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第二十三話 白珠国
しおりを挟む軽やかな鳥の鳴き声で目を覚まし、
優しく入り込む陽の光が桃李に澄み切った朝を伝える。
滑らかで、柔く大きな寝台とふわふわのタオルケットが幸せに満ち満ちた気持ちにさせる。
肩も腰もどこも痛くない。
この身体の全てで四人の相手をした次の日は悲惨だった。
声も出ない起き上がれもしない、足も背中も何もかも最悪。
それがもう一晩経って今朝。
大きく伸びをして、軽く体を逸らしてみる。
「良し。」
「お早いですね、桃李さん。」
「あ、おはよう鈴。」
騰礼の大きな宮殿の奥に作られた建物。
その全てが桃李専用のフロアであり、限られた者しか踏み入る事は出来ない。
それは、他の龍のどの宮殿にもありその全ての建物の名を
桃姫宮と言う。
「いよいよか。」
「はい、騰礼様の国を出て、義栄様の治める西へ向かいます。」
そこで正式に仙桃妃としての桃李をお披露目する事になっている。
大きな式典だ。
「何時に出るの?」
「まだ少し時間がありますよ。それと、四龍の皆様が外でお待ちです。」
「え?なんで。」
「おはよう、が言いたいそうです。可愛いらしい方達ですね。」
昨日、一日部屋に篭って無視したのが効いたな。
散々人の身体をいじくりまわしやがって。
ーーー
「義栄、これ何だよ?」
「ニカブだ。オレの国の装束でお前にはこれを着てもらう。」
誇らしげに衣装を顎で指して説明してくれた。
気分の浮き沈みが激しい男なのかと思ったが、気のせいか。
白無垢を着せようと悪戯して笑う方が本当で。
一昨日、のアイツは本質じゃない?
気を吸わせれば回復する、というのもイマイチピンと来てないんだよなぁ。
「もしかして義栄の国、宗教がある?」
ニカブと聞いて大学の授業を思い出していた。
肌の露出を最低限に抑えた衣装で、目元以外を隠す事が重要だった筈。
「天上に宗教は無いが、それぞれに文化がある。」
鏡台に座る桃李と、横に立つ義栄の視線が鏡越しに合う。
文化がある、とはどう言うことだ。
首を捻る桃李に例えば、と切り出した。
「美しいものは隠せというのがオレの国での言葉だ。」
「何で?」
「オレの国は、賢者が多いがその殆どが美しいものに極端に弱い。特にお前の薄桃色はお前と仙桃だけの貴重な色だ。皆がその唯一の色を見たがる。だから、オレの為にこれを着てくれ。」
そう言われると、どうも否定できないな。
「白無垢の時みたいに、ゴネないのか姫。」
「うるせっ、!」
ニヤニヤ愉快そうに笑う義栄は、何時の間にか奥に引っ込んでいた鈴を呼び付け、
当然のように言い放ち去っていった。
「鈴、コイツを頼んだぜ。」
「ええ、とっておきの美姫にしてみせます。」
その台詞、好きだな。
と言うか、俺を姫って呼ぶな。
ーーーーー
やばい
やばい、やばい。
人が大勢いる!ヤバい!
「桃李さん、もう一度だけ復習しましょう。」
「お、ぅ。」
一行は騰礼の国から無事に義栄の国へ辿り着いた。
国へ入ったその瞬間から人だかりが馬車の一行に歓声を挙げ、手を振っていた。
四龍もそれに応えていた様だが桃李の馬車だけがピッタリとカーテンを閉じ進む。
馬車を降り、手を引いてくれたのも鈴だ。
そして今、義栄の宮殿のバルコニーの端に居る。
これ、バルコニーか?舞台じゃねぇのか?
