【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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第二章:大統領補佐官

補佐官のお散歩'2

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食べたい、と思っていたケーキ屋さんへはあっという間に着いていた。
あれこれと話したせいか、浮かれてたせいなのか。
それでお店に入ってショーケースを眺める前に、バレた。

「と、き様っ、!?」

「ぁ。わ」

シーッと、指を立てる前にお店で寛いでいたお客さんがガバッとこちらを振り返った。

「そのままで居てください。お騒がせしてすみません。」

一斉に立ち上がろうとする人達を手で制して、その場に居てもらう。それだけで済む筈もなく、皆が俺を見てた。
さっき敬礼をしてくれた人達と同じ。
どうしてかなぁ。
皆が、俺をキラキラした目で見てくれる。

だけど決まりが有るんだ。

「トキ。」

駄々を捏ねてケーキ屋さんに連れて来て貰ったけど、こう見えて俺は自分勝手には動けない。
皆に微笑み掛けて軽く手を振る間、恐らく外の見えない護衛が移動する。
例えば窓の側、店の裏口、入り口とその向かいの道へ。

異変が有れば俺を連れ出せる様に。
突入出来る様に。

準備が整ったら声が掛かる。
何時もはエルだけど今日は側に居るグゥルが。

「良いよトキ」

「ありがと。」

一番手前のひとの席へ寄る。

「良いですか。」

「ええっ、勿論っ、!」

片方膝を付いて色んな話を聞かせて貰った。
そういう話は沢山知りたい。
俺だってこの国の一員になりたい。

何がオススメとか、この前ラン家の婚約パーティーで着た服が素敵だったとか、そんな話をテーブルを回って色んな人が教えてくれた。

俺には握手の文化なんか無かったけど、握った手を上から更にギュッとして感動して興奮が隠しきれない風にブンブン振ってくれる人も居る。

握手は少しだけ苦手だ。
エルの時もそうだった。
誰かが駄目なんじゃ無い。誰に対してもそうなんだ。

なのに、それを上回る嬉しそうな目と緊張で上擦る声達が、俺に握手をさせてくれる。

「オススメは林檎よっ、!これ!美味しいのよ!絶対食べた方が良いわっ。」

「実は、それが目当てで来ました。やはり人気なのですね。」

「まぁっ、聞いた!?御用達になっちゃうわっ。」

「大変だわっ。わたしも買って帰らなきゃっ。自慢しちゃお」

クスクス笑い合ってテーブルを回り終わった後で、レジに行けば林檎のケーキが用意してあった。
しかもホールで。

「良いんですかっ。」

思わず聞けば、お姉さんが笑って大統領邸まで配達しておきますね、と答えてくれた。
気を遣ってくれた訳ではなく、このケーキ屋さんは配達もやる珍しいお店で。だからゼフも教えてくれた。

何時でも食べられますよ、って。

「お騒がせしてすみません、」

こっそり来る筈だったのに、すっかり大騒ぎになっちゃったなぁ。

「いいえトキ様。明日からの売上が楽しみですよっ!」


ーー俺、大変な事しちゃったな、

あれだ。
運動会とかクリスマス前の弁当屋のバイトを思い出す。
繁忙期って奴だ。本当にごめんっ、

申し訳ないっ、けど。
美味しいケーキ屋さんには繁盛して欲しい。
ケーキ屋さんのお姉さんと握手して店を出た。

本当は食べて帰りたかったんだけど。
まぁ、いっか。

グゥルが店のドアを開けてくれる。
そこに居るであろう人だかりを予想しながら、残念だなと落ち込む気持ちに蓋をする。

普通の人みたいにケーキが食べたかった、なんて
顔して人前には立てないだろ。

その点、政府敷地内のケーキ屋さんは心配ない。
あそこにはクッタクタの大臣やボロボロの秘書官まで様々居て、俺も補佐官だとか言いながら、そこではただのヨレヨレな公務員のひとりだ。

