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番外編
番外編 秋の始まりに1
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「さっむ、」
起き抜けの言葉の割に毒付いたな。
もぞっと毛布を引き寄せて気付く。
エルが居ない。
あいつが居ると温いんだよなぁ。
「よっこいせ。」
俺がパジャマでうろうろ出来るようにって、羊毛で編んだカーディガンを贈ってくれた。
人目がある家でパジャマのままキッチンを彷徨えないだろ?
和食ブームが続いてるシェフをびっくりさせたくない。
でも、窓の外を見ると太陽が昇りそうだから。
もしかすると。
パタパタとスリッパを鳴らして廊下を進むと、やっぱり。
良い匂いがする。
「おはよう、ゼフ。」
「ぁあ、おはようございますトキ様。今日もまた寒くなりましたね。」
「ここ暖かいね。」
暖に誘われたのか腹が減ったのか、どちらにしろここに来れば両方が満たされると知ってる。
厨房のステンレスの台に質素な椅子を引っ張って座り込む。
これがここ最近の俺の特等席。
「どうぞ。」
出来の良いシェフは湯気の立つスープカップと、3切れのガーリックトーストを出してくれた。
「ふふっ、これクセになりそうだな。」
早朝に寒気で起きて、温かいスープと少しの軽食。
それからまた眠るとスッキリ起きれるし、もし眠気が来なくてもこうしてスープを飲んでぼぅっとする時間が好きだ。
もし冬が終わってもこのままだったら、確実に太るだろうな。
「エル知らない?」
そう言えば、ゼフの作るグラタンは最高なんだ。
普段は小さな耐熱皿にペンネを入れてるけど、本当は大皿に盛って出して欲しい。
「少し仕事に行かれるそうですが、朝のうちには帰られるようですよ。」
「結局行ったのか。」
どうしても片付けておきたい仕事があるらしい。
全く、仕事を愛し過ぎるのも考えものだな。
それでも、昨日の終わらせずに帰って来てくれたのは俺の我儘を聞いてくれたからだ。
「今夜はグラタンが良い。」
ーーー
数日前から急に肌寒い日が続いた。
昼間はそうでも無いくせに、日が暮れると急に寒くなる。
そのせいで、昨日。
人恋しさが堪えられなくなった。
「なぁ、エル。今日...早く帰って来てくれないかな。」
背中にとすっ、と額をくっつけて尋ねてみた。
こうすると温かい。
それに、多忙な大統領がここ数日は暇なのを知ってる。
「お前はいつも控え目だな。」
髪を整え終えた夫と、お互いあとはジャケットを羽織るだけと言う身支度の最中、振り返ったエルにそっと抱きしめられた。
抵抗もせず、少しだけ収まりが良いように身じろぐ俺をどう思ったのか、酷く熱い吐息が耳にふっと掛かった。
「それでいて、ベッドでは大胆なお前を思い出すと込み上げる物があるな。」
「あっそ。」
「トキ。」
ただの照れ隠しだ。
そんなこと言われても恥ずかしいだろ。
それより、そんな瞳でそんなキスしてもダメだ。
とろりと唾液を含んだエルの舌が小さく動く。
俺の舌をとろとろ滑って、しまいには甘く、じぅ、と音を立てて吸う。
ふるっ、と身体が揺れた。
「仕事、行けよっ、」
「あぁ。そうしよう。」
心底楽しそうに笑うくせに、瞳がヤバいんだよ。
ちゃんと抑えて行けよ、ギラギラしてんぞ、!
