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顔も忘れてきた頃合いだというのに、今更夫ヅラされても……
顔も忘れてきた頃合いだというのに、今更夫ヅラされても……③
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「テオドール様! 貴方の妻ジル・シュタウフェンベルクの帰国ですぞ!」
父に腕を引かれ、玉座の前まで連れて来られたジルは、本来であれば、片膝を深く折り、敬礼しなければならないのだが、食い入る様に自分を見つめる大公の視線が気持ち悪く、いつでも逃げられる様に父と自分の腕の分離れる。
「本当に僕の妻ジルなのかい? 信じられない。見違えたよ! 今の君には社交界の美女をいくら集めても勝てる者なんかいやしない。この国一番の美姫。やはり僕の美女センサーは正しかったのだね。無意識に君の美しさを見抜いていたんだ! さぁ、僕の近くに来て、その姿を良く見せてくれたまえ!」
大公は玉座から立ち上がり、まくし立てた。冷酷にジルを他国に追い払った人物のあまりにも華麗な手の平返し。近寄ろうとする大公から離れようと、ジルは父の手を振り払い、近寄られた分だけ離れる。
「あの……。残念ですけど、ご覧の通り私、公国の妃とは別人なのですわ! そこのデブ……失礼、立派な紳士にご令嬢の身代わりとして連れて来られたのです!」
「何を言う! どこからどう見ても本人だろう! 公爵家の血を引くその高貴さ、隠し通せると思うな! 多少肉が減ったくらいで他人に見えるわけあるか! このたわけが!」
最後の悪あがきは、実の父によって妨害される。
(もう! どうしていつも私の意思を無視するの!? 私をただの政治の駒だと思ってるのね!)
大公は顎に指を置き、真剣な眼差しでジルを見つめる。何を思うのだろうか?
「別人でもいいんじゃないかな?」
「はい?」
「むむ……テオドール様?」
にこやかな表情でわけの分からない事を言い出した大公に、ジルと父は親子揃って茫然とした表情になった。
「君の美しさは周辺諸国随一かもしれない! 仮に別人であったとしても、僕はいっこうにかまわないよ! むしろこれ程の逸材を見つけ出し、身代わりとして連れて来たというなら、公爵を褒めたたえたいくらいだ! 本物か偽物か分からないけど、君は今から『ジル・シュタウフェンベルク・フォン・ハーターシュタイン』。僕の愛する奥様だ!」
「……私の中身はどうでもいいのですか……?」
別人という事にしたかったのに、別人であっても名前さえ公爵令嬢であればいいとする大公の言葉にショックを受ける。言葉を繋げられなくなったジルの代わりに、父が顔を真っ赤にして大公を窘めた。
「テオドール様! 今ここに立つジルは儂の娘で間違いはないですぞ! シュタウフェンベルク家の血が受け継がれた令嬢。その辺のドブネズミを拾って来たわけではないのです!」
「も、勿論シュタウフェンベルク家の血は大事だとも! まぁ公爵が言うのだから、公爵家の令嬢ジルなのは間違いないのだろうね!」
「漸くお分かりいただけましたかな? シュタウフェンベルクの血を受け継ぐジルとの子供を早く作り、次期後継者としていただきたい!」
「ああ! 正妃であるジルを尊重し、その様にするつもりだ! しかしだね……」
「むむ……何か問題がありますかな?」
大公と父の話をどこか他人事の様に聞き流す。ジルは言いようのない虚無感を感じずにいられなかった。
(結局2人にとって、私は名前だけ、血だけの女。シュタウフェンベルク家の令嬢だったら何だっていいのね)
「ここ2か月半程、女性との夜の営みが出来なくなっているのだよ……」
「なんと!」
「しかも、見てくれたまえ! さっきからジルに近付こうとしているんだが、何かに阻まれて一定距離以上近づけない!」
彼の言葉が意味不明で、確認しようとジルは顔を上げてみる。すると、どういうわけか人間一人分程空けたところで、大公は足踏みし、ガラスに顔や手を張り付けているかのようなポーズになっている。
(どうなっているのかしら? まさかまたマルゴットが……?)
よく分からない事があると、マルゴットの仕事の様な気がする。というか今彼女の方はどうしているだろう?
