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番外編
番外編 結婚式 前篇
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本当に。
本当に俺たちの結婚式は大変だった。
『結婚準備ダンドリBOOK☆』
持ってくればよかったな。
せめて池に落ちる前に本屋に行って、結婚マニュアルを買い込んでおくべきだった。
まさかこんなに大変だとは
思いもしなかったんだ。
ーーー世の中の新郎新婦は、凄ぃな。
●
【結婚準備1:お妃教育】
「お妃教育って、男でも要るのかなぁ。」
まぁ言うても語学は大丈夫だった。耳から入ってくる音は日本語だし、秘書になる前からおじいちゃん先生と勉強した甲斐があったから。
あと、それ以外も嫌々ながらなんとかなった。
国内慣習、国内各種行事、国内各種制度、国内祭祀、国内一般行事。
それら全てに於いてが一々、面倒なしきたりや手順、文言があった。
けど、それはまだ良い。
昔から、異文化交流は好きな方だった。
映画も字幕で見ると意外に楽しいと思える派だったから、やる気と慣れが解決してくれた。
というより、やっぱり諦めが肝心だ。
面倒だけど面倒くさがるのを諦めて、やる。
それで慣れれば俺の勝ちなのに。
最後の一つが最大の難関だった。
昔、パートのおばちゃんが言ってた。
ーーーやれば終わるって。
そうだと思う。
けどいくらおばちゃんでも、今の俺に起きてる問題を解決できないと思う。
「はぁ…。」
ダンスって何だろうなぁ。
楽しく無いし面白くないし、もうやりたくないなぁ。
取り敢えず、ワルツだけでも何とかやってみてはいるが...困ったな。ほんとに困ってるんだ。
だって、全然楽しく無いんだ。
楽しくないとやる気がせない。
やる気がないと、覚えるものも覚えられない。
しかも、何が嫌って。
先生が嫌なんだ。
一応、俺は大統領の番だから、全部に於いて一流と言われる先生が着いてくれた。
けどこれまた特徴的な先生で。
やたらとお触りが多い。
いや、お手て握り合って踊るんだからしょうがないんだけど、腰に回された手が何というか、こう。気持ちが騒ついて全然、集中できない。
男の俺がこの人痴漢ですって、言うのか。
というかこれはちかんなのか。
それさえ、俺には分からなくて。
「…はぁ。」
「どうしたんですか、トキさん。」
「あ、ユディール君。」
「先日はどうも、助かりました。お陰でしっかりとおくちに糸を縫えました。」
「それは、良かった。」
「ところで、何かお悩み事ですか?」
「あぁ…ちょっと、どうしたものかと。」
俺の悩みを今度はユディール君が聞いてくれた。
なんとダンスの相手役を買って出てくれたのだ。
「ぇ、なんで、上手いの…?」
ユディール君はダンスがとても上手かった。
それは先生に動きが重いと散々注意された俺が、体が軽くなったと錯覚するほどだった。
「僕も、君と似たような立場なんですよ。こう言うの“覚え”があるんで放っておけません。」
「それはそれは…お互い苦労してますね?」
「ご苦労様です。」
トントン、と踏むステップは軽い。
そうか。少しだけ、楽しさが分かってきた。
これをエルと踊れたなら、もっと楽しかったのかなぁ。
「上手ですよトキさん。」
「ユディール君のお陰だな。」
お陰でそこで監督してる先生もご満悦だし、俺は嫌な気持ちを味わわなくて済む。
「ところで、トキさんの瞳は、黒かと思っていましたが。実はナラ・オークの様に変化するのですね。思わず目を奪われてしまいます。」
胸が合わさりそうな距離でそんなことを言うユディール君に、俺も一瞬ときめいた気がした。
そう言われてみれば、彼も綺麗な顔をしてる。
「そんなに見つめられると、妙な気持ちになりますね。」
腰に回された手はあくまで、そっと添える程度だったが。その視線が悪戯に煌めくのを俺は見逃さなかった。
俺も、退屈しのぎと気分転換に“遊んであげる”事にした。
そうだな…声はそっと。小さく。甘く囁く。
「でも。あんたも俺も夫の居る身だ…そうだろユディール君。」
彼は、一瞬呆けた後にクスクスと笑い始めた。
「トキさん、あなたやりますねぇ。流石の僕も少しドキッとしました。」
「どう?上手いだろっ。」
