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第27話 人生は勝つことが全てだ

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ーーー所詮世の中は弱肉強食。負け犬のたわごとに耳を貸す奴はいない。
 いいか、オサム。勝て。人生は勝つことがすべてだ。ーーー



「せいやっ!」

 渾身の右ストレートがワイトキングの顔面を粉砕する。

「すげえっス!さすがオサムさん!
 ホントに三階層のボスを1人で倒しちまった!」


 倉本くんの賛辞を聞きながら、小田さんが渡してくれたポーションを一気飲みする。
 ふう、だいぶ安定して狩れるようになったな。

 以前はかなりギリギリの勝負をしていたワイトキングだが、今ならビギナーの2人を守りながらでもさほどダメージを負わずに倒せるようになった。

 これもウツミさんのおかげだな。
 彼の指導に則ってレベルアップやトレーニングを工夫するようになってから、前よりもはるかに戦闘能力が向上しているのを感じる。


「まぁ、ざっとこんなもんです。
 お二人が今すぐワイトキングを倒すのは難しいでしょうけど、このスピード感を覚えた状態で一階層で頑張れば、ホブゴブリンぐらいは近いうちに倒せると思いますよ」

「うーん、正直逆に自信を失ったけどね。
 でもコツコツレベルを上げていけば、いつかは俺たちももっと稼げるようになるかな」

「絶対大丈夫ですって!レベル上げもお付き合いしますから!」


 俺の名はコンドウ オサム。
 将来の夢は世界を股にかけるスーパービジネスマン。
 今はその目標に向けてダンジョン冒険者向けのビジネスを開発するべく、同期の小田さん、倉本くんの2人を連れて三階層でのボス攻略体験ツアーを実施している。

 ビジネスとは言ってもそれだけが目的じゃない。
 小田さんも倉本くんも俺にとっては大切な仲間だと思ってる。
 ダンジョンの冒険に苦戦している2人の状況を聞き、彼らのために力になりたいと思ったからこそ、無料で時間を割いてアドバイスをしたり、レベル上げに付き合ったりしている。

「……すまないねぇ、オサムくん
 君みたいに才能のある子に時間を使わせてしまって。俺なんかのために」


 バツが悪そうに小田さんが言う。


「……俺さ。前にも話したけどさ。
 今までの人生、人並みにできたことって何もないんだよね。

 学生時代も帰宅部で、勉強も全然ダメで、そのくせ自分は偉いと思い込んでんのか、周りのことは馬鹿にしたような態度でさ。
 もちろん友達なんて1人もいなかったよ。

 底辺高校卒業してから、まともに就職したこともなくて。
 時々思いついたかのようにバイトを始めて、年下の先輩たちに使えねぇ奴扱いされて嫌になってすぐ辞めて。アニメ見て現実逃避して。
 それでも自分はバイトすらしてない引きこもりの連中よりはマシだとか思って、ネット上でイキり倒すだけの人生だったよ」


 独白に、鼻をすする音が混じった。
 よく見ると、少し涙ぐんでさえいた。


「ずっとやり直したいって思ってた。
 15歳位の時点までタイムリープしてくれ!今度は絶対にちゃんとやりますから!
 毎日毎日朝から晩までそう思ってたら、気がついたら37歳になっちまってたよ。

 もうおしまいだ。もはやどうしようもない。死ぬしかないのか。
 すでに絶望以外、心の中になにもないって感じだった。

 一発逆転を狙って冒険者になったはいいが、今まで何もやってこなかった奴が通用する程世の中甘いわけないよな。
 オサム君が声をかけてくれなかったら、今でもゴブリン相手にヒーヒー言って逃げ回ってたよ」

「小田さん……」

「でもオサム君のおかげでちょっとずつ戦えるようになってさ……。
 こないだ、生まれて初めてお袋にプレゼント買って帰ったんだ。
 ティーカップがさ、だいぶ古くなってたから。ダイワに寄って、ブランドのちょっといいやつ買ってさ。