周りも、補佐官殿が歩いてる…お大事にくらいにしか思わない。

でもこの国を自分の足で歩いてみたかったんだよなぁ。
整備されてない道、革靴以外の人が歩く姿、ぱっとそこまでのつもりでサンダルなんかの足元で出歩く人達を見ていたかった。

「ん?」

人集りが無いーー?
なんでだ。

「店全体に遮音を掛けたんだ。間に合わなくてごめんねトキ。」

それは、店員さんに遮音を掛けるのが間に合わなくてごめんって事だろうか。

「流石に、一般市民の口を塞ぐのは駄目だろ。」

「トキならそう言うと思った、良かった。」

思ったんなら試すような事言わないでくれ。
グゥルはやっぱりあの二人の子だなぁ、と思う。

クイレの子供達は多才で、その名前をあちこちで聞く。
でも…ケーキ屋さんしてる子は居なかったよな?
ナタリアさんのケーキ美味しいのに。

俺の散歩はこれで終わりかな。

目的は果たした。
ケーキ屋さんに行くって言って出て来た。
もう帰るだけだ。

まだ陽が高いお昼前だって言うのに。
良いな…昼前からのケーキ。


「グゥル。」

「どうかした、トキ。」

「行きたい所が有るんだけど。ダメかな。」


聞いてみたものの駄目だろうって事は、覚悟してる。

だって俺は大統領の妻でその補佐官だ。
この日の為に、精鋭とも言える"見えない範囲での護衛"が出来るひとを集めて経路を決めてる筈だ。

何時もの制服組や、俺の側に置いてる目印付きの彼らとは違う。
見える護衛と比べて、見えない護衛というのは、それだけで俺を狙わせやすくする。

代わりに、一般人への偽装が出来る。
黒髪は帽子で隠してるし、俺と同じに染めるのが流行ってるらしい。

「何処に行きたいの?」

「パン屋さん。前にエルが連れてってくれた、ラスクが美味しい店。」


名前は分からないんだけど。
誰かお店を知ってて。もし可能ならもう一回連れてって欲しい。
もし駄目なら今度は"見える護衛付き"でエルと来よう。

エルも俺とデートがしたいって言ってくれたから。
それでも良い。好きな奴と出掛けられるなら。

「少し時間をくれるなら、叶えてみせるよトキ。」

手を繋いだ先のグゥルがそんな事を言う。
聞き間違いかと思った。


「ほんとーー、?」

「本当だよ。その間…僕と向こうでお茶しよう。少し歩くけど良い?」

「良い…、行きたい。連れて行ってくれ。」

「可愛い」

「んんっ?」

「可愛いね、トキ。」

「わ、なに、なにっ?」


急にどうした。
グゥルが強めに手を引いて歩き出した。

「知ってる?この国で、トキがしちゃいけない事なんて無いよ。」

「それは言い過ぎだろ。」

「大統領に頼めば良いんだよ。」

「それでも無理な時だって有る。」


さっきのなんだったんだ。
やっぱりグゥルは細く見える割に力が強い。

俺は、エルが過保護になる理由に…納得出来ると思う。
というかならざるを得ない。
俺は俺の事を只の凡人だと今でも思ってる。
けど、異世界から来た未知の文明を持った人間、と定義するなら。

俺はあまりにも価値が有り過ぎる。

人畜無害な魔法が使えないどころか魔力すら無い只の凡人は、折り紙1つで形跡すら辿らせずにパンデミックを引き起こせる。
恐らく、この国でそれをしても俺は捕まらないだろうな、という確信が有る。

机上の空論では有るが、その話をしたマルロイ長官やデルモントさんが息を呑む程には勝算が有る空論だった。
捕まらない、裁かれない。
そんな事が可能な俺は、自分で自分が恐ろしいよ。

「そんなの頼み方次第だよトキ。それとも、まだ大統領を脅した事は無いの?」


いま、なんて言った?

大統領を脅すーー???

エルを脅すって、?