「大統領が人を近づけない理由がわかりましたね。あんなに真面目そうに学ぶあなたが、そんな風に蠱惑的になれるとは…驚きです。」
「不倫ドラマの定番だろ、俺上手いんだよ。」
あはははは、とからから笑い合っていると。
不意に身体から力が抜けた。
ガクン、と崩れ落ちそうなる俺の体を、慌ててユディール君が支えようとした瞬間、誰かに強く引き寄せられ、ぽすんと抱き止められた。
「ふぇ?」
「何をしている、ユディール。」
その場全て、空気さえも凍り付きそうな声がした。
けど、俺はこの声の主を知っている。
そして残念な事にユディール君も。
「私の“右腕”を返してもらおう。」
「勿論です大統領。」
パッと両手を上げたユディールと、逆に俺の肩を強く抱きしめるエル。
え。なんで。
なんであんたら、俺を取り合ってんの。
と言うか俺、今“遊んでた”の見られたんじゃ。
その晩、俺は、恥ずかしくて消えたくなるほどの夜を過ごした。
「好き」と「もっと」と「気持ちいい」を五万回は繰り返した。いや、嘘だけど。
俺にとってはそれくらい繰り返し、囁いた。
意図せず作った声でもない、本当に甘くて恥ずかしい声でエルの気が済むまで何度も。
何度も囁いた。
その後。
俺はなんとかダンスの課題をクリアした。
相手役には、決まってユディール君を呼んだ。
俺は未来のファーストレディだから、本当はこんな使い方間違ってるんだろうけど、“未来の大統領夫人”という権力をこの時ばかりは、大いに振りかざさせてもらった。
それなのに誰も俺を責めたりしなかった。
執事さんはたまに俺の練習に付き合ってくれたし、メイドさんたちは嫌いな男のあしらい方を教えてくれた。
俺の周りには、ちゃんと俺が頑張ってるのを見てくれている人がいるんだと思った。
俺の味方はこの世界にもいて、それはどんなに心強い事か。
きっと、俺にしか分からない。
感謝で胸が熱くなるこんな思い。
●
【結婚準備2:仕事】
それから数日後だった。
俺はユディール君の推薦もあり、なんと秘書をする事になったが、俺はこれに激怒して反論した。
「何処の国に、身内を秘書にする奴がいるんだよっ、!」
「此処だ。」
「ダメだ、そんなのは間違ってる。それに俺はまだお妃教育が終わってない。」
だってそうだろ。
日本だったら、忖度とか弛んでる、とか言われるんだぞ。
そんなんで良いのか、大統領。
この手のことに関して、俺は一切譲る気は無い。
ガミガミと煩くして、公私混同するなと言ってやる。
何故ここまで頑ななのかって、理由がある。
これは俺の社会人経験で割と最悪の部類に入る新人珍事件、だ。
俺はその昔バイトをしてた。
料理が好きだったから、家から近い弁当屋に行ってた。さっきの面白いおばちゃんのいる会社だったけど、そこで俺はクソ程胸糞悪い目にあった。
信じられるか。
修学旅行で燃えた結果、高校を中退。
働き口にバイトに来たは良いが、何とも働く意思を履き違えている子だった。
俺は頭を抱えながらその子の研修をした。
俺だってバイトだったけど。
当時、頼れるおばちゃんが居た。
俺に仕事はやれば終わるって言ってたおばちゃんだが、そのおばちゃんがとうとうブチギレて会社を辞めたんだ。
店長が使えない、ってな。
本当に、使えない店長だった。
それから俺は、おばちゃんの分も仕事を頑張る事になった。おばちゃんはマジで凄い人だったから、俺もいずれああなりたいと思った。
夜中まで弁当屋でせっせと働くタフネスおばちゃんだった。
俺もここで経験を積みたいと思った。
おばちゃんを見習って。
だから、新人研修も仕事の回し方も全部やった。
皆も頑張ってくれたんだ。
俺の手伝いをたくさんしてくれて。
本当に感謝した。
店長はクソで使えなかったけど、半分くらいは俺の言うことを聞いてくれた。
お陰で遂に俺に出世の話が出た。
大学在学中にも関わらず正社員にならないか、って。
使えない店長の後釜は俺だと思った。
だからますます張り切って、頑張ったんだ。
皆にも励まされて。
俺もやれば出来るんだと自信が着いてきた。
そんな時に事件は起きた。
おばちゃんが辞めて3ヶ月が経った頃だ。
俺はたった1日の休みじゃ取れない疲れを引き摺って出勤すると。
別のおばちゃんに言われたんだ。
役立たずの店長と、
あの子が結婚したらしいって。
俺は一月後、バイトを辞めた。
