私は神に愛された歌姫だった

尾形モモ

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大佐の思惑

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「そんなことがあってから、アイツは俺のことを勝手に『ハンちゃん』なんて呼んで何かと纏わりついてきたんです。そのうち、俺も仕方ないからあいつを『リーゼ』と呼ぶように……本当にただ、それだけですよ」

 ハンスの言葉を聞いた大佐は、「ふむ」と頷いてみせる。

「なるほど、歌姫エリーゼは幼い頃からエキセントリックだったと……だが、その様子だと少なくともエリーゼの方は幼馴染としてお前を『仲良し』ぐらいには考えていただろう。……ならば、交渉の余地があるな」

 一筋の光明を見出した大佐は、不敵に微笑んでみせる。

 頑なに心を閉ざした歌姫エリーゼ。その顔の傷がどれほどのものか、それに彼女がどれだけ傷ついているか。それは実際、彼女に会えば痛いほど伝わってきた。

 だが大佐は軍人として、何としてでも「歌姫エリーゼ、奇跡の復活」を成し遂げなければならない。今回、彼女を隣国の重鎮たちの前で歌わせることは、単なる接待以上の意味を持つのだ。

 この国は隣国と冷戦状態にあり、争いの火種は常に転がっている状況となっている。しかし、そこに「傷ついた歌姫がそれでもまたステージに立ち、国のために美しい歌声を披露する」という美談を落とせばどうだろう。

 感動の舞台を見せつけられた諸外国の要人たちは、少なからず心を動かされる。その奇跡に感情を揺さぶられるものがあるはずだ、それは決して外交と無関係だとは言えないだろう。

 戦争や外交など、政治は感情論抜きに行うべきものである。だが、歴史を辿ればどうだろう? 軍隊も、対話も、貿易も。一人一人の人間がそこで動き、物事を動かしている以上そこには絶対に「心」が宿る。そしてそれを操ることができるならば、国さえも動かすことができる――軍人として生きる大佐は、それをよく知っていた。

 加えて、実際に歌姫エリーゼの歌声を聴けばそれが十分に人々を感動させるものであることは確信できた。よくある数え歌を歌わせて、あれだけの歌唱力を見せつけてきたのだ。



 その彼女が本気で――全盛期の彼女が歌い、人々に称賛された曲を歌わせればどれだけの影響力を与えるか。想像しただけで大佐は、その絶大な力にほくそ笑むのだった。
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