俺がポカンと呆気に取られてる間、路地をひとつ越え道向かいのカフェに連れられ椅子まで引かれて座る様に促された。
座って何か俺が口を開こうとする前には、もう紅茶とカップケーキのセットと自分のコーヒーを頼んでくれて、俺は余計にグゥルの顔を見てた。

上には上が居る、な。
そう言えば、大統領には何時も従う物だとばかり思っていた。
話し合いをした事はあるけど、そっか。

脅して唆した事…は無いかもな。
煽った事は結構有るんだけど。

それより気になるのは、目の前で俺を座らせて自分は道路を向いて立ったままでいるグルーエントだ。
さっきの、随分慣れた様子だった。
前にも来た事があるのか…例えば、女の子と。

「トキ?」

「グゥルは俺だけなんだと思ってた。」

「えっ。分からないけど、僕にはトキだけだよ?」

「ふっ、即答。」

ごめんグゥル。
今のは俺が悪かった。完全に誤解だったな。
だって、その顔見たら分かる。

可愛い。
本当に俺しか見てないって顔してる。
お陰で、性悪な俺が腹の奥で満足気に笑ってる。

「グゥ。」

「なに、トキ」

「グルーエント・クイレ。俺、聞いてみたい事があるんだけど。」

エルも似た様な事をしてくれた。
こういうスマートな扱いをされるのは嫌いじゃない。
それに紅茶もカップケーキのフレーバーも俺の好みだった。

美味しくて、嬉しい心遣いだった。
で、これの説明をして欲しいなグルーエント。

この辺りのカフェメニューを全部下調べしたのか。
それとも、此処が偶々、非常時の避難場所だったのか。
あるいは、本当に普段からよく来るだけの場所なのか。

「どれかなぁーって、気になってるんだグルーエント。」


ジッ、と好奇心剥き出しの視線をぶつけてみた。
俺は数えてた。
グゥルは何秒耐えられるかなって。
大体のひとは平均して3秒くらいなんだけど。

ユディール君でも4秒強。
それなら俺を想ってくれてるグルーエントは、何秒保つのか気になる。

「あーー~っ、もう!」

たっぷり8秒か。
でも最初の5秒で目を逸らしたからそこでカウントな。
それにしても凄いな。流石。
5秒目で何をされてるのかに気付いて6秒目からは見つめ合ってた。


「…誤解っ、しないで欲しいんだけど」

「んーー…?♡」

自然と頬が緩む。
テラス席だから見てる人が居るとすれば通りの人だけど、俺の前にはグルーエントが立ってるせいで誰もこの顔を見てない。
見てるのは目の前の俺の愛人だけ。