俺も、気を付けないと。
そう思って家を出たのに。
「おはよトキ君。」
「大丈夫?ユディール君」
俺よりも余韻の抜けてなさそうな人が居る。
「いや、ごめん。そんなに分かる?」
分かる、と言うかユディール君の雰囲氣に心当たりがある。
俺も、"深く"されたらそうなる。
「大丈夫。この国じゃ普通なんでしょ。」
「そう、ぐっしゃぐしゃにした妻を仕事先に出すのが合法なんておかしいよね、僕もそう思う。くそっ、!」
ユディール君は可愛い。
綺麗な顔立ちでスラっとした体躯と、いつでも紳士な雰囲氣を纏っているが、最近はこう言う所も見れて、かなり可愛い人だと分かった。
「マーキングだね。」
実際にはマーキング"避け難い本能"により行う番への所有行為は合法である、と言う話。
勿論、行き過ぎた行為、同意の無い行為にはきちんと罰が下されるけれど。
ぐっしゃぐしゃにした妻は家に仕舞え、と言う法律が無いのも事実。
「あンのくそ頓珍漢、」
「ふふっ」
心底恨めしそうに言うクセに、嬉しそうなの隠せてないよユディール君。
「さて、仕事しますか。」
「そうしよう、朝から見苦しいもの見せてごめんねトキ君。」
「そんな事ない。目の保養だよ。」
「明日は我が身だよ、トキ君?」
「いや、それが明日というか今夜と言うか、」
「お互い苦労する身だ。」
一頻り笑って、はぁ、とため息ついて俺たちは仕事に取り掛かった。
____
「すまない、今日は早く帰られそうか?」
「えぇ、構いませんよ。」
「これの説明の件はどうなっている?」
「それならこちらに補足があります。トキ君と合わせて帰りますか?」
「ふっ、いいや。そこまで気を遣わなくて良い。」
「そうですか?」
「私は構わないがトキが望むかが分からない。恥ずかしいと言うだろうな。」
「そうですね。」
彼はよく恥ずかしいと言う言葉を口にする。
そう言えばマルロイもそんな話をしていたな。
だが、ユディールは向こうの国では紳士だった。
エスコートも充分熟す。ダンスも洗練された美しさがある。
ふむ、マズいな。
「すまない、トキは今日会食じゃ無かったか?」
___
「会食じゃないっ、ランチミーティングだってば。」
その件で、約束通り早く帰って来てくれたエルの機嫌が悪い。
秘書だから何処にでもくっ付いて行く。
まぁ、会食と言えばそうだけどアレはノンアルコールの席で。サクッと顔合わせして情勢の話をして、これを機にもっと連絡を密に取って行きましょうね、の会だった。
実際、ミーティングでもあった。
連絡担当官がいた方が良い。
それが秘書だっただけだ。
まぁ、相手が女性だったのは意外だった。
それをエルが見ていたのにはもっと驚いた。
ほんの一瞬目が合って、あっと思った時にはもう居なかった。
それが夕方、帰宅した時にはもうエルが帰って来ていた。
「すまないがトキ、食事が済んだら私の部屋に来てくれないかな。」
「ん、あぁ。分かった。エルはもう食べたのか?」
「あぁ。だが、急がなくて良い。」
そう言われても困るんですけど。
着替えもせず終えた夕食はあんまり味が分かんなかったな。
ごめんゼフ。
「エル、入っても良い?」
「あぁ。」
「まだ着替えてないんだけど、着替えて来た方が良かった?」
「いや、それでは意味がない。」
「意味?」
「すまないトキ。」
「ぇ、あっ、なん、」
ーーー時々ある。
エルの金色の瞳がキラッと光ると体が動かなくなる事がある。
綺麗だな、って思ってたらカクンと座り込んでたりする。
「また魔法使ったな、?」
「お前が私のものだと言うことを知りたい。」
「ばか。」
正直、この状態の俺を異常だと思う。
でも、この状態だからこそ出来ることもある。
トリガーが人にはある。
それは理性と呼ばれたり、正気、羞恥心の場合もある。
それが人を常人たらしめている。
そう有るべきだと俺は思う。
例え夫の前であっても出来るだけ保ちたい。
でも、それが邪魔になる時がある。
素直になれない、言いたいことが言えない時が俺にはある。
言うことで起きる様々なリスクを回避して来た結果だ。
言わない方がマシな時が多い。
でも、愛を語る時はこの生き方が邪魔だと最近知った。
そして、これが取り払えない俺の一部である事をエルは知っているのか彼は時々、俺の一部から俺を解放する時がある。
そんな時、トリガーがひとつ外れる。
「ネクタイを外してトキアキ。」
俺はぺたんと座り込んだまま、力の入らない指先でもたもたして外した。
「シャツのボタンを外して。」
ひとつ、ふたつ、外して行くうちに下着が見えてくる。
「靴下も脱いで」
それは難しい。
ぺたりと座り込んでしまったから。
苦労してなんとか体育座りみたいにして靴下を脱いだ。
ふかふかの絨毯だから冷たくない。
「可愛いなトキ。」
「そう?」
「歩けそうか」
「ちょっと待って」
無理だった。
エルの魔法はよく分からないけど、力が入らなくなるのは分かる。
「無理。」
「では、私がそちらへ行こう。」
エルが俺の左前にくっ付いて座った。
肩が丁度良い位置に有って頭を乗せるのにぴったりなんだ。
「これ気持ちいいね」
「そうか?」
「そう。エルの肩と俺の頭ピッタリくっ付いてる。」
「確かにそうだな。」
ふと見上げるとエルの唇が見えた。
薄くて大きくてカッコいい男にキスがしたい。
せっかくピッタリくっ付いた頭を離しても、キスがしたくてちゅ、と吸い付いた。
最近、合わせるだけのキスじゃ足らなくなった。
絶対に軽く吸ってしまうのが恥ずかしい。
でも、こうして吸い返されると気持ちいい。
ただし、ちょっとだけ高さが足らないからどうしても腰を浮かせてエルの胸にしがみつかなくちゃいけない。
それも恥ずかしい。
「トキアキ、私を失礼な男だと責めてくれてもいい。」
カッコいいよ?
