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第19話 多重債務者の気分だぜ!

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「せいやぁぁぁっ!」

 先制攻撃を仕掛けたのはマリだ。
 ゴブリンキングの探知圏ギリギリの間合いから、一瞬で距離を潰して渾身の一撃を放つ。

 しかし。
 ゴブリンキングは穏やかな動作で、手に持った杖を前方に突き出す。
 マリの一撃はあっさりと受け止められた。


 黄金杖。
 ゴブリンキングの持つ得物だ。
 武器としての強力なスペックだけでなく、ギルドでも高額買取されるアイテムだ。

 魔物の使用する武器は基本的に魔物の死とともに消滅する。
 しかし、稀に消滅せずに、アイテムとして残留することがある。
 レアアイテムと呼ばれるそれは冒険者にとっては貴重な臨時収入となる。



 ……今回は意識しないけどな。
 とにかく勝って生き残ること。
 注目すべきはマリの攻撃を受け止めたキングの反応速度だろう。


 攻撃の失敗を悟ったマリだが、その場に居つくことはない。
 すかさず壁に飛び移る。
 さらに逆側の壁へ、また逆の壁へ、天井へ。
 キングの周囲を上下左右に飛び回り、敵の意識を撹乱する。

 さしものキングもこの動きには面食らったか、視線が完全にマリを追っている。

 そこが俺にとってのチャンスとなる!


「イィィィヤァァッ!!」


 魔素を纏わせた刀で斬撃を放つ。
 狙いは脚。
 剣道では有効部位ではないが、敵の機動力を削る事は、長期戦にもつれ込んだ際にアドバンテージとなるはず。


 しかし。
 俺の攻撃もすんでのところで杖に遮られる。
 ---このタイミングでも甘いのか!


 あ。
 やばい。
 俺の顔面を粉砕する軌道で横薙ぎが来る気がする。

 回避!回避!回避!
 全霊を持って体をのけ反らせて、薙ぎの軌道から頭を外させる。

 その直後にキングの杖が、直前まで俺の頭があった空間を凄まじい勢いで走り抜ける。
 あぶねえっ!ほんの少しでも遅れていたら!


「おおっ!」


 後ろでオサム君が唸るのが聞こえる。
 かなり際どいタイミングだったからな。


 キングはというと、なぜかわずかに呆けた様子を見せていた。
 ……まさか躱されたのが意外だったのか?
 そりゃ躱すよ。案山子じゃあるまいし。
 こっちも命賭けなんだから。


 その逡巡は殺し合いの中じゃ致命的な隙となる。


「せいっ!」

 マリの新型トンファーがキングの後頭部をしたたかに打ち抜いた。
 強烈!

 しかも恐ろしいのはここからだ。
 マリの強みはスピード。
 当然、一発もらって終わりじゃない。


 顔へ!脇へ!腿へ!腹へ!頭へ!
 迅速にして強烈なマリの連撃がキングの全身を蹂躙する。
 その一発一発が並のゴブリンを粉砕する破壊力だ。


 しかし敵もさるもの。
 衝撃にたたらを踏みながらも、杖を握りしめ応戦を試みる。
 パワー。そしてタフネス。
 やはりホブとはモノが違う。


 ガン!
 キングが泰然と振るう杖が、マリのトンファーを弾きとばす。

 ほんの一瞬、マリの動きが止められる。
 ニィ。酷薄な笑みを浮かべながら、キングは強烈極まる横薙ぎを放つ。

 普通ならば回避不可能な間合い。
 しかし既にマリは退避の動作に入っている。
 一瞬で壁に飛び移ったマリには、その攻撃は届かない。

 打ち合わせ通りだ。
 一度でも攻撃を止められたら、即座に間合いを外すべし。
 足を止めての接近戦になれば、ボスモンスターの身体能力には決してかなわない。


 オサム君を交えたブリーフィングに従い、マリは再度壁へ、天井へ。
 立体的な軌道で戦場を飛び回る。


 追撃を仕掛けようと、マリを視線で追うキング。
 だから、甘いっての!

