【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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第二章:大統領補佐官

獅子とカラス 2

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先代の大統領は、北に別荘を持っていた。
年中緩やかな気候に家族を連れて憩わせようとか、そんな思考は持ち合わせていなかった。

「少し厄介な事になっているようだね、ヴィンセント・クロウ。」

養子を取ってまで自分の地位を固めたかった義父の目的は、彼だ。
北の大国を率いる王族、ラン家。
魔石が獲れ続ける限りこの一族は安泰だ。
第一、第二王子に取り入るのは難しくとも、第三王子なら丁度良い。

「なんだ、随分他人行儀じゃないかラジクマルクス・ラン。」

「ううーん。その呼び方は気に入らないな。昔みたいに呼んでくれないかヴィンス。」

「そっちがそう呼ぶなら、わたしもそうするよラジィ。」

「あぁ。懐かしい響きだな。先ずは君の部屋に案内しよう。」

指名手配された身でありながら私は国境を越えた。
検問を彼が手引きした仲間の手により、すり抜けた。
真面目でお堅いわたしの国だが、下っ端役人で賄賂が効かない奴など居ない。

お陰で、こうして風呂にもあり付けた。
美味いワインにも。

「それで。手紙一つで旧知の友を救ってあげたんだ。僕に何か見返りはあるのかな。」

「ふっ、白々しいことを言うなよ。」

この国でこいつと過ごした日々を覚えている。
久しぶりに見たこの国の衣装も、不思議な物で指が淡々と動いて身に付けた。

「よく似合っている。」

彼の番程では無いが私の瞳も濃い紫色をしている。

「君から手紙を貰って一番に仕立てさせた物だ。高濃度の魔石に似ている。」

そして、わたしの瞳にも。
夏の休暇の度にこうして、彼の部屋に通い彼の指を覚えた。

欲しいのは褐色の指じゃない。
私のカフスを拾ってくれた男の指だ。

だが、身体は時間が空いても覚えていた。

「大統領にもなれなかった私に有るのは、この身体くらいだ。」

たった布一枚で着るこの国の衣装が私は嫌いだ。
何も隠せやしない。

「それは君の意思だろうかヴィンス。」

「そうだ。」

「それなら、ベッドに行こうかヴィンス。」

もう若くは無い身体を欲しがって貰えるだけマシか。

ーーーーー


「穴は無いな。」

「うん。大丈夫だよ父さん。」

「よし。では続けよう。」

今回、グゥルが居るのは結界強化の為だ。
防音と侵入者を阻む結界魔法に、前回は穴が空いていたらしく秘密会議の内容が外へ漏れた。

魔法の痕跡から言って犯人はヴィンセント・クロウで間違いない。

「先ずは奴が国を出たという話からだな。」

「行き先は。」

「恐らく北です。」

ベルモントさんにエルが尋ね、答えたのはマルロイ長官。

「北というと、前回使節団が来ていたな。」 

「はい。概ね良好に終わったと記憶しています。」


何故取り逃したのか、という点は今更議論しても仕方が無い。
賄賂に屈する奴が悪いのか、十分な給料を出せない政治が悪いのか。
どちらにせよ、俺が無関係でいられる話じゃない。

それより、向かった先が本当に北なのだとしたら余計に面倒くさい。

「えっと、ごめん?」

ユディールが"概ね"と言ったのは、使節団を率いていた第二王子に俺が口説かれたからだ。
本物の王子様なんて、初めて見た。
滞在した3日間、彼は目が合えば瞳を誉め、向かい合えば俺の髪に触りたいと言う。

この世界じゃ黒髪は珍しいからな。

まぁ、口説かれたとは言っても俺以外にも色んな子を口説いてたから。
そういう文化なんだろ。
そんなに気にする事じゃ無いと思うんだけどなぁ。

一々本気にしてたら痛い奴だろ。

これでも俺は人妻だし、今は自分で選んだ愛人兼護衛役もいる。

彼の首が飛ばない様にしないとな。
俺なんかを取り合って国際問題はごめんだ。
大体、他所の国の王子が他国の妻とどうやって結婚するんだ。

「息を吐く様に口説く面白い方だったよ。」

「トキ。」

「はい?」

「エルにもお前にも悪いが痴話喧嘩のネタを持って来た。」

テーブルにデルモントさんが一通の封筒を滑らせた。
それを捕まえて、ユディールがペーパーナイフで封を切る。

「あー…トキ君。」

「何だった?」

「第三王子から婚約パーティーのお誘いです。」

「婚約?」

ベルモントすら予想外だったらしい。
誰と誰が婚約したって?

