30 / 58
第三章 晴天のち暗転
11
しおりを挟む
――●●●――
「ん?んんん??」
朝、教室の席に着いた美優が何気なく見た左手首の時計。それが二十分ほど前を差したまま、ピクリとも動かなくなっている。
「むーー。また壊れちゃったかぁ。」
美優は腕から時計を外し、ネジを回したり振ってみたりするが、そんなささやかな抵抗もむなしく、腕時計はウンともスンとも言わない。
「おはよー。って美優ちゃん、何してるの?」
そんな無駄なあがきをしている美優の元に、登校してきた#山川梓__
やまかわあずさ__#が声をかける。
「あ。おはよう、アズ。見ての通り、時計が壊れました」
「ええーーっ?また?今年入ってからそれで何個目なの?」
「……四個目です……」
「…相変わらずだねぇ、美優ちゃん。やっぱり美優ちゃんから変な毒電波が出まくってるんじゃないの?」
「うううううう(泣)」
冷めた口調でバッサリと切る梓に、返す言葉も無く机に突っ伏す美優。
実際、美優は昔から電化製品などの傍に長時間いると、機械が不具合を起こしたり故障したりすることが多々あった。
そしてその現象は年を追うごとに強くなる傾向にあり、今年に入ってからは梓が言ったように既に腕時計を四個も壊してしまっている。
そんな調子だからスマホは使う時以外は自分の身からなるべく遠い位置に置くようにしている。パソコンもまた然り。
スマホやパソコンまで壊してしまうと、さすがに母親の美晴から大目玉を喰らってしまう。
いくらバイトをしているといっても、そうホイホイと買い替えることの出来るものでもない。
取り敢えず腕時計の事は諦めて、美優は梓と昨夜のバイトでの出来事やテレビの話などで花を咲かす。
二人でひとしきり笑いの弾ける時間を過ごすと、廊下の遠くから聞き覚えのあるリズムの足音が全速力で近づいてきて、そして教室に飛び込んでくる。
「おい!美優!来てるか!?」
朝のHR前、まだ生徒もまばらで閑散とした教室に、三上春樹のけたたましい声と走る音が《2―3》の教室に響き渡る。
「……おはよ。何よ。朝からうるっさいわね」
文字通りウンザリしながら、美優。
隣の梓もびっくりしながら三上に顔を向けていると、三上が唾をまき散らしながらまくし立てる。
「いぐちっ、井口がなっ、昨日の部活の練習中に足の骨折っちゃったんだよっ!」
「えっ!井口君が!?」
「ああ。あいつ、昨日の紅白戦の最中に相手ともつれ転んで、そん時にポッキリやっちゃったんだよ」
三人とも気の毒そうな顔で溜息をつく。が、その後すぐに三上が真剣な顔で話を続け出す。
「井口さ、確か来週出発の〈希望のオール〉に選ばれてたろ?お前と山川と一緒に」
〈希望のオール〉。
北野上市が昨年度から始めた、将来世界的に活躍できるような人材を育成するために企画された市が主催の研修旅行だ。
若いうち、それも十代から様々な体験を通して仕事への関心、そして世界への興味を持ってもらおうと市内で十二歳以上から二十歳未満の青少年を学校ごとで公募し、市で選考・抽選した少年少女達のみで船旅に出、数日かけて南国ハワイへ向かい、現地の同年代の青少年たちと国際交流をするという企画だ。
航行についてはもちろん航海士を始め最低限航海に必要な人員の大人はいるが、それ以外は全て少年少女たち全員で船の仕事をする。
航海士や船のスタッフの指導の下、可能な限り出来る仕事は子供たちに任せる。乗員全員分の食事の準備や洗濯なども当然乗組員の子供たちで分担して行うのである。
ただのお客様旅行、というものではない。
見知らぬ者同士が集まり数日間、それも外界と隔離された海上で共同生活を強いられる。そして子供たちだけで国際交流の企画や実施をするという北野上市の企画は、参加後の少年少女たちに精神的に大きな成長が見られたと保護者や参加者本人から肯定的な多く声が上がり、次年度も引き続き開催することにしたのである。
そして今年、七星学園からは栗林美優と山川梓、そして話に上がった同じクラスの井口という少年が選ばれたのである。その当の井口が骨折してしまった。
つまり〈希望のオール〉に急きょ参加出来なくなってしまったということである。
「アイツさ、けっこう英語のリスニングとオーラル得意だったから、向こうで国際交流のイベントの時にスピーチ担当するとか言ってなかったっけ?」
「うん、そうなんだよね。それにハワイで自由行動するとき一緒の班だから、井口君いてくれると心強かったんだけどなぁ…」
三上と美優は互いに深く溜息をつく。
そこへ思いついたように梓が口を挟む。
「…ねぇ、誰か代わりに行ける人っていないかなぁ?」
梓の問いに美優と三上の二人は揃って「うーん」と渋い顔で唸りだす。
「でもさぁ、アズ。〈希望のオール〉って一応目的地はハワイだから、パスポート必要でしょ?でもあれって申請してから発給されるまで最低でも一か月は掛かるよ?来週のゴールデンウィーク出発なのにとてもじゃないけど間に合わないよ。既にパスポート持ってるような人じゃないと…」
「だよなぁ。それにウチのクラスで井口以外に英語の得意な奴っていっても、他に思い浮かぶようなのは…」
そういってまた三人で腕組みして唸りだすと、登校してきた赤羽隼がみんなに挨拶しながら、のほほんと自分の席へ向かっていく。
帰国子女の英語ペラペラ、赤羽隼。
その様子を眺めてた三人は一斉に顔を見合わせ、口を開く。
「………いた!」
「ん?んんん??」
