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第九話 誓いと守護
しおりを挟むあれよあれよと事は進み、
祖父母の行動力に目を剥く程だった。
その間に桃李がしたことと言えば大学に退学願いを出し、
友人たちに「神社を継ぐのに修行してくる」と言い回った。
まぁ、真っ赤な嘘だが。
流石に唯一無二の親友にまでこの手は通じないだろうな。
今日こそ言わないとな。
約束した晴れの日は明日だ。
バイト先には無理を行って辞めさせてもらった。
「お世話になりました。あんま働きすぎるとハゲが進みますよ。」
ナポリタンが美味すぎる小さな飲食店の裏口でバカヤローと、涙ぐんだ店長が背中をバシバシ叩いて送り出してくれた。手には給料袋を握らせて。
帰り道はふらふら遠回りして裏道まで通ってみた。
もう二度と目にすることは出来ない
生まれ育った地を目に焼き付けていたかった。
まさか自分が花から生まれて、四匹の龍の嫁になって、
千年経てば、また赤ん坊になるなんて。
「全く妙な話だな。」
明日には結婚して、また地上に戻る時は千年も後だそうだ。
「ん?」
ふと、通りに目をやると古めかしい骨董屋が目についた。
普段は通りすぎるところだが、
今日を逃せば桃李がもう町を歩くことはない。
明日にはもう地上にすら居ないのだから。
「湯呑み無ぇかな。」
薄暗い店内の扉には「営業中」の札が下がっている。
「すみませーん。」
一応、声を掛けながら入る。
「あーーーーい!!!」
店の奥から強面の図体逞しい男性が現れた。
どうやら、奥は自宅になっているらしい。
「こりゃまた若いお客さんだなぁ。何か探してるのか坊主。」
「あはは、すみません。」
今入ってきた入口には、
ビール会社のもう古く色褪せたポスターが貼ってあった。
「実は、育ててくれた祖父母に親孝行しようと思ったんですけど、何が良いのか。」
「ほーーー偉いなぁ坊主。」
「俺、嫁ぐことになったんです。家を出なきゃいけなくて。それで、っすみません... ...っ、」
「あぁ、良いんだ気にするな。この店に来るやつはみんな勝手にお喋りしちまうのさ。喋って、すっきりして、なんか買っていってくれりゃ俺はそれで構わねぇよ。」
そう言っておじさんは側にあった花瓶を何故か、くるっと反転させた。
「目星は付いてんのかい?」
「はい!湯呑みの出来ればピンクっぽい色で。」
そこまで話して、
おじさんがピタリと動きを止めた。
「あの?」
何か不味いことでも口走っただろうか。
桃李は恐る恐る訊ねてみるとおじさんが口を開いた。
「あんた、天塚神社の子か?」
ギクリ。
首と体が一瞬で固まった。
「あぁー良く参拝によく来られるんですか。」
「いいや、だが。そうか。あんたもしかして"上"に帰るのかい?」
「な、なんのことですか。」
おじさんの言う"上"とは、明らかに意味深だった。
それに、祖父母以外の人間が桃李の事を知っているなんて話は、聞いていない。
戸惑いパニックになってきた。
焦って隠そうとするのに、桃李は呆れるほど嘘が下手くそだった。
「おいおい、心配するな。俺も仙桃妃様の護り手だ。」
「へ?」
「俺だけじゃねぇ他にも何人か居るぞ。この町は合併するまで小さい村だったんだ。神さんのご機嫌伺いが上手で、よく声が聞こえる奴らが集まってたもんでよぉ。」
「そう、なんですか」
「おうよ。もうだいぶ聞こえる奴も減っちまったがな。」
「よ、良かった、」
「上に行くなら好きなの持っていきな。あんたから金は貰えねぇよ。」
「え、駄目です。」
「そうは言ってもなぁ。」
おじさんも頑固者らしい。
客商売なのにそんなタダで持って行かせて良いのか?
