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歌姫との思い出

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「ハンス。約束の三日後、我々は再び歌姫エリーゼの元へ説得に向かう。それまでに何か、思い出せることがあるなら脳味噌を振り絞ってでも思い出せ。そうだ、子どもの時のように短剣を振り回すなり何なりすればかの歌姫との記憶を掘り起こすことができるかもしれない。どんな些細なことでも構わない、ほんの少しでもかの歌姫の心を動かせる鍵になればしめたものだ」

 歪んだ口元で、わざとらしいほどオーバーな身振り手振りをしながら語る大佐にハンスは冷めた目を向けている。

 どんな時でも鉄面皮、表情を崩さず何を考えているのかわからない。ハンスは軍の中でも、そういう人間として扱われていたが――それ以上に、この大佐の人となりをよく知っているからこそ冷静でいられた。

 大義のために、手段を択ばない。自らの手を汚すことを厭わない、それどころか同じ軍部の人間であれば彼らにも平気で汚れ仕事を強要してみせる。それがこの大佐という人間だし、軍人としてはあるべき姿とも言えるとハンスはわかっていた。



 その大佐に自身の、エリーゼと過ごした日々の思い出を利用されるのは――ハンスの心に、奇妙なざわめきをもたらしていた。



 「リーゼ」だと思っていたエリーゼとの、幼少時の記憶。思い出を踏みにじられる、とは感じていない。だが、かつての彼女とのやり取りがとうでもいいわけではなかった。大切である、とは素直に言えないが「国のため、軍のため」と割り切って完全に切り捨てることもできない……中途半端な棘に苛まれ、それでも逆らうことはしないハンスに大佐はうんうんと頷く。

「思い出なんてものは時が経てば経つほどに美化され、自身の中で誇大化し手放しがたくなるものだ。時には今の自分を否定し、人生をやり直す契機になることすらある……ハンス、お前が持っていた歌姫エリーゼとの繋がりは傷ついた歌姫を揺さぶるきっかけとなるかもしれない。だからハンス、お前は何が何でもエリーゼと過ごした日々を思い出すんだ」



 それはきっと――お前の想像をはるかに上回るものをもたらすからな。



 大佐の言葉に、ハンスは低く唸るような声で承諾の意を示すのだった。
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