異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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聖龍軒本店店員 天ヶ瀬ヒカリ

インスタント味噌ラーメン

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「最後は味噌ラーメンです。皆さん、ファリアさん、イリスさん、ダギリさんの周りに集まりください。あっ、ファリアさん、鍋はこの新しいのを使ってくださいね」

味噌ラーメン作る準備が始まった。3度目なので、皆非常に手際がいい。

「あっ、皆さん、味噌ラーメンなんですけど、わたしとしては濃い目の方が美味しいかなって思うので、皆さんで話し合って水の量を決めてください。水少なめ推奨ですよ」

イリスちゃんのテーブルには、ニャティリさん、マリアちゃんがいるが、三人はまずは基本から食べようということで、パッケージの説明書きに書いてある分量と同じ量で作るようだ。
ファリアさんとバルモアさん、ミシェルダさんの王宮三人組は、濃い目の分量で進めている。
醤油ラーメン、塩ラーメンと作ってきているので、敢えてわたしは何も言わなかった。ラーメンを作る後ろでヒソヒソと何かを話し合っているファリアさんとイリスちゃんにも気づいてはいたけれどもそちらについても敢えて何も言わなかった。
お互いのラーメンを少しずつシェアして味の比較をしているのだろう。まぁ、このメンバーでそれを咎める人はいないだろうけど、ファルスカ王国にはシェアという概念自体がないみたいなことを聞いたこともあったから事前相談をしておかないとシェアが成立すらしない可能性があるのかもしれない。文化の違いって面白いなと思う。

さて、程なくして各テーブルで味噌ラーメンが完成する。
第一声はファリアさんだった。

「なんですの、美味しすぎますわ」

目を見開いて感嘆の声をあげるファリアさん。ファリアさんにとって味噌ラーメンは凄く思い入れのあるラーメンなのだというのはわたしも知っていた。だからこそ、ファリアさんが気に入ってくれたら嬉しいなと思っていたが、ファリアさんの第一声でストライクゾーンにバシッっと決まったのを確信できた。

「聖龍軒の味噌ラーメンは、野菜や肉を味噌のスープで炒めることでほんの少し味噌が焦げたような味がするのですけれど、そんなスープの味が好きですの。それがインスタントの味噌ラーメンでは、粉を湯に溶かしただけですのに、まるで本当に味噌を焦がしたような味がするような気がするのですわ。驚くしかありませんわ」

さすがは、ファリアさんの感想だ。味噌ラーメン独特の味とでもいうべきの深さのある味を指して味噌を焦がしたような味と表現しているのだと思うが、言い得て妙だ。言われてみて、インスタントラーメンでこの味噌ラーメン独特の味を表現しているのは、凄いことなのだと思った。子どもの頃から慣れ親しんだ味だからこそ、今まで気が付かなかったが、味噌ラーメンの良いところがインスタントでもしっかりと味わえるからこそ好きなんだろう。それは醤油や塩のインスタントラーメンでも同じだけれど、味噌のインスタントラーメンは顕著かもしれない。

「即席でこの質は驚くしかないな。店の味とは違うが、インスタントラーメンはインスタントラーメンの良さがあるんだよな。うまく言えないが」

ダギリさんが「うんうん。美味いな」といいながらも、ダギリさんにしては長めの感想を呟いていた。

ここにいる異世界の皆は、野営地での食事経験がある人ばかりなので、皆から感想を聞くと、簡単で美味しくてどこでも作れるのにも関わらず、ちゃんと皆が知ってるラーメンができていることにまずは驚いたのだと口を揃えて言っていた。

「ヒカリもさぁ、こんな美味しくて手間いらずのラーメンがあるんだったらさ、早く教えてくれたっていいのに」

感想を聞いたイリスちゃんがそう返してきた。日本の店にも手伝えに来てくれる、ニャティリさん、マリアちゃん、イリスちゃんの三人は特に、インスタントラーメンの存在を今の今まで知らなかったことに不満をぶつけてくる。まぁ、非常に美味しいって話で冗談半分なのは分かっているけど、少しだけカチンときていたわたしは真面目に答えた。

