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猫だるま古書店・訪問編
うちの兄は心配性
しおりを挟む「これって他の人じゃダメなの?」
父が諦め顔でフッと笑う。
「私を始め、一族の者はそれぞれ別途に特命を受けている」
母は怖い顔でニコリと笑う。
「もちろん、母や兄もです」
……じーちゃーん。
どうやら御霊になっても、じーちゃんのスパルタ指導は健在らしい。
ミトラはチラッと風呂敷包みを見た。
大きさはたいしたことない。薄っぺらいし、本の判型もせいぜい四六判だろう。
ただ半端なく、うさんくさい霊気が漂っている。
だけど家族皆がラストミッションを受けているなら、自分だけ逃げられるはずもない。
「それにいままで散々面倒をみてくれたじーちゃんの最後の頼みだしね……」
やるしかない。
ミトラは覚悟を決めた。
「……わかった。行って――」
くるよ、と続けようとした、そのとき。
兄がトチ狂った叫び声を上げた。
「早まるんじゃありません! 私の可愛いミトラあああああっ」
突然、おとなしかった兄が天井を突き抜けるような大声でミトラに「待った」をかけてきた。
ミトラは冷静に突っ込む。
「別に、にーちゃんのじゃないし。あと落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるかい!? 私の可愛い妹が悪人天国の東京へ行くと言うんだよ!?」
「いや、阿木琉野もギリ東京だから。ド田舎だけど」
うちの神社は、東京阿木琉野市です。
「こんな山奥のド田舎町と大都会東京二十三区を一緒にしちゃ失礼だろ!?」
「いやいやいや、失礼なのはにーちゃんだと思う。阿木琉野市民に謝れー」
「ごめんなさい。って、そうじゃなくて!」
きりっとした顔で兄が言う。
「よくお聞き、ミトラ。大都会には危険な狼がうようよいるんだよ? そんな危ない場所に、おまえみたいな可愛い女の子を一人で行かせられませんっ。おにーちゃんも一緒に行きます!」
「にーちゃんはご奉仕があるでしょ」
「朝拝を済ませてから行くし。夕拝まで戻ってくれば大丈夫!」
兄がキラッと白い歯を見せた爽やか笑顔で、親指をグッと立てる。
ミトラは呆れ顔で言った。
「……にーちゃんご指名の祈祷の予約がいっぱいなのに、にーちゃんが出かけてどーすんの」
なにを隠そう、うちの兄はアイドル神主です。
今年のお正月特番で『全国のイケメン神主』なんて特集に、兄が完璧なキラキラ営業スマイル&トークで紹介されたものだから、女性参拝客が来るわ来るわ。
地元のニュースにも取り上げられて、ちょっとした騒ぎになったほど。
いまはだいぶ落ち着いたけど、それでも毎日ひっきりなしにお呼びがかかる。
とてもじゃないが、そんなアイドル兄を連れ出せない。
ミトラが却下すると、兄は「だって心配なんだよ」とさめざめと嘘泣きを始めた。
「私の妹は可愛すぎるんだ。ナンパは絶対されるだろうし、本魂のストーカーにも遭うよね。もしかしたら道で突然『一目惚れです』なんて告白されて、いきなり婚姻届にサインを要求されたりなんかしちゃってさ。そんなことになったらどうするんだい!?」
兄の脳内妄想がヒートアップして「おにーちゃんは超困る!」と頭を抱えている。
ミトラは肩を竦めて、首を横に振った。
「ないないない。ありえんわ。一目惚れなんて都市伝説だっての。それかホラーな結婚詐欺」
出会った瞬間に惚れられて、すぐに婚姻届が出てきたら、偽装結婚フラグに決まってる。
そんなインチキくさい罠にひっかかる奴がいたらびっくりだ。
しかし兄は聞く耳を持たない。
「その油断が命取りなんだよ!」
ぎゃあぎゃあ喚き続ける兄を白けた眼で見つめながら、ミトラが「この面倒くさい兄をどうしてくれよう」と考えていたところ、無駄話に飽きたらしい母が動いた。
「静かになさい」
カッ、と眼を見開いて気を飛ばす。
能面のような表情からの、鬼婆も真っ青な顔面凶器。
……怖っ!
ほんの一瞬だったけど、まともに見たら震えが止まらなくなる。
ミトラもびびったが兄も同じで、母最強の高橋家においては、跡目とはいえ、兄も絶対服従だ。
「……申し訳ありません」
兄は謝り、居住まいを正す。
背筋をまっすぐ伸ばし、両手を腿の上に置いた正座姿は、物静かで知的に見える。
……黙っていれば、格好いいのにね。
なんとも残念な兄である。
ミトラは魂も抜けるような特大の溜め息をついた。
そして気持ちを切り替える。
遺言書を封筒に戻し、風呂敷包みを預かる。
それから畳に両手をつく。深く頭を下げ、腹を括って言った。
「おじいさまの遺言、謹んで承りました。準備を整えて、明日行ってきます」
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