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第二話
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「おはようございますマリア!」
庭の向こうから唯一石畳の敷いてある一本道を歩いてくる人影がある。彼らはここ【精霊の庭】の庭師に任命されたマリアのお手伝い係だ。
元気よく挨拶をするのがセクト。
その横に立つ険しい顔の子がアルゼス。
彼らは半分が人で半分が人以外の者。
獣人と人間の混血種で、亜人と言われる者たち。
「おはようセト。アルもおはよう。」
「おはようございます、マリア。」
マリアの雑用係はまだ幼いが、キチッと真っ白のワイシャツとスラックスを身につけている。
だが、ここで白シャツなど着ては仕事が出来ない。
「二人とも着替えて、今日はミントの注文が来ているから先に水遣りから終わらせましょ。」
この庭は広大な城の裏手およそ1割を有している。庭とは言いつつ最早畑なども有ったりするのだが、庭という事になっている。
三人で手分けして水を撒きながら、植物の様子も見て行く。葉が下がっていたり、変色や日焼け、虫食いが無いか等細かく見て行く。
よしよし、と確認していたマリアの視野の隅に、あらぬ状態の植物が目に飛び込んできた。
「う、そ...」
思わず愕然とし、辛うじてその二文字を口にした。
生命を甘く見ていたのだ。
くっ、と奥歯を噛んで目の前の土を睨め付ける。
いや、土だった筈の場所をだ。
そこには、今日も澄み渡るような緑をして誇らしげに陽に当たるミント群生地が有った。
「あぁ。」
これを無情と言うのだろうか。
自然とはかくも人の手に負えるものでは無い、と痛烈に感じてしまう。人生とは無情に満ちている。
そこに私の意思は関係なく、起こりうるのだから。
「マリア、どうしたの?」
「何か手伝う。」
マリアは幼い庭師に感謝した。
彼らは私の肩より少し低い位置から澄んだ瞳で真っ直ぐにこちらを見てくれる。
大きくまん丸な瞳だけでは無い。
その頭にあるピンと立った耳まで、マリアの気持ちを量ろうとピコピコと探りを立てている。
可愛い。
セクトは金色のもふっとした耳が、
アルゼスは銀色のスッと整った耳が、マリアを究極の無情から掬い上げた。
「大丈夫!何とかなるわ。」
自分の不始末を幼い庭師は快く引き受けてくれた。
「この時期のミントは目を離してはいけなかったのに。」
すぐに鉢植えにする予定で、だが、どうせなら少し多めに作っておこうと思って、ほんの1日目を離しただけでマリア一押しのミントは凄まじい成長をみせた。
先一昨日は雨だった。
一昨年も一日中雨がぱらついて、昨日は曇りだった。
昨日見た時は何ともなかったのだ。そして今日。
ようやく迎えた眩しい程の太陽は植物にとって、まさに恵の太陽だった。
およそ三倍程に床面積を伸ばしたミントたちに、マリアは絶句する他無かった。
ぶちぶち、とアルゼスがミントの根っこを引き抜き、セクトが使えそうな部分を収穫。
それから土を満遍なく掘り起こしたら、マリアの出番だ。
「Sei nel mio cuore "ignitet"___ 」
集中して、掌から神経と血肉を伝い精霊の力を借りて炎を引き出す。
それは、ボッと点火して熱風が頬を撫でた。
緊張と恐怖に全身から冷や汗が吹き出していく。
火は少し苦手だ。
だが、マリアは言い聞かせる。
この炎はいい子。
私たちを守ってくれる綺麗な炎。
この炎が土に残る根を燃やし豊かな肥料となる様に、マリアは乞い願い、囁く。
「 ____ flamma ripuk ä per favore. 」
すると、炎は明るくなって煌めいた。
まるで褒められて喜んでいる様だ。
炎はやはり苦手だが、マリアを傷付ける事はしなかった。精霊のおかげで炎は願った通りに満遍なく土を焼いてくれた。
これなら、土に残った根っこも完璧に処分できただろう。なにせミントという奴は根が5ミリ土に残っているだけでも、来年にはまた生えてくると言う生命力の強さを持っている。
来年の事は分からないけれど、一先ず今はこれで良い。
「ありがとう。」
マリアはそっとお礼を告げた。
「ん?ふふ、分かったわ。今度作っておく。」
悪戯好きの炎の精霊は、少しだけマリアにお願いを囁いて行ったようだ。
「マリア、今度は何を作るの!?」
「今度はね、燃える蜂蜜酒よ。」
「燃えるのか。」
アルゼスが驚いた様に目を大きく瞬かせて言う。
「そう、飲むと燃えるの。」
「すごいねアル!」
「そうだな、セト。」
燃える蜂蜜酒を作る前に、まずは今日の仕事を済ませなくては。
タライに大量に摘まれたミントの葉を思わず遠い目で見てしまったのは、言うまでも無い。
それなのに鮮やかで可愛い色合いは、いつ見ても飽きない。綺麗で素敵な色だと思う。
だが、あの繁殖力は憎いっ。
結局午前はミントを片付けるだけで終わってしまいそうだ。だが、午後の作業上は都合が良いかもしれない。
昼間の太陽は尚更暑く、ジリジリと肌を焼く様になってきている。そろそろ人間用のレモン水も作ったほうが良いかもしれない。
