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第二十六話 仙桃妃
しおりを挟む変だなと、最初に思ったのはパチパチと何かが爆ぜる音がしたからだった。
それから、煙たい事に気付き一瞬で冷たくなる背中に飛び起きた。
「嘘だろ...誰か、!誰か助けて!」
火事だ。こんな監禁部屋じゃ焼け死ぬに決まってるだろ。
どうする。
あれ程シミュレーションした包丁も綿棒もパニック状態の脳みそでは一つも思い出せない。
「誰か、助けてくれ!」
しかし、ここは桃妃宮の奥。
ここへ来られるのは義栄か限られた者だけ。
しかも、更に奥にある山小屋なんぞ誰が気付いて助けに来るんだ。
"死にたく無い...っ、!"
火の手は次第に大きくなり、クローゼットを焼き始めた。特に何も入ってはいないが、せめて時間稼ぎにはなってくれよ。
「か、風があれば火が消える、か!?」
強い風があれば、火を吹き消してくれるかも知れない。
「え、うわっ」
風が何処からともなく吹いた。
明らかに可笑しい所で。
だって窓は閉まってるし、風は俺の直ぐ側から起きた。
というか、俺から出た、?
薄桃色の風が吹いたよな。
しかし、火に風を与えてはいけなかった。
酸素を得た火は更に勢いを増し、時間稼ぎになると思ったクローゼットをあっという間に飲み込んで行った。
パチパチ音に木材が崩れるバキバキ音までが加わっていく。
「違う、ダメだ、!水だ、水!」
桃李はキッチンへと走る。そんなに広い部屋では無い筈なのに、蛇口がひたすらに遠い気分になる。
熱い空気に晒されながら、やっとの思いでたどり着いたが水を汲んで運べる物が無い。
「か、カゴ...いやカゴはダメだ、穴が無いヤツじゃないと。ザルも無いバケツも無い、クッソ無いものばっかだな...!」
八方塞がりな状況は更にパニックを生み、何故、先程風が吹き薄桃色の光を纏っていたのかも気になるが、その内、ガンガン回り出した思考回路はパニックを、加速させた。
「ホース、だ!ホースは無いのか」
あちこちキッチンの扉を開けて見るが、こんな所にホースが有るはずが無い。
だが、炎はこちらへ迫ってくる。
遂に、桃李が寝ていたベッドの端に真っ赤になった炎が噛り付いた。
手と足が震えてもう身動きが取れそうに無い、そう思った。
その時、声がした。
「姫、!無事か、姫!」
男の桃李をたった一人"姫"と呼ぶ人がいる。
そいつの声が扉の外から聞こえる。
「ぎ、えいっ、!義栄!義栄ッ!」
堪えていた涙が、唐突に溢れた。
怖いんだよ。助けてくれ。
けど、最後に見た義栄の瞳は冷たく怒っているようだった。
でも、この声は怒ってる奴の出す声じゃ無いだろ。
「助けて、義栄!火が、部屋の中で燃えてるんだっ、!それと変な風が吹いて、火がデカくなって...」
「慌てるな!近くに水は無いのか!?」
義栄のよく通る声が、はっきりと桃李の鼓膜を震わせる。
「あ、る!でも、火が遠くて水が届かない!」
「いいから桃李、水を出せ!」
出した所でどうなるんだと、込み上げる怒りが桃李を襲う。
「届かないンだよバカ!」
「良いから水を出して願え、願うんだ!」
「なに言って...」
「死にたいのか!さっさと火を消すように願え、桃李!」
正直どうかしてる、と思ってしまった。
お願いするだけで水が火を消すなんて、とんでもない話だ。だが、さっき風が火を消してくれると思った時、この部屋で強い風が吹いたことは間違いない。
でもそんなことあり得ないだろ。
もし、それが間違っているとしたらーーー?
「姫っ、早くしろ!」
扉の向こうから、義栄の脅かすような声が響いてくる。
もう、部屋が保たないのだろうか。
そういえばここは、神の国。
何でも有り有りファンタジー、だろ?