朝、教室の席に着いた美優が何気なく見た左手首の時計。それが二十分ほど前を差したまま、ピクリとも動かなくなっている。
「むーー。また壊れちゃったかぁ。」
美優は腕から時計を外し、ネジを回したり振ってみたりするが、そんなささやかな抵抗もむなしく、腕時計はウンともスンとも言わない。
「おはよー。って美優ちゃん、何してるの?」
そんな無駄なあがきをしている美優の元に、登校してきた#山川梓__
やまかわあずさ__#が声をかける。
「あ。おはよう、アズ。見ての通り、時計が壊れました」
「ええーーっ?また?今年入ってからそれで何個目なの?」
「……四個目です……」
「…相変わらずだねぇ、美優ちゃん。やっぱり美優ちゃんから変な毒電波が出まくってるんじゃないの?」
「うううううう(泣)」
冷めた口調でバッサリと切る梓に、返す言葉も無く机に突っ伏す美優。
実際、美優は昔から電化製品などの傍に長時間いると、機械が不具合を起こしたり故障したりすることが多々あった。
そしてその現象は年を追うごとに強くなる傾向にあり、今年に入ってからは梓が言ったように既に腕時計を四個も壊してしまっている。
そんな調子だからスマホは使う時以外は自分の身からなるべく遠い位置に置くようにしている。パソコンもまた然り。
スマホやパソコンまで壊してしまうと、さすがに母親の美晴から大目玉を喰らってしまう。
いくらバイトをしているといっても、そうホイホイと買い替えることの出来るものでもない。
取り敢えず腕時計の事は諦めて、美優は梓と昨夜のバイトでの出来事やテレビの話などで花を咲かす。
二人でひとしきり笑いの弾ける時間を過ごすと、廊下の遠くから聞き覚えのあるリズムの足音が全速力で近づいてきて、そして教室に飛び込んでくる。
「おい!美優!来てるか!?」
朝のHR前、まだ生徒もまばらで閑散とした教室に、三上春樹のけたたましい声と走る音が《2―3》の教室に響き渡る。
「……おはよ。何よ。朝からうるっさいわね」
文字通りウンザリしながら、美優。
隣の梓もびっくりしながら三上に顔を向けていると、三上が唾をまき散らしながらまくし立てる。
「いぐちっ、井口がなっ、昨日の部活の練習中に足の骨折っちゃったんだよっ!」
「えっ!井口君が!?」
「ああ。あいつ、昨日の紅白戦の最中に相手ともつれ転んで、そん時にポッキリやっちゃったんだよ」
三人とも気の毒そうな顔で溜息をつく。が、その後すぐに三上が真剣な顔で話を続け出す。
「井口さ、確か来週出発の〈希望のオール〉に選ばれてたろ?お前と山川と一緒に」
〈希望のオール〉。
北野上市が昨年度から始めた、将来世界的に活躍できるような人材を育成するために企画された市が主催の研修旅行だ。
若いうち、それも十代から様々な体験を通して仕事への関心、そして世界への興味を持ってもらおうと市内で十二歳以上から二十歳未満の青少年を学校ごとで公募し、市で選考・抽選した少年少女達のみで船旅に出、数日かけて南国ハワイへ向かい、現地の同年代の青少年たちと国際交流をするという企画だ。
航行についてはもちろん航海士を始め最低限航海に必要な人員の大人はいるが、それ以外は全て少年少女たち全員で船の仕事をする。
航海士や船のスタッフの指導の下、可能な限り出来る仕事は子供たちに任せる。乗員全員分の食事の準備や洗濯なども当然乗組員の子供たちで分担して行うのである。
ただのお客様旅行、というものではない。
見知らぬ者同士が集まり数日間、それも外界と隔離された海上で共同生活を強いられる。そして子供たちだけで国際交流の企画や実施をするという北野上市の企画は、参加後の少年少女たちに精神的に大きな成長が見られたと保護者や参加者本人から肯定的な多く声が上がり、次年度も引き続き開催することにしたのである。
そして今年、七星学園からは栗林美優と山川梓、そして話に上がった同じクラスの井口という少年が選ばれたのである。その当の井口が骨折してしまった。
つまり〈希望のオール〉に急きょ参加出来なくなってしまったということである。
「アイツさ、けっこう英語のリスニングとオーラル得意だったから、向こうで国際交流のイベントの時にスピーチ担当するとか言ってなかったっけ?」
「うん、そうなんだよね。それにハワイで自由行動するとき一緒の班だから、井口君いてくれると心強かったんだけどなぁ…」
三上と美優は互いに深く溜息をつく。
そこへ思いついたように梓が口を挟む。
「…ねぇ、誰か代わりに行ける人っていないかなぁ?」
梓の問いに美優と三上の二人は揃って「うーん」と渋い顔で唸りだす。
「でもさぁ、アズ。〈希望のオール〉って一応目的地はハワイだから、パスポート必要でしょ?でもあれって申請してから発給されるまで最低でも一か月は掛かるよ?来週のゴールデンウィーク出発なのにとてもじゃないけど間に合わないよ。既にパスポート持ってるような人じゃないと…」
「だよなぁ。それにウチのクラスで井口以外に英語の得意な奴っていっても、他に思い浮かぶようなのは…」
そういってまた三人で腕組みして唸りだすと、登校してきた赤羽隼がみんなに挨拶しながら、のほほんと自分の席へ向かっていく。
帰国子女の英語ペラペラ、赤羽隼。
その様子を眺めてた三人は一斉に顔を見合わせ、口を開く。
「………いた!」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる