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僕のお仕事

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オーナーが紐で綴じた沢山の紙の束を差し出す。
ペンと紙と計算機も一緒に。

「リストだテディ。」

こっちの束を見ながら、こっちのリストに載ってない人を書き出して行く。沢山居る。
それが終わると、載ってる人の紙束を計算機で足したり引いたり割ったりして行く。

「うぅ。」

嫌いだぁ、
ペンを握ってじっとしてるなんて、手と足がモゾモゾする。
計算機も嫌ぃ、

オーナーが僕に仕事用のノートを用意してくれた。
やり方を教えてくれて、その通りに書いたら僕でも出来る様になった。

僕はこのノートが無いと何も出来ない。
それにこのノートには、僕の字の間違いを訂正するオーナーの綺麗な字が書いてある。

四角くて見やすくてオーナーみたいな字が、好き。

僕のは丸くてへにゃへにゃしてる。
自分でもよく、ゼロとロクがどっちか分からなくなって嫌になる。
僕はオーナーが任せてくれる仕事は、完璧にやりたい。
オーナーみたいにシュババッて早く出来る様になりたい。
オーナーみたいに間違ったりしない様になりたい。

なのに、書類仕事は難しい事だらけだ。

「それも仕事だテディ。」

「はい、オーナー。」

僕が午前中いっぱい掛けて作ったリストと、計算をオーナーは1時間も掛からずに確認してしまう。

計算機が指にくっ付いてるみたい。

「そろそろヒールには慣れたかな、テディ。」

「はいっ。」

「赤がよく似合ってる。」

「ありがとうございますっ、オーナー。」


そんな風に言われると恥ずかしい。
オーナーは踵の高い靴を僕に履かせる。
綺麗なピンっとしたシワひとつない高価な真っ赤な皮を張った靴。

靴は褒められて当然かも知れないけど、僕はそうとは思えない。
僕はジャガイモみたいに薄汚れていた。
だから、似合うなんて言われてもよく分からないのに。

オーナーが跪いて僕に靴を履かせるから、僕は赤がよく似合う、なんて勘違いをする様になった。
ま、まだ半分くらいは…似合わないと思ってるっ、

でも、オーナーが言うなら。
絶対、そうなんだ。

僕がそう思わなかっても、オーナーは僕に似合うと思ってくれてる。人形はそうあるべきだ。
だから、やっぱり半分くらいは僕にも勘違いする権利がある。

「さて、昼食にしようか。」

「はいっ。」


僕は喜んで返事をした。
はしたない、と言われない程度にヒールを鳴らして席を立つ。

やっと、解放されるっ、

ーーーーー


オーナーは僕に色んなことを教えてくれる。
叱られる事は有るけど、無視したり怒鳴ったり意味の無い事を喚き散らしたりしない。

優しくて…
こんな僕の話にも答えをくれる。

そんなオーナーを見てると、僕がまだ名前を持っていた頃の事を思い出す。
ずっと前の事だ。
オーナーに買われるより、肌を売るよりももっと前のぼくのこと。


ぼくには名前が有った。
よくおぼえてはないけど、あだ名がたしかエッチな言葉になる様な名前で、それでよくからかわれた。

ぼくはなぜだか理由は思い出せないけど、家のドアを開けて外にでたんだ。
町をみて歩いてた。
いっぱいのひとと、いっぱいの音と、いっぱいの道。

気付いたら帰り道が分からなくなっていた。

泣いてるぼくに誰かが帰り道を教えてくれるって、手を引いてくれた。


その後の事と、先生に拾われるまでの事は全く何も覚えていない。

ただ、先生は僕にシワひとつない綺麗な服を着せてくれて、ふかふかのベッドで眠らせてくれた。

だから先生の事が大好きだった。
先生もオーナーみたいに優しくて怒鳴らなくて僕より大きいのに全然怖く無かった。

先生は、僕にものを教えるのが好きみたいで。
僕も先生が近くで喋ってくれるから何でも聞きたがった。

先生は、お医者さまだった。

「先生、」

「何かなジョン。」

その時の僕はジョンと呼ばれていた。
身元不明の男の子だから、ジョン。
僕が女の子だったら、先生はジェーンって呼んだだろうね。

わかりやすいひとだったから。

「首を切ると右と左で死ぬ時間が大きいのはなんで?」

「ーーそうだね、どこか怪我でもしたのかいジョン。」

「ううん。でもどこかで見た気がする。」

「そうか。そうだね。いいかいジョン。」


先生は"心臓"について教えてくれた。
僕の左胸に自分の大きな掌を当てて、ここが心臓だよと教えてくれた。

ーードキドキしたっ、

息がグッと詰まって、急に身体中がビリビリ熱くなって、先生が触る心臓と先生の手のひらの体温が、僕の何かを刺激した。

それが恋だって知ったのは、先生を頼って来る患者さんの女の子を見た時だった。
その顔が蜂蜜いっぱいのパンケーキを食べた時みたいに溶けそうで、その目が先生を見る時だけキラキラしてるのが分かった。


