異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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ファルスカ王国王女 ファリア

トッピング

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「さて店主よ、ラーメンはどう食べれば良いのだ?」

割り箸を割って食べる体制に入っていた父上は、仕切り直しと言わんばかりに一旦動きを止めて店主に質問をした。
重い空気がほんの少し和らいでいくのを感じる。皆の関心をラーメンへと引き戻していく、その自然な振る舞いにわたくしは父上の王たる所以を見た気がする。

「麺からでもスープからでもお好きに食べてください。人によってはトッピングを足しますね。味噌ラーメンは挽肉ともやしが乗ってるから、追加トッピングはいらないっちゃいらないですが」

一方の店主も、場の空気に屈することなく、父上に対しても怯む様子が一切ない。

「そうか。では、店主よ。味噌ラーメンに合う、トッピングは何か教えてくれるか」

トッピングと言う言葉はファルスカでは聞き慣れない。かつて、フィーマ帝国に留学した際、市井の人に交じって店で食事をしたことがあるが、その時にトッピングという概念を知った。ファルスカは砂漠地帯という立地もあり、食材そのものが非常に貴重で、品数を増やすということ自体大変だとは聞いていた。決まったメニューに対して決まった分量の食材を使う。仮にファルスカでトッピングという方法をとったとして、人気のある食材に注文が集中し、料理を提供できるだけの食材を担保できなくなる可能性がある。革新的な方法ではあるが、ファルスカで行うにはリスクがある。ましてや、ダンジョン内で行うなど、況んやをやである。

「味噌ラーメンだと、人気があるのは、バター、コーンですね。チャーシューを抜いているから、チャーシューを足すのも良いとは思います」

「そうか。では、バターとコーンをくれるか」

トッピングメニューの豊富さも異常だと言えるだろう。改めて店のメニューに目を通したが、トッピングだけで、1ページ埋まるほどの数がある。
雨が降らず、常に高温なファルスカにおいて、食材を腐らせずに保管するというのが難しい。そのような理由から、長期保存が可能な食材を組合せて料理を提供する店が多い。つまりは、特定の食材の流通量が極めて多くなり、食材が限定的であれば料理で他店との差別化を図るのは困難となる。店と店での競争がなければ、健全に経済が回らない。そのため、わたくしはファルスカの飲食店に新しい料理の開発を促す役割を自ら担っている。わたくしが料理人を王宮に呼ぶようになってから、ファルスカでも料理店を始める王国民が少し増え、競争で生き残るために他店と差別化する工夫を凝らす店も増えてきた。

「はい、分かりました。すぐ用意しますからお待ちください」

そう言って店主は、しゃがみ込むと扉を開けて食材を取り出していた。
出てきたのは、見たことのないほどに形の整ったバターだった。
家畜が数えるほどしかいないファルスカ王国では、乳製品は貴重だ。まずもって、城下の料理店では手に入らないはずだ。王女のわたくしでさえ、乳製品を食べたいときは、数日前には料理長に伝えなければ、食べることができない。他国には酪農が盛んな国もあり、そうした国では容易に手に入る食材ではある。しかし、砂漠地帯という立地と雨が降らない気候の所為もあり、各家庭で家畜を育てるという余裕がない。家畜がいなければ当然、食料品のバリエーションも限られたものになる。そして、料理店で出される料理も代わり映えのない一辺倒なものとなり、調味料の幅もなければ独創的な料理もなかなかにして生まれることはない。強いて言えば、ダンジョン内には様々な資源があるため、冒険者たちがダンジョン内から持ち込む食材があるからこそ、食糧が枯渇せず国として成り立っているという実情がある。また、冒険者として成り上がろうと他国からも様々な人間が流入してくることで、異国の文化や知識も入ってくる。引退した冒険者がファルスカ王国に定住して故郷の料理を提供するようになり、一店が成功すれば我も我もと増えていった。食材が少なくとも、冒険者たちの知識と工夫でファルスカ王国の経済は回ってきた。

「あっ、マリアちゃん。小皿に取り分けて出してあげて」

「はーい」

目の前には見たことのないほどに整ったバターが美しいほどの四角形を保って、小皿に乗っている。まぁ、わたくしも思考の中で饒舌に語ったように、ファルスカ王国の常識において、さも当たり前のようにバターが出てくることは異常なのだ。これだけでも常軌を逸している。
けれども、これで終わりではなかった。
店員は、違う戸棚から円筒状の金属でできていると思われる中身を密閉した容器を出してきて、魔法でも使ったかのようにパカリと容器を開けると中から液体に浸されたトウモロコシの粒を取り出したのだ。

「なんですの、その容器は!どういうことですの!?」

思わずわたくしは声を漏らしていた。
マリアと呼ばれている店員はギクリと強張った表情になり、発言した。

「えっと、これはですね………あはははは」

明らかに誤魔化した。店構えからおかしかったがファルスカ王国にはない異国の先進魔術具か何かが使われているのかもしれない。

「まぁファリアよ、今は落ち着きなさい。このことについては食後に詳しく聞きなさい」
「えっ…あっ、はい父上」

わたくしもかなり動揺してしまった。
店主がコーンと呼んでいたのは、トウモロコシの粒のことだったようだが、当然驚いたのはその正体ではなく、保存状態の良さに対してだ。
トウモロコシは、芯に粒はつけたまま皮やひげも残してなるべく日陰の涼しいところで保存するというのが通例だ。だがしかし、目の前で見たのは、液体に浸けられて粒で出てきたトウモロコシの姿だった。それも美しい黄色で腐っている様子もない。
また、容器の厚みも金・銀・鉄の類であるならば、あまりに薄すぎる。その形や構造も見たことがない。わたくしには何一つ理解のできない、目を疑う事態が事態が起こっていた。

「できれば早目に食べてください。冷めてしまうと美味しくないのでね」

店主は、場の凍りついた様子も気にせず、父上に向かって食事を進めるよう催促していた。父上も席に落ち着いて、ラーメンの中にバターとコーンを入れた。そのまま箸を持つと味噌ラーメンを食べ始めた。

「……素晴らしいな、これは」

父上はその一言だけ発して黙々とラーメンを食していった。

「あぁ店主よ、私の娘にも味噌ラーメンにバターとコーンをトッピングしたものを出してやってくれないか。次は全て食べさせる」

父上は、ラーメンを食している途中で箸を止めて言った。店主と店員も手際良く動き、瞬く間に新しい味噌ラーメンが出来上がっていた。
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