「わたしだって、隠してたわけじゃないんだよ。まかないにインスタントラーメンは変だし、お店だったら美味しいラーメンが出せるのにインスタントラーメンを出すって、それは皆に対しての冒涜じゃん」

ラーメン屋としての矜恃みたいなものだと思う。いくら親しくても聖龍軒で汗水たらして働いてくれている訳だし、そんな皆の前で、インスタントラーメンとかカップラーメンを食べる行為自体が、許せないみたいなセルフジャッジはしていた。
いつでも美味しいラーメンを食べられる環境にいても、インスタントラーメンが無性に食べたくなる時がある。わたしもわたしで、インスタントラーメンに魅力を感じていたのだと思う。それをラーメン屋の娘としてのプライドみたいなものが邪魔して、結果的にわたしは皆にインスタントラーメンを紹介しなかったのだ。

「でもごめん。皆の言う通り、インスタントラーメンってとっても凄い料理なんだって気付かされたよ。わたしたちの国では、インスタントラーメンってズボラ料理ってイメージなんだよね。だから、ラーメン屋の娘のわたしが皆にインスタントラーメンを紹介するってこと自体に抵抗があったんだ」

まぁ良く考えれば、異世界の皆にとっては、ラーメンもインスタントラーメンも異世界の食べ物であり、珍しさで言えばどちらも変わらないのだ。むしろ、インスタントラーメンやカップラーメンの方が、異世界にはない技術が詰まっていて、興味深いのかもしれない。
皆の反応を見て、わたしもちょっと反省していた。

「ヒカリ、我も言い過ぎた。そなたの優しさはここにいる全員が理解している。誰もそなたを責めている訳ではないことは分かってほしい」

ダニアさんの優しい言葉がわたしに投げかけられた。続けてニャティリさんが発言する。

「そうよ、ヒカリ。技術だけあっても、環境や社会に適用できる技術でなければ意味がないのよ。宝の持ち腐れね。だから、新しいことは少しずつ知っていった方がいいのよ」

さらにファリアさんが口を開いた。

「ヒカリさん。わたくしは、聖龍軒の皆さんと接することで、気づいたのです。新しい技術や料理があったとして、それを模倣し、ただ再現するだけでは意味がないのです。その技術が普及している国では、どういう人が住んでいて、人々がどう考え、どのようにその技術を利用しているのか。その料理が、その国の中でどういう立ち位置で、どう親しまれているのか。人や背景を知ることの方が、設計書やレシピを手に入れることよりも大切なのです。そして、ファルスカ王国の民が、その技術や料理を取り入れるには、どうすればいいのか。取り入れることによってどのような影響が出るのか。民のこと、国の未来のことも考える必要があるのです。ヒカリが住む国と、ファルスカ王国とでは、文化も価値観も何もかもが異なります。だからこそ、貴女方と自然な姿で接することは貴女方を理解するために必要なことで、有意義であると考えていますの。これからも貴女の思ったことを思ったままにわたくしたちに見せてください」

ファリアさんは、わたしのことを想って、そしてファルスカ王国の民の未来を考えている。一方のわたしは、日本の技術がファルスカよりも優れていると心の何処かで考えてしまっていて、意図せずファルスカ王国を卑下してしまっていたのかもしれないなと思った。

「ファリアさん、ありがとうございます」

「いいえ、感謝はこちらの方ですわ。貴女方が作るラーメンはどれも美味しいのですもの。貴女方はわたくしに知らないことを教えてくださいます。そんなヒカリや聖龍軒の方たちに出会えたことが、わたくしの最大の幸福ですわ」

ファリアさんの笑顔が眩しい。いつもキラキラしているが、今日は特に輝いて見えた。

「辛気臭くなってしまってごめんなさい。さぁ、ラーメンも食べ終わったことですし、片付けをして午後の部も楽しみましょう」
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