けど、俺も譲れない。
自分で働いた金で親孝行がしてみたいのだ。
これだけは譲れない。
「あの、おじさん!」
「おぉ、何だ」
「俺!ここで俺が買える一番高いの買っていくから、お願いがあるんだ!」
ボソボソ呟いた俺の"お願い"を聞いたおじさんがニヤニヤして言う。
「よし!坊主なんて言って悪かったなぁ!お前さん立派な男だ。ちっと待ってろ。」
ニヤニヤ笑う店主は人の懐事情も知っているのか。
このお爺さんが持ってきた品はさっき貰ったばかりの桃李のお給袋の中身を殆ど全部かっさらって行った。
「お前さんの"願い"確かに受け取ったぞ。さーて仕上げだ、手ェ出しな。」
差し出した両手におじさんが裏から持って来た箱が二つ乗せられた。
ひとつは湯呑みだとして、あと一つは何だ。
「あの、こっちのは何がは、いって?え?」
ぶわっと風が吹いた。
舞い上がった風はやがて淡い光を降らし始めた。
「我々、天使の眠りし天塚神社より天上に還りし我らが守護龍の宝珠にして仙桃妃様。」
光が箱に集まってきてる。
「我々はあなたと四龍に誓った。護り育てていくと。そのあなたが今再び、旅立とうとしている。どうか、穢れ多き地上から四龍を御守りください。我々も総意を尽くして地上を護る。それを、あなたに誓う。今代仙桃妃・天塚桃李様。貴方に幸あらんこと末長く御祈り申す。」
光はやがて声と共にゆっくりと消えてしまった。
「こっちは湯呑みで、こっちの細長いのが桃の簪だ仙桃妃様。あんたのばーさんにはこれをやんな。」
「え。」
「湯呑みと一緒にじーさんに頼まれてたんだよ。欠けてるから新しいのを探してくれってな。そんで今のはおまじない、って奴だ。」
「おまじない」
「大した効果は無ぇ。せいぜい躓いて転ばねぇって位だ。」
「ありがとうございますっ、!」
見たことのない景色だった。
綺麗で澄んだ光が舞う言いようも無い美しい景色だった。
「ぁーあー、頼むから泣くのは勘弁してくれ。こちとらあの神社にゃ世話になってるんだ。」
店主の温かすぎる言葉が、じわっと染みる。
「それに大変なのは俺たちじゃねぇ。一番しんどいのは、あんただ姫様。こっちに思い出も友達も居るって言うのに。」
「ふ……っ、う」
"すまねぇなぁ。"
そう言いながら涙を抑えきれずにいる桃李の頭をわしわしと、撫でた。
「あの夫婦が一番力が強ぇ。何より天帝が直接あの夫婦を選んだんだ。だから、俺らみてぇな少しばかりしか力がない奴はよ。お前さんが石ころに躓かないようにとからジュース代の10円玉が転がっていかねぇようにとか、迷子にならねぇようにとか、そんくらいしかしてやれねぇんだわ。」
「そんな、の…知りませんっ、でした」
思えば、小学生の頃友達と側溝の上を歩いて渡ったことがある。
右はドロドロの田んぼで左は川の水が流れる側溝。
"俺だけが落ちなかった。"
そう言えば自動販売機でオレンジジュースを買おうと、祖母に貰った小銭を握りしめて行った時も。
自動販売機の下に小銭が転がって行ったのに、何故か転がってそのまま戻ってきたことがあった。
奥行きはまだ有って、そんな勢いよく転がったわけでも無かったのに。
一つ気が付けばもうあとは次々に思い出される。
涙も声も溢れて止まらなかった。
桃李は桃李が生まれる前から、ずっと。
両親だけでなく、祖父母に、町の人に、
果ては神をも凌ぐ天帝にも。
愛し、育まれ、護られてきた事を知った。
両親が亡くなった時、桃李はまだ幼かったが。
そういえば、沢山の人が桃李を励ましてくれた事を、思い出した。
顔も知らない、どこの誰かも分からなかったが
幼い桃李はそれにとても安堵した。
「なぁ姫様。
付かぬ事を聞くがあんた、彼女は居るかい?」
「いませ、んけどっ、なにか」
自分が生まれた意味、生きる意味それらを肌で感じた桃李。涙が溢れ、感極まっている感動的な心中の最中。
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「なんで、ですか
「いやあ。なんだ。その。なぁ!男に生まれたからにゃ、せめて!童貞卒業してから帰してやりてぇなー、と思ってたんだがよぉ。ま、しょうがねぇわな。」
「え?」
待って。
ビックリして涙引っ込んだわ。
「ぁあ?もしかして聞いてねぇのか姫様。」
「な、なにがですか。」
「あれだ、その!お役目!無事に果たせるといいなぁ!」
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