【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

文字の大きさ
上 下
24 / 77
番外編

番外編 タカの我欲のままに 5

しおりを挟む


「レモン・ドリズル・ケーキか。懐かしいな。」

母が作るケーキは美しく丁寧な味わいだった。
生地はふわっと上質できめ細かく、レモンの酸味の中にほんのりとした甘さがあった。

彼女も同じものを作っていた。
今思えば、気を遣わせてしまったのだろう。
リタのケーキは型通りだった。
彼女の嗜好がなにも感じられないものだった。
だが、見た目も味も整っていた。
取り繕うようにさせてしまったのは私のせいだ。

だが。
彼女は少々行き過ぎたんじゃないだろうか。

せっかくのケーキの横にドドンと置かれたのはたくさんのディナー。

「これはもしかして、ケーキまで行き着かせない気か?」

「俺もそう思うよ兄さん。」

右に座る弟も肩を揺らして笑っている。
頑張った彼女には悪いがその魂胆は既に見破られてしまったぞ。

私たちの誕生日を腹一杯にして肝心のケーキはまた次の機会に、と言うんだろう。
明日、明後日なら私も弟も仕事で居ない。
その隙に彼女はせっかく作ったケーキを自分で平らげてしまうだろう。
それで、そこのベイカーに頼んでレシピ通りのものを作ってもらうだろうな。

「せっかくだ、無作法だと君は責めるかもしれないが私と弟は、今日とても疲れていてね。」

「俺なんか夜勤明けだ。糖分はどれだけあっても構わないよ。」

「ふっ、くっくっくっ。」

こんなに不満そうな彼女は見たことがない。
だが、心配するような事は何一つ起こらなかった。

そう言えば、私たちの母は大雑把な気質の人だったなと思い出す味だ。
全く同じとは言わない。
だが、似たものが感じられる。

残念だが、私たちは繊細で美しく整ったベイカーのケーキよりも少々雑なくらいのケーキが好みらしい。
つまり、ケーキが食べたくなった時には、ケーキ作りが嫌いな彼女を説得して作ってもらわなくてはいけない訳だ。
どこか、母を思い出させるケーキに私たちは満足した。

彼女が居やがろうと、宥め透かして作らせよう。
毎年、誕生日にこれが食べれるなら私は、彼女の為に尽くそう。
そう思えるほどに、なにかがどうしてか、私の中のしがらみを薄く緩やかにした。

だから、その夜は特別だった。

弟は既に決めていた。
今夜、彼女を抱くと。
数日前から、私にそう告げてきた。

まだ手を出していなかったのかと、驚いたくらいだ。
その時は私も、そうかとだけ返したのだがそれは弟の策略だったのかもしれない。
古典的な手だが、私は想像した。

兄弟だからと言い気に掛けるその唇で、両手が塞がってるからと荷物を退けるその足で、弟に抱かれるのかと想像した。
彼女は弟をベル、と呼ぶ。
私の事は決まってデルモント、と言うのに。

私にも、弟のような優しさが必要だ。
アレは思いのままに彼女を誉めている。
対して私は口が堅い。
言い意味だが、私生活に於いては、単に口にすることを恐れている臆病者のような気さえする。
私は、臆病なのだろうか。

いいや、そうだ。
私は臆病だった。
言わなくてもわかるものだと、思っていた。
表してきたつもりでいた。

彼女と目が合い、微笑んで、肌を会わせてきた。
それだけでは足りなかったのだ。

言葉を尽くせ、と私に言ったのはエルムディンだ。
あいつは派手好きでなんと言うか、堅苦しさを感じさせない。
それに威厳をまとわせている最中だが、私には確信がある。

あれは、大統領になる器だ。

それに、私と気が合う。
何でも間でも私に意見するのはあいつくらいだ。
そんなあいつが言うのなら、やはり私は言葉が足りなかったのかもしれない。
いつか、リタに会うことがあれば私は謝ろう。
言葉を尽くさなかった、彼女の愛に驕った自分を今日で変えよう。


二人はもう、寝室だろうか。

小さく、極小さくノックする。
私の気の小ささが現れているようだな。
自重した微笑みが、左頬を走ろうとしたその時。

扉が開いた。

「待ってたよ兄さん。」

「なんだ。迷っていたのは私だけか。」

「いや?俺もリタも、兄さんを呼びにいくか悩んでいた。」

「何故だ?」

複数でなくとも番は申請できる。
弟とナタリアなら似合いだ。
私も心から祝福しよう。

「何故じゃないわ。私たちは3人で夫婦なのよ。」

寝室へ招かれた私が見たのは、寝台で無防備に横たわる彼女。

服を着ているからなのか、それが余計に私を高ぶらせた。
まるで、捧げられることを理解した獣だ。
しどけなく、美しく、健やかな手足が投げ出されている。

血が騒ぐ。
獲物を仕留めなければ。
これは、私の、私たちの獲物。

空気の異変を感じ取ったのだろう。
弟も、目が据わって居た。
あぁ、彼女は少し不安そうだ。

だが、その姿勢は変わらない。

私たちを受け入れる。
そう、現している。

言い覚悟だ。
言い女だ。
私に気付きを与えた。

私も、変わらなくては。

「君は美しいなナタリア。」

「君は素直だ。」

「鹿は最も美しい生き物だ。生け贄として台に上がっても、その姿勢は美しい。」

「私は愚かだった。言葉を尽くすべきだった。」

一足毎に言葉を落とした。
最後には、寝台の側で両膝をついた。

驚いて思わず起き上がったナタリアのその手をとる。

「私が言葉を尽くす事を許してくれるか。」

「えぇ、許すわデルモント・クイレ。私のために、その堅い口を開いてくださいね。」

ふふ、と笑うその表情は見たことが無かった。


「そんな話し方も出来たんだな。」

「ちょっと、!」

「兄さん、彼女は完璧なマナーを身に付けているよ。」

一頻り、和やかな雰囲気が漂う。
そして私たちは互いの呼び名を決めた。
閨で呼ぶのがただのデルモントでは許せそうにないし、弟だけ愛称で呼ぶのは気に障る。

「デル、で良い?」

「君は?」

「あたし?」

「ベルは君の事をなんと?」

ナタリアの愛称は多い。
だが、私は私だけの呼び方が欲しい。

「ターシャ。皆はナターシャって呼ぶ。」

「リア、はどうだ。」

「それは、呼ばれたこと無い。」

「では、決まりだ。君はリア?君は私をなんと呼ぶ。」

「デル、が良い。」

「君がそう言うなら、従おうリア。」


ささやかに、頬へ落としたキスが側に居た弟を刺激したようだ。

「ターシャ。」

「ベル?」

「俺も、キスしたい。」

「良いよ。」


ーーー私たちの夜が始まる。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...