(ん……? 普通に美味しい様な?)
合い挽き肉と玉ねぎ、大豆をトマトで煮込み、レッドペッパーやオレガノで特徴付けしたスープは、やや刺激が強いものの、夏を閉じ込めた様な美味しい一皿だ。
「辛いお味が苦手なのです?」
「そ、そんな子供みたいな事あるわけないだろ!」
とは言いつつも、トマトと牛肉をブラックペッパーやウスターソースで炒めた料理にも口を抑えて悶絶している。その一皿はジルがさっき試食して大丈夫だと思った物だ。
「口の中が痛い!」
「私達、好みが違うのかもしれませんわ……」
何だか悲しくなってくる。このスープに使ったトマトは、ハイネと親しくなるキッカケになってくれた物だし、母国であるハーターシュタイン公国との関係を清算したこのタイミングで一緒に食べて、また新しい気持ちで向き合いたいと思ってただけに、しょんぼりしてしまう。
「あ、これは美味しい」
ハイネはミニトマトを蜂蜜とレモンと共にマリネした物をパクパクと口に運び、漸く笑顔を見せている。美味しいと言われて少し喜んだものの、そのミニトマトは、市場で購入した物だったりする。
(うーん……。ハイネ様って優しいお味の料理が好きなのね。次は、私が育てたトマトの料理を美味しいと言っていただきたいわ)
すれ違う使用人はそんな彼女の姿を不思議そうに見るが、チラリと四阿を振り返り、納得の表情を浮かべる。
◇
鍋の中には真っ赤なスープ。本日のお客様の為にジルが腕を振るった料理だ。
スープの赤はトマトの赤。見た目にも鮮やかなこの一品が、大切な友人とも言える方のお口に会えばいいと、ジルは期待半分、恐れ半分な気持ちで足を運ぶ。
薔薇の葉に覆われた四阿の中、視線を手元の書類に向けていた少年は足音に気付いたのか、顔を上げ、慌てて立ち上がった。そして日陰を出て、ジルに近付いて来る。
彼の名はハイネ・クロイツァー・フォン・ブラウベルク。この国の皇太子だ。
ジルと同じ十八歳の彼は、ジルに会うために、たびたびこの離宮に訪れる。
太陽の光を丁寧に紡いだ様な金髪が輝き、肌は以前あった時よりも陽に焼け、健康的だ。
以前は寝不足に苦しんでいた彼だったが、最近では良く眠れているのだろう。幼さが抜けて来た顔には、曇り一つない。
「何で鍋ごと持ってくるんだ。使用人に任せたらいいだろ」
「そろそろ私、この離宮を出て行くんですもの。ずっと頼り切ってばかりもいられないのですわ!」
「そういえば、引っ越すって言ってたな。鍋は俺が持つ。貸せ」
「あ……」
問答無用で鍋を奪い取られ、四阿に運ばれる。彼はそのまま鍋を真っ白いテーブルクロスの上に置こうとするので、ジルはさっと鍋敷きを間に滑り込ませた。
「まだ熱いから、そのまま鍋を置いたらテーブルクロスやテーブルが痛んでしまいますわ」
「あ~、なるほど。鍋なんて扱った事ないから知らなかった」
「一つ勉強になりましたわね!」
「あんまり使う事もなさそうな知恵だけどなー」
彼の灰色の瞳は半分に細められるが、機嫌を損ねていないのは、その口元が僅かに上がっている事から見て取れる。
「コレ、アンタが作ったの?」
ハイネは鍋を興味深そうに覗き込む。
「ええ! 船の中でも約束した通り、私が腕を振るいました。ハイネ様に買っていただいた種で栽培したトマトを使っていますのよ」
「へぇ……。ちゃんと料理出来るんだな。感心、感心」
ちょうど、使用人が他の料理や、食器を運んで来てくれたので、ジルはスープ皿を選び、盛り付ける。
そばに居る彼が妙に楽しそうなので、ジルは首を傾げた。
「コース料理が続いていたから、たまにこういう気楽なのもいい」
ハイネは皇太子ではあるが、時々市場で買い食いをする様な人なのだ。だから、作法をギチギチに守る様な食事が続くと息が詰まってくるのかもしれない。
「私もこういうラフな感じの食事は肩の力が抜けるから好きですわ」
「だよな」
皿の縁に飛び跳ねてしまった汁をふき取り、ハイネの前に置く。
「お口に会えばいいのですが」
「有難くいただく」
ハイネはスプーンを握ると、綺麗な所作でスープをすくい、口に運ぶ。ジルは彼の反応が怖くて、ドキドキしながら様子を見つめてしまう。
(どういう反応を返されるのかしら……!?)
「か……辛い……」
ハイネは顔をしかめ、一気にグラスの水をあおった。
「え!? そうですか?」
ショックを受け、ジルもスープを一口味わってみる。
(ん……? 普通に美味しい様な?)
合い挽き肉と玉ねぎ、大豆をトマトで煮込み、レッドペッパーやオレガノで特徴付けしたスープは、やや刺激が強いものの、夏を閉じ込めた様な美味しい一皿だ。
「辛いお味が苦手なのです?」
「そ、そんな子供みたいな事あるわけないだろ!」
とは言いつつも、トマトと牛肉をブラックペッパーやウスターソースで炒めた料理にも口を抑えて悶絶している。その一皿はジルがさっき試食して大丈夫だと思った物だ。
「口の中が痛い!」
「私達、好みが違うのかもしれませんわ……」
何だか悲しくなってくる。このスープに使ったトマトは、ハイネと親しくなるキッカケになってくれた物だし、母国であるハーターシュタイン公国との関係を清算したこのタイミングで一緒に食べて、また新しい気持ちで向き合いたいと思ってただけに、しょんぼりしてしまう。
「あ、これは美味しい」
ハイネはミニトマトを蜂蜜とレモンと共にマリネした物をパクパクと口に運び、漸く笑顔を見せている。美味しいと言われて少し喜んだものの、そのミニトマトは、市場で購入した物だったりする。
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