「女を抱きたいと思うか。」
「思わないよ?」
「何故。」
何故と言われても。言いづらい。
「教えて欲しい。」
「率直に全部言うの?」
「そうだ。」
そもそも俺はあの日池に落ちるまで、碌な人付き合いをしなかった。
一晩だけの人も彼女が居たこともあったけど。
正直、疲れた。
それは俺に原因がある。
人間を信じ切れない所があった。
というか、あの国で本当に信じられるのはほんの片手の数くらいしか居なかった。
付き合っていた彼女も、俺には何か信じられなかった。
お互い"恋人"というジョブに期待し過ぎていた。
真摯では無かった。
ただ、役割をこなそうとしていた。
本当に愛していたのかわからない。
ただ、好ましい所があった。
笑ってくれると嬉しかったし、話が合うと楽しかったし、求められたら応えたかったけど。
愛、という言葉の意味が分からなかった。
それに、女を抱きたいかと言うと、その答えも否だ。
男の役割を果たす事も俺には出来ないと思う。
相手を気持ち良くさせる自信が俺には無い。
「これで、いい?」
少し、率直に言い過ぎただろうか。
でも俺はいい男じゃ無いし、いい大人でも無いと思う。
なんか泣きそうだ。
「そんなお前が私には、言葉を尽くすのだな。」
頬を擦られた。
「あんたには、あんたがしてくれるみたいに真摯でありたい。」
「どんな私でも受け入れると言う事だな。」
「だからどんな俺でも受け入れて。」
「例えば、お前を床に転がして犯したいと言えば、」
「あんたにそんな風に愛されて淫らになる俺を見て欲しい。」
「私達は番だ。どんな私達でも受け入れる。」
「うん。」
起き抜けの言葉の割に毒付いたな。
もぞっと毛布を引き寄せて気付く。
エルが居ない。
あいつが居ると温いんだよなぁ。
「よっこいせ。」
俺がパジャマでうろうろ出来るようにって、羊毛で編んだカーディガンを贈ってくれた。
人目がある家でパジャマのままキッチンを彷徨えないだろ?
和食ブームが続いてるシェフをびっくりさせたくない。
でも、窓の外を見ると太陽が昇りそうだから。
もしかすると。
パタパタとスリッパを鳴らして廊下を進むと、やっぱり。
良い匂いがする。
「おはよう、ゼフ。」
「ぁあ、おはようございますトキ様。今日もまた寒くなりましたね。」
「ここ暖かいね。」
暖に誘われたのか腹が減ったのか、どちらにしろここに来れば両方が満たされると知ってる。
厨房のステンレスの台に質素な椅子を引っ張って座り込む。
これがここ最近の俺の特等席。
「どうぞ。」
出来の良いシェフは湯気の立つスープカップと、3切れのガーリックトーストを出してくれた。
「ふふっ、これクセになりそうだな。」
早朝に寒気で起きて、温かいスープと少しの軽食。
それからまた眠るとスッキリ起きれるし、もし眠気が来なくてもこうしてスープを飲んでぼぅっとする時間が好きだ。
もし冬が終わってもこのままだったら、確実に太るだろうな。
「エル知らない?」
そう言えば、ゼフの作るグラタンは最高なんだ。
普段は小さな耐熱皿にペンネを入れてるけど、本当は大皿に盛って出して欲しい。
「少し仕事に行かれるそうですが、朝のうちには帰られるようですよ。」
「結局行ったのか。」
どうしても片付けておきたい仕事があるらしい。
全く、仕事を愛し過ぎるのも考えものだな。
それでも、昨日の終わらせずに帰って来てくれたのは俺の我儘を聞いてくれたからだ。
「今夜はグラタンが良い。」
ーーー
数日前から急に肌寒い日が続いた。
昼間はそうでも無いくせに、日が暮れると急に寒くなる。
そのせいで、昨日。
人恋しさが堪えられなくなった。
「なぁ、エル。今日...早く帰って来てくれないかな。」
背中にとすっ、と額をくっつけて尋ねてみた。
こうすると温かい。
それに、多忙な大統領がここ数日は暇なのを知ってる。
「お前はいつも控え目だな。」
髪を整え終えた夫と、お互いあとはジャケットを羽織るだけと言う身支度の最中、振り返ったエルにそっと抱きしめられた。
抵抗もせず、少しだけ収まりが良いように身じろぐ俺をどう思ったのか、酷く熱い吐息が耳にふっと掛かった。
「それでいて、ベッドでは大胆なお前を思い出すと込み上げる物があるな。」
「あっそ。」
「トキ。」
ただの照れ隠しだ。
そんなこと言われても恥ずかしいだろ。
それより、そんな瞳でそんなキスしてもダメだ。
とろりと唾液を含んだエルの舌が小さく動く。
俺の舌をとろとろ滑って、しまいには甘く、じぅ、と音を立てて吸う。
ふるっ、と身体が揺れた。
「仕事、行けよっ、」
「あぁ。そうしよう。」
心底楽しそうに笑うくせに、瞳がヤバいんだよ。
ちゃんと抑えて行けよ、ギラギラしてんぞ、!
