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謎解きは食卓の上で!

謎解きは食卓の上で!④

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 やはり、一度炊事兵に聞いてみた方がいいのだろう。
「あの、オイゲンさん。近日中にフリュセンに駐在していた炊事兵さんとお話したいのですけど、取り次ぎをお願いしてもいいかしら?」

「ええ、構いませんよ。今日帰ったら先輩に伝えておきます」

 頼みがスムーズに伝わったところから察するに、事前にバシリーからオイゲンに、この件の伝達がされてそうだ。バシリーには色々思う事があるが、仕事は出来るタイプの人なのかもしれない。

 オイゲンが御者台に向かって行先を指示すると、馬車は見慣れた道からそれて、別の通りへと進み、15分程で、繁華街の目抜き通りに入る。夕方という事もあり多くの買い物客で賑わっていて、馬車の中でもその熱気が伝わってくるようだ。
 パン屋だけではなく、この通りに在る全ての店に入ってみたいと思えば、窓の外の景色に夢中になってしまう。

(いつか自由の身になる時が来たら、マルゴットと一日中歩き回ってみたいわ)

 そんな日は来ないかもしれないと思うと、窓の外の景色を見る事がちょっとだけ切なく感じられた。

 やがて馬車は一軒の店の前に停まり、3人で道の端に下りる。
 プレッツェルを模ったかたど看板を掲げるその店は、店内が温かなオレンジの光りに満たされ、店の外までも芳ばしい香りが漂っている。

「美味しそうな香りね、マルゴット」

「はい。……でもジル様、買うのはあの酸っぱいパンなんですよね? あまり期待しない方がいいと思いますよ」

「ハハハ。マルゴットさん、店の中でそれは言わないでくださいね。摘み出されてしまいますから」

「む……。摘ままれるのは嫌です……」

 オイゲンに揶揄われたマルゴットは嫌そうな顔でそっぽを向いた。彼女の様子がまるで気位の高い猫の様でジルは思わず笑ってしまう。

 オイゲンが扉を開けると、パンを焼く為の竈があるからか、店内はそこそこ暑く、驚く程パンの臭いが充満している。そして品数もかなりのものだった。

「わぁ……、いっぱいあるのね」

 棚一杯に並べられたパンはきつね色だったり、真っ白だったり、色も形も様々なのだが、どれもこれもとても美味しそうに見える。

「このパン屋、ハーターシュタインの有名なパン屋よりもずっと品数多いです」

「そうね。良くこれだけの種類を焼けるものだわ」

「公国で人気だったのは――」

「うんうん。この棚で一番減っているのは――」

 ジルとマルゴットは棚の前で、見慣れないパンについてつい雑談を始めてしまうが、オイゲンのわざとらしい咳払いで、ようやく彼の存在を思い出す。

「あ! オイゲンさんすいません」

「いいんですよ。買う物に悩んでいるなら、ロッゲンブロートはどうですか? ライ麦の割合がかなり高いので食べ応えがありますよ」

「ではそれにしようかしら」

 正直何を選ぶべきか悩んで決められないため、オイゲンがすすめる物を買う事にした。

 店員に焼きたてを注文するオイゲンにパンの代金を差し出すと、驚いた顔をされる。

「このくらい僕が奢ります! お金はしまってください!」

「あら、そうですか? ではお願いしますわ」

 実のところ、ジルはマルゴットを通して野ばらの会でハーターシュタインから持って来た公国通貨をブラウベルクの通貨に両替する事が出来たので、この国で売られている大抵の物を買えるぐらいには資金を得られた。しかし、オイゲンがパンの代金を受け取らないなら、意地を張って代金を払うのはたぶん間違った気遣いなのだろうと、大人しく引き下がった。


◇◇◇


 朝のウォーキングを終え、初夏らしいミントブルーのワンピースドレスに着替えたジルは温室近くのトマトに水やりをしている。やや乾燥した気候だからか、乾いた土はどんどん水を吸う。その様子を見ていると、水を飲ませているという感覚になってきて、生き物のお世話をしているという事を再認識させられる思いだ。

「今日は一日中天気らしいから、葉にたくさん陽の光を浴びられるわよ」

 ジルがトマトに話しかけると、温室の方から、何かがずり落ちる音がする。そして聞こえる足音。

(何かしら? 人?)

 まだモリッツが出勤する時刻ではないため、ジルは少し警戒する。

 温室の扉が内側からガチャリと開く。

「アンタって、もしかしていつも植物に話しかけてんの? 吃驚してベンチから落ちた……」

 温室の中から現れたのは、ハイネだった。その表情は若干引いている様だ。ジルの声が聞こえて、呆れてしまったのかもしれない。
 植物に話しかけているところを見られ、頭がおかしい奴だと思われてしまっただろうか? 顔が熱くなってきて、必死に手で扇ぐ。

「ハ、ハイネ様、どうしてこんな朝早くに離宮までいらっしゃったのですか?」

「……眠れなかったから、ぶらぶらしてただけ」

 ハイネの顔をよく見ると、青白くて、目の下にはクッキリとした隈が出来ていた。
 それでも繊細な美形に見えるから凄い。

(ハイネ様、もしかして停戦の事で思い悩んで眠れていないのかしら?)

「あの、大丈夫ですか?」

 ハイネの立場を気の毒に思えば、自然と彼の方に歩みを進めていた。

「あぁ……、温室でちょっと眠れたし。てか、アンタもしかして毎日自分でトマトに水やりしてるのか?」

「はい! とは言っても、時々寝坊してしまって、モリッツに水やりしてもらってたりするんですけどね」

 ペロリと小さく舌を出して見せると、ハイネの口はへの字に曲がる。

「おい、それ男の前でやるな」

「あら……、はしたなかったです? じゃあもうハイネ様の前ではやらない事にしますわ」

「……別に俺の前ではいい」

「よく分かりません」

 ハイネはいかにも呆れてますという感じに肩を竦めたが、何故かその頬は赤い。

(ハイネ様って難しい人だわ……)

 朝っぱらから彼が変なのは寝不足だからなのだろうか?
 感情を読み取ろうとジッと見つめると、ハイネは逃げるように背を向け、母屋の方へ歩きだしてしまった。

「今日はここで朝食を食べるから、料理長に伝えに行く!」

「あ、私が行きますわ!」

「アンタはトマトちゃんに水やりするんだろ!」

(『ちゃん』……? あ、そういえば昨日買ったパンを朝食に出してもらうけど、大丈夫かしら)
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