「大公よ……遊んでる場合なのですかな? いや、失礼! まったく、時々貴方はお茶目でいらっしゃいますな! ハハッ!」
呆れた表情を作った父だったが、立場をわきまえ、ゴマを擦る事にした様だ。
「遊んでるわけじゃないんだけどね……。まぁいい。直ぐにこれらの症状は治るだろうから! ジル! それまで待ってもらえるかな? 君とは結婚直後に離れ離れになったけど、ずっと君の事は気になってた! 夫婦らしい事は僕の体調が万全になったらやろう!」
その言葉に、ジルはブチリとキレた。
「いい加減にして下さいませ! 離れ離れって、貴女が他国に人質として差し出したのではありませんか! ジルはブラウベルク帝国で死んだのです!」
「ううむ……、一昨日実はブラウベルク帝国から君の自殺が公表されたのだよ。だから僕は君が現れても、本物かどうか疑ってたわけなんだけどね」
一昨日という事は、グレート・ウーズ王国でジルが父に捕獲された日だ。偶然にしてはタイミングが良すぎる気がするし、戦争を再開するには準備期間が足りてないんじゃないかと素人ながらに考えてしまう。
「ジルよ。今日ここに連れて来たのは、お前が生きている事を大公に証明する為だった。ブラウベルク帝国は何を馬鹿な事を言い出したやら」
「そういえば、君、ブラウベルク帝国の皇太子と再婚するという話があったよね? 君の今の美しさを思えば、納得かな。ハイネ・クロイツァーは君に恋して、僕から奪いたくなった。だから君を死んだ事にしてまで僕から解放したいんだ。違う?」
ハイネの名前を出され、ジルはドキリとするが、平静を装う。
「何でも恋愛につなげて考えるなんて、大公はいい歳して随分幼いのですわね。公国の大公妃でなくなる私にブラウベルクにとって何の価値があるのでしょう? 私が自殺したとする発表はただこの国に攻め込ませる口実を与えているだけ。ハイネ様は勝つ自信があるから挑発しているのです。この国を、貴方を舐めているのですわ。私がわざわざ言わないとそれすら分からないのですか?」
「まるで彼との関係について誤魔化したいみたいに聞こえるけど? 僕が見てない所で遊んでいたのを知られるのが怖い?」
あまりにも頭がお花畑すぎてウンザリしてくる。恋愛中心にしか考えられないのだろうか?
ハイネとは後ろめたい関係ではなかった。人質を管理する者とされる者。彼のふとした時に見せる表情に時々心臓を鷲掴みにされる様な感覚がするけど、恋愛なのかと聞かれたら、それ未満だと思う。
それでも、不貞をしていない事についてわざわざ弁明してやる程、大公に対して情があるわけじゃない。ジルは出来るだけ悪い女に見える様に大公に微笑んだ。
「何故貴方との夫婦関係が壊れる事を私が嫌がっているとの前提で話をなさるのですか?」
「何が言いたいのかな?」
「私は離縁状を出しましたわよね? 心からの願いなのですわ。私との縁を切ってくださいませ」
「君ね……」
「ジル!」
大公と父の視線が厳しくなる。でも吹っ切れたジルは言葉を止めるつもりはない。
「大公、私と離縁してください! 貴方の様な無能で、情の無い……将来性も無い男の妻でいる事が耐えられないのですわ! 貴方を夫としているくらいなら、その辺のクッションを夫とする方がまだ愛情がわくでしょう!」
ずっと言いたかった事を伝えられ、ジルはスッキリした。
しかし当然ながら玉座の間は水を打ったかの様に静まり返る。
不敬にも程があるジルの言葉に大公がどうでるのかと、室内に居る者達の視線は彼の元に集まっていた。
「野蛮人共の国で半年暮らし、随分言う様になったじゃないか……。まぁいい。その美しさに免じて今回だけは許してやろう。ただ、城の男の心を掴まないよう、僕の体調が戻るまで公妃の間に閉じ込もってもらう」
大公は数秒顔を赤く染め、ジルを睨んだが、取り繕うに笑うと、傍に控えていた侍従にジルを連れて行く様に命じた。
ジルの訴えは結局大公に大したダメージを与えられなかったようだ。本心からの言葉だったのに、ただ小娘の可愛い抵抗としか思われなかったのだろうか?
「ヒヤヒヤさせおって……。大公の寛大な措置に感謝するのだぞ」
ホッとした顔の父に見送られ、ジルはまるで罪人の様に侍従と近衛に周囲を固められて私室に連行された。
◇◇◇
父に腕を引かれ、玉座の前まで連れて来られたジルは、本来であれば、片膝を深く折り、敬礼しなければならないのだが、食い入る様に自分を見つめる大公の視線が気持ち悪く、いつでも逃げられる様に父と自分の腕の分離れる。
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「何を言う! どこからどう見ても本人だろう! 公爵家の血を引くその高貴さ、隠し通せると思うな! 多少肉が減ったくらいで他人に見えるわけあるか! このたわけが!」
最後の悪あがきは、実の父によって妨害される。
(もう! どうしていつも私の意思を無視するの!? 私をただの政治の駒だと思ってるのね!)
大公は顎に指を置き、真剣な眼差しでジルを見つめる。何を思うのだろうか?