「シャアァッァァ!」


 俺の渾身の斬撃が、今度こそキングの胴体を斜めに裂く。
 鮮血が飛び散る。
 ……やや浅いか!しかし!


「どぉぉぉぉりゃああっ!」


 少しでも俺に気を取られれば、今度はマリの連撃の餌食だ。
 高性能のトンファーが、マリの魔素をキングの肉体奥深くまで貫かせる。
 値段相当の働きをしてくれるぜ!


 このままいけるところまで行ってやる!
 と思った刹那---


「ウツミんさん!後ろ!」


 マリの声に反応し、真後ろに刀で斬撃を放つ。
 そこには一体のゴブリン。
 まさに俺を襲わんというタイミングだが、斬り飛ばしてやったぜ。


 しかし、あたりを見渡せば。
 そこらじゅうの壁から、次から次へとゴブリン達が出現してくる。

 既に2匹、いや3匹。
 たった今、4匹目が壁から現れた。

 つまり---


「第二段階だ!打ち合わせ通りいくぞ!」


 ---


 ゴブリンキングの特殊能力。
 それは、ゴブリンの大量召喚。

 一定程度のダメージを受けたキングは、自分の周囲の壁から、断続的にゴブリンを産み出す。

 その速度、なんと約1秒に1匹。
 産み出されたゴブリン達は、兵としてキングの敵を数の力で蹂躙する。

 ……ゴブリンキングが初めて発見されてから、その恐ろしさが冒険者の中で定着するには時間がかかったという。


 キングに挑むような冒険者は、大概ゴブリン程度は簡単に倒せる連中だ。
 甘く見る者も多いだろう。
 だが、普段一度に戦うゴブリンなど、多くても5-6匹程度。
 秒単位で産み出されるゴブリン達に、当時多くの冒険者たちが圧殺されたらしい。


 倒し切れなかった場合の対処法はただ一つ。
 逃げること。
 幸い、キングの戦闘領域の外までは、このゴブリン達は追ってこない。

 ただし、逃げた後もゴブリン達はひたすら増え続け、戦闘領域を埋め尽くす。
 その後、一時間に一度のリポップのタイミングでゴブリン達は消滅するが、その際にキングのダメージは完全回復する。


 つまり、ボス狩りをしたければ、このゴブリンの群れを乗り越えてキングを倒す必要がある。



「行け!マリ!」

「うんっ!」


 空気を切り裂いて飛び出したマリが、ゴブリン達を文字通り乗り越えてキングに襲い掛かる。


 そう、俺にはマリがいる。
 彼女の機動力なら、ゴブリンの肉壁などなんのその。

 壁を、天井を伝って陣形の隙間を縫い、王将の元へと辿り着く。


「そりゃあぁぁぁぁっ!」


 マリの攻撃はキングに防がれる。
 ---周囲にゴブリンがいる分、攻撃の軌道が限定されていたかっ!


 俺も役割を果たすべく、キングの傍のゴブリンに斬りかかる。


 俺たちは事前に役割分担を決めていた。

 主力のマリがキングを担当。
 俺は周囲のゴブリンを殲滅し、マリのサポート。

 マリが戦いやすい空間を作るのが俺の仕事だ。
 可能ならば、先ほどまでのように、キングを相手に援護射撃を仕掛けてマリを助けてやる。

 幸い、今の俺ならゴブリン1匹を一撃で屠ることができる。
 断続的に日本刀を振るい続け、ゴブリンどもを斬りまくる。



 ……ただ眼の前のゴブリンを斬るだけじゃダメだ。
 周囲を見据えろ。数手先を読め。最適な行動を選べ。

 どこに行くのが一番有利だ。
 俺がマリなら、俺にどこにいて欲しい。


 三方向からゴブリンが襲ってくる。
 つい空いた方向に逃げたくなるが、それは悪手。

 それはマリやキングと反対方向。
 この状況で相棒と完全に分断されるのは、全滅とほぼイコールだ。

 だから俺は---あえて敵の多い方向に飛び込む!
 ゴブリンの数は……7匹か!