使えない店長と使えない新人が結婚したらしい。
俺はこの日、胸に刻む社会人メモ100に“虚無”という言葉を刻み込んだ。
だから、俺は口を酸っぱくしてエルに進言する。
中途半端で使えないやつを、雇うなんて断固拒否だ。勿論、俺も仕事に手を抜くつもりはない。
だが、俺の周りがそう思うかは別なんだ。
俺はちゃんと実力で認められて、働きたいし。
駄目ならきちんとお妃教育に挑む。
ダンスもまだ色んな種類があるらしいしなぁ…。
とにかく、誰がなんと言おうと俺の意志は固い。
頑として譲らない俺にエルが放った。
「お前は使える。歴代の異界を渡ってきた番たちも、その知識を活かし、この国に様々な貢献をしてきた。」
「うん?」
「だからお前を指名した。優秀な人材を使わずして遊ばせていられるほど、我が国は腑抜けていない。」
「俺の知識は今の所何もないけど。」
「謙遜するな。お前はあのラッパ小僧を黙らせた。お前のその柔軟な思考と賢い頭脳を我が国に活かしたい。」
ふむ。俺も俺だが、エルもエルだった。
お互い譲れない夫婦になる気配がする。
そして、俺たちはひとつの結論を出した。
ーーー結婚式を遅らせる。
これには大統領の取り巻きも、政界を渡り歩いて歴戦の方々をも大いに驚かせた。
既に準備は至る所で始まっていたのに。
俺たちの無茶振りのせいで、大統領は国民に
“二人の時間を大切にしたい”なんて言って誤魔化していた。
これはこれで恥ずかしかったが、
実は意地の張り合いをしていました。
各位各所の皆様には申し訳ないことをしたが、俺たちは頑固すぎた。
俺とエルは結婚と仕事の両立について、ひとつ条件を出した。
まず、お試しで俺は秘書課で働く。
そこで俺が好調な働きを見せたなら、エルの望み通り秘書をしながら、即時結婚式を取り行う。
だが逆に、俺が使い物にならなければ、俺は即刻寿退社して家でお妃養育に戻る。
何なら俺ひとりでこっそり弁当屋でも開きたい。
それなら誰にも迷惑は掛けないで済むだろ。
「お前は心配性だな、トキアキ。」
「エルは俺に甘すぎるんだよ。」
「だが、見る目は確かだぞ。」
「その話、家でもするのか?」
「いいや。やめておこう。」
仕事の話は無しだ。
代わりに俺たちは、
戯れるように触れ合って眠った。
本当に俺たちの結婚式は大変だった。
『結婚準備ダンドリBOOK☆』
持ってくればよかったな。
せめて池に落ちる前に本屋に行って、結婚マニュアルを買い込んでおくべきだった。
まさかこんなに大変だとは
思いもしなかったんだ。
ーーー世の中の新郎新婦は、凄ぃな。
●
【結婚準備1:お妃教育】
「お妃教育って、男でも要るのかなぁ。」
まぁ言うても語学は大丈夫だった。耳から入ってくる音は日本語だし、秘書になる前からおじいちゃん先生と勉強した甲斐があったから。
あと、それ以外も嫌々ながらなんとかなった。
国内慣習、国内各種行事、国内各種制度、国内祭祀、国内一般行事。
それら全てに於いてが一々、面倒なしきたりや手順、文言があった。
けど、それはまだ良い。
昔から、異文化交流は好きな方だった。
映画も字幕で見ると意外に楽しいと思える派だったから、やる気と慣れが解決してくれた。
というより、やっぱり諦めが肝心だ。
面倒だけど面倒くさがるのを諦めて、やる。
それで慣れれば俺の勝ちなのに。
最後の一つが最大の難関だった。
昔、パートのおばちゃんが言ってた。
ーーーやれば終わるって。
そうだと思う。
けどいくらおばちゃんでも、今の俺に起きてる問題を解決できないと思う。
「はぁ…。」
ダンスって何だろうなぁ。
楽しく無いし面白くないし、もうやりたくないなぁ。
取り敢えず、ワルツだけでも何とかやってみてはいるが...困ったな。ほんとに困ってるんだ。
だって、全然楽しく無いんだ。
楽しくないとやる気がせない。
やる気がないと、覚えるものも覚えられない。
しかも、何が嫌って。
先生が嫌なんだ。
一応、俺は大統領の番だから、全部に於いて一流と言われる先生が着いてくれた。
けどこれまた特徴的な先生で。
やたらとお触りが多い。
いや、お手て握り合って踊るんだからしょうがないんだけど、腰に回された手が何というか、こう。気持ちが騒ついて全然、集中できない。
男の俺がこの人痴漢ですって、言うのか。
というかこれはちかんなのか。
それさえ、俺には分からなくて。