 お袋、泣いて喜んでさぁ……。
 俺、まだやり直せるかなぁ……?」

 小田さんはもはや、頬を流れる涙を拭おうともしなかった。


「大丈夫です小田さん」

 彼の両肩をがっしりとつかんで俺は言った。

「今までがこれからを決めるんじゃないんです。これからが今までを決めるんです」

 彼の両目をしっかりと見て、一言一言しっかりと。

「過去なんてもう存在しないんです。
 ここから冒険者としてビッグになれば、若い頃の失敗なんてただのキャラ付けになるんですよ。
 今までどうしてたかじゃなくて、今これから何ができるのか。重要なのはそこなんです。

 日本の新卒至上主義も、終身雇用制度ももうとっくに崩壊してるんです。
 もう無難に失敗しなければそこそこ暮らしていける世の中でもなければ、一度ドロップアウトしたら浮かび上がりないような世の中でもない。

 むしろ、過去の常識に囚われてるような奴こそ、時代の変化に取り残されて落ちぶれていきますよ。
 つまり、俺たちの時代ってことです。
 大丈夫。俺がついてます。
 ここから先はいいことばっかりですよ。一緒にサクセスしましょう!」

「そうっスよ小田さん!オサムさんの言う通りっス!
 一緒に冒険者として一発当てようって誓ったじゃないッスか!

 でかい家建てて!うまいもん食って! チーレム作って!
 それで映画館みたいなプロジェクターで毎日アニメを見て過ごすんです!

 ケケケ……今学校で俺をイジメてる奴らの悔しがる顔が目に浮かぶようッスよ……!」

「オサムくん、倉本くん……。ありがとう。
 でもチーレムって。ははは。俺、もうそんな性欲ないよ。
 ……1人でいいんだ。たった1人、俺のことを思ってくれる人がもしいれば、きっと俺は頑張れると思う……」

「そのためにも頑張らなくちゃですね」


 1人でいいか。高校時代もそういうこと言ってる奴いたなぁ。
 まぁそいつ、俺が紹介してあげた女の子で童貞捨てたら、調子こきまくって今では女遊びしまくってるけど。

 今度小田さんにも女の子を回してあげよう。
 年上好きで誰とでも寝る女なら何人か心当たりがある。
 俺の言うことなら何でも聞くような馬鹿女達だ。
 小田さんには自信を付けてやらないとな。


「でも、オサムさんはなんでこんなによくしてくれるんスか?
 ビジネスのためって言っても、ここまでしてもらって、割に合うんスか?」

「ん?まあ、長期的な投資っていうかね……」

 倉本くんの問いに、つい言葉を濁してしまう。
 そう。確かに損得を言えば割に合わないことをしている。
 それこそ、俺の親父なら”こんな負け犬に付き合っている暇はない”とでも言っているだろう。


 俺の親父は世界中を股にかけて活躍する商社マンだった。
 座右の銘は”勝てば官軍”。
 幼い俺や病気がち母さんをヨハネスブルグの賃貸住宅フラットに置き去りにして、世界中のビジネスで結果を出し続けた。
 そんな彼が、勤務先の商社の役員にまで昇り詰めるのは時間の問題だった。


 右腕として長年親父を支えてきた男が、数百億円規模のプロジェクトに関する核心的な情報と親父の数々の不正取引の証拠を持ってライバル社に寝返らなければ。


 巨額の損失を発生させた親父はそのすべての責任を負わされ、窓際部署に左遷された。
 勝つことでしか自尊心を充足できない哀れな親父は、あっさりと投身自殺した。


 ーーー所詮世の中は弱肉強食。負け犬のたわごとに耳を貸す奴はいない。
 いいか、オサム。勝て。人生は勝つことがすべてだ。ーーー


 女房と息子を見捨て、自分だけのプライドに準じた惨めな男が最後に残した言葉がこれだ。


 ーー俺は親父とは違う。
 仲間も。家族も。大切なものは何一つ見捨てない。
 周りにいるやつらをみんな幸せにしてやるんだ。
 そのうえで、親父が残した以上の大成功を収めてやる。

 そしてあいつの墓前で言ってやるのだ。
 ほら見たか。どんなもんだ。お前の考えなんか、信念なんか、ちっぽけで間違いだらけのものだったんだ、と。


「だから倉本君もサクセスしてくれよ。

 そうだ。二人とも、地上に上がったら度効率的なレベル上げについて相談させてくださいよ。
 実はすごい方法に出会っちゃって。まぁもちろんご本人の同意がないといけないんですが。
 それで俺の将来の重要な顧客にーーー危ねえっ!!!」


