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第二十五話 子守唄

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「桃李さん、元気そうでしたよ。」

「そうか。」

ボソリ、と呟く声に普段のニヤリと笑うような覇気は無い。
ただ喪失感を紛らわせるように、手を握り込んでいる。

桃李が監禁されたのは、桃妃宮の裏の更に奥。森のすぐそばだった。
幸いそ見張りは立っておらず、はめ殺しの木枠扉の下に受け渡し口が有った。
そこから、こっそりと食料を差し入れたが誰かに見られる訳には行かず、手早く立ち去らざるをえなかった。

メモを忍ばせはしたが彼は気付いただろか、と鈴は想いを馳せる。

「どう言うことか説明してくださいますか義栄様。」

有無を言わせず、こちらに何の準備もさせないままあのような小屋に監禁された桃李の代わりに二人きりの義栄の執務室で厳しく鈴が詰め寄っていた。

そこへ、コンコンと扉を叩く音がした。
義栄が左手を上げ鈴へ口を閉じるように促した。

「誰だ。」

扉の向こうで男が名乗り、義栄が入れと言う。
重厚な白とシルバーの彫金細工の扉が開き、入って来た男は義栄唯一の側近常秋じょうしゅう

「遅いぞ。」

「申し訳ありません。ですが例の件、我々の推測通りで間違いないと確証が取れました。既に、首謀者とその手下も数名ですが目星がついています。」

「やはりアイツらだったか。」

クソッ、と忌々しい表情で義栄は机の上の書類を睨みつけたかと思えば、拳を振り下ろし紙の束に叩き付けた。

「義栄様、」

「あぁ。残念だがこの国も一枚岩じゃねぇって事だ。」

叛逆はんぎゃくですか。」

口にするのも憚られる二文字を、鈴は躊躇いもなく言ってのける。
桃李は知らないが国を浄化し底上げする国土たる仙桃妃の存在を、辱めてまで成し遂げたい目的が有るとすれば、それは。


「目的は何だ。オレの失脚か、金か、地位か?」

「端的に申しますと、その全てかと推測されます。」

「そういう事ですか。」

ここ高天原にいる者は皆、神や仙や仏と呼ばれるようなモノから小さな精霊と呼ばれるようなモノまで八百万のモノが存在する。
その中で白珠の国民の殆どは、西に在ってこそ力を発揮する者達が集められている。
十二支で言うと申と酉の流れを汲む者達。

西に在ってこそ力を発揮し、より良く治められる者が白虎の名を冠する。
それは四龍であると天帝がお決めになった。
その妻も仙桃妃ただ一人とすると仰ったが、愛人を持つなとは言われなかった。

故に、姑息な奴らは考えた。
自分達の子を産ませ、政治に噛ませることが出来たら、天帝の意に背かない程度にお飾りの王と妃の完成。


「龍の子を孕もうとは、大層なヤツらだ。」

「今回の仙桃妃様が男と言う点もこの件を後押ししているようです。」

「神の国にあって女しか孕めない訳が無いだろう。そもそもあいつは、天帝と仙桃の力を受け、オレら四龍の宝珠から創られたんだぞ?そんな奴に、本気で敵うと思ってるのか。」

この国民は賢者が多いと桃李に言ったばかりなんだがな。

バルコニーで抱き上げた時の嬉しそうに笑う顔を思い出す。

壁の時計に目をやると時間が迫っていた。
この後、桃李の処分を巡る議会が開かれる。 

「策は練った。頼むぞ鈴、常秋。」
 

ーーーーー


森が近いせいか、虫たちの声が聞こえる。
幸い部屋の中は適温で、蒸し暑くも極めて寒い訳でも無い。
やや硬めのマットレスだが、
なんと言ってもダブルサイズだ。
両手も足も伸ばして寝られる。

小さな窓からは月も見えるし、扉に格子がハマっている状態だとしてもまぁ。リッチな受刑者だな。

桃李は今朝渡された書類を思い出していた。

「マル秘 白珠国マニュアル おれ用」

ぱらりと一通りめくって見ただけだが。
中には確かに、人前でキスをする事は規律違反だと書いてあった筈。
だがアレはあくまで、戒律による規律違反だ。

「んーっと。あぁ、アレだ。」

学校で窓ガラス割って書かされた反省文と罰当番。
法律じゃ無い。
けど、神の国の規則だもんな。

儀式的な要素はやむなし、とかなんとか許容範囲は無いのだろうかと思わなくもない。

それにあの時起きたのは、ブーイングでも悲鳴でも罵声でもなくひたすらに大きな歓声だったと記憶している。

それなのに、
あの時のキスは大罪にあたると言う。

やっぱ、訳わからんな。

「何か、意味がある筈。義栄は宗教は無いって言ってたからあれは風習だった筈なんだ。それで俺を監禁したって事は、人質役とか。俺を利用して脅せるとしたら義栄だけだ 。でも、目的は何だ。」