「別人でもいいんじゃないかな?」
「はい?」
「むむ……テオドール様?」
にこやかな表情でわけの分からない事を言い出した大公に、ジルと父は親子揃って茫然とした表情になった。
「君の美しさは周辺諸国随一かもしれない! 仮に別人であったとしても、僕はいっこうにかまわないよ! むしろこれ程の逸材を見つけ出し、身代わりとして連れて来たというなら、公爵を褒めたたえたいくらいだ! 本物か偽物か分からないけど、君は今から『ジル・シュタウフェンベルク・フォン・ハーターシュタイン』。僕の愛する奥様だ!」
「……私の中身はどうでもいいのですか……?」
別人という事にしたかったのに、別人であっても名前さえ公爵令嬢であればいいとする大公の言葉にショックを受ける。言葉を繋げられなくなったジルの代わりに、父が顔を真っ赤にして大公を窘めた。
「テオドール様! 今ここに立つジルは儂の娘で間違いはないですぞ! シュタウフェンベルク家の血が受け継がれた令嬢。その辺のドブネズミを拾って来たわけではないのです!」
「も、勿論シュタウフェンベルク家の血は大事だとも! まぁ公爵が言うのだから、公爵家の令嬢ジルなのは間違いないのだろうね!」
「漸くお分かりいただけましたかな? シュタウフェンベルクの血を受け継ぐジルとの子供を早く作り、次期後継者としていただきたい!」
「ああ! 正妃であるジルを尊重し、その様にするつもりだ! しかしだね……」
「むむ……何か問題がありますかな?」
大公と父の話をどこか他人事の様に聞き流す。ジルは言いようのない虚無感を感じずにいられなかった。
(結局2人にとって、私は名前だけ、血だけの女。シュタウフェンベルク家の令嬢だったら何だっていいのね)
「ここ2か月半程、女性との夜の営みが出来なくなっているのだよ……」
「なんと!」
「しかも、見てくれたまえ! さっきからジルに近付こうとしているんだが、何かに阻まれて一定距離以上近づけない!」
彼の言葉が意味不明で、確認しようとジルは顔を上げてみる。すると、どういうわけか人間一人分程空けたところで、大公は足踏みし、ガラスに顔や手を張り付けているかのようなポーズになっている。
(どうなっているのかしら? まさかまたマルゴットが……?)
よく分からない事があると、マルゴットの仕事の様な気がする。というか今彼女の方はどうしているだろう?
「大公よ……遊んでる場合なのですかな? いや、失礼! まったく、時々貴方はお茶目でいらっしゃいますな! ハハッ!」
呆れた表情を作った父だったが、立場をわきまえ、ゴマを擦る事にした様だ。
「遊んでるわけじゃないんだけどね……。まぁいい。直ぐにこれらの症状は治るだろうから! ジル! それまで待ってもらえるかな? 君とは結婚直後に離れ離れになったけど、ずっと君の事は気になってた! 夫婦らしい事は僕の体調が万全になったらやろう!」
その言葉に、ジルはブチリとキレた。
「いい加減にして下さいませ! 離れ離れって、貴女が他国に人質として差し出したのではありませんか! ジルはブラウベルク帝国で死んだのです!」
「ううむ……、一昨日実はブラウベルク帝国から君の自殺が公表されたのだよ。だから僕は君が現れても、本物かどうか疑ってたわけなんだけどね」
一昨日という事は、グレート・ウーズ王国でジルが父に捕獲された日だ。偶然にしてはタイミングが良すぎる気がするし、戦争を再開するには準備期間が足りてないんじゃないかと素人ながらに考えてしまう。
「ジルよ。今日ここに連れて来たのは、お前が生きている事を大公に証明する為だった。ブラウベルク帝国は何を馬鹿な事を言い出したやら」
「そういえば、君、ブラウベルク帝国の皇太子と再婚するという話があったよね? 君の今の美しさを思えば、納得かな。ハイネ・クロイツァーは君に恋して、僕から奪いたくなった。だから君を死んだ事にしてまで僕から解放したいんだ。違う?」
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大公と父の視線が厳しくなる。でも吹っ切れたジルは言葉を止めるつもりはない。
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ずっと言いたかった事を伝えられ、ジルはスッキリした。
しかし当然ながら玉座の間は水を打ったかの様に静まり返る。
不敬にも程があるジルの言葉に大公がどうでるのかと、室内に居る者達の視線は彼の元に集まっていた。
「野蛮人共の国で半年暮らし、随分言う様になったじゃないか……。まぁいい。その美しさに免じて今回だけは許してやろう。ただ、城の男の心を掴まないよう、僕の体調が戻るまで公妃の間に閉じ込もってもらう」
大公は数秒顔を赤く染め、ジルを睨んだが、取り繕うに笑うと、傍に控えていた侍従にジルを連れて行く様に命じた。
ジルの訴えは結局大公に大したダメージを与えられなかったようだ。本心からの言葉だったのに、ただ小娘の可愛い抵抗としか思われなかったのだろうか?
「ヒヤヒヤさせおって……。大公の寛大な措置に感謝するのだぞ」
ホッとした顔の父に見送られ、ジルはまるで罪人の様に侍従と近衛に周囲を固められて私室に連行された。
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