俺も、気を付けないと。
そう思って家を出たのに。
「おはよトキ君。」
「大丈夫?ユディール君」
俺よりも余韻の抜けてなさそうな人が居る。
「いや、ごめん。そんなに分かる?」
分かる、と言うかユディール君の雰囲氣に心当たりがある。
俺も、"深く"されたらそうなる。
「大丈夫。この国じゃ普通なんでしょ。」
「そう、ぐっしゃぐしゃにした妻を仕事先に出すのが合法なんておかしいよね、僕もそう思う。くそっ、!」
ユディール君は可愛い。
綺麗な顔立ちでスラっとした体躯と、いつでも紳士な雰囲氣を纏っているが、最近はこう言う所も見れて、かなり可愛い人だと分かった。
「マーキングだね。」
実際にはマーキング"避け難い本能"により行う番への所有行為は合法である、と言う話。
勿論、行き過ぎた行為、同意の無い行為にはきちんと罰が下されるけれど。
ぐっしゃぐしゃにした妻は家に仕舞え、と言う法律が無いのも事実。
「あンのくそ頓珍漢、」
「ふふっ」
心底恨めしそうに言うクセに、嬉しそうなの隠せてないよユディール君。
「さて、仕事しますか。」
「そうしよう、朝から見苦しいもの見せてごめんねトキ君。」
「そんな事ない。目の保養だよ。」
「明日は我が身だよ、トキ君?」
「いや、それが明日というか今夜と言うか、」
「お互い苦労する身だ。」
一頻り笑って、はぁ、とため息ついて俺たちは仕事に取り掛かった。
____
「すまない、今日は早く帰られそうか?」
「えぇ、構いませんよ。」
「これの説明の件はどうなっている?」
「それならこちらに補足があります。トキ君と合わせて帰りますか?」
「ふっ、いいや。そこまで気を遣わなくて良い。」
「そうですか?」
「私は構わないがトキが望むかが分からない。恥ずかしいと言うだろうな。」
「そうですね。」
彼はよく恥ずかしいと言う言葉を口にする。
そう言えばマルロイもそんな話をしていたな。
だが、ユディールは向こうの国では紳士だった。
エスコートも充分熟す。ダンスも洗練された美しさがある。
ふむ、マズいな。
「すまない、トキは今日会食じゃ無かったか?」
___
「会食じゃないっ、ランチミーティングだってば。」
その件で、約束通り早く帰って来てくれたエルの機嫌が悪い。
秘書だから何処にでもくっ付いて行く。
まぁ、会食と言えばそうだけどアレはノンアルコールの席で。サクッと顔合わせして情勢の話をして、これを機にもっと連絡を密に取って行きましょうね、の会だった。
実際、ミーティングでもあった。
連絡担当官がいた方が良い。
それが秘書だっただけだ。
まぁ、相手が女性だったのは意外だった。
それをエルが見ていたのにはもっと驚いた。
ほんの一瞬目が合って、あっと思った時にはもう居なかった。
それが夕方、帰宅した時にはもうエルが帰って来ていた。
「すまないがトキ、食事が済んだら私の部屋に来てくれないかな。」
「ん、あぁ。分かった。エルはもう食べたのか?」
「あぁ。だが、急がなくて良い。」
そう言われても困るんですけど。
着替えもせず終えた夕食はあんまり味が分かんなかったな。
ごめんゼフ。
「エル、入っても良い?」
「あぁ。」
「まだ着替えてないんだけど、着替えて来た方が良かった?」
「いや、それでは意味がない。」
「意味?」
「すまないトキ。」
「ぇ、あっ、なん、」
ーーー時々ある。
エルの金色の瞳がキラッと光ると体が動かなくなる事がある。
綺麗だな、って思ってたらカクンと座り込んでたりする。
「また魔法使ったな、?」
「お前が私のものだと言うことを知りたい。」
「ばか。」
正直、この状態の俺を異常だと思う。
でも、この状態だからこそ出来ることもある。
トリガーが人にはある。
それは理性と呼ばれたり、正気、羞恥心の場合もある。
