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猫だるま古書店・訪問編
とりあえず病院送り
しおりを挟むアジャリが穏やかに微笑み、右手で握手を求めてくる。
ミトラはちょっと戸惑ったものの、握手に応じて挨拶した。
「……どうも、こんにちは。突然お邪魔してすみません。私は高橋ミトラと申します。ご店主はいらっしゃいますか」
「あいにく店主はおりませんが、店の所有者は僕です。なにかご用件があるのでしたら、僕が中で伺いましょう。さ、どうぞ」
アジャリは通り庭である一直線に伸びた土間へとミトラを促す。
早速すたすたと歩き出したアジャリの背に、ミトラは慌てて声をかけた。
「待ってください。私の用事より先に、救急車を呼んだ方がいいと思います」
アジャリが足を止めて振り返る。
「……『キューキューシャ』?」
「ええ。事情はわかりませんし、私はただの外野ですけど、こんな状態の人を見過ごせませんよ」
彼の容態を心配するより先に、自分の荷物を気にした事実を棚に上げて言う。
ミトラは土間に倒れている男の傍に屈み込んだ。鼻に手を翳すと、息はある。だが意識はなく、大声で呼びかけても応答しない。
「この人、頭を打っているかも。下手に動かさない方がよさそうです。救急車を呼んでください」
携帯電話があれば自分で一一九番するのだが、ミトラのスマホはトートバッグごとお化け金魚に食われてしまった。他に通信手段はなく、ここはアジャリに頼むしかない。
ミトラは片膝をついた姿勢のまま、アジャリを仰ぎ見た。
アジャリは着物の両袖に腕を通した格好で、横たわる男を上から覗き込む。
「死んでるの?」
「生きてます!」
勝手に殺すなよと言いたい。
ミトラが強い口調で訴えると、アジャリは「ふうん」とどうでもよさそうに相槌を打つ。
「それで、『キューキューシャ』ってなにかな」
「救急車ですよ。病人や怪我人を病院へ運ぶ車です。……もしかして、知らないんですか」
ミトラが顔を顰めると、アジャリは少し恥ずかしそうに肩を竦めた。
「高級車なら知ってる。ロールスロイススウェプテイルとかランボルギーニヴェネーノとかブガッティヴェイロンとか。でも僕はロールスロイスファントムⅥが好きかな」
喋っていて楽しくなってきたのか、アジャリが眼を輝かせる。
だが車談議に付き合う気のないミトラは、立つと急かすように言った。
「三歳児でも知っている救急車を知らないで、一般人に縁のない高級車が好きとか理解不能ですよ。とにかく、早く病院に運ばないと。電話してください、番号は一一九番です」
「電話か」
アジャリが面倒くさそうに呟き、頭を掻く。
「まさか『電話がない』とか言いませんよね」
「いや、どこにやったかなと思って。確か、五十年ぐらい前まではあったんだけど」
ミトラは衝撃のあまり素っ頓狂な声を上げた。
「五十年も行方不明のまま!?」
「使わないから不便はないよ」
つい変人を見る眼を向けたミトラを前に、アジャリはずぼらな溜め息をつく。
「とりあえず、彼を病院に運べばいい?」
ミトラが頷くと、アジャリは視線を美少年に移した。彼は脱力状態から復活し、メチャクチャに荒らされた店内をせっせと片付け中だ。
「セイゴ」
アジャリにセイゴと呼ばれた美少年はすぐさま駆けつけ、両手を重ねて畏まる。
「はい、なんでしょう旦那様」
「このお客人を病院へ運ぶように。一応、丁重にね」
セイゴはチラッと男を見て頷く。
「承知致しました。しかし私一人では無理なので応援を頼んでもいいでしょうか」
「いいよ」
二つ返事でアジャリが答えると、セイゴは礼儀正しくお辞儀して奥へと消えた。
アジャリがくるりと振り向く。
「これでいいかな。さ、おいで。おいしい最中があるんだ。お茶にしよう」
ミトラは外に置き去り中のチズを気にして訊ねた。
「あの、私の連れも一緒でいいですか」
「もちろん。歓迎するよ」
にこやかな笑顔でアジャリが快く了承してくれる。
ミトラは「ありがとうございます」と礼を述べてから、引き戸を開く。
店の前では、チズが心配そうに立ち往生していた。ミトラを見るなり、飛びついてくる。
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