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第二章:大統領補佐官

蒼鷹の翠 1

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蒼鷹そうようみどり


「ねぇ。何時でも家に来て良いのよトキ。」

「あの人ひとりが君を独占するなんて、不満。」

「僕も。」

「あたしも。」


緊急避難先、というものがある。
俺かエルに何か有った時のために、逃げ込む場所だ。
ユディールは彼の夫の所に向かわせた。
警察庁長官の執務室で、あそこの警備はかなり堅い。

そして、俺はここ。

三人の美女と二人の美男に囲まれて、リビングに居る。
エルより少しだけ俺の方に歳が近い彼らは、こう見えて強い。
魔法、体術、知力、話術、魅力、様々な点で秀でている。

「一人じゃなくても良いのよ?」

「番じゃなくても良いしね。」

「今晩はあたしも一緒に寝て良い?」

「僕も、」

「俺は譲ってあげるよ。昨日、充分に過ごしたからね、トキ。」

パチン、とウインクを向けられて思わず苦笑してしまう。
嘘は言ってない、かな。かなり含みを持たせているけど。

「さ、わらないでね。」

「えーいじわる。」

「女の子に慣れてないんだよ、」

「だから触るんだよトキ。慣れておいた方が良いんじゃないか。」


慣れない方が良いと思いますヨ。

「あぁーその反応。やっぱ嫉妬深いんだねあの人。」

「じゃあ、私と手を繋いでる所なんて見られたら困るね。もしかして浮気になるのかな?」

流石、クイレのご家族。
目敏過ぎて、誤魔化す隙さえ作れないな。
彼らはベルモントさんとデルモントさん、あと麦茶を見つけてくれたナタリアさんのお子さん達、の半分だ。

凄いよなナタリアさん。
やっぱり卵って違うのかなぁ。

「それで、今度は何をしたのトキ。」

「それは、僕が言う。」

俺に後ろ暗い所は無いがこの国には有って。
俺もそう言う事には慣れてきた。

「トキを巡る知的財産の共有。」

「それは何時もじゃん。」

「もっと具体的に。」

魔法の使えない大統領夫人を狙うのは簡単じゃないけど、可能だ。
只、今の俺は大統領補佐官でもある。
それこそ訓練を受けた人達が俺の側に着いてる。

但しやり方を変えた。
ブラックスーツを止めて、一般人との区別さえ付かない様に擬態させた。
目印があるんだ。
今の所、エルですらギリ認識出来るそれを必ず目に見える位置に身に付けてもらう。

「未知の言語と、未知の発想によって経られる物騒な思考実験とかかな。」

日本語ってさ、模様に見えるらしいんだよ。
俺もアラビア語は模様に見えるから、そんな感じなんだろ。
その漢字を、護衛には毎日一文字身に付けて貰ってる。

どこでも良い。
ペンのキャップでも、ハンカチでも、帽子でもどこでも。
それとは別に情報屋なんてのも居る。

彼がそうだ。
グルーエント・クイレ。
緑の瞳がすごく綺麗なんだよな。

「トキは、僕の目好きだよね。」

「うん。綺麗だ。もっと見せて欲しいくら、い、!?」

「どうしたの?もっと見て良いよトキ。」


デルモントさんに似たスッキリとした顔立ちに、熱が篭った瞳を向けられるのは良くないっ、! 
それに声が甘い。妙な気分になる。

「グールだけ凄く明るい緑だよねぇ。」

「俺のは暗すぎて青っぽいしなぁ。」

「あたしは水色ー。」

「お婆様が緑だからなぁ。」

「私は黄色。てっきりトキは私の瞳を気に入ってくれると思ったのに。残念。」


知的財産、と言うと大袈裟に聞こえるが。端的に言えば異世界の物事全てだ。
行燈にしろ、折り畳みのローテーテーブルにしろ金になる。
金になるぐらいなら別に構わないが、問題なのは次だ。

この国には魔法が有って、それは電気みたいに使えるけど必ず痕跡が残るらしい。
残念ながら魔法が使えない俺には分からないけど。
何時も通り抱えた仕事鞄から、手帳を取り出して一枚破る。
正方形にして淡々と折って行く。

「何してるのトキ?」

「魔法って便利だなぁって思ってさ。」

「うん?」

「でも魔術の方が扱いやすいよな。」

「それは、きちんと勉強すればの話だけど。トキ、魔術に興味あるの?」

「興味は有るけど、そもそも俺に魔力が無いから。知識としての興味くらいかな。魔法より理解し易いなと思うよ。」

潜在能力として備わっているのが魔法。
詠唱や筆記に魔力を流して起こすのが魔術。
ロウソクに火を灯す、という課題に対し取れる選択肢はどちらかだ。

そこを俺は昔懐かしいマッチで火を灯す。

魔法も魔術も使えば、その寸前に魔力が動く。
使った後は痕跡として残るけど、マッチに魔力は無い。

「出来た。」

「すごい、鳥だ。」

「俺の故郷の鳥。実際はもっと違うけど、こうやって紙を折って遊ぶ時によくやる奴。」

「へぇ、見せて。」

そして、この世界で生まれた生き物は皆、多かれ少なかれ魔力を持っている。
だからこんな物騒な事を思い付くのは俺くらいだろうな。
五人はそれぞれに誉めてくれる。器用だねとか、可愛いねとか。

