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第7話 地味に500mlペットボトルが200円とか

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 県内東部に位置する迷宮の第一層。
 腰には日本刀型の武器。柄にそっと手を添わせながら、俺は足音を殺しつつ歩を進める。
 全体に薄暗い。だが。壁、床、天井。そこから発する魔素がぼんやりと光を放ち、なんとか視界を保てている。


 体内の魔素が反応して、身体が浮き立つような錯覚を覚える。
 不思議な感覚だな。今ならそこらのアスリートなんて目じゃないくらいに派手なアクションを決められそうだ。
 感覚神経まで強化されているせいか、視界の外、曲がり角の向こうや壁の奥の物まで感じ取れてしまいそうだ。

 養成所でも疑似体験したが、本物はやはり緊張感が違う。


 “ギルド”職員の助言は、最初はまず10分間迷宮内をただ歩いて戻ってこいというものだった。
 今ならその意味がわかる。身体感覚、精神状態、五感全てが普段と違う。まずはこれに慣れろということだろう。
 ほら、スノボとか初めてやる時、とりあえず左右に10回ずつくらい転ぶ練習させられるじゃん。あんな感じ。


 10分の散策を終えて、出入口のゲートをくぐる。
 来た時と同じく、”ギルド”のゲート前に出た。

 安心して深く息を吐くと、太ももの筋肉がえらく疲れているのを実感した。それに、喉がものすごく乾いている。
 “ギルド”に設置されたウォーターサーバーを見ると、……すげー行列だな。ちょっと並ぶ気がしない。


 やむを得ん。施設を出て、隣接する駐車場に並ぶ自販機に向かう。
 地味に500mlペットボトルが200円とか。足元見てやがる。
 次から絶対飲み物は持参だな。

 スポーツドリンクがスイスイ入るわ。疲労回復にビタミンサプリも飲んどこ。
 たった10分の労働、しかも収穫なしの癖に休憩だけは一人前ね。


 見渡すと、養成所で見知った新人冒険者が、同じ様に疲労感をたたえた顔を浮かべている。
 でも、こんなところで休んでられるかってとこだろうか。五分も休まず再度迷宮にアタックしてる。

 やあねえ。そんなに焦らんでも。
 俺とか平気で10分働いて30分休憩できるタイプよ。
 まあ俺の場合税金の関係でむしろ稼ぎたくない立場だからな。生活かけて戦う人達とはスタンスが違って当然か。


 ゆったりとソファの感触を楽しみ、時間潰しに瞑想や体操まで挟み、俺も再度迷宮に突入だ。
 今度は20分、次は30分。段々と慣れてきた。

 迷宮内で知らない冒険者とすれ違う時の、挨拶してるのかしてないのか曖昧な会釈してる時の気分って落ち着かないわ。
 あと、知ってる人が、長い直線の道の向こうにいて、結構離れてる段階から互いを認識してるけど、どのタイミングで挨拶すればいいのかわからん時とかも。
 あれの最適解を誰か教えてくれ。


 何度目かのアタック。
 俺の第六感が、少し離れた位置に異質な存在を感知した。これまでも何度か感じていたが、慣れるまではと避けていた存在。
 この感覚、迷宮の外では味わったことなかったな。みんなこれを頼りに冒険してるんだろう。


 やってみるか。
 日本刀型の武器を抜刀する。精神を統一して、深く呼吸。
 体内の魔素を刀身に纏わせる。大丈夫。養成所で何度も練習したことだ。

 気持ちを落ち着け、ゆったりと接近する。
 向こうはまだ気付いていない。曲がり角を2つ曲がり、敵の後ろ姿を捉える。


 身の丈1.2m程の小鬼。ファンタジーでお馴染み、ゴブリンだ。
 刀を上段に掲げ、意を決して襲いかかる。


「イィィィィィィィヤァァァァァァァァァっキィィィィィィィィエェェェェェェェェェェッッッッッッ!!!!」


 乾坤一擲。裂帛の気合いを込めて放つ一閃がゴブリンを脳天から一刀両断にした。
 というか、自分でもひくぐらいの声が出て少なからず動揺した。
 ほら、昔剣道やってたから。下地があるから。


 ゴブリンの死骸から淡い光が浮かび出て、俺の鳩尾のあたりに吸い込まれる。体内に埋め込んだ魔素吸入器の仕業だ。
 コイツを”ギルド”の受付で専用の機械に放出すれば、量に応じて褒賞が得られるし、あるいは自分の体内に吸収させて戦闘力を向上させてもいい。

 さらに、死骸が崩れ落ちて無機質な土塊に変わる。これがこの迷宮一層の拾得物ドロップアイテム、ボーキサイトだ。
 アルミニウムの原料となる素材だ。これもギルドが買い取ってくれる。


 魔素と拾得物ドロップアイテム。これが俺達冒険者の収入源だ。


 —-


 富山県内には4つの迷宮がある。
 県の西部、中央部、東部。そして山間部。
 三方向を立山連峰に囲まれた我が県だ。その山深くにある迷宮はアクセスの悪さと魔物の手強さから冒険者に敬遠されており、大半が平野部の3つの迷宮に挑んでいる。


 俺が挑んでるのは県東部の迷宮だ。富山空港のほど近くに出現したその迷宮は、幹線道路沿いというアクセスの良さもあり県内一番人気の冒険スポットだ。

 “ゲート”が出現したのは超大型量販店の敷地内だったが、国の補助金を受けた県が建物ごと土地を買い取り、居抜き物件に冒険者の受付施設を整備した。
 いわゆる、”ギルド”という奴だ。


