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第十三話
しおりを挟む国と国を別つ大きく深い森がある。
片方には人間が多く暮らす国が、もう片方には人間と獣人の交わる国が有り、その他の生き物の殆どがこの森で生きている。
その中にかつて存在し、誰もその姿を見ることが無くなった現在でも語り継がれている場所がある。
人々はそれを【精霊の庭】と呼ぶ。
そして類い稀なる精霊達の知識を使う少女を”精霊の愛し子”と呼んだ。
「マリア。起きてマリア。」
優しく温かな声がする。
鈍る意識の中でその声を辿り、ふっと目を覚ます。
「ママ、?」
「おはようマリア。起きた?」
「えぇ、起きたわママ。」
おはよう、と挨拶を交わすのはもう何年ぶりだろう。
少なくとも3年は経っているのに、彼女は相変わらず美しく変わらない。
最後に覚えているのは、アルとセトと一緒に扉を開けたとき誰かがアルの足を掴んでいた事と、狭間を抜けた衝撃で酷い目眩に教われて薄れ行く意識の中ママが抱き締めてくれたこと。
それだけで、もう全部大丈夫だって思った。
「アルとセトは大丈夫だった?それに、私が連れてきた侵入者も。」
アルとセトなら前にもここへ来たことがあるから大丈夫。
でも、【精霊の庭】に来て無事な奴なんか居ない。
手順を踏み、保護を掛けたマリア達でさえ意識が飛ぶほどなのだから、アルの足を掴んだ侵入者は只では済まないだろう。
「あなたのお友だちは元気よマリア。前に見た時より大きくなったわね。」
「うん。こんな私に着いてきてくれた良い子達なの。あの子達を守る義務があるのに。ごめんなさいママ。守ってくれてありがとう。」
「あなたもそんなことを考えるようになったのね。」
身支度を済ませママが運んでくれた水を一気に飲み干す。
やっぱりここの水は美味しい。
澄んでいてどことなく甘い。とろりとした口当たりに帰ってきたんだと実感する。
王都の水は固くてトゲトゲしてる。
それに薬の匂いがしてどうしても好きになれなかった。
そう言えば。
ここまで来るのに必死でママに何て言うか考えてなかった。
ーーー本当の事を話したら心配、するだろうか。
でも、嘘は吐けない。
侵入者は私たちを追って来た。
私が招いた事だ。
本当なら侵入も、人間に場所が知れるような事態そのものも避けなくちゃいけなかったのに。
私が安直に帰ってきたから。
危険が迫っている。
「ママ、あの。」
「マリア、あのね。」
二人で同時に口を開くなんて。
やっぱり私たちは親子だなって笑い合った。
血は繋がってないし何なら種族が違う。
私はただの人間。
でも、私を育ててくれたのは彼女たち精霊。
「マリア。大切な話があるの。あなた達と一緒に入って来た子についてよ。」
●
足音も立てずに歩いた。
薄い緑の灯がぽつぽつと照らしてくれる。
何の気配も何の音も聞きたくなかった。
どういう顔をして話せば良いの。
何をどこから話せば良いの。
私は、私には前世の記憶が有る。
私は、只の人間。
精霊の子と入れ換えられて、代わりにたくさんの精霊に育てられた。
彼女達の声を聞いて、手伝って貰う代わりに彼らが欲しいものをあげる。
それは真夏のミント水だったり、燃える蜂蜜酒、窓辺のミルク、夜のシルクと四つ葉のリース。
色々なものを用意する。
最初は小さな薬草採取からだった。
そして、薬を作って生計を立てた。
彼女達の力を借りた薬は、国で1番の評価と効能があって私はあっという間に国に召し上げられた。
その時にはもうあの二人がいた。
でも、この国で獣人はまだ珍しい。
隣国から移住してくる人も多いけれど、その殆どが人型で暮らしている。
私が知ってる獣人は教会の子供たちと、あとひとり。
肥料屋のガゼル、彼くらいだ。
奥さんは大丈夫かな。
ーーーそう言えば、手紙を貰ったんだった。
正確には、手紙と入国証。
しかも無期限。
でも、これは使えない。
だって絶対に大事なものだった筈。
只の人間が隣国の無期限付きの入国証を手に入れられる訳がないんだから。
手紙には署名があった。
刻印も。
ルノク合衆国
大統領補佐官 デルモント・クイレ
正しく隣国の現大統領補佐官の名前だ。
これは切り札。
使うとしたらよっぽどの事が起きてから。
でも、その前に良く考えて。
だって、思ったの。
お金は稼げないけど、ここで暮らすならそもそもそんな物必要ないんだから。
ここは【精霊の庭】
人が立ち入ることは出来ない隔絶された世界。
安全で、安心の揺り籠。
でも、本当にそれで良いのかも分からない。
だって私は人間の、誰かの役に立てる事が嬉しかった。
私の薬で助けられる人がいる事を知った。
なのに本当にこの【精霊の庭】だけで暮らしていけるのかも自信が無い。
だって、本当は外に出たい。
そのためにも、先ずは彼女と話さなくちゃ。
私の代わりに取り替えられた精霊の子に。
私の産みの親に育てられた彼女に。
全てはそこからよ、マリア。
ザクザク、音を立てて歩く。
今度は遠慮しない。
私は存分に足音を鳴らして歩いた。
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