それが人を常人たらしめている。
そう有るべきだと俺は思う。
例え夫の前であっても出来るだけ保ちたい。
でも、それが邪魔になる時がある。
素直になれない、言いたいことが言えない時が俺にはある。
言うことで起きる様々なリスクを回避して来た結果だ。
言わない方がマシな時が多い。
でも、愛を語る時はこの生き方が邪魔だと最近知った。
そして、これが取り払えない俺の一部である事をエルは知っているのか彼は時々、俺の一部から俺を解放する時がある。
そんな時、トリガーがひとつ外れる。
「ネクタイを外してトキアキ。」
俺はぺたんと座り込んだまま、力の入らない指先でもたもたして外した。
「シャツのボタンを外して。」
ひとつ、ふたつ、外して行くうちに下着が見えてくる。
「靴下も脱いで」
それは難しい。
ぺたりと座り込んでしまったから。
苦労してなんとか体育座りみたいにして靴下を脱いだ。
ふかふかの絨毯だから冷たくない。
「可愛いなトキ。」
「そう?」
「歩けそうか」
「ちょっと待って」
無理だった。
エルの魔法はよく分からないけど、力が入らなくなるのは分かる。
「無理。」
「では、私がそちらへ行こう。」
エルが俺の左前にくっ付いて座った。
肩が丁度良い位置に有って頭を乗せるのにぴったりなんだ。
「これ気持ちいいね」
「そうか?」
「そう。エルの肩と俺の頭ピッタリくっ付いてる。」
「確かにそうだな。」
ふと見上げるとエルの唇が見えた。
薄くて大きくてカッコいい男にキスがしたい。
せっかくピッタリくっ付いた頭を離しても、キスがしたくてちゅ、と吸い付いた。
最近、合わせるだけのキスじゃ足らなくなった。
絶対に軽く吸ってしまうのが恥ずかしい。
でも、こうして吸い返されると気持ちいい。
ただし、ちょっとだけ高さが足らないからどうしても腰を浮かせてエルの胸にしがみつかなくちゃいけない。
それも恥ずかしい。
「トキアキ、私を失礼な男だと責めてくれてもいい。」
カッコいいよ?
「女を抱きたいと思うか。」
「思わないよ?」
「何故。」
何故と言われても。言いづらい。
「教えて欲しい。」
「率直に全部言うの?」
「そうだ。」
そもそも俺はあの日池に落ちるまで、碌な人付き合いをしなかった。
一晩だけの人も彼女が居たこともあったけど。
正直、疲れた。
それは俺に原因がある。
人間を信じ切れない所があった。
というか、あの国で本当に信じられるのはほんの片手の数くらいしか居なかった。
付き合っていた彼女も、俺には何か信じられなかった。
お互い"恋人"というジョブに期待し過ぎていた。
真摯では無かった。
ただ、役割をこなそうとしていた。
本当に愛していたのかわからない。
ただ、好ましい所があった。
笑ってくれると嬉しかったし、話が合うと楽しかったし、求められたら応えたかったけど。
愛、という言葉の意味が分からなかった。
それに、女を抱きたいかと言うと、その答えも否だ。
男の役割を果たす事も俺には出来ないと思う。
相手を気持ち良くさせる自信が俺には無い。
「これで、いい?」
少し、率直に言い過ぎただろうか。
でも俺はいい男じゃ無いし、いい大人でも無いと思う。
なんか泣きそうだ。
「そんなお前が私には、言葉を尽くすのだな。」
頬を擦られた。
「あんたには、あんたがしてくれるみたいに真摯でありたい。」
「どんな私でも受け入れると言う事だな。」
「だからどんな俺でも受け入れて。」
「例えば、お前を床に転がして犯したいと言えば、」
「あんたにそんな風に愛されて淫らになる俺を見て欲しい。」
「私達は番だ。どんな私達でも受け入れる。」
「うん。」
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