だから、思った。

先生は誰にも渡さない、
先生は僕の恋だ、

僕は先生が好きに読んで良いって言ってくれたお医者さまの本で、性器を見た。

僕のとは違う、おっきな性器。
でも、僕にもとうとうその時が来た、

初めはびっくりした、
白いのが出てて、何か病気なのかって怖くなった
だけど、思い出したんだ。

性器の絵と、妊娠の仕組みを。

これが妊娠になる白い液。
これは、妊娠させる為に出る。
何時でも妊娠させる為に何時でも作られる。

これを女性の持つ卵子と合わせると妊娠出来る。

卵ってどのくらいの大きさなんだろ
本には載ってなかった。
卵は幾つくらい産むんだろう、僕も卵を産んでみたい

そしたら僕と先生と二人で温められるのに。


そんな事を考えてた。
僕、あまり文字が読めなかったから。
きっとあの本に書かれていた事の半分も分かってなかった。

今なら、女性を鶏みたいに卵を産めると勘違いしてた事を白状できる。

でも、精通って言葉は知ってた。

先生も、もしそうなったら言いなさいって言ってくれてた。
だから僕は先生を頼った。

「せんせぇ、」

「またかいジョン…。」

「ひとりじゃ出来ない、せんせぇ、」


先生は、僕が思うよりもあっさり僕の身体に触ってくれたー…。

すごく気持ちよくて、
すごく熱くて、すごくすごくすごく好きだった。

先生が触ってくれる、
先生が僕の性器を触ってる、先生っ、せんせっ、♡

「ジョン、やめなさいっ、」

「いやっ。いやだ、やめないっ。先生のもするっ、」


先生は優しかった。
優しくて甘くてとってもとっても可愛いかった。
僕は先生を誘惑した。

誘惑して、僕は僕の排泄器官を二つ目の性器にした。

「せんせっ、♡先生っ、先生っ、♡」

昼は1階の診療所で患者さんを診る先生を手伝って過ごす。
よく往診にも着いて行ったし、幾つかの処置なら僕にも出来た。

そして夜、僕は疲れ切った先生の頭をそっと抱き締めて平たい胸を寄せる。

先生が教えてくれた"心臓"の音がする。
ドキドキ、ドクドク。
先生は、人体に関してあらゆる事を知っていた。

男の僕を女性の様にイかせ続け快感で翻弄する事も、精液でも小用でも無い液体を撒き散らせる事も、全部っ、先生が教えた。

なのに。
ある日突然、先生は断罪された。

先生が診てた患者さんがひとり死んだ。
枕元には開かれた薬包紙が三つ。

もうどうしようもない、命を擦り減らす様な痛みに甘い蜂蜜を舐めて一時、誤魔化す様な薬だった。
でも、僕は知ってる。
勿論、先生も患者さんも。

蜂蜜は毒にもなる。

1日ひとつ。
どれだけの痛みなのか僕には分からないけど、1日にひとつだけ。
そう先生が決めた。

越えるとどうなるか。
こうなった。
ひとつ確かなのは、患者さんはもう痛みに苦しんでは居ない。

よかったね、と僕は思った。
優しい患者さんだった。
僕なんかに、先生のお手伝いをして偉いねって言ってくれて。
僕なんかに、優しい子だねって声を掛けてくれて。
手まで握ってくれたひとだった。