 俺の実家から車で約20分。良好なアクセス環境と喜んだが、それは道が空いている場合の話だった。
 何も考えずに社畜的習慣から8時過ぎに出勤したら、通勤ラッシュの渋滞に巻き込まれてしこたま時間を無駄にした。

 移動時間ってホント不毛だよな。まだ東京だと電車だから、車内で読書とかできたけど。
 車運転してるとハンドルから手を離せない。てか運転から集中切るのが怖い。

 周りを見ると結構みんな運転しながらスマホ弄ってるけどね。
 やめてよおっかない。
 まあ皆んなは毎日の事だから慣れてんのかもだけど、こちとら最近までペーパードライバーだからね。とてもそんな危険な真似はできません。


 出勤初日にして、次回以降の出発時間を遅らせることを決意した。これがフリーランスの特権よ。
 もちろん仕事終わりの時間はそのままだ。つまり、働く量を減らす。
 交通事情に従うんだから仕方ないよね!
 何も出来ない時間をただ車内で過ごすとかコスパ悪過ぎだからな。


 10時くらいに出れば大丈夫かな?でもついたら10時半くらいか。
 俺は11時半か12時くらいにはお昼食べたい人なんだよねー。
 ホラ、朝が早いから。

 着いて1時間仕事して、直ぐ昼飯か。
 なんかなー。外食だと無駄なコストだし。1時間の仕事のために弁当を用意するのもね。
 弁当箱で洗い物増やすのもコスパ悪いよな。

 いっそ午後から働くか。
 飯食って、13時くらいに家出る感じで。
 こうして人は楽な方に堕ちていく。


 迷宮内の装備品も、”ギルド”で購入する。
 武器のチョイスは養成所で受けた適性検査の結果に従っている。

 剣、槍、斧、弓矢。
 その他様々な武器を手に持ち、魔素の伝導率を計測した。1番数値がいい武器がその人の適性武器だ。
 俺は日本刀。強キャラ感があって嬉しいぜ。


 武器は先人の冒険者達が迷宮で拾った物をギルドが買い取り、俺達がそれを買うという構図。
 魔物が武器や防具をドロップするのは随分先の階層だっていうから、買うしかない。
 初期の冒険者達は肉弾戦で魔物と戦っていたそうだ。
 その苦労を思えば多少マージン取られるのも仕方ない。


 日本刀型の武器は、エントリーモデルでも新品なら40万円程だ。たっけー。
 中古で購入すれば約25万円。迷わずこちらにした。
 どっちの場合でも、一度でも使用したら、ギルドへの売却価格は15万円程になってしまう。

 それでも新品買う人多いよね。
 日本人の新品信仰は異常。と言って、外国人がその辺どうなのか知らない俺。


 なおこの25万円はそのまま今年の経費にできる。
 他の商売だと高額で長く使う買い物は数年かけて費用化しなきゃなんだけど。
 減価償却っつってね。30万の費用を3年間で10万ずつ費用にするみたいな。
 その辺やはり冒険者は優遇されている。

 そいで、来年にこの武器を15万円で売れば、それはその年の所得にできる。
 どの年の所得にしても同じじゃんって思うかな?

 俺は今年マンション売って一時的に所得が膨らんで、税負担が重くなってるのよ。累進課税で。
 だから、今年の所得をなるべく来年に付け替えたいの。
 来年は暫く就職せず失業手当受給する予定だから、全体の所得が少なくなる予定だ。
 だから累進課税的に税率が低くなるってわけ。


 だから、魔物から得た魔素なんかも、今年はギルドに売らずに、年を跨いでから売るつもりだ。
「いつギルドに売ったか」を基準に所得の帰属年度が決まるからね。

 普通の企業なら悪質な利益操作、下手すりゃ粉飾会計になる行為だ。
 でも冒険者稼業では公的にOKとされている。
 このくらいの旨味がないと、こんな危険な商売やりませんって。

 ボーキサイトは流石に嵩張るから、入手した日に売るけど。それは仕方ない。


 防具も似たようなノリで、胸当て、膝当て、額当てなんかを中古で買った。
 合わせて15万くらい。流石に急所は守らないとね。

 服装はユニクロのウェアで揃えた。
 機能性がいいのもあるけど、何より、戦闘で傷付いても心が痛まないことを重視した。
 値段的にね。


 そんな感じで、月、水、金の午後に迷宮に挑むことにした。
 働く日が少ないって?
 ほら、身体が資本だからね。
 最初から無理したら続かないから。インターバル入れないとね。(迫真)

 肝心の収入がどんくらいかはまた今度説明します。
 誰に話してるんだよ俺は。


 —-

 いつものように14 - 18時のゆとりタイムで冒険を終え。
 ゲートを潜ってギルドに出たところ。
 何やら揉めてる所に出くわした。

 こいついつもトラブルに遭遇してんな。


「ですから、規則ですので」

「それじゃ困るの!こっちは生活がかかってるの!」

 ギルド職員に食ってかかってるのは……。
 あ、知ってる人だ。養成所で一緒だった女子高生じゃん。
 えっと、名前なんだっけ?

 と、俺を発見したJKがツカツカと接近し、突然俺の腕を掴んだ。
 うお、なにすんねん。

「じゃあこの人でいいわ!保護者同伴なら問題ないんでしょ!」

 ……ん?
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