「ぼくも、その、浮かれた事がしたくて」


楽しいな
どうしようもなく楽しくて、嬉しい。
自分でも瞳が揺れるのがわかった。
そういう顔を見せてくれると俺はどうしようもなく、悪い大人なんだなと思う。

「調べたんだ、トキの好きそうな店を…っ、姉さんとか、君の所の料理長に聞いたりしてーーぁのそれ、美味しい?」

「すごく美味しい。ありがとうグルーエント。」

「良かったー~っ、」

「ふっ、あははっ、!」

心底安心したらしい長い溜息を吐いてる。
その間にもグゥルは、指先の僅かな動きで見えない筈の護衛へ指示を出している。

折角、向かい合だていてもグゥルはこっちを見ていられない。
このテラス席から見えるあちこちに視線を走らせている。
少し緊張してる様にも見える。

「まだ掛かる?」

「もう少し、かな。」

「お守りも有る。大丈夫だよグゥル。座って。コーヒーが冷める。」

金色の縁に朱色の台座。
ライオンのモチーフが嵌め込んであり、その背後には林檎の花と蕾が描いてあるネックレスは、前にエルがくれた物だ。

これには、防護魔法が付与されている。
物理的な攻撃も魔法攻撃も、この台座が割れない限りは保ってくれる。
家が吹き飛ぶ程の魔法にも、炎にも、刃にも耐え得るらしい。

これを貰った時俺はまだ補佐官でも秘書でも無く、ベッドの上の住人で見兼ねたエルがアトリウムを改造させて、俺の居場所を作ってくれた。

あの頃は桜が見たくて堪らなかったな。
何か馴染みのものが見たかったんだと思う。
今思えば、多分あれがホームシックって奴だった。

ネックレスの林檎の花は、俺が見たくて堪らなかった桜と形がよく似ている。

今も時々だけど、少しだけ桜が見られない事を残念に思ってる。
似た様なのを、実はこそこそと探し回るくらいには。

「分かった。じゃあ…序でだから護身術の話をしようかトキ。」

「えっ、」

「そしたら座ってコーヒーを飲む。」


その言い方、なんか俺に似てるな。

「こう言えば、トキは断れないでしょ。」

パチっとウィンクをして返す仕草はベルモントさん似。
なのにその顔立ちはデルモントさんに似てるし、何をどうすれば俺に効くのか。

それをよく分かってる所が、クイレだよな。


「クイレの薬がよく効く、って本当なんだな…。」

「父さん達二人に気に入られたのはトキだけだよ?」

「… あと一人忘れてる。」

「ぁ。僕かっ。」

ーーーーー

愛人になったと言うと、姉さんや兄さんに散々揶揄われたあと、煩いくらいに祝って貰った。
教えてくれたカフェもトキは美味しそうにカップケーキを食べて。紅茶を味わってくれた。

嬉しそうに瞳をきらきらさせて、ありがとうなんて言う。
僕の下心はあっさりと見つかってペロッと平らげられた。

トキのあの瞳に見つめられると胸が騒つく。
勘違いしそうになるんだ、
僕こそがトキに相応しい人間で、僕はトキが思う様な賢い男で、疾しい所なんて一つも無い様な男だって。

そんな極く正しいトキに相応しい男で居られるーーと、誰でもを勘違いさせる。

そんな魔法は無いし、僕もそんな男じゃない。
それでもトキに見つめられると、そうなりたいと思ってしまう。

トキのあの瞳は危険だ。
噂になってる。
大統領の金の瞳を、異世界の番は模写出来るんじゃないかって。
それくらい効果を人に与える。

只の心理戦と言うには鮮やか過ぎるんだよね。
態となのかと思えば、父さんは天性だろうなって、言う。
効く人と効かない人を嗅ぎ分けてる、らしい。

本当に、只者じゃないねトキ。

大統領邸の料理長すら虜にするトキの料理を、僕はまだ口にした事がない。
だけど、大統領の帰りが遅い日や一人が心細くなった時に、風に攫われそうな小さい声で呼ぶあの声を知ってるのは、僕だけだ。

ーーグゥ。

大抵は、少し話をして抱き締めてキスをしてくれておやすみを言う。
若しくは、獣化した僕の羽を撫でながら眠る夜も有る。
あの瞬間、あの眠りに落ちる寸前のドロッとした瞳は何度見てもドキドキする。

息が詰まりそうになって、コーヒーを一口飲む。
少し温い。


「護身術なんて。魔法を使われたら何の意味も無いと思うんだけど。」

ーーまた、同じ答えだ。

執務机のペンが動いてたってだけで、異常を察知できるトキはそれだけで今までに幾つも危機を回避して来ている。

それでも、暴漢に襲われた際の一般的な護身術として幾つか身に付けて欲しいと言うのも、護衛する側としては少しだけ強く願い出たいのに。

トキはこの話をすれば決まって何時もそう言い返す。
魔法を使われたら意味が無い。

そのよく回る頭で考えた結果、代替案を出しつつも結局は何時も同じ事を言う。

護身術なんて。

それを大統領は、私達とは違う何か別の物を見ているのだろう、と言う。
父さんは、代替案が出なくなる迄待てば良いなんて言う。

それでも僕は、トキに可能な限り自衛して安全で居て欲しい。
護身術くらいやってくれても良いのに。

「何が嫌なの?」

大統領も父さんも言わないなら僕が言う。
今なら二人きりだし。
構って欲しそうにするから、空いてる左手をテーブルの上で繋いで見せる。

だから逃げないで教えて。

代わりに僕が何処へでも連れて行く。
ラスクでもケーキでも買いに行ける様にする。


ーーーーー


「俺の居た国では、生きてる中で銃を見る経験は殆ど無い。ゼロに近いと思う。俺も実物を見た事は無い。」

「それは不便だね。」

僕がそういうと、トキは眉を片方しならせて困った様な顔をする。
僕、今何か変な事を言ったかな。

「唯一広く携帯されている銃でさえ、実際に使用経験が有るのは、特定の職種か更に極一部の最悪な非日常に居合わせた人くらいか。こっちじゃハンターがよく魔物相手に使用してるし、街中でも護身用に持ってる人だっている。勿論、弾は違うけど。」

