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待ち人

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 かつてレイチェルを孫として愛し、慈しんでくれた祖父。その祖父からもらった短刀で自らの命を絶った、その決断はすぐレイチェルに壮絶な後悔と苦悶をもたらした。



 体を蝕む激痛と、そこから流れ出る生ぬるい血。それは自身の命がジリジリと削られていく絶望を、否が応でも見せつけてくる。それでもなお意識を失うことも、放心することも許されずレイチェルは苦しみ続けた。

 なまじ健康な人間が死ぬことになると、その苦痛は病人や体の弱い者とは比べ物にならず長い時間をかけて地獄を味わう羽目になるという。そんなことがあるのか、と冷めた目で物事を見ていたレイチェルは自分の甘さを痛感した。そして、自ら死を選んでしまったことに後悔した。

 しかし、そこまで追い詰められたとはいえ最後に「自死」という道を選んでしまったのは自分だ。死の間際となっては誰も責めることができず、ただ自身の置かれていた環境や神に対して恨み言を言うことしかできない。

(嫌だ……やっぱり死にたくない……まだ、生きていたい……!)



 その時のことを思い出し、思わず呼吸が浅くなっていくレイチェル。それを必死に落ち着けようとしていれば、女主人はレイチェルを頭のてっぺんから爪先までじっくりと眺めた。

 いきなり訪ねてきた若い女、それも貴族の令嬢らしき人間となれば何か「訳アリ」と思ったのか――そう考えていれば女主人は一人、何かしら納得したような表情を見せると「なるほどね」と呟いた。



「――どうやら今日の私の待ち人はお嬢さん、あなたみたいね」

「えっ?」

「いいわ、部屋なら用意してあげる。その代わり――もう一人、あなたを待っている人がいらっしゃるの。その方に、会ってくださるかしら?」



 突然の申し出に困惑するレイチェル。そんなレイチェルに女主人は朗らかに、笑いかけると親し気に話しかけてみせる。

「実は私、『ヘルメスの加護』があるの。それで上手くこの宿場を経営して、商売繁盛しているんだけど……その『加護』の力がこう言っているの。『今日、来る客を逃してはならない。ある重要人物が、その相手を待っている』って」

「か、『加護』……ですか?」

 突然の言葉にレイチェルは目を白黒させながら、そう答えた。



 この国では生まれた時に、神によって『加護』が与えられるという伝説がある。

 神にはそれぞれ、自らが司る担当分野とでも言うべきものが存在する。ただし誰が、どの神の加護を受けられるかは完全に運だ。自身に与えられた『加護』を正しく理解し、それを上手くコントロールできれば神によってその人生を祝福されると言われているが……多くの人々は、それを単なる迷信だと思っている。あくまで占い、あくまでお遊び。それを大真面目に口にする人間なんて、レイチェルは初めて見た。



 しかし宿の女主人は至って真剣らしく、店の奥へ引っ込むと――レイチェルを待っていたらしい、重要人物という者を呼んだ。

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