【1章完結済】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

文字の大きさ
上 下
22 / 77
番外編

番外編 タカの我欲のままに 3

しおりを挟む
「君の好きなものが知りたい。」

たらいの冷たい水に気を取られて、一瞬私に話し掛けているのだと気付くのが遅れてしまった。
まさか学生が私に何の御用だろう。
洗濯物を頼まれるのならやってあげないとダメだろうな、と思ったのに。

今聞こえた言葉は、なんて言ったっけ。

「君の好きなものが知りたい。」

首を傾げた私に、彼は嫌なもせずもう一度繰り返した。
今度は少しゆっくりと話してくれたお陰で、きちんと聞き取れたけれどやっぱりよく分からない。

「ぁ、えっと洗濯物ですかね。」

「洗濯物?」

「えぇ。私はここの掃除婦ですし。」

にこっ、と笑うのは面倒事を避けるために身に付いた変なクセ。
大人って大変だなってこの3年で身に染みたわ。
でも、洗濯物が好きというのは嘘じゃない。

洗濯をしている間はひとりで仕事ができるし、それで1日が終われば今日は良い日だったなって思う。

「それは君の趣味なのか。」

「はいっ。汚れが落ちるのって見ていて気持ちいいですよ。」

「刺繍が好きだと君の同僚に聞いたんだが、違っただろうか。」


ピクッ、と頬が引きつれた。

ーーーやってしまった。

女ばかりの職場で働きに来ているのか井戸端会議をしに来ているのか、分からなくなるときがある。
どうしてもしつこく聞かれて、やむを得ず答えた。
別に隠すような事じゃないのは分かってるんだけど。

18で学舎を出てから道は二つに別れる。
進学か労働か。

私も本当は大学に行く予定だった。
大学に行って有りったけの読書がしたかった。
図書を端から端まで読んでみたかった。

そして物思いに更けながら刺繍をする。
あれはこうだった、あの台詞はこういう意図があったとか。
考えながら針を進めるのが好きだった。

でも、働くのって楽じゃない。

最後に針を触ったのは先週。
井戸の桶がささくれていて、同僚のスカートが引っ掛かりあっという間にビリッと音がして破れた。
仕事は始まったばかりで抜けられそうに無い。
仕方なく、手を貸したのに。

気付けば夢中になって花と蔓の刺繍を作っていた。
白の糸1色だけだから目立ちはしないけど、自分でも可愛いと思える出来だった。
それが彼にばれたのか。

ーーーいやだな。

刺繍も好きですよ、と流した私に彼はそうか、と告げてスタスタ去って行った。


「なんなのあれ。」

それから彼は気まぐれに来ては話をして、去って行った。
話すと言っても、私は労働者で彼は勤務先。

その境界が崩れたのは冬が終わりそうに、昼が暖かくなってきた頃だった。

「今度の休みはいつ取れそう?」

「うーん。来月の後なら大丈夫かも。」

「その頃には春が来ているだろう。」


私たちはその日、かけがえの無い約束をした。

「春が来たら二人で挨拶に行こうリタ。」

私はふわふわとした気持ちのまま春が来るのを待った。


働くようになって良かったのは、自分で買い物が出来るようになった事。
私は私が買える精一杯のワンピースを着て、精一杯のおしゃれをした。

彼はそのままで良いと言ってくれたのだけれど、そうはいかない。でしょ。
だってお金が無いからって私が隣を歩くことで彼が笑われるのは嫌だ、って思ってたのに。
彼の家は想像を絶した豪邸だった。

私の精一杯は彼らのティータイムにも及ばないらしい。

「ごめんなさいね、こんなで気が引けるでしょ。」

「あ、いえ。すみませんこんな格好で。」

ひたすらに恐縮してしまう私に、彼のお母さんはうんざりして話してくれた。

「いいえ。良く似合っているわ。似合っていないのはこの家の方よ。私もいい加減慣れたけど、物が多過ぎるわ。昔は靴を買うのも、服を買うのも苦労したのよ。」

「我が家の遺伝だそうだよ。」

「遺伝?」

「そう。クイレのお嫁さんは苦労するわよー。」

「母も祖母もそればかりだ。」

「男の子には分からない苦労が女の子には有るの。」


春先の暖かい日の母の助言が思い出される。
だが、思い出した頃には彼女は運命の元へ去った後だった。

あんな土臭いガゼルなんかに、彼女の何が守れるのかと私は喚いた。
家中のありとあらゆる物をひっくり返した。
私が探して彼女が手を入れた。
掃除に洗濯、料理。
何一つ出来なかった私によく教えてくれた。

皿が割れ、マグが割れても私は止まらなかった。
彼女の好きなもの、彼女の大事なもの全てが。

ーーーもう私のものでは無くなった。

彼女の好きなもの、彼女の大事なもの全てがあのガゼルとか言う男が知ってしまっただろう。
これから先、私の知らない所で彼女は笑い、幸せそうに瞳を輝かせる。
そんなことに、耐えられると思うか。

暴れに暴れて、ゴドンと何か重たいものが落ちる音がした。

息も忘れてそれを見た。
重たい硝子のそれはスノードームだ。
たった二人で、時々弟も交えたが。
家を出て初めての春を越え、夏を過ぎ、秋頃に一度帰省して冬のある日に彼女がくれた。

あの時は、本当に思っていたんだ。
このまま彼女は私の側に居てくれると。
そう確かに信じていたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...