START-UP 天才の"左腕"は魔道義手

mimimi456/都古

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第十一話

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ノックした扉を声を掛けてくぐる。
何時お会いしても緊張を強いられる方だ。

「御足労頂き、申し訳ありません相談役。」

「手間を掛けたのは私の方だと思うが?」

今は殆ど引退され、後進に道を譲られたこの方は今。
臨時職員という様な肩書きに就かれている。
呼び出された時間の間、一般と変わらない賃金が発生するのだが。

申し訳ない事に僕と会うこの時間は、一市民の義務による事情聴取という事になってしまう。

「補佐官殿。」

「その呼び方は元を付けるべきだな、マルロイ。」

視線で促され、彼が作らせたと言うカウンターへ。
ユディール君から聞いてはいたが。
会議室が調理場になり、酒場にもなっていたとは。
実際目にすると、言葉を無くしてしまう変貌ぶりだな。

流石、鬼才の革命家。

「デルモント殿、早速ですが。」

「あぁ。私の不手際で手間を掛けてしまってすまない。」

「それは。お気の毒と言うべきか、こちらも行き届かなかった部分があり私の不徳の致すところでもあり、」

詫びの言葉を途中で、スッと掌を下げて制されてしまった。
やはり叱責されるか、と思ったが。

「私は今や一般市民のひとりだ。"長官"が個人へ謝罪するのは他に取っておきなさい。」

「恐れ入ります。」

そう口にするのが精一杯だった。
デルモント・クイレ。
元・大統領補佐官。現・大統領エルムディン・メ・エリタを育成、僕も目をかけて頂いた。
3歳下の弟ベルモント・クイレは現役で大統領付きの医師をしており、この国随一の医学者でもある。

そして、ユディール君と同じく"彼"を溺愛している節がある。

「すみません、遅くなりました」

噂をすればだな。
と言うか、ここを指定された時点で確信していた程だ。
出来れば僕も一息、頂きたい。

「あれ、長官?」

「お邪魔しています補佐官殿。」

「俺、居ても大丈夫ですか?」

嫌そうな顔で一歩ドアへ後ずさる現・大統領補佐官だが、デルモント殿が鼻で笑って訊ねた。微かに肩が震えている。

「何故そう思う?」

「いや、悪巧みの会議中だと言われても俺は納得出来る空気が出てますよ。」

「そうかっ。」

やはり肩が震えている。

「この建物で、お前が聞いてはならない話なぞ存在しない筈だぞトキ。」

「笑って言われても説得力ありません...それより、何にしますか?」

これが何時ものやり取りなのか。
手慣れた様子で補佐官は手を洗い、パタパタとあちこちの扉を開く。

「温かいものを。」

「長官は、お酒じゃ無い方が良いですよね。ちょっと小腹に溜まる物作ったら食べます?」

「勿論。」

彼は何を作らせても美味い。
ダイナーでも開かせれば僕は、ユディール君を連れて通いたいくらいだ。


「それで、何の悪巧みをされていたんですか。」

「私の生家が下衆な輩の巣窟なっていたようだ。」

「お...っ、と。」

「そこに数日前ニコラス・シルバーが誘拐、監禁された。」

「シルバー?」

「今はロッソだな。魔法魔術研究所のダニエル・ロッソの番だ。」

相槌を打ちながらスタスタと移動した。
調理場は向こうのカウンターにあるようで、何やらまたパタパタと動いている。

「それで、あのお邸ですが。」

「あぁ、これがベルと書き起こした屋敷の地図だが。両親も私も魔術を仕込んだ覚えは無いな。立ち入り禁止と言われた部屋も無く、一応色々な業者を入れて屋敷の品を売り払った時も、二人で全て立ち会った。」

「その時に妙な物が仕込まれたりは。」

「無いな。」

「では、それ以降何か気になった点は?」

ふむ、とカウンターに肘を着く。
すると、様子を見ていた様に彼が声を掛けてきた。

「すみません、どちらか魔力を頂けませんか。」

すっかり失念していたが、彼は魔力を持っていなかった。
では、と僕が手を翳したそれはあっという間にマグカップから湯気を立たせた。

「え、便利これ。」

「私も初めて見たな。」

「これ、ダニエルが作ってくれたんですよ。コップ1杯だけとか皿1枚分だけを温められたら良いなと思って。うわぁ、便利。」

「保温とは違うのか」

「そうですね、保温よりは熱々でやかんで沸かすよりお手軽ですよ。という訳で、デルモントさんにはホットウイスキー。長官にはホットレモンです。あと、キャベツと人参の漬物どうぞ。別のも作るのでこれ食べててください。」

「ふっ、ありがとうトキ。」

「いただきます補佐官殿。」

「どうぞ。」

彼の良いところは気取らない所だな。
元上司に小皿とフォークを配り、中間に深めの皿いっぱいに入った漬物を置く。足りなければここから取って好きなだけ食え、と言うこのスタンスが面白い。

「面白いだろう、アレは。」

「えぇ。少し驚きます。」

「ふっ、遠慮するとバレるぞ。目敏いからな。」

訂正しなくてはならないな。
弟だけでなく、このデルモント殿もあの大統領補佐官殿を溺愛しておられるようだ。

「そう言えば。」

「なにか」

ポリポリとキャベツをつまみ、熱いウイスキーを二度三度と口に含んだ。

「土地管理業者の担当が変わった事がある。」

「何時ごろですか。」

「5年程前か。隣国から少し訳ありの女性が移住してきた頃だ。」

「何か関係が?」

「いや、単に記憶しているだけだ。トキも実験的に私の側に着いていた。それだけなら気にも留めないんだが。私自身の面倒も重なると記憶に残る。」

「職業柄ですか。」

「覚えていて損は無いだろう。」

さっぱりと甘酸っぱいホットレモンは、見た目も明るい。
こんな話の最中だ。少し安らぎをもたらしてくれるな。

「邸はどうなる。」

「もう少し調べて、危険な物を撤去すればお返ししますが。」

「妙な事に使われた邸だからな。」

「手離されるおつもりですか。」

「そうだな。ベルと話してみるが。」

それなら、僕からひとつ提案があるのだが。
今言うのは不謹慎だろうか。
だが、とても良い立地だったな。

「何だ。欲しいのか?」

「すみません、」

「何に使うんだ。ユディールは家に興味なぞ無いだろう。」

「いえ、妻ではなく。野外訓練所として良い立地と構造物だったな、と思いまして。」

「そうか。」

「襲撃に強く、要塞化しても良い。お父上はとても立派な建築士をご存知なのですね。なので、もし手放されるなら検討いただければ幸いです。」

「そうだな、良い案だ。考えておこう。」

ポリポリとまたキャベツを食べて、そろそろグラスが寂しくなってきたあたりで彼が小皿に料理を盛ってきてくれた。

「お待たせしました。ほうれん草とチーズのガレットです。」

「トキ、」

「はい?」

「お前、私の邸欲しいか?」

「えっ、!?いや、家はエルがこだわってて。引退したら建てるからって細かく書いて絵にしてるんですよ。」

「だ、そうだ。マルロイ。」

「なにか?」

「いや。それより、もう一杯貰えるか。」

「同じ物で良いですか?」

「あぁ。」


僕は何か、聞き逃したのだろうか。

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