何せあれは、飛ぶ様に売れるのだ。
庭の向こうから唯一石畳の敷いてある一本道を歩いてくる人影がある。彼らはここ【精霊の庭】の庭師に任命されたマリアのお手伝い係だ。
元気よく挨拶をするのがセクト。
その横に立つ険しい顔の子がアルゼス。
彼らは半分が人で半分が人以外の者。
獣人と人間の混血種で、亜人と言われる者たち。
「おはようセト。アルもおはよう。」
「おはようございます、マリア。」
マリアの雑用係はまだ幼いが、キチッと真っ白のワイシャツとスラックスを身につけている。
だが、ここで白シャツなど着ては仕事が出来ない。
「二人とも着替えて、今日はミントの注文が来ているから先に水遣りから終わらせましょ。」
この庭は広大な城の裏手およそ1割を有している。庭とは言いつつ最早畑なども有ったりするのだが、庭という事になっている。
三人で手分けして水を撒きながら、植物の様子も見て行く。葉が下がっていたり、変色や日焼け、虫食いが無いか等細かく見て行く。
よしよし、と確認していたマリアの視野の隅に、あらぬ状態の植物が目に飛び込んできた。
「う、そ...」
思わず愕然とし、辛うじてその二文字を口にした。
生命を甘く見ていたのだ。
くっ、と奥歯を噛んで目の前の土を睨め付ける。
いや、土だった筈の場所をだ。
そこには、今日も澄み渡るような緑をして誇らしげに陽に当たるミント群生地が有った。
「あぁ。」
これを無情と言うのだろうか。
自然とはかくも人の手に負えるものでは無い、と痛烈に感じてしまう。人生とは無情に満ちている。
そこに私の意思は関係なく、起こりうるのだから。
「マリア、どうしたの?」
「何か手伝う。」
マリアは幼い庭師に感謝した。
彼らは私の肩より少し低い位置から澄んだ瞳で真っ直ぐにこちらを見てくれる。
大きくまん丸な瞳だけでは無い。
その頭にあるピンと立った耳まで、マリアの気持ちを量ろうとピコピコと探りを立てている。
可愛い。
セクトは金色のもふっとした耳が、
アルゼスは銀色のスッと整った耳が、マリアを究極の無情から掬い上げた。
「大丈夫!何とかなるわ。」
自分の不始末を幼い庭師は快く引き受けてくれた。
「この時期のミントは目を離してはいけなかったのに。」
すぐに鉢植えにする予定で、だが、どうせなら少し多めに作っておこうと思って、ほんの1日目を離しただけでマリア一押しのミントは凄まじい成長をみせた。
先一昨日は雨だった。
一昨年も一日中雨がぱらついて、昨日は曇りだった。
昨日見た時は何ともなかったのだ。そして今日。
ようやく迎えた眩しい程の太陽は植物にとって、まさに恵の太陽だった。
およそ三倍程に床面積を伸ばしたミントたちに、マリアは絶句する他無かった。
ぶちぶち、とアルゼスがミントの根っこを引き抜き、セクトが使えそうな部分を収穫。
それから土を満遍なく掘り起こしたら、マリアの出番だ。
「Sei nel mio cuore "ignitet"___ 」
集中して、掌から神経と血肉を伝い精霊の力を借りて炎を引き出す。
それは、ボッと点火して熱風が頬を撫でた。
緊張と恐怖に全身から冷や汗が吹き出していく。
火は少し苦手だ。
だが、マリアは言い聞かせる。
この炎はいい子。
私たちを守ってくれる綺麗な炎。
この炎が土に残る根を燃やし豊かな肥料となる様に、マリアは乞い願い、囁く。
「 ____ flamma ripuk ä per favore. 」
すると、炎は明るくなって煌めいた。
まるで褒められて喜んでいる様だ。
炎はやはり苦手だが、マリアを傷付ける事はしなかった。精霊のおかげで炎は願った通りに満遍なく土を焼いてくれた。
これなら、土に残った根っこも完璧に処分できただろう。なにせミントという奴は根が5ミリ土に残っているだけでも、来年にはまた生えてくると言う生命力の強さを持っている。
来年の事は分からないけれど、一先ず今はこれで良い。
「ありがとう。」
マリアはそっとお礼を告げた。
「ん?ふふ、分かったわ。今度作っておく。」
悪戯好きの炎の精霊は、少しだけマリアにお願いを囁いて行ったようだ。
「マリア、今度は何を作るの!?」
「今度はね、燃える蜂蜜酒よ。」
「燃えるのか。」
アルゼスが驚いた様に目を大きく瞬かせて言う。
「そう、飲むと燃えるの。」
「すごいねアル!」
「そうだな、セト。」
燃える蜂蜜酒を作る前に、まずは今日の仕事を済ませなくては。
タライに大量に摘まれたミントの葉を思わず遠い目で見てしまったのは、言うまでも無い。
それなのに鮮やかで可愛い色合いは、いつ見ても飽きない。綺麗で素敵な色だと思う。
だが、あの繁殖力は憎いっ。
結局午前はミントを片付けるだけで終わってしまいそうだ。だが、午後の作業上は都合が良いかもしれない。
昼間の太陽は尚更暑く、ジリジリと肌を焼く様になってきている。そろそろ人間用のレモン水も作ったほうが良いかもしれない。
何せあれは、飛ぶ様に売れるのだ。
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