ちらっと覗き込んだ地上には、地面を覆うほどの人波が出来ていた。
これ程の大人数を見た事がない。
この耳が割れそうな歓声も、段々凶器に思えてきた。
緊張で足が震え、指先は冷たくなっている。
「先ず、ここから仁嶺様のところまで歩きます。」
「OK、そんで、仁嶺と一緒に義栄の所まで行って。」
「そこで、義栄様が民と天帝へ繁栄と平和の言葉を述べられます。」
問題はこの後だ。
「おれが義栄にキスしてパワーアップさせる。」
「ええ、完璧です!」
鈴が、式典の流れを覚えただけで褒めてくれる。
美人に褒められて悪い気はしないし、完璧だと言われれば、本当に今だけは完璧だと信じたい。
「あ、あ、今です!行って桃李さん!」
「えっ、マジ、今!?ちょっと行って来る!」
バルコニーへ出る寸前、鈴が手を握り楽しんでと声を掛けて来た。
いいや、正直楽しんでなんていられないと恐る恐る外へ出ると空が割そうな歓声が沸いて来た。
わぁっ、言う歓声。
中には"桃妃様"叫ぶ声がそれもあちこちから聞こえた。
見える限りの人々が、口々に桃李を見て笑顔を浮かべている。
高揚、興奮、そんな言葉とあと。
とても嬉しそうな人がこんなに沢山いる。
「あぁ。わかったよ、ばーちゃん。じーちゃん。」
今、唐突に理解した。
仙桃妃というのは、この人達を守る役目なのだ。
壮大過ぎる役目だよ。
「桃李、こちらだよ。」
圧倒され拳を握る桃李を仁嶺が呼ぶ声がした。
慌てて、出来る限りの早足で向かうとなんでもない事だよと言う様に微笑んでいる。
「後で、手を振ってあげると良いよ。皆が喜ぶ。」
「やってみる。ありがとう仁嶺。」
式典は、思いの外拍子抜けするほど順調に進んでいく。
そして、もう一つ予想外だった事が。
龍達は、見違える程に王だった。
そこには、意地悪な瞳もシャイな雰囲気も無い。
気品を纏い、毅然とした佇まいと衣装で彼らが国を守り、穢れを祓い戦う男だという事を思い知らされていた。
「オレに惚れたか?」
ハッと気が付くとニヤリ、と口の端を上げこちらを見ている義栄が居た。
「バカ言うな。お前らが、いつになく王様っぽい格好だから驚いただけだ。」
ふっ、と鼻で笑われ、ぼうっと見惚れていた事は隠し通せなかっただろうな。
だが、式典は進行する。
仁嶺の手を離れた桃李は、次の巡りの王へと託される。
その身に纏う黒の衣装は、この国の誇りだ。
美しさと、忠さを併せ持つ国 白珠の国と、そこに住む全ての民への安寧と平和を誓い、義栄がすらすらと、語らいでいく。
民は、王の言葉に耳を澄ませ魂を寄せる。
「四龍 白虎の名の元、仙桃妃と共に白珠の安寧と平和を誓う!」
凛々しく、雄々しく義栄が声を上げる。
おお、と力強い民衆の声が返ってくる。
強く逞しいな。
地上でこれ程までに民と王が結び付いた光景を桃李は知らない。
「我らが天帝より授かりし姫、貴方の民と王に施しを。」
義栄が、この国の王様が突然ふわりと跪いた姿が見えた。
「ぇ...っ。」
「オレに惚れたか、姫。」
その声は、さっきと違う。
揶揄いも艶もない、王様の真摯な問い。
今更誤魔化しても仕方ないだろ。
そんな風に言われて跳ねる鼓動が、多分答えなんだろう。
「そうかもな。」
二人にしか聞こえない小さな声で、義栄がして見せたように、ふわっと地面に膝をつきその頰へ両手を添える。
シルバーの瞳が驚いた様に見開かれ、首を傾げほんの軽く触れるだけのキスをした。
いい気味。
民衆が大きな歓声をあげる中、誰にも聞こえない声で囁いた。
「あんたもおれが好き?」
ニッと笑って言ってやると、腰がグッと引き寄せられた。
「は...むっ、ん...ン。」
喰われそうな程深く口付けられ、舌先が唇をノックする。
ぎこちなく薄く開き、ゆっくりと熱い舌の侵入を許すとざわざわ、とどよめくたくさんの人の声がする。