「だりゃああっ!」


 あえて刀を振るわず、正面のゴブリンに体当たりして、つばぜり合いの形になる。
 すかさず体を入れ替え、突き飛ばす。
 そのゴブリンは、ほかのゴブリンが棍棒を振りぬく軌道上に入ることになる。


 ぐしゃり。後方で何かが砕ける音を聞いた。
 その結果を見届けることなく俺は左のゴブリンに突きを放つ。
 首ではなく、胴体。

 深手を負ったゴブリンがその場にうずくまる。
 その後ろにいるゴブリンにとってみれば、急に足元に障害物ができたようなものだ。
 もんどりうって倒れ、そのまま後続のゴブリンどもも雪崩のように倒れこんでくれる。


「はぁっ!」


 さらに、俺は真横に向かって蹴りを放つ。
 ---視界の外だが、今、そこにいるはずだ!
 渾身の蹴りが、ゴブリンのどてっぱらにまともに入る。


 勢いで後ろに吹き飛ぶゴブリンは、狙い通りの場所に転がってくれた。


 そこはキングの攻撃の軌道上。
 マリを狙った筈の杖は、打撃の途中でゴブリンを粉砕することで勢いを失う。

 おかげで、マリの眼前でキングが無防備な体勢を晒すことになる!

「せいっやぁぁ!」

 この好機を逃すまいとマリがキングにトンファーを振るう。
 しかし、それでも防がれる。

 ……諦める事なく壁から壁へと飛び回るマリ。
 しかしもはやキングに動揺はない。
 悠然と構え、マリの動きの軌道を感じ取っている。


「っ!行くな、マリ!読まれてる!」

 ゴブリンに阻まれた俺には、声で指示するのが精一杯だ。
 俺の指示コーチングを受けたマリは咄嗟に突撃の軌道を逸らした。

 キングは強烈な一撃を振るう。
 直撃こそ免れたマリだが、黄金杖が肩の当たりを掠め、それだけで勢い良く吹き飛ばされる。


 —-今のは危なかった。
 完全にカウンターのタイミングが掴まれていた。
 軌道を変えていなかったら、どうなっていたか。


 よく見ると、キングには先ほどからほとんどダメージが入っていない。
 逆にマリのほうは。
 致命傷こそないものの、全身に裂傷を負っている。

「……まだまだっ!」

 鮮血に染まる顔には、なお闘志が燃えている。
 だがその息遣いは荒い。
 震える膝が、消耗の激しさを物語っている。


 ……予想以上の戦闘力だ。
 これがボスモンスターか。

 マリの速さをもってしても、単調な攻撃は通用しない、か。
 一対一では劣勢。ましてゴブリンどもの妨害もある。


 そう言ってる俺の状況も芳しくない。
 周囲のゴブリンの数はどんどん増えている。

 既にゴブリンは9匹にまで増えている。
 魔石を投げつけてマリを援護する暇もない。


「畜生、がぁぁっ!」


 苛立ちを込めて刀を振るうが、倒す速度よりも増える速度のほうが早い。
 多重債務者の気分だぜ!

 地面をごろごろと転がりつつ優位なポジションを模索するも、徐々に追い詰められていく感覚がある。


「そらっ!」


 真後ろに向かって回復薬ポーションを投げる。
 そこにマリがいるはずなんだ。

 ダン!ダンダン!
 息を吹き返した相棒が、再度戦場を駆け巡る音が聞こえる。


 しかし、この調子では二人とも長くはもたない。
 このままでは……負ける。

 やむを得ん!


「マリ!作戦変更だ!」


 ゴブリンどもを斬りまくりながら、俺は声を張り上げる。


「キングは俺がやる!」


 プランBの発動だ。
 おっかないから、できればやりたくなかったが。
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