【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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番外編

番外編 タカの我欲のままに 3

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「君の好きなものが知りたい。」

たらいの冷たい水に気を取られて、一瞬私に話し掛けているのだと気付くのが遅れてしまった。
まさか学生が私に何の御用だろう。
洗濯物を頼まれるのならやってあげないとダメだろうな、と思ったのに。

今聞こえた言葉は、なんて言ったっけ。

「君の好きなものが知りたい。」

首を傾げた私に、彼は嫌なもせずもう一度繰り返した。
今度は少しゆっくりと話してくれたお陰で、きちんと聞き取れたけれどやっぱりよく分からない。

「ぁ、えっと洗濯物ですかね。」

「洗濯物?」

「えぇ。私はここの掃除婦ですし。」

にこっ、と笑うのは面倒事を避けるために身に付いた変なクセ。
大人って大変だなってこの3年で身に染みたわ。
でも、洗濯物が好きというのは嘘じゃない。

洗濯をしている間はひとりで仕事ができるし、それで1日が終われば今日は良い日だったなって思う。

「それは君の趣味なのか。」

「はいっ。汚れが落ちるのって見ていて気持ちいいですよ。」

「刺繍が好きだと君の同僚に聞いたんだが、違っただろうか。」


ピクッ、と頬が引きつれた。

ーーーやってしまった。

女ばかりの職場で働きに来ているのか井戸端会議をしに来ているのか、分からなくなるときがある。
どうしてもしつこく聞かれて、やむを得ず答えた。
別に隠すような事じゃないのは分かってるんだけど。

18で学舎を出てから道は二つに別れる。
進学か労働か。

私も本当は大学に行く予定だった。
大学に行って有りったけの読書がしたかった。
図書を端から端まで読んでみたかった。

そして物思いに更けながら刺繍をする。
あれはこうだった、あの台詞はこういう意図があったとか。
考えながら針を進めるのが好きだった。

でも、働くのって楽じゃない。

最後に針を触ったのは先週。
井戸の桶がささくれていて、同僚のスカートが引っ掛かりあっという間にビリッと音がして破れた。
仕事は始まったばかりで抜けられそうに無い。
仕方なく、手を貸したのに。

気付けば夢中になって花と蔓の刺繍を作っていた。
白の糸1色だけだから目立ちはしないけど、自分でも可愛いと思える出来だった。
それが彼にばれたのか。

ーーーいやだな。

刺繍も好きですよ、と流した私に彼はそうか、と告げてスタスタ去って行った。


「なんなのあれ。」

それから彼は気まぐれに来ては話をして、去って行った。
話すと言っても、私は労働者で彼は勤務先。

その境界が崩れたのは冬が終わりそうに、昼が暖かくなってきた頃だった。

「今度の休みはいつ取れそう?」

「うーん。来月の後なら大丈夫かも。」

「その頃には春が来ているだろう。」


私たちはその日、かけがえの無い約束をした。

「春が来たら二人で挨拶に行こうリタ。」

私はふわふわとした気持ちのまま春が来るのを待った。


働くようになって良かったのは、自分で買い物が出来るようになった事。
私は私が買える精一杯のワンピースを着て、精一杯のおしゃれをした。

彼はそのままで良いと言ってくれたのだけれど、そうはいかない。でしょ。
だってお金が無いからって私が隣を歩くことで彼が笑われるのは嫌だ、って思ってたのに。
彼の家は想像を絶した豪邸だった。

私の精一杯は彼らのティータイムにも及ばないらしい。

「ごめんなさいね、こんなで気が引けるでしょ。」

「あ、いえ。すみませんこんな格好で。」

ひたすらに恐縮してしまう私に、彼のお母さんはうんざりして話してくれた。

「いいえ。良く似合っているわ。似合っていないのはこの家の方よ。私もいい加減慣れたけど、物が多過ぎるわ。昔は靴を買うのも、服を買うのも苦労したのよ。」

「我が家の遺伝だそうだよ。」

「遺伝?」

「そう。クイレのお嫁さんは苦労するわよー。」

「母も祖母もそればかりだ。」

「男の子には分からない苦労が女の子には有るの。」


春先の暖かい日の母の助言が思い出される。
だが、思い出した頃には彼女は運命の元へ去った後だった。

あんな土臭いガゼルなんかに、彼女の何が守れるのかと私は喚いた。
家中のありとあらゆる物をひっくり返した。
私が探して彼女が手を入れた。
掃除に洗濯、料理。
何一つ出来なかった私によく教えてくれた。

皿が割れ、マグが割れても私は止まらなかった。
彼女の好きなもの、彼女の大事なもの全てが。

ーーーもう私のものでは無くなった。

彼女の好きなもの、彼女の大事なもの全てがあのガゼルとか言う男が知ってしまっただろう。
これから先、私の知らない所で彼女は笑い、幸せそうに瞳を輝かせる。
そんなことに、耐えられると思うか。

暴れに暴れて、ゴドンと何か重たいものが落ちる音がした。

息も忘れてそれを見た。
重たい硝子のそれはスノードームだ。
たった二人で、時々弟も交えたが。
家を出て初めての春を越え、夏を過ぎ、秋頃に一度帰省して冬のある日に彼女がくれた。

あの時は、本当に思っていたんだ。
このまま彼女は私の側に居てくれると。
そう確かに信じていたんだ。
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