まだここに来て、1週間も満たない身。
この国の内情がどんなものか殆ど知らない。
ましてや、監禁された状況では外との連絡手段すらない。

「フツーは金か権力ってところか。もしかして、貧しい土地が有るのか。それで俺はやっぱり人質になったのか?」

考えを口に出しては整理していく。
だが誰も意見をくれないままでは、やがて思考も行き止まる。
結局、いくらこの状況を整理しても外で何か起きているか分からなければ戦いようもないのだ。

あれから、ドアの受け渡し口は一向に開いてくれない。
この分では、もう朝まで誰も来る事は無いだろう。

一人で喋り続けるのは、
意外と難しい。
声が耳に響いて余計に虚しくなる。
頭の中で考える方がまだマシだが。

それも、続かない。

一応、脱出計画は練ってみたのだ。

せっかく外に見張りは居ないようだから、やれる事はやろうと思った。

出られそうなのは、目の前の木枠の扉一枚。
窓はあるが小さく、天窓なのでどうしても手が届かない。

木枠を組んであるが、その間には勿論板が嵌めてあった。

「監禁してるくせに、包丁置いとくってあり得ないよな?」

だが、あるのだ。
お陰で玉ねぎを切ってチャーハンを食った。
木枠に嵌った板くらい外せるだろう。
見たところ行けそうだ。
結んで編んで、とかではなく、板に溝を掘って嵌めるタイプだ。
噛み合ってはいるが、板そのものは薄い。

「綿棒よし、布切れよし、多分準備よし。」

これで、木枠の格子も破れる筈。
きちんと、準備までしたのだが一向に試す気力がやってこないのだ。

こんな所で、ひとり閉じ込められているのはゾッとするほど怖く背筋が薄ら寒い。
月も高くなったが眠る気になんてなれなかった。
脱出計画は、もう何度も入念にシミュレーションし尽くした。

飽きた。

代わりに、昔の懐かしい記憶を思い出していた。

あれもまた、
眠れない夜に祖母が教えてくれた事だった。



ーーーーー


「桃李、眠れないの?」

「うん、なんかここがおもたい。」

そう言って、幼い桃李は自分の胸元を小さな右手で押さえて示した。

「... 胸が重たいのね?」

「うん...なんかわるいことがおきる?」

祖母の一瞬の沈黙に桃李の胸は更に不安で、重たい胸が更に重たい気持ちになった。
だが、次の瞬間には祖母は何時ものふんわりした表情を浮かべていた。

「そうだ、おうたを歌わない桃李?」

「いいよ!」

そう言って、祖母が教えてくれたのは子守歌だった。


ねむれ ねむれ やさしいこ

ねむれ ねむれ いとしいこ

かわいい あなたが つちとあそんで
みずと およいで かぜと かける
さむい ときには あたたかい ひにかこまれて
きれいな きんのかざりを つくりましょう

ねむれ ねむれ やさしいこ

ねむれ ねむれ いとしいこ

おきたら あなたは だれにもまけない つよいこ

ーーーーー



「誰にも 負けない 強い子... ...」

教わった子守歌は信じられない程、穏やかな眠気とともに桃李を眠りへと誘いその身はコトリとベットへ倒れた。

ふっ、とゆるい風が薄桃色を纏い桃李の足元に吹く。

柔くゆるく軽く、そうっと降りていた足をベッドに横たえた。 


ーーーーー


「な、にッ!?」

同じ頃義栄が執務室の椅子を立ち上がりざまけたたましく倒した。

「何かありましたか」

議会の最中、時折入る罵声は水を打ったように静まり返った。

声を掛けた常秋の耳にも目にも何かしらの異常事態は見受けられない。
すると、四龍のみが感じられる気配とという事になる。
それはつまり、白珠宮の奥に位置する桃妃宮の更に奥に現在監禁されている、仙桃妃様 天塚桃李に関する緊急事態を示している。

「桃李様ですか、」

「あぁ、今すぐ麒麟を呼べ。桃李が桃妃が目覚めるぞ、!」

「直ちに、」

顔を強張らせた常秋は、バサリと眼前に広げた書類を放置し、麒麟の片割れである鈴を呼びに駆ける。
義栄の表情がかなり緊迫しているようき見える。

仙桃妃の気配が分かるのは、この世界で四人だけ。
どんなに離れていようと、それは分かるのだ。
今頃、他の国にいる兄弟にも彼の変化は伝わっている筈だ。

「議会は一時中断だ。貴様らが監禁している仙桃妃がこの瞬間、緊急事態に陥った。前回はどうなったか知らぬ者は居ないだろう。万が一を覚悟しておけ。天帝より先にオレがお前達を裁く。」


彼らは神に背かない事が絶対条件だった。
だが、今、彼らの行動で仙桃妃が消えようものなら。
それは神の許しの範疇か、会議室はたちまち震えと悲鳴を上げる者で滿ち始めた。



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