「つまり、どうしたの。」

「俺は、軽々しく街へ出たいなんて言ったけど銃が怖い。それと同じくらい魔法も好きにはなれない。式の事も有るし。」

ああ、そっか。
そうだった。

トキは結婚式で男に襲われそうになった。
大統領が庇って火傷したって話を聞いた。
僕はその時隣の国へ行ってた。
【精霊の庭】そんな物を手に入れたと国王が触れ回った。
確かめに行くのが情報屋としての仕事だった。

それに、好きな子の結婚式なんて見たくなかった。


「ごめんトキ。僕が無神経だった。」

「グゥルのせいじゃない。あんな事がなきゃ魔法の勉強なんかしなかった。」


トキが頑なに護身術を学ばない理由。
怖いんだね。取り分け飛び道具が。

この辺りで魔物が出る事は無い。
だけど国の中心地だから色んなひとがいる。

「ああ言うのはどう?気になる?」

僕は少し遠めの大剣を背負った男を視線で指す。
それをつぅっ、と首を巡らせて辿ったトキの目がどんな反応をするのか、僕は知らなくちゃいけない。

何がトキを傷付けようとするのか把握しておかないとーー。

「かっこいぃよなぁー。ああ言うの。」

「え。」

「ああ言うの△△△でしか見れないと思ってた。実際にはあんまりトゲトゲしてなくて、ちゃんと実用的な感じがするよな。でも、あの装飾品は魔物って感じするっ。なんの素材使ってんだろ。」

「トキ、?」

「ぁ」

「…もしかして見た事あるの?銃は無くても剣は有る?そう言えば、ナイフの資料貸してくれって言われたのはトキが初めてだった。」

それに、こんなに興奮気味に話すトキは初めて見たかも知れない。
途中聞き取れなかったから、向こうの言葉なんだと予測出来る。
“実用的な大剣”って事は、実用的じゃない大剣が一般に普及してたって事なのかな。

銃は規制が厳しいけど、刃物は良いのかな。

ナイフの種類についての資料を貸りるくらいだから、やっぱり刃物が武器として有力だったのかも知れない。
トキは包丁以外の刃物も扱える?

だから遠距離が苦手なのか、

「ナイフが得意なら言ってくれたら良いのに。」

「いやっ、それは誤解過ぎるっ。刃物も銃も持ち歩いたら駄目な国だった。」

「でも、あの時はナイフの握り方を調べてたね。」

「推理物の見過ぎってだけ。大剣は架空の物語の産物。有名な奴で俺も大人になって働き出して貯めたお金で買った。結構遊んでたから…ああいうの見ると、本の中みたいでワクワクするっ。」

