【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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第二章:大統領補佐官

獅子とカラス 1

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学舎の時から彼には人を寄せつける力が有った。
周囲から向けられる目は、常に憧れを現していた。

スラッとした足、引き締まった腰、誰ひとり抱き寄せる事のない肩。
その声を聞き、その姿を出来るだけ近くで感じられたなら、その日は運命の番にでも会ったかの様な高揚感をくれた。

「すまない、」

それがどういうことか、ある日わたしに話し掛けてくれた。

「カフスが落ちるのが見えた。」

誰の肩も抱かない男が、わたしに声を掛けてくれた。
声も出せずに居るわたしに、右手を差し出してコロンとわたしが愛用しているカフスを渡してくれた。

「ありがとうっ、」

「構わない。」

とても良い声だった。
深くて暖かみのある声。
わたしのほんの目と鼻の先に立って、手を伸ばせば届く距離で声が聞けた。
それどころか手まで触れ合いそうだった。

握り返さなかったのは、何故だ。

わたしは、彼の名を呼ぶ事しか出来なかった

「エルムディン」

ーーーーー

大統領になる素質があると言われた。
綺麗な身形、ピカピカの靴、持ってるステッキの握りまで金ピカだった。

言われるがままに従った。
ネクタイの色、コーヒー、眼鏡の形、髪まで染めた。
話し方まで変えて仕立てたスーツに身を包んだ俺は、金持ちに買われた卑しい家の子供ではなくなった。

現・大統領の養子になった。

勉強が出来た。
分からない所は誰もが教えてくれた。
まして努力で手に入らないものは無い。
俺が一声掛けさえすれば皆が頷いて肯定する。

素質が有ると言われたのは本当だったんだ。

俺には魅力がある。
取り巻きは歳をとるごとに増え人脈は広がり、成るべくして官僚へと上り詰めた。

あとひと息。あと一歩だ。
相手は現・大統領補佐官の肝煎りエルムディン・メ・エリタ。

来たぞ。
私は遂に君の視界に入る所まできたぞエルムディン。
彼を負かして義父さんと同じ大統領の椅子に座るのは、このわたしだ。

奴は俺より安いテーラーでそれに見合う安っぽいタイピンを付けて派手さで人目を引こうとしていた。
学生の頃もチーフの端に金の刺繍がしてあったな。

そして番まで手に入れた。
全く違う世界を渡ってまで運命がやって来るというのはどんな気分だ。

初めはライバルだと思っていた。
それが何時しか楽勝だと確信を得る頃には、私の取り巻きは一層増えた。
何も持たない俺は、荷物の増えた腰の重そうな男に負ける筈が無い。

だが、負けた。それも二度もだ。

俺の飼い主は大層ご立腹で、俺はまた捨てられたよ。
選挙で名前も顔も知れてる俺が一体何処に行けると思う。

腹が捩れる程面白い話だが、手癖の悪さは治らなかった。
そして、脳味噌を鍛えてくれた元・飼い主には感謝しないとな。

俺には才能がある。見出だしてくれて感謝している。
俺のこの才能は人をたぶらかす為のものだ。

殺人大好きのイカれ野郎は、頭は悪かったが腕は良いようだ。
死体を転々と移動させた。
徐々に市街地へ。
そして、大統領邸の真ん前に馬車から突き落とした。
それがメッセージだ。

残念ながら過保護な番の目に触れさせる事さえ出来なかったが、脅しは効いた様だ。
奴等は、直ぐ様補佐官殿を厳重な結界の中へ囲い込んだ。

会議室だ。
そこには聞き耳を立てられる穴を幾つか開けておいた。
良い話を聞いたな。

密かに毒を盛るとは。それに、そうだな。あの人畜部外な人間を脅して毒を配らせるなんてのも、良い話だ。
実に良い話だ。
流石、俺の知らない世界を渡り歩いて来ただけは有る。

そうだな、北に流してみるか。
この国は技術力が高い。

あそこは魔石が採れる。

今までどんな取引をしても、魔石以上の価値がある物など存在しなかった。
だが、今この国にはあの番が居る。異世界の知識は魔石より高価だ。


去年、北もそのお溢れを貰おうと使節団を出していた。

そうだな。
物騒で面白そうな絵が見えてきたな。

「エルムディン、今度こそわたしの勝ちだ。」


お前の大事な物をわたしは
たったひとつでも奪ってみせる。

ーーーーー


「トキ。トキアキ。」

「ん...なに」

「すまない、仮眠は終わりだ。」

「ん...キスは?」

毎朝してるのになんでしない?