俺は桃のお姫様だ。
ーーーやってやンよ。
「分かったから、叫ぶなバカ虎っ、!」
言うが早いか叫び返しながらキッチンの蛇口を全開に捻る。
飛び出してきた水が跳ね、桃李の顔を濡らすがそれどころではない。
願う。願う。願うんだ。
思わず両手を強く組んで、この国にいる全ての神に願った。
「水があの炎を消してくれます様に...っ、うぇ?」
ただ重力に従い上から下へ落ちてビシビシ跳ねていた筈の水が、ひゅるっと変形した。
もごもごと数秒蠢くと、唸り、形を定め吼えた。
「グォオオ」
それは、水の形をした見上げるほどに大きな虎になった。
一つ大きく吠えるとそれは燃え盛る炎の中へ勢い良く飛んだ。
「姫、無事か!?」
義栄の声がする。
今度は脅かすような声じゃ無い。
外からも、たちまち火が消える様が分かったのだろう。
「大丈夫だ、火は消えたよ!」
そう言いながら、もう一度部屋の中を見渡してみる。
昔、花火をした時に祖父に言われたのだ。
火は種火が残ってれば幾らでも起こせる。
だから消す時はちゃんと確認しろって。
ばあちゃんに怒られるから。
でも結局、花火のゴミがちょっと残ってて怒られたよな。
「多分、種火も無い!」
そう応えると、義栄のホッとしたような声が扉の向こうから聞こえてきた。
「お前が無事で良かった。」
「義栄、」
その表情が見たくて、焼けかかった扉を押すが一向に開く気配がない。
そうだった。
はめ殺しの木が有るせいで内側からは開けられない。
「義栄ここから、出して。」
「あぁ...オレもそうしたいのは、山々なんだが。」
「なんだよ、お前まで監禁するってのかよ!」
そうじゃない、と義栄は言うが火に焼けて、水浸しの部屋でこれ以上何を待てと言うのか。
その答えは、ここに居るはずのない聞き慣れた奴の声で分かった。
「あーーまだそこから出ちゃダメだよ桃李。せっかくチカラが目覚めたんだから、実験しなきゃね!」
「と、もやす...!?」
唯一の親友で、麒麟の片割れで、今は只の頭のおかしなヤツ。
「何でお前が居んだ!こっから出せよバカ。」
「鈴の身体を借りたんだ。お前の仙桃妃としてのチカラが目覚めたって義栄さんから聞いてこうして入れ替わってまでテストしに来たんだよ。」
「嗚呼、そうかよ。」
ありえない、なんてありえない。
何でも有り有りファンタジー世界だが、本当にあり得なさすぎる。
こんな焼けた部屋からは一刻も早く出たい。
何せ、命の危機を感じたのだ。
それを阻む親友は、この瞬間から親友ではなく言い出したら聞かないクソヤローに確定した。
「テストって、何すんだよ。」
「そこに、何か金属は無いかい?」
「あーーーえっと、待って、あるぞ包丁でいいか?」
いいね、と友康が応えてくる。
何がいいのかはさっぱり不明だが、"いい"らしい。
「それでさっきみたいに、願ってみてくれ。例えば、この扉を破る斧とかチェーンソーとか具体的な構造とか仕組みの分かってる奴。」
「チェーンソーの仕組み知ってるか友康?」
「勿論知ってるけど、チェーンソーを造ると動力をどうするか考える必要があるけどどれにする?」
「チェーンソーにはしねぇ。」
結局、桃李が包丁に願ったのは
"よく切れる斧になってくれ"、だった。
強く強く只のお願いする。目を瞑って斧を思い浮かべる。
すると、ふわっと現れた薄桃の光が包丁を纏いみるみるうちに変形していく。
「スゲー。」
語彙力は無いが、素直な感想がぽろっと出てきた。
ひっくり返したり、振ったりしてみたがどこからどう見ても斧が出来上がった。
薄桃色の光はやがて消えたが、ずっしりと重い斧が桃李の手に有る。
「出来たぞ!」
これもしかしてアレか?
パン、と両手を合わせて錬金術を使う金髪の主人公と似たようなチカラを得たのか?