僕は、全然優しくなんかないっ。

先生を誘惑して、先生がその事を偶に悩んでる事も知ってたのに、それでも付け入る隙を見付けると、先生の頭を抱き締める様な酷い人間なのに。

この人は、僕なんかを偉いねって犬猫でも見るみたいに可愛がってくれてたんだ。

でも、この人の家族は違った。

先生と僕は何度もこの人の家に行った。
戸棚の中のお茶の場所も、とっておきのお菓子を隠す場所も知ってるのに、この人の家族を僕は初めて見た。

先生は責められた。

なんでそんな薬を渡したんだって。
なんできちんと管理しなかったんだって。
先生はお医者さま失格だって、あの人の家族の人が言った。

先生は逮捕された。
僕はまた大切な何かを失った。


ーーーーー



「さて、テディ。」

ハッ、とした。
ごめんなさいオーナー。

ちょっと先生の事を思い出してました。

「今度の依頼だが。」

「はい、厄介っと言うのは何ですか。」

「女だ。」

「はい?」

「男嫌いで女しか寄せ付けないと専らの噂でね。」

「僕は男です、オーナー。」

「そうだな。」

「それじゃ彼女には近付けません。偽装は無しですか?」

「いいや。ロミオとジュリエット哀しき恋をお望みだ。」


それはつまり。
偽装心中。
片方は生き延びて、片方は死ぬ。

「テディ、」

「はい、オーナー。」

「バルコニーの下まで忍び込めるかな。」

「勿論です、オーナー。」


オーナーの言う通り、厄介な客だった。
大体、ひとりでなく心中した様に見せたいなんて変だ。
お陰で僕は、死んだふりをしないといけない。

面白い事に、厄介な依頼をした厄介な客は女性だった。

僕のジュリエットは沢山の女性をその胸に抱き締めるらしい。
優しくそっと。甘い花の様な匂いをさせて。

純潔をジュリエットに捧げたらしい。
そう。だからなに。
僕には関係ない。

でも好きな人を好きじゃない人と心中させるなんて、おかしい事を依頼する。

僕なら、僕ひとりで全部楽しみたいのに。
心臓を途中で止めさせるなんて、変な人達だ。
折角、動いてるのに。

でも、僕は人形だから。
言われた事をやるだけだよ。


ーーーーー

その夜から、オーナーの訓練が始まった。

歩き方は丁度練習してた。
あとは手の振り方、扇子の持ち方、ハンカチの使い方、座り方。

どうやってジュリエットを落とそうか、オーナーに聞いても何時もはっきりした答えは返ってこない。

そのままのテディで十分だ。

オーナーは何時もそう言ってくれる。
そうは言っても、何も特別な事はしていない。
僕は今までの殆どを自分の心のままに振る舞ってきた。

僕は優しい人が好き。
僕は僕を愛してくれる人が好き。
だからするっと、入り込めば相手は僕を好きになってくれる。

例えば、初めの1週間は視界ギリギリに入り込む。
何処までも興味なさげな風を装いながら、毎日同じ髪飾りを着け続ける。
次の1週間は、側をすれ違う。
一本手前の道を目の前で曲がる。
同じ店に入り、目の前を通り過ぎる。
すうっ、と視線を流しながらも決して目が合わない様にする。

それから3日後に漸く向こうが僕を認識したらしく、こちらに視線を向けて来る。

5日後、不意にジュリエットの隣に立つ機会を作る。


「ぁ…っ、すみませんっ、」

軽く肩が振れるかどうかでぶつかってみせる。

「お怪我はありませんかっ、」

「良いのよ。少しも痛くは無かったわ。こちらこそごめんなさいね。」


依頼主の話によると、ジュリエットは買い物と歳下がお好きらしい。彼女は生まれながらに有る余る程のお金を持っている。
お父様とお母様が順調に会社を経営しているお陰で。

はぁ、それより、女の子のコルセットってお辞儀するのも苦しぃ。

頭を下げて謝罪する。
彼女の視界にはこの3週間着け続けた髪飾りが見える筈。

青色。
彼女の好きな色らしい。

テディなら茶色が好きなのになぁ。
今のロミオは、青色が好きって事になってる。

好きな人が好きになってくれるなら、青色も好きになる。

「なにかしら。」

「お花の香りがします…すてきです、いい香りー…」


依頼主の言う通り、本当に花の匂いがした。
美味しそうなパンケーキを思い浮かべる時の様な、蕩けそうな顔をして見せる。

実際には、花の匂いに紛れて思考を鈍らせる物も混ぜられている。
先生が教えてくれなかったら、僕だってこの匂いを花の匂いを混ぜ合わせて作らせた香水、だと思っただろうな。

花だって毒になるし
毒なのに花みたいな甘い匂いのする物も有る。
無臭じゃなくて助かるよ、ジュリエット。

「貴女、お名前は?」

「リリーです、リリー・クリフ。」

「クリフ。初めて聞くお名前ね。」

「ふふっ、そうですね。崖以外無い様な所で育ちましたので…都会は人が沢山でっ、皆さん綺麗で素敵ですっ、」


はぁ。
崖っぷちなのは僕じゃ無い。彼女の方なのに。
オーナーもなんでこんな偽名を用意するんだろ。

でも、リリーは気に入った。
だって僕とジュリエットは、鈴蘭の毒を一緒に煽ったんだから。
彼女は、僕の名前の毒を煽る事にラブロマンスを感じてくれた。

依頼通り、彼女がよく過ごすホテルで指を絡め合って発見される。
結婚もせず働きもせず買い物と女の子を侍らせるお姫様は、世間の一瞬の話題となって風に流れる様に収束した。

新聞の隅に小さく載るだけだった。

目を覚ました時、僕はオーナーが用意してくれた自室に眠っていた。

「おはようテディ。」

「ぉ…、よ、います、ぉ…な、」


上手く声が出なかったけど、言いたい事は伝わった。

「おかえりテディ。無事で良かった。」

ずっしりと重たい腕を持ち上げると、オーナーが覆い被さって抱き締めてくれる。

「ふ、ぅ…っ、うわぁ、」

僕はありったけ泣いた。
ああいうのは好きじゃないんだっ。
なんで服毒なんてさせるの…っ、毒は扱いが難しいのに、

ぎゅううっ、とオーナーにしがみつく。
シャツを涙で濡らしてごめんなさいっ、
でも、もう会えないかもしれないって何処かで何時も覚悟してる。

僕をひとりにしないでっ、

「オーナーぁっ、」

やるなら武器が良い、なんで女の人って毒を使いたがるのっ。

「良くやったテディ。」

「うゎあ…っ、」

「良い子だ。沢山泣きなさいテディ。良くやった。」

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