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予想外続き
予想外続き⑨
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そろそろ離宮の使用人達のバシリーを見る目が冷たくなってきたので、早めに帰ってもらったほうがいいだろう。
ジルは自室から持って来た萌黄色の封筒を彼に差し出す。
「バシリーさん、これハイネ様にお渡ししてくださるかしら?」
手紙の内容は嘆願書だ。昨日マルゴットに聞いた、ブラウベルク帝国内の村での魔女狩りについて出来るだけ分かりやすく状況を書いたつもりだ。これを読んでハイネが動いてくれるのを願うばかりだ。
「ええ、構いませんよ。ジル様からの恋文をハイネ様も喜ぶでしょう」
「恋文? そういうのではないですわ」
「隠す必要なんてないですよ! 僕はフリュセンのハイネ様のベッド横の棚にこの封筒が置かれてるのを見ました! きっとジル様が書かれた手紙に心を打たれて心の支えになさっていたのでしょう! いいですね、純愛!!」
「純愛!?」 「妄想激しすぎ……」
バシリーの報告にジルは目を見開き、マルゴットは身を震わせた。
確かにジルはハイネと文通をしていたし、ちょっとでも楽しんでもらおうとイラストを描くなどの工夫もしていた。だが、内容は植物の成長過程や世間話程度のつまらないものだ。ハイネがそんなに大事にしていたとは思えない。
というか、バシリーにそんな風に思われていたのを知って、ジルはかなり恥ずかしくなってくる。
「あの、バシリーさん。わたし本当に――」
「そうそう。ハイネ様からもジル様にお届け物があるんです。残念ながらこちらはラブレターではないのですがね」
バシリーはジルの話を無視し、カバンの中から冊子を1冊取り出す。
ジルは彼の切り替えの早さに内心呆れた。
(ハイネ様って、よくバシリーさんと上手くやっていけているわよね。少し尊敬しちゃうわ)
バシリーが離宮に来てからまだ15分程度しか経っていないのに、早くも疲れを感じてしまった。
しかも何故かマルゴットの方から冷気が漂ってくる。彼女に視線を向けると、不穏な眼差しでバシリーを見つめているではないか。良くない事を考え始めているに違いない。
事件が起こる前にバシリーに用件を済ませてもらおうと、ジルは作り笑いを浮かべ、話しかけた。
「もしかしてそれって、私が昨日ハイネ様にお願いした物かしら?」
「ええ、そうです。昨日ハイネ様から炊事兵の日報を貴女に届ける様にと命じられたので持って来たんです。これを読めば、フリュセンでの約70日間の献立と使用した食材が分かると思います」
「有難うございます」
バシリーから冊子を受け取り、中身を確認してみると、1日に1,2ページずつ、非常に細かく書き込まれていた。献立や使用した材料は勿論、天候、体調不良者の数やその内訳等まで載っている。炊事兵は、1日の任務のうちこの日報作成にあてていた時間がかなりの割合を占めていそうだと、ジルは書き手の人となりを想像し、微笑んだ。
「炊事兵に直接聞きたい事があるようでしたら、僕か部下のオイゲンに頼んでください」
「はい! 助かりますわ」
「いえいえ、我が国の為に謎の奇病の解明に取り組んでくださるんだから、そのくらいお安い御用です。これが解決したら、ハイネ様も元通りの不遜さを取り戻されるでしょう」
「そうですわね……」
昨日会ったハイネがちょっと可愛らしかったのは、自信が無くなっていたからなのだろうか? 今のままでいてほしいと思わなくもないが、ハイネから受けた恩をちゃんと返さなければと、ジルは気合を入れ直した。
ジルは自室から持って来た萌黄色の封筒を彼に差し出す。
「バシリーさん、これハイネ様にお渡ししてくださるかしら?」
手紙の内容は嘆願書だ。昨日マルゴットに聞いた、ブラウベルク帝国内の村での魔女狩りについて出来るだけ分かりやすく状況を書いたつもりだ。これを読んでハイネが動いてくれるのを願うばかりだ。
「ええ、構いませんよ。ジル様からの恋文をハイネ様も喜ぶでしょう」
「恋文? そういうのではないですわ」
「隠す必要なんてないですよ! 僕はフリュセンのハイネ様のベッド横の棚にこの封筒が置かれてるのを見ました! きっとジル様が書かれた手紙に心を打たれて心の支えになさっていたのでしょう! いいですね、純愛!!」
「純愛!?」 「妄想激しすぎ……」
バシリーの報告にジルは目を見開き、マルゴットは身を震わせた。
確かにジルはハイネと文通をしていたし、ちょっとでも楽しんでもらおうとイラストを描くなどの工夫もしていた。だが、内容は植物の成長過程や世間話程度のつまらないものだ。ハイネがそんなに大事にしていたとは思えない。
というか、バシリーにそんな風に思われていたのを知って、ジルはかなり恥ずかしくなってくる。
「あの、バシリーさん。わたし本当に――」
「そうそう。ハイネ様からもジル様にお届け物があるんです。残念ながらこちらはラブレターではないのですがね」
バシリーはジルの話を無視し、カバンの中から冊子を1冊取り出す。
ジルは彼の切り替えの早さに内心呆れた。
(ハイネ様って、よくバシリーさんと上手くやっていけているわよね。少し尊敬しちゃうわ)
バシリーが離宮に来てからまだ15分程度しか経っていないのに、早くも疲れを感じてしまった。
しかも何故かマルゴットの方から冷気が漂ってくる。彼女に視線を向けると、不穏な眼差しでバシリーを見つめているではないか。良くない事を考え始めているに違いない。
事件が起こる前にバシリーに用件を済ませてもらおうと、ジルは作り笑いを浮かべ、話しかけた。
「もしかしてそれって、私が昨日ハイネ様にお願いした物かしら?」
「ええ、そうです。昨日ハイネ様から炊事兵の日報を貴女に届ける様にと命じられたので持って来たんです。これを読めば、フリュセンでの約70日間の献立と使用した食材が分かると思います」
「有難うございます」
バシリーから冊子を受け取り、中身を確認してみると、1日に1,2ページずつ、非常に細かく書き込まれていた。献立や使用した材料は勿論、天候、体調不良者の数やその内訳等まで載っている。炊事兵は、1日の任務のうちこの日報作成にあてていた時間がかなりの割合を占めていそうだと、ジルは書き手の人となりを想像し、微笑んだ。
「炊事兵に直接聞きたい事があるようでしたら、僕か部下のオイゲンに頼んでください」
「はい! 助かりますわ」
「いえいえ、我が国の為に謎の奇病の解明に取り組んでくださるんだから、そのくらいお安い御用です。これが解決したら、ハイネ様も元通りの不遜さを取り戻されるでしょう」
「そうですわね……」
昨日会ったハイネがちょっと可愛らしかったのは、自信が無くなっていたからなのだろうか? 今のままでいてほしいと思わなくもないが、ハイネから受けた恩をちゃんと返さなければと、ジルは気合を入れ直した。
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