「少しだけだぞ。」


マルロイ長官が調べて分かった事は二つだけ。
あの猟奇殺人の犯人は雇われで。
雇った奴はヴィンセント・クロウ。

こいつの身元はすぐに割れた。
デルモントさんが補佐官に就任した時の大統領が目を掛け、育てた男。
そして前回と今回の大統領選でエルムディンに敗れた男。


ーー厄介だな。


「ん...ふ、」

それなのに、何時もと違う、合わせるだけのキスしかしてこない。

「来いよ...」

こんなんじゃ眠気覚ましにもならない。
閉じたままの瞼がまたどろっとした眠気を誘う。
俺を起こしたいならちゃんとキスしろよ、と恨みがましくエルの肩をくしゃっと握る。

「私の"右腕"の頼みなら聞いてやりたいが、起きた方が良い"補佐官殿"。」

「ーーハッ、!?」

ガバッと起き上がった正面にはエル、の肩の向こうにはデルモントさんとユディール君、マルロイ長官と、グゥルまでもが揃っていた。

「な、ぁ、そ...っ、そんっ!?」

「大丈夫、何も見えてないよトキ君。」

「ほ、んと、?」

「本当、本当。可愛い声は聞こえたけど」

「ユディール君。」


何はともあれ一先ず休憩しようと言われ、会議室に突っ伏した所までは覚えてるんだけど。

あぁー…この前は、新卒の子達の前でキスする所だったのに。
今度はやっちまったぞ。



ーーーーー

学生の時、大統領になる素質が有ると言われた。
有能な人材を引き抜いているらしい。
何故俺がと聞けば、私が気に入ったからだと答えにならない答えを貰った。

デルモント・クイレ。
最年少で大統領補佐官に就任した男が、母校へ凱旋した。
スピーチを聞いたが特に何も考えて居なかった。

俺より優秀な男は幾らでも居る、と辞退したが毎月毎に俺に声を掛けにくるせいでとうとう母が根負けしてしまった。
現役の大統領補佐官が家の質素なテーブルに着いた時、これ程気持ちの悪い接待も無いだろうと思ったくらいだ。

それからは、男も女も群がって恋だの愛だのと言える所では無くなった。

そこそこの仕事に就き、母を養って行ければ良いと思っていた。
その内、結婚もして赤ん坊を抱いて、妻と過ごすのだろうと、ぼんやりしていた人生設計はあっという間に崩れた。

擦り寄って来る輩などはまだ良い方で、安全の為にとデルモントが用意してくれた宿では寝込みを襲われる事も有った。
宿も寮も駄目、となると残る手はひとつで、デルモントの家で世話になる事になった。

ほとほと困り果てていたら、ナタリアがプロに任せなさいよと言うので。
もうそれで充分だろう、と要人も御用達の店で済ませてしまった。

獣化しなければ妊娠の確率は低く、彼女達は流石だった。
敵ばかりの世界で唯一信用出来るのが金と、それを積み上げた分の彼女達だった。

詮索が身を滅ぼす事を知っているのだろう。
他愛無い話だけをしてくれて、息抜きに通い続けた事も有る。

そうまでして居続けたのは、やはり魅力的だったからだ。
泥沼で手に入れた金と権力を人の役に立つ様振るう事は最たる仕事だと思えた。

そんな政治の世界で生き延びる事が母への恩返しにもなった。
ましてや大統領補佐官に目を掛けて貰えるなど、あり得ない事だ。
そして今際の際、大統領となった私を誇りに思うと声を掛けてくれた。

これ以上望む物はもう何も無い、と思ったのだが。

トキアキが、私の"右腕"が世界を渡って来た。
閉じ込めずにはいられなかった。
存在があまりにも貴重過ぎる。

異世界の知識、経験、それだけなら国で保護すれば良いだけだったが。
私の番だ。
保護だけで事足りる筈が無かった。

囲い込んで、誰にも会わせず何の危険にも遭遇させたくない。
今まで弱みらしい弱みを持たずに来た。
だからだろうか。

話があるんだ、と言われ何時もの会議室に誘われた。


「俺の選択肢を狭めるのはもう辞めろエル。」

今更、と言えば今更か。
思えば、トキの事となると私は何時も順番を間違える。
初めて私を見てくれた時も、スーツの話ばかりをしてベルに叱られた。

選択肢を狭めた…そうだな。

私は狭量な男だ。
グルーエントによってもたらされた外からの視点は、私が今まで何を言わなかったのかバレた様だな。
そのせいでトキを追い詰めた事も知られてしまったか。

恨み言を漏らしてしまった。
愛人はそんなに良いものなのか、と。
謝る暇も無くトキに頬を張られた。

さっ、とグルーエントの背に隠れたトキの腕を引くべきか、その愛人に大統領命令を突き付けるべきか逡巡している間に、トキがもう一度私を呼ぶ。

「今更とは思うけど、こんな事ちゃんと話した事無かったから言うけど。あんたは俺に愛されてる自覚をもっと持った方が良い。」

「自覚、?」

「信頼って言い換えても良い。」

「信じているトキ。」

「ううん。信じてないと思う。」

「何故だ」

「あんたが大統領だから。」


グルーエントが音も無く獣化し、トキの肩に留まった。
一部では獣の姿を人前に晒す事を野蛮と思う連中も居る。
若しくは敢えてそうする事で敵対行動を現している。

私と対峙するつもりかグルーエント。

「ケンカすんな。」

「してないよトキ。」

「そうやってあからさまに煽る行為はケンカって言うんですよグゥ。」

勝手に肩に留まるな、とトキが言う。

つくづく可愛い舌だなトキアキ。
どうしたらグルーエント・クイレが、グゥになるんだ。
そんな呼び方をして付け上がらない男が居るとは思わないのか。

やはり、愛人制度なんてやはり持ち出すべきでは無かったのかも知れない。

「俺は、あんたがパン屋でも愛してるよ。」

「私もだ」

「何の権力を持たない、只の男でもそれがエルムディンなら何でも良いんだけど。この意味があんたに分かる?」

「すまないが、よくわからない」

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