「それが、あの…」

ーーーーー


僕の国は、手柄を立てた者勝ちでね。

昔、手の中に突然転がり込んで来た雛鳥がそれはそれは可愛いくて。
年も二つしか変わらない。
今より明るい紫色の髪と瞳が綺麗な子だった。

その子とは、夏の間しか会えなかった。
言葉も中々通じなくて困ったよ。
僕は外国語が苦手でね。

家庭教師を騙して窓から飛び出した事もある。

「は、あ...ぁ、っ」

それくらい外国語が嫌いだった。
それが可愛い子の言語だと知るまでは。

「ああ、ふ...っ、ぅ、」

「僕以外にこの身体に触った男は居ないか、ヴィンス。」

「いなぃ、」

「そうか。それなら安心だ。君が一番美しいのはセックスの時だからね。」


精通したばかりの雛にそそられて、一緒に触れた。
その数日後、彼の養父が友人として城を訪ねて来た。

僕の父と話した後、僕に話しかけて来た。

ーー君は、カラスの飼い方を知っているかね。

その目を見て気が付いた。
僕の父と同じだ。
この養父にとって、ヴィンスは僕を誘き寄せるための罠だった。

そして僕も。
お互いに理解した。
この養父も僕も僕の父も、ヴィンセント・クロウを利用してる。

知らないのは、まだ10にも満たない幼い彼だけだ。
僕は答えた。

ーー彼に適した飼い方を模索しますよ。

それからずっと、彼が学校に通う様になるまで夏の少しの時間を過ごした。

時たま送られて来る手紙は、次第によそよそしくなった。
やがて恨み言も混じる。
お互い利用し合っていただけの関係だろう、と。

今頃気付いたのか、と手紙越しでも彼の少し傲慢な様子が見て取れた。
そのくせ、あの頃の夏の日が恋しいと書いて寄越す日も有った。

そんなに未熟で、彼は大統領になれるのだろうかと思っていた。
なれたとしても、長くは保たないだろう。
上に立つ者として、無慈悲に思われようろうが一度決めた事はやり通さなくてはならない。

それが利害を生むのなら尚更。
子供だって利用する。
そんな世界で生きているんだよ。

それなのに、随分甘いね君は。


「ヴィンス、」

「なんだ...っ、」

「僕の雛鳥」

「私は、雛じゃないっ、ぁあっ、」

「確かに。君は大人だ」

僕は君の幼い身体しか覚えていない。
ずっと側に置いておけたなら、胸はもっと膨れていただろう。
体毛も全部剃らせた。
似合わない髭は、明日落としてもらう。
肥えさせもっとしなやかな筋肉を付けさせた筈だ。
細い腰を強調する様な衣装を纏わせ、紫の髪を伸ばさせた。

僕は何度も夢に見た。
この部屋の中を、長い髪を揺らして歩く彼の姿を。

「ヴィンセント・クロウ」

大人になった雛鳥の胎を汚しながら、僕は悲願を囁いた。


「僕の妻になってくれ。」

ーーーーー


おかしい。
何かがおかしい。

私は何故、この部屋から出られない。

「ラジィ、!」

「ラジクマルクス王子は只今政務中であります。ヴィンセント様。」

「そんな事は知っている、だが私を閉じ込めるとは何様のつもりだっ、」


目を覚ますとアイツは居なかった。
代わりに奴が置いて行った使用人が居る。

「貴方様は今、隣国に追われている大統領とその補佐官に害をなした危険人物で御座います。」

「だから何だっ、」

「檻に入れられていないだけマシで御座います。」

「無礼だぞ貴様っ、!私は…っ、」

「先代大統領の御子息であらせられます、ヴィンセント・クロウ様。」

「そうだっ、!」

「ですが、それも先日の大統領選までの事。今の貴方様は元・大統領の御子息。そして今は只の逃亡犯に御座います。」

「何故それを知っている、」


いいや、それは愚問か。
醜聞を避ける為、元・養父は密かに私の養子縁組を解除した。
書類の提示から受理まで携わった人間は極僅かな筈だが、それでも漏れていたか。

「最早、貴方様が頼るべくは我が主しか居られません。その主が仰るのです。貴方様をこの部屋から出すなと。他にも幾つか指示を受けたおります。従っていただけますねヴィンセント・クロウ様。」

「はっ、はは…はははっ、そうだなぁ、そうする他に無いかぁ?」

おかしな世界だ。
最早、養子ですら無くなった孤児はクロウの名を名乗る事すら許されないだろうに、コイツは今、私をヴィンセント・クロウと呼んだ。

ヴィンセント、ですら私の名では無い。

名も無い赤子を拾って施設で付けられた名だ。

元々馴染みの悪い音だった。
気に入ってすら居ない。

そうか。
私には、生まれ持った名すら無いのだな。
初めから名無しで、また名無しになっただけだ。

「お前、名は。」

「アミールと申します。」

「アミール。」

「はい、ヴィンセント様。」

「アイツは私をどうしたいんだ。」


愉快だった。
死体が一つ一つ奴の家へ近付くのは。

良い案だと思った。
奴と奴の番を、奴らの案で貶めるのは、楽しいだろうと思って此処へ来た。
何も持たない私は、全てに於いて奴より最上級の物を手に入れた。

そして、全て失った。

あんなに自棄になって、この脳味噌を使うのは楽しかった。
もっと利口なイカれた奴を使うべきだったが、それも楽しかった。

壮大な憂さ晴らしが出来た。

そして後は、国を潰すだけだと此処まで来たが。
久しぶりに見た友人は私よりイカれている。

こんな私を娶って何になる。


「一先ず、湯浴みを。それから剃毛を受けていただきます。」

「何故。」

「主の命ですので。」

「アイツ頭おかしいのか。」


それから夜になるまでアイツは現れなかった。
その間に私はありとあらゆる辱めを受けた。

風呂で隅々まで洗われた。腹の中もだ。

それからこの澄ました顔のアミールとか言う男が、私の髪以外の全ての毛を剃った。
流行っているとかいう理由で、剃った跡にスライムをくっつけられた。

剃り残しを食うらしい。
気色悪い。

「こうして定期的にペタペタ貼り付けると、すべすべの肌になります。」

「気色悪い」

「あまり悪口を言うとスライムに溶かされますヴィンセント様。」


そんな訳あるか、と思い口を噤むとアミールがふっと息を吐いた。

「冗談ですよ。加工しているので噛み付きも溶けもしません。気持ち悪いのはもう少し我慢なさって下さい。もうこれで終わりですので。」


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