トキの国は、魔法が無い代わりにとても娯楽に溢れた国だったんだと僕でも分かる。

「アレかっこいいんだ?」

「かっこいいだろっ。この国じゃハンターになりたい子は多い。」

「そうだね。かっこいいよね。命懸けだけど懸けてこその報酬とそれに見合う称号だって与えられる。まぁ、続けるには相当の覚悟と才能と運が必要だけど。」

「俺には無理だな。見てるだけで良い。」

「変なの。この国の大統領補佐官が務まるのは国中を探したって、世界を越えてきたトキひとりだけだよ。」

「そうかな?」

「そうだよトキ。」

「そうだよなぁっ。」


そろそろ行こうか。
声を掛けてトキの椅子を引く。

トキしか居ないって言われて、最近は嬉しそうにしてる。
前はそんな事ない、って言ってたのに。

それに、こういうのが好きなんだ?
知らなかったな。可愛い。
もし僕が跪いたりしたら、またびっくりした顔を見せてくれたりするのかな。

ザクザク、と石で舗装された道を少し端に寄って歩く。
砂が多い。
向こうの路地から運ばれて来たのか。
大事な身体だ、滑って転ばせたりしたら大統領に殺される。

「うわっ、!」

「お、っと。」

まだ、気を付けてね、って言ってないよ僕。

「あ、りがと…びっくりした、」

「どういたしまして。砂利で滑るから気を付けて。あと、折角だからそのまま腕を掴んでてくれると嬉しい。」

「危ないから、?」

恐る恐る足元を見ながら歩くトキに、少し笑ってしまう。
ついさっき、僕に心理戦を仕掛けた子と同じには思えないなぁ。

でも…そっか。

言葉にしない代わりに、トンッと僕の中指の背に胸を寄せてくれるのもトキだ。

ささやかで、大胆で不敵。
一体何処から何処までが君の策なんだろうねトキ。


ふらっ、と悪戯心が湧く。

「グゥル、?」

掠める様にトキの唇にキスをした。


「今朝からずっとこうしたかったんだ。ごめんねトキ。」


トキは顔を真っ赤にして、目を泳がせると俯いてしまった。

「ごめんねっ、そんなに嫌だった?」

「ばか」

「え?」

「ばか。」

「あ、わ...ゎ、わ。」


トキが組んでくれてる腕をぎゅうぎゅうに力を込めて締め上げて来る。

「痺れる、痺れちゃうよ、」

「痺れれば良いっ。大統領補佐官を揶揄ったんだ、当然の罰だろっ。」


それにしては軽過ぎる罰だ。
そんな可愛い事をされて、僕は黙っていたもう一つの行き先を告白する事にした。

だって、トキが楽しそうにするから。

「ねぇ、トキ。」

「ん?」

「今晩、僕の家に、泊まって行きませんか」


勿論、大統領に許可は貰った。
どっちの父さんに叱られるよりも怖かったー…。

「出来れば頷いてくれると嬉しい、」

「エルはなんて?」

「僕の命はトキの言葉ひとつ、だよ。」 

濁してみたけど、この状況では僕は圧倒的に不利だな。
相手がトキなら尚更。
そして、濁した筈の言葉をトキは正確に読み取っていく。


「俺に嫌な事をしたら、エルがすっ飛んでくるって事?」

「そうだね。そんな事はしないと誓うけど、もしそうなったら大統領に報告してくれて良い。」


今のも敢えて言葉を選んだけど。
実際には、トキを泣かせたら殺すと脅されている。
怖いな。でもクイレに誓ってそんな事はしない。

「安心してくれると嬉しい。下心は無い。」

「無いの?」

「あっ、いや...有るーー。トキが許してくれる限りの下心が...有ります。だから嫌な事は嫌だと言ってくれると僕の命が助かるかな。」



僕は、トキがどんな暮らしをして来たのかが知りたい。
本人が中々話してくれない。
主治医にも恩師にも話さないんだから、きっと話したく無いんだろう。

それでも、僕はトキの事が知りたいと思う。
誰にも言えなくてもさっきみたいに。
何が怖いのか教えてくれると嬉しい。


トキは僕の全部なんだ。

言うと重荷になるだろうから、まだ言ってあげないけど。
何時かその内、思い知る事になれば良いと僕は思ってる。
トキはもしかしたら悩むかも知れない。

何時までも愛人なんかやってないで、番を作れって言うかも知れない。トキなら良いそうな事だ。

でも、僕はそうならないと思う。

どうしようもなく身勝手な程に、僕はトキのもので居たい。
トキは大統領の言う事なら聞く。
だから大統領が愛人を切り捨てろと言えば、トキはきっとそうする。

その前に、僕に夢中になってねトキ。
だから大統領だって脅せる様な男になって、トキアキ。


「…その為なら僕は何だってする。」

「ラスク買ったらね。」

「すぐそこだよ。」

「ん。久しぶりだな。」


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三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

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