触ったのは三人だけか。
まぁ半分行ったな。

「その紙に毒が塗ってあったら、死んでるね。」

「ふっふ、」

「な、るほど...っ、」

この国に薬は有っても注射器は無い。
毒は有ってもそれを密かに盛るという概念が存在しない。
自白させる時、魔物を倒す時くらい。

何せこの世界には魔法がある。
その方が早くて扱いやすくて安全だ。

限り無く無害な爪染色が作れるという事は、元は有害で変化の為には魔法を使う。痕跡が残る訳だ。
けど、初めから有害な物をそのまま使えば。

「治癒魔法が有るじゃん、」

「間に合えばね。」

「そうか。それに不特定多数が触れたとなれば、とんでも無いことになるわね。」

「俺が脅されて配れば特にね。誰も思わないだろ。魔力が無い俺が目に見えない武器を持ってるなんて。」

俺は両手を上げて見せる。
勿論、何も仕込んで無いしなにも持ってない。
流石に鑑定魔法なんてものを使われれば毒は検出されるだろうけど。

「そもそもトキを鑑定する奴は居ない。」

何せ俺はこの国で一番の"人畜無害"だ。
魔法が使えないどころか、魔力が無い人間なんて。
どんな魔道具を装備をしようが怖く無い。

「因みに一番手っ取り早い方法は、」

「それはパパに聞くよトキ。」

「そうだね。毒もだけど、病気も聞いておいて。」

付け加える様に言った俺を、五人が一斉に凝視した。
なに。怖いな。
たっぷりの沈黙を経て考え抜いたであろう末に出た言葉が。

「よし、トキを幽閉しよう。」

「大丈夫だよ。大統領には上手く言っとくからさ。」

「トキ、女の子に抱かれてみる気は無いの。」

「僕もっ。」

「これだけの人材を、大統領ひとりで守り切れるとは思えないな。クイレの妻にならないか。」

十人もいれば守れるだろ、って言う。
待って。
どう考えたって十人とは付き合えないだろ。

「パパも父様も居るのよ。何処より安全だわ。」

クイレの伝統で、子供達は学舎を卒業すると独り立ちさせるらしい。
ここはその内の一件だ。
当座の家賃とその半分のお金を持たせ、学院に通うなり働くなり好きにさせる。
勿論、直ぐに資金は底を尽きるだろう。
食うに困る事も有るだろうし、家事で身動きが取れなくなる事もきっとある。


救いようが無いほどに身勝手なのだそうだ。

と、デルモントさんが言ってた。
それこそ寝食を忘れる程に没頭し、それ以外には目もくれない。
唯一大事にするのが番で。うんざりする程らしい。

これは、目の前の五人から聞いた。
ママがうんざりしてる。お婆様も言ってたそうよ。これも伝統だって。

ーークイレのお嫁さんは苦労する。

俺には無理だよ。
誰かを支えながら生きるなんて難しい。
自分の事を律するだけで精一杯だ。

それに、どちらかと言えば俺も仕事人間だから。

だから。

「俺はエルムディンの"右腕"で居たいんだ。ごめんね。」

ーーーーー

僕から見ても彼は魅力的だ。
僕がどれだけ努力しても恐らくあの威厳は手に入らない。
だけど。
トキは見れば見るほど可愛いくて。
あの人を見るトキの目をもうだれだけ羨ましいと思ったか、分からない。

僕達兄弟の中でトキへの感情は二分化している。
十人も居る兄弟皆を射止めたトキだけど、その内の半分は早々にトキを諦めた。
トキアキ、彼は僕達の手に余るって言うんだ。

それでも残り半数はトキが欲しい。

番じゃなくても結婚出来る。
あとひとり、トキの夫が増えた所で何の問題も無い。

兄さんも姉さんも妹も半分は諦めてる口ぶりだけど。
僕はトキが欲しい。
追い掛けて追い掛けて、こっちを向いて笑いかけて欲しい。
何が好きなのか教えて欲しいし、僕が何でも与えてあげたい。

家族で僕だけ瞳の色が緑なのに、トキが綺麗って言ってくれて今はもう嫌いじゃなくなった。
僕の方が歳上なのに。

トキは僕達の事をよく見てる。

ううん。僕だけじゃ無い。
色んな物をよく見てる。

普通は護衛を透明にしたりしない。
威圧してこその護衛だ。
その為に監視役という人員も別で付いてるのに、トキはほんの小さな目印で護衛を認識した。

目が良いんだ。
前、執務室に忍び込んだ奴が居る。
大統領でも補佐官でも、とにかくスキャンダル欲しさに忍び込んだ奴だった。
一番簡単な大物を取りに行ったつもりで、其奴は一番のミスをした。

トキが言ったんだ。

ーーペンが、動いてる。

そんな訳。ペンくらいでまさかと思ったけど。
トキの秘書が直様部屋を探らせた。
置き方があるんだよ、って言ってた。

別の日には、金庫のダイヤルが動いてるって言うし。
今日は、この僕の家の本棚を見て棚の高さ変わった?なんて言う。

凄い。
確かに僕の部屋は本だらけで、トキが教えてくれた本棚に改造したんだ。
棚板の高さがかえられるようになって。
だけど、沢山有る本棚を全部たった一段増えたくらい誰が気付くの。

ーーなんか違和感有るなぁと思っただけだよ。

その目が欲しいな。
その目で僕を見て欲しいな。
僕を見て、僕の腕に収まって僕を見て欲しいな。

「トキ、」

僕を見てトキ。

それなのに。
トキは僕の目を真っ直ぐ見て言うんだ。

「俺はエルムディンの"右腕"で居たいんだ。ごめんね。」


途端、胸を焼き付ける炎。
爆炎が胃を焼いた様な気がする。

欲しい。
欲しい。
欲しい。

彼が欲しい。

大統領なんかより、僕の部屋に居て僕の為に手を伸ばしてくれないかな。

「トキ。」

「ん?」

「僕は諦め無いよ。」

返事は聞かなかった。
リビングを出て書斎へ。結界の見回りもしとこう。

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