「…はぁ。」
「どうしたんですか、トキさん。」
「あ、ユディール君。」
「先日はどうも、助かりました。お陰でしっかりとおくちに糸を縫えました。」
「それは、良かった。」
「ところで、何かお悩み事ですか?」
「あぁ…ちょっと、どうしたものかと。」
俺の悩みを今度はユディール君が聞いてくれた。
なんとダンスの相手役を買って出てくれたのだ。
「ぇ、なんで、上手いの…?」
ユディール君はダンスがとても上手かった。
それは先生に動きが重いと散々注意された俺が、体が軽くなったと錯覚するほどだった。
「僕も、君と似たような立場なんですよ。こう言うの“覚え”があるんで放っておけません。」
「それはそれは…お互い苦労してますね?」
「ご苦労様です。」
トントン、と踏むステップは軽い。
そうか。少しだけ、楽しさが分かってきた。
これをエルと踊れたなら、もっと楽しかったのかなぁ。
「上手ですよトキさん。」
「ユディール君のお陰だな。」
お陰でそこで監督してる先生もご満悦だし、俺は嫌な気持ちを味わわなくて済む。
「ところで、トキさんの瞳は、黒かと思っていましたが。実はナラ・オークの様に変化するのですね。思わず目を奪われてしまいます。」
胸が合わさりそうな距離でそんなことを言うユディール君に、俺も一瞬ときめいた気がした。
そう言われてみれば、彼も綺麗な顔をしてる。
「そんなに見つめられると、妙な気持ちになりますね。」
腰に回された手はあくまで、そっと添える程度だったが。その視線が悪戯に煌めくのを俺は見逃さなかった。
俺も、退屈しのぎと気分転換に“遊んであげる”事にした。
そうだな…声はそっと。小さく。甘く囁く。
「でも。あんたも俺も夫の居る身だ…そうだろユディール君。」
彼は、一瞬呆けた後にクスクスと笑い始めた。
「トキさん、あなたやりますねぇ。流石の僕も少しドキッとしました。」
「どう?上手いだろっ。」
「大統領が人を近づけない理由がわかりましたね。あんなに真面目そうに学ぶあなたが、そんな風に蠱惑的になれるとは…驚きです。」
「不倫ドラマの定番だろ、俺上手いんだよ。」
あはははは、とからから笑い合っていると。
不意に身体から力が抜けた。
ガクン、と崩れ落ちそうなる俺の体を、慌ててユディール君が支えようとした瞬間、誰かに強く引き寄せられ、ぽすんと抱き止められた。
「ふぇ?」
「何をしている、ユディール。」
その場全て、空気さえも凍り付きそうな声がした。
けど、俺はこの声の主を知っている。
そして残念な事にユディール君も。
「私の“右腕”を返してもらおう。」
「勿論です大統領。」
パッと両手を上げたユディールと、逆に俺の肩を強く抱きしめるエル。
え。なんで。
なんであんたら、俺を取り合ってんの。
と言うか俺、今“遊んでた”の見られたんじゃ。
その晩、俺は、恥ずかしくて消えたくなるほどの夜を過ごした。
「好き」と「もっと」と「気持ちいい」を五万回は繰り返した。いや、嘘だけど。
俺にとってはそれくらい繰り返し、囁いた。
意図せず作った声でもない、本当に甘くて恥ずかしい声でエルの気が済むまで何度も。
何度も囁いた。
その後。
俺はなんとかダンスの課題をクリアした。
相手役には、決まってユディール君を呼んだ。
俺は未来のファーストレディだから、本当はこんな使い方間違ってるんだろうけど、“未来の大統領夫人”という権力をこの時ばかりは、大いに振りかざさせてもらった。
それなのに誰も俺を責めたりしなかった。
執事さんはたまに俺の練習に付き合ってくれたし、メイドさんたちは嫌いな男のあしらい方を教えてくれた。
俺の周りには、ちゃんと俺が頑張ってるのを見てくれている人がいるんだと思った。
俺の味方はこの世界にもいて、それはどんなに心強い事か。
きっと、俺にしか分からない。
感謝で胸が熱くなるこんな思い。
●
【結婚準備2:仕事】
それから数日後だった。
俺はユディール君の推薦もあり、なんと秘書をする事になったが、俺はこれに激怒して反論した。
「何処の国に、身内を秘書にする奴がいるんだよっ、!」
「此処だ。」
「ダメだ、そんなのは間違ってる。それに俺はまだお妃教育が終わってない。」
だってそうだろ。
日本だったら、忖度とか弛んでる、とか言われるんだぞ。
そんなんで良いのか、大統領。
