上 下
15 / 15

第十三話

しおりを挟む

国と国を別つ大きく深い森がある。
片方には人間が多く暮らす国が、もう片方には人間と獣人の交わる国が有り、その他の生き物の殆どがこの森で生きている。

その中にかつて存在し、誰もその姿を見ることが無くなった現在でも語り継がれている場所がある。
人々はそれを【精霊の庭】と呼ぶ。
そして類い稀なる精霊達の知識を使う少女を”精霊の愛し子”と呼んだ。

「マリア。起きてマリア。」

優しく温かな声がする。
鈍る意識の中でその声を辿り、ふっと目を覚ます。

「ママ、?」

「おはようマリア。起きた?」

「えぇ、起きたわママ。」


おはよう、と挨拶を交わすのはもう何年ぶりだろう。
少なくとも3年は経っているのに、彼女は相変わらず美しく変わらない。

最後に覚えているのは、アルとセトと一緒に扉を開けたとき誰かがアルの足を掴んでいた事と、狭間を抜けた衝撃で酷い目眩に教われて薄れ行く意識の中ママが抱き締めてくれたこと。
それだけで、もう全部大丈夫だって思った。

「アルとセトは大丈夫だった?それに、私が連れてきた侵入者も。」

アルとセトなら前にもここへ来たことがあるから大丈夫。
でも、【精霊の庭】に来て無事な奴なんか居ない。

手順を踏み、保護を掛けたマリア達でさえ意識が飛ぶほどなのだから、アルの足を掴んだ侵入者は只では済まないだろう。

「あなたのお友だちは元気よマリア。前に見た時より大きくなったわね。」

「うん。こんな私に着いてきてくれた良い子達なの。あの子達を守る義務があるのに。ごめんなさいママ。守ってくれてありがとう。」

「あなたもそんなことを考えるようになったのね。」

身支度を済ませママが運んでくれた水を一気に飲み干す。

やっぱりここの水は美味しい。
澄んでいてどことなく甘い。とろりとした口当たりに帰ってきたんだと実感する。
王都の水は固くてトゲトゲしてる。
それに薬の匂いがしてどうしても好きになれなかった。

そう言えば。
ここまで来るのに必死でママに何て言うか考えてなかった。


ーーー本当の事を話したら心配、するだろうか。


でも、嘘は吐けない。
侵入者は私たちを追って来た。
私が招いた事だ。
本当なら侵入も、人間に場所が知れるような事態そのものも避けなくちゃいけなかったのに。

私が安直に帰ってきたから。
危険が迫っている。




「ママ、あの。」

「マリア、あのね。」

二人で同時に口を開くなんて。
やっぱり私たちは親子だなって笑い合った。

血は繋がってないし何なら種族が違う。
私はただの人間。
でも、私を育ててくれたのは彼女たち精霊。

「マリア。大切な話があるの。あなた達と一緒に入って来た子についてよ。」




足音も立てずに歩いた。
薄い緑の灯がぽつぽつと照らしてくれる。
何の気配も何の音も聞きたくなかった。


どういう顔をして話せば良いの。
何をどこから話せば良いの。
私は、私には前世の記憶が有る。
私は、只の人間。
精霊の子と入れ換えられて、代わりにたくさんの精霊に育てられた。
彼女達の声を聞いて、手伝って貰う代わりに彼らが欲しいものをあげる。

それは真夏のミント水だったり、燃える蜂蜜酒、窓辺のミルク、夜のシルクと四つ葉のリース。
色々なものを用意する。
最初は小さな薬草採取からだった。
そして、薬を作って生計を立てた。
彼女達の力を借りた薬は、国で1番の評価と効能があって私はあっという間に国に召し上げられた。

その時にはもうあの二人がいた。
でも、この国で獣人はまだ珍しい。
隣国から移住してくる人も多いけれど、その殆どが人型で暮らしている。


私が知ってる獣人は教会の子供たちと、あとひとり。
肥料屋のガゼル、彼くらいだ。
奥さんは大丈夫かな。

ーーーそう言えば、手紙を貰ったんだった。
正確には、手紙と入国証。
しかも無期限。

でも、これは使えない。
だって絶対に大事なものだった筈。
只の人間が隣国の無期限付きの入国証を手に入れられる訳がないんだから。

手紙には署名があった。
刻印も。

ルノク合衆国
 大統領補佐官 デルモント・クイレ

正しく隣国の現大統領補佐官の名前だ。
これは切り札。
使うとしたらよっぽどの事が起きてから。

でも、その前に良く考えて。
だって、思ったの。
お金は稼げないけど、ここで暮らすならそもそもそんな物必要ないんだから。

ここは【精霊の庭】
人が立ち入ることは出来ない隔絶された世界。
安全で、安心の揺り籠。

でも、本当にそれで良いのかも分からない。
だって私は人間の、誰かの役に立てる事が嬉しかった。
私の薬で助けられる人がいる事を知った。
なのに本当にこの【精霊の庭】だけで暮らしていけるのかも自信が無い。

だって、本当は外に出たい。

そのためにも、先ずは彼女と話さなくちゃ。

私の代わりに取り替えられた精霊の子に。
私の産みの親に育てられた彼女に。

全てはそこからよ、マリア。

ザクザク、音を立てて歩く。
今度は遠慮しない。
私は存分に足音を鳴らして歩いた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...