「じゃあそれで、扉を破って見てくれ!」
「おっしゃあ!」
アニメ漫画ありがとう。
ちょっとだけ、気分落ち着いてきた。マジで有難う。
やる気十分に斧を持ち、大きく振りかぶる。
全身全霊をかけてガツンと扉に振り下ろすと、薄い線が入った。
「もう一丁!」
でやぁあ、と気合を入れて立ち向かってみるが。
やはり、斧がつけた傷は微々たるもの。
薄い線が二つに増えた。
「なぁ、この斧ひ弱なんじゃ、」
「違うと思うな。単純に、桃李の腕力の無さだと僕は思うよ。」
桃李の言葉を遮るように、友康が言う。
「何でだよ、日本男子の平均的腕力だぞ!」
「その、日本男子平均的腕力じゃここの木は貫けないって事だよ。流石、天界 高天原。ほら、天界の木だから物凄く硬いんだよ。すっかり忘れたよ、ごめんね桃李?」
「もうヤダ...なんだよソレ。」
ビリビリと痛む手が、友康の言葉で余計痛い。
カミサマ スゴイネ。
「なぁ。この扉を木の何かにしたらいいんじゃね?」
「ああ本当だ!良いね。何にするの?」
「何だろうな。」
「ギターとか良いねぇ。」
まるで欲しいものリストのように友康が言うから、欲しいのか、と桃李が聞くと欲しいと返ってきた。
「でも、詳しく知らないと完璧なギターは出来ないよ桃李?あと、弦は樹じゃ出来、」
「分かってるよ、!聞いただけだっ。」
20数年来の親友は、こんな時でも気心が知れている。
こいつのせいでここから出られないんだけどな。
でも、こいつが居てくれて正直助かった。
「決めた!」
「何にするのさ?」
「うるせ、黙って見とけよ!」
今度は、斧を脇に置きまた両手を組んで願う。
本当は両の掌を合わせて願いたいところだが、この方が気持ちが込めやすいので一先ずは断念しよう。
あとでやってみたい。
"変われ、変われ、変われ、変われ..."
すると、扉はみるみる形を変え
するすると小さくなっていく。
やがてその姿は、豚の貯金箱となった。
「何だコレは?」
扉が縮み、向こうから現れたのはシルバーの刺繍が飾り立てられたガラベイヤを着た義栄だった。
正確にはススや砂やらが付いて薄汚れた衣装の義栄だ。
「メイドイン天界のブタの貯金箱だよ。」
桃李が拾い上げ、手にとって眺めるソレは
どう見てもブタの貯金箱だった。
勿論、木製で可愛らしいピンク色ではなく花柄の飾りも付いてないが木目の綺麗な貯金箱がそこにあった。
案外、良い出来だ。
「無事か姫。」
「ありがと。」
義栄がそっと歩み寄り、桃李の腰を抱き寄せ額へと口付けを落とす。
それは、実に5日ぶりの義栄の温もりで見つめ合う瞳に吸い込まれそうになる。
そのまま重なりそうな甘い口付けの予感がした寸前。
大袈裟な咳払いが現実を知らせた。
「悪いけどまだ二人の世界に入らないでね。」
茶化すように声を掛けてきたのは、俺の悪友だ。
「鈴は?」
「僕と入れ替わって中央区に居るよ。儀式の時以来だ、久しぶり桃李。」
「元気そうだなお前。」
「まぁね。それで、次は土を使って何か作ってくれる?」
「まだやんのかよ。」
そう言いながらも、やるしかない。
やらないと、こいつテコでも動かないんだぞ。
土で手の平サイズの小さなピラミッドとブサイクなスフィンクスを作り、無事に終了した。
「じゃあ、大丈夫そうだし僕は帰るよ。」
ポンッと音がして、ドロンみたいな効果音を付けたくなる煙から鈴が帰ってきたら。
マジでファンタジー。
「桃李さん、ご無事でしたかっ!?」
現れた鈴は、いの一番に桃李の身を案じると全身に隈なく視線を滑らせ、チェックした。
幸い怪我しなかった。
服はひどく汚れてはいるものの、この惨事でよく無傷でいられたなと思う。
「大丈夫だよ、鈴。どこも怪我してない。」
「良かった...、」
「友康はおれの無事より、実験の方が気になってたのに鈴は優しいなぁ。」
手を広げ一周回って見せて、無事だよと告げる。
「あと塩こしょうのメモも。あれ凄く心強かった。本当ありがとう。」
いいえ、と答えながら鈴が涙を浮かべて嬉しそうに微笑んでいた。
美人が泣くのは勿体ないよ、と桃李が言うと桃李さんも美人ですよと返されて曖昧な表情を浮かべてしまったが、
それでまた鈴が笑ってくれたのでまぁ良いやと結論付けた。
「今夜は、オレの部屋へ来い。」
「え、?」
唐突な誘いは不意を突いて桃李の胸を突いた。
「お前が危険な目に合うのは耐えられん。」
「あぁ、そうするよダンナ様。」
また腰を抱かれ腕に抱き込まれたら笑うしか無い。
案外ツンデレだなこいつ。
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