それでも口付けは続き、歯や上顎を擦られ身体中が恥じらいの熱を持ち始める。
これは儀式だ。
「もう少し耐えろよ、姫。」
こくり、と頷きもう何度目か分からない龍の唾液を飲みこむ。
「ひ...っ、う!」
駆け上がる快楽に思わず逃げ腰になる所を義栄きすかさず引き寄せられ、キツく抱きしめられる。
空いた右手で顎を掴まれた。
腹のナカがもやもやと熱い気配で渦巻いていく。
「ひ、ゃ....ぁ、ア...ふ、むう、ンもうっ、無理ぃ」
じゅるりと吸われていったそれは、龍にとって至高の蜜だが、桃李にとっては腰が砕ける程の快楽を植え付けていく。
だが、民衆は王に抱き上げらればさりと取り払われた桃李のヒジャブを見ていた。
それは美しい薄桃色をみるみる変化させる仙桃妃の姿。
儚い薄桃の瞳と髪が、王の濃い白銀へと変化する時、彼が身に纏っていた黒の衣装までもが眩い蕩る輝きを持つ真珠のドレスへと変化した。
「ゎ、わ...なんだこれっ!すげぇっ。」
その無邪気で、艶っぽい表情を義栄は見ていた。
抱き上げた腕の中で民に手を振り、衣装を摘んで見せて来る。
自分が守る自慢の国と民の全てを見せたかった。
これから1年、ここで夫婦として暮らすのだ。
「義栄...っ、おれこの国気に入った。」
「オレの自慢だからな。」
互いに見つめ合うシルバーの瞳が、どちらともなく近付き
また口付けを交わす。
吊られて湧き上がる歓声に包まれて、この日の式典は
無事に終わった。
ーーーーー
「もう行くのかよ。」
「うん、僕も国の人達が待ってるから。」
「俺もだ。また直ぐに会える。」
耽淵と騰礼が桃李の頭を撫で抱きしめては別れを惜しむと各々の国へと帰っていった。
それに比べてこの男は、まだ踏ん切りが付かない様に見える。
「仁嶺は?」
「寂しいかい桃李。」
「俺が聞いてるんだけど。」
膨れて言い返す桃李に、ふっと仁嶺が微笑む。
「寂しいよ。だけど、私たちはまた直ぐに会えるさ。」
よしよし、と頭を撫で慰めていく。
涙は流さないぞ、と誓った桃李の瞳だがもうそこまで溢れてきていた。
「そんなに涙を溜めて、目が真っ赤になってしまうよ。」
「泣いてない、!」
「ふふ、まだね。」
仁嶺がからかう様に笑い目元へと口付ける。
そのまま耳朶へ唇が迫り甘い言葉を注いで行った。
「四年後、桃李がわたしの妻になってくれる日を楽しみにしているよ。」
甘く鼓膜に響く優しい声は、桃李の胸をとくりと鳴らす。
こいつが1番直ぐに会えないくせに。
「ほら、早く義栄の所へ行きなさい。あれが拗ねてしまうと大変だ。」
ほら、と指差す方向には、確かに機嫌の悪そうな拗ねた様な義栄が居た。
「また、来年の式典で会おう桃李。」
優雅に手を振りながら、仁嶺までもが白珠国を後にした。
残ったのは、この国を守る四龍がひとり義栄とその妻 天塚桃李。そして麒麟の片割れ鈴。
「寂しいか姫?」
「ちょっとだけな。」
「そうか、オレもだ。」
ーーーえ?
開いた口が塞がらないとはこの事か。
思わず顔を二度見して、もう一度確認した。
「義栄、寂しいのか...?」
「あぁ。」
ーーー嘘だ。あり得ない。
義栄がそんなしおらしい事を考えるなんて天変地異だ。
けど、その表情はどこか少しだけ寂しさが窺える。
まさか本当に思ってるのか、と反省しかけた時。
答えが出た。
「また、乱行したかったぜ。」
「ソウデスネ。」
「さ、さぁ、桃李さん!明日は白珠宮の皆様と顔合わせです。
今日は早めに休まれた方が良いのではないでしょうか!
私、地上からバスロマン持ってきたんです!ゆずの香りはお嫌いですか!?」
鈴がめちゃくちゃに捲し立て、心折れかけた桃李を鼓舞している。
これが、今日から一年は続くのか。
桃李の天界での生活が始まる。
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