 全力で倉本君を体当たりで吹き飛ばす。
 直後、背中に灼熱のような熱さが走る。


「グっ……」

「オサム君!」


 小田さんの声にも構わず、突然現れた敵を見据える。
 知覚したことのないような重圧感が俺を襲う。
 おそらく背中から大量に出血しているが、気にかけている余裕はない。


「こいつは……黒狼!第7層の上位種だと!?」

「な……!なんでそんなのが第3層に!」


 超大型の漆黒の狼。
 それでいて、攻撃を受ける直前までその存在に気付けなかったほどの隠密性。機動力。
 今の俺では到底かなわない、恐るべき暗殺者。


「逃げろ……何をしている!早く逃げろ2人とも!」

「あ、あわわわ……」


 あまりの恐ろしさに腰が抜けたのか、小田さんも倉本君も動き出すことができない。
 ……畜生!

 俺は両手のグロ―ブをガチンと打合せ、戦闘態勢に入る。


「早くいけ!俺が時間を稼ぐ!
 ーーー長くは持たないぞ!俺を殺したくなければ、今すぐ走るんだ!」


 ダっ!
 ようやく逃げ始めた二人だが、足取りは乱れている。
 ……無理もない。ほとんどパニック状態だろう。

 親父ならば、彼らを置いてとっとと逃げるだろう。
 むしろ、囮として切り捨てるかもしれない。
 だが俺は……。


 黒狼が襲ってくる。速ーーー


「ウグゥッーーーー!」


 咄嗟に急所を庇った両腕に、黒狼の爪が深々と突き刺さる。

「フっ!」

 反撃のローキックも、一瞬の跳躍で躱される。
 ダッダッダ!壁を、天井を足場に跳び回る。


 ーーー捉え切れない!あの巨体でなんて動きだ!


「シっ」

 闇雲に放つ左ジャブは、当然というべきか空を切る。
 直後、黒狼の顎が俺の目の前に現れる。
 ここで食い殺す気だなーーーだが!


「……ラァっ!」


 全力の頭突きが黒狼の鼻先にヒットする。
 予想外の衝撃だったのか、すかさず距離をとる黒狼。
 クっ。追撃の機を逃したか。


 ーーープシュゥっ!
 俺の胸元から斜めに鮮血が舞い散る。

 斬られて、いたのか、今……。


 ダン!ダンダンダン!


 再度壁を、天井を蹴り付けて黒狼が戦場を駆け巡る。

 ダメだ、視えないーー!
 ……はは。なんてこった。マリちゃんに襲われる魔物モンスターはこんな気分だったのかな、なんてな。
 ここまでか……。


 ーー視界の外の敵の動き?視えてるわけないじゃん。俺の眼をなんだと思ってるんだよーー

 ふと、誰かの言葉を思い出した。

 ーー過去の視覚情報から予測してるってのはあるけど、それより相手の立場で考えてるね。
 わかりやすいのは、一番自分が攻められたくないタイミングで、攻められたくないところから攻めてくる、とかーー


 脳内に電流が走る。
 グラリ。あえてその場に膝をついて見せる。まるで、出血多量で力尽きたかのように。
 あながち演技でもないが。


「ッシャアアアアァッ!」


 渾身のバックブローが確かな手ごたえで敵を捕らえる。
 思った通り!負傷した背中を狙っていたな!

 鼻先への直撃がよほど効いたのか、黒狼の動きが止まる。
 こりゃあ出来過ぎだな。この機を逃して溜まるか。

「シっシっ」

 2連続の左ジャブがさらに黒狼の鼻先を打ち据える。
 表情をゆがめ、黒狼が身をすくませる。
 ーーーここがお前の弱点か!