この手のことに関して、俺は一切譲る気は無い。
ガミガミと煩くして、公私混同するなと言ってやる。
何故ここまで頑ななのかって、理由がある。
これは俺の社会人経験で割と最悪の部類に入る新人珍事件、だ。
俺はその昔バイトをしてた。
料理が好きだったから、家から近い弁当屋に行ってた。さっきの面白いおばちゃんのいる会社だったけど、そこで俺はクソ程胸糞悪い目にあった。
信じられるか。
修学旅行で燃えた結果、高校を中退。
働き口にバイトに来たは良いが、何とも働く意思を履き違えている子だった。
俺は頭を抱えながらその子の研修をした。
俺だってバイトだったけど。
当時、頼れるおばちゃんが居た。
俺に仕事はやれば終わるって言ってたおばちゃんだが、そのおばちゃんがとうとうブチギレて会社を辞めたんだ。
店長が使えない、ってな。
本当に、使えない店長だった。
それから俺は、おばちゃんの分も仕事を頑張る事になった。おばちゃんはマジで凄い人だったから、俺もいずれああなりたいと思った。
夜中まで弁当屋でせっせと働くタフネスおばちゃんだった。
俺もここで経験を積みたいと思った。
おばちゃんを見習って。
だから、新人研修も仕事の回し方も全部やった。
皆も頑張ってくれたんだ。
俺の手伝いをたくさんしてくれて。
本当に感謝した。
店長はクソで使えなかったけど、半分くらいは俺の言うことを聞いてくれた。
お陰で遂に俺に出世の話が出た。
大学在学中にも関わらず正社員にならないか、って。
使えない店長の後釜は俺だと思った。
だからますます張り切って、頑張ったんだ。
皆にも励まされて。
俺もやれば出来るんだと自信が着いてきた。
そんな時に事件は起きた。
おばちゃんが辞めて3ヶ月が経った頃だ。
俺はたった1日の休みじゃ取れない疲れを引き摺って出勤すると。
別のおばちゃんに言われたんだ。
役立たずの店長と、
あの子が結婚したらしいって。
俺は一月後、バイトを辞めた。
使えない店長と使えない新人が結婚したらしい。
俺はこの日、胸に刻む社会人メモ100に“虚無”という言葉を刻み込んだ。
だから、俺は口を酸っぱくしてエルに進言する。
中途半端で使えないやつを、雇うなんて断固拒否だ。勿論、俺も仕事に手を抜くつもりはない。
だが、俺の周りがそう思うかは別なんだ。
俺はちゃんと実力で認められて、働きたいし。
駄目ならきちんとお妃教育に挑む。
ダンスもまだ色んな種類があるらしいしなぁ…。
とにかく、誰がなんと言おうと俺の意志は固い。
頑として譲らない俺にエルが放った。
「お前は使える。歴代の異界を渡ってきた番たちも、その知識を活かし、この国に様々な貢献をしてきた。」
「うん?」
「だからお前を指名した。優秀な人材を使わずして遊ばせていられるほど、我が国は腑抜けていない。」
「俺の知識は今の所何もないけど。」
「謙遜するな。お前はあのラッパ小僧を黙らせた。お前のその柔軟な思考と賢い頭脳を我が国に活かしたい。」
ふむ。俺も俺だが、エルもエルだった。
お互い譲れない夫婦になる気配がする。
そして、俺たちはひとつの結論を出した。
ーーー結婚式を遅らせる。
これには大統領の取り巻きも、政界を渡り歩いて歴戦の方々をも大いに驚かせた。
既に準備は至る所で始まっていたのに。
俺たちの無茶振りのせいで、大統領は国民に
“二人の時間を大切にしたい”なんて言って誤魔化していた。
これはこれで恥ずかしかったが、
実は意地の張り合いをしていました。
各位各所の皆様には申し訳ないことをしたが、俺たちは頑固すぎた。
俺とエルは結婚と仕事の両立について、ひとつ条件を出した。
まず、お試しで俺は秘書課で働く。
そこで俺が好調な働きを見せたなら、エルの望み通り秘書をしながら、即時結婚式を取り行う。
だが逆に、俺が使い物にならなければ、俺は即刻寿退社して家でお妃養育に戻る。
何なら俺ひとりでこっそり弁当屋でも開きたい。
それなら誰にも迷惑は掛けないで済むだろ。
「お前は心配性だな、トキアキ。」
「エルは俺に甘すぎるんだよ。」
「だが、見る目は確かだぞ。」
「その話、家でもするのか?」
「いいや。やめておこう。」
仕事の話は無しだ。
代わりに俺たちは、
戯れるように触れ合って眠った。
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