 ーーオサム君の場合は強いパンチを打とうと思わないほうがいいかもね。かえって固くなりがちだから。
 いっそ、目標地点にただ手を伸ばすくらいの気分でさ。それか、そこにある蜜柑(みかん)でも取ってくるぐらいの感じのほうが、結局は威力を増すと思うよーー


 ウツミさんの助言のおかげで得たコントロール。
 千載一遇のチャンス。決着を付けるために、渾身の右ストレートを放つ。


 ーー威力を出すために右足を蹴り付けるって言うけどさ。
 蹴ることに意識が行って力が逃げちゃってるね。君の場合は気分的に、親指で床を弾くくらいが丁度いいんじゃないか?
 それより、左半身に壁作ってまっすぐパンチが向かうようにしよう。体幹のどこにレベルアップすればいいかというとさ……ーー


 3週間前とは段違いの威力と精度。コンドウオサムの100%を載せた一撃が、黒狼の左眼を深々と抉る。


「グルルゥォォォォォっ!!!」


 流石に大ダメージだったのか。
 黒狼が初めて悲鳴のような叫び声をあげる。


 ーー殴って、そこで終わりじゃないよね。
 むしろそこからがオサム君の真骨頂だからさ。全力のストレートが直撃したその後、いかにシームレスに次の行動に移るか。そのためのトレーニング方法はさ……ーー


 すかさず、黒狼の前足に片足タックルを仕掛ける。
 競技生活史上最高の動作で組付けた、と確信する。

 相手の体重は俺の何倍だ?
 関係ない。今の俺が止められるわけがない。
 迷うことなく、そのまま全身を旋回させる。


「ウオオオオオォォォッ!!!」


 プロレスで言うところの、ドラゴンスクリュー。
 渾身の投げ技が見事に炸裂。黒狼の巨体が一回転して、背中から床にたたきつける。

 しかしーーーおそらく投げ自体のダメージは少ない。
 この猛獣の強靭で柔軟な筋肉。
 衝撃の大半は吸収された感触がある。
 だが!


「オオオオオオッ!!!」


 そのままさらに組み付いた脚、ヤツにとっては左前脚を一回転させる!
 ボギっ!
 重く、鈍い音。膝関節を破壊した感触に、不意にぞわりと身体が震える。


「グフっ……」


 不意に、俺の喉奥から血が吹き出る。
 内臓かどこかを損傷したか……?
 これ以上はムリだ。限界だ。

 踵を返して一目散に走り出す。
 こちらの損傷も深い。どこかで回復薬ポーションを飲まなくては。
 だが、左眼と左脚を奪ってやった。
 そう簡単には追ってこれまい。


 小田さんと倉本君と合流しなくては。
 彼らにとってこの第3層は危険地帯だ。
 そして一刻も早く帰還して、ギルドに黒狼の件を報告する必要がある。
 ……帰ったら、ウツミさんにお礼もしなくちゃな。


 そんなことを考えながら走っていたら。
 曲がり角で、突然に人影にぶつかりそうになった。

 すんでの所でブレーキをかける。
 知った顔だった。意外な顔でもあった。なぜ、彼がこんなところに。

「お、おい!ここは危ないぞ!
 すぐに逃げよう!小田さんや倉本君を見なかったか!?」

 しかし、彼はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべたまま近寄ってくる。
 状況が分かってないのか!こうなったら首根っこをつかんででもーーー


 ドスっ。


 何かが、俺の身体を貫いた。

「へ……?」

 全身から、力が抜ける。
 膝から下が消えうせた。と、思ったら今度は視界が横向きに代わる。
 身体が、冷たい。鼻や口に土が入ったような感触もある。

 俺は、倒れたのか?


「間抜けな野郎だぜ」


 彼がそうつぶやき、刃物を振って血を払う。
 あれで、俺を刺したのか?

 一体、何故。こんな、ことを、してる、場合じゃ……。


 グルルルルル……。
 背後から黒狼が接近してくる気配がする。

 逃げろ。そう言いたいが、喉から出る吐息は声にならない。


「おう、ご苦労だったな。
 ちゃんとあのキモオタ2匹も食ってきたか。感心感心」


 ……なぜ俺はこんな所にいる?
 俺は、世界を股にかけるビジネスマンになるはずなのに。
 そして、周り中の人を、幸せにして。

 親父に墓前で文句を言ってやって。
 老け込んじまった母さんを沢山旅行に連れて行って。
 沢山投資してくれた彼女を世界一幸せにしてやって。
 ウツミさんをビジネスパートナーに勧誘して。
 神崎直人とかの、一流冒険者とも人脈作って。
 マリちゃん達、冒険者たちとも提携を組んで。

 楽しいことが、いっぱい待ってる、はずなのに。

「あとはこいつだけだ。好きなだけ食い散らかしな」

 こんなはずじゃ……。こんなはずじゃなかったのに。
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