異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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ファルスカ王国王女 ファリア

戦火を交えて

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地下ダンジョンダルゴニア第7階層のラーメン店聖龍軒で、料理屋には似つかわしくない殺意を帯びた空気が漂う。料理店の店主と店員の計三人とファルスカ王国の王女であるわたくしファリアの近衛兵団二十人が、一触即発状態で睨み合っている。

先程、わたくしの近衛兵が店へ突入した際に戦闘となったが、近衛兵たちはことごとく気絶させられ、こちら側に投げ戻されてきた。以降店主側は動く気配がなく、完全に防御の姿勢を示している。
店主も冒険者だ。一筋縄ではいかないだろう。それでも、わたくしが圧倒的に優位であることには違いない。この場で連行できなかったとしても、店主と店主を幇助する者には懸賞金がかけられ、懸賞金をかけられた者は冒険者ギルドからは追放処分となる。わたくしが罪を撤回しない限り、王国の反逆者という扱いになる。そのような誰がどう見ても不利な状況下で、店主・店員はもちろんのこと、周りで見物をしている冒険者たちも店主を捕まえようとする者は一人もおらず、むしろ店主を鼓舞するような発言をしたり、わたくしたちを揶揄してきたりしている。
流石のわたくしも頭にきているのだが、ミシェルダをはじめとした近衛兵たちがわたくし以上に憤っているのが表情から見て取れる。近衛兵たちも、周囲に張り巡らされた封魔術結界で魔術は使えないでいるため、攻めあぐねていた。しかしながら、剣術や体術も王国では抜きん出ている近衛兵たちが手も足も出ないことから、店主たちの強さが伺える。元冒険者であるという情報は聞いていたが、冒険者の中でも上位者であることは間違いがない。

「ファリア様、私に掴まってください」

ミシェルダがそう言うと、近衛兵たちが何かを投げた。そして煙が舞ったかと思うと辺り一面が白くなる。わたくしはミシェルダに布で口と鼻を押さえられていた。
わたくしを護衛する直属の近衛兵たちの統制が取れた動きは、世界一なのではないかと思う。
わたくしが王宮の外に出るにあたり、近衛兵たちと意思疎通を取るための訓練が行われた。その家庭教師がミシェルダであり、わたくしがそこらへんの騎士に負けないだけの護身術を身に着けることができたのもミシェルダのおかげだ。ミシェルダから教わった話だが、魔術が使えない中で、熟練の冒険者たちを打ち負かすために必要なことは、奇襲で不意をつくことと、多人数がまとまりのある隙きのない動きで相手を圧倒することなのだそうだ。だからこそ、守られる側も守る側の意思を汲み取り邪魔をしないことも大事なのだと語っていた。冒険者と戦闘になったのはわたくしも初めてだったが、わたくしの近衛兵たちの動きは惚れ惚れするほど完璧だった。わたくしを守りながら、魔術の使えない状況でも、不意の煙幕で敵を撹乱しながら、全員が全員統制の取れた行動をし、一人に対して集団で襲いかかる。減点対象が何一つない手本となる動きだった。
さて、そろそろ煙もおさまって、店主が捕まっているところが見えてくるだろうと思いながら、瞑っていた目を開いてカウンターの方に目をやった。

「何が起こってますの……どういうことですの……」

目に入ってきた光景に驚愕した。
カウンターの中で立っているのは、店主と店員の3人だけだ。
わたくしの近衛兵たちは全員、気絶して床に倒れている。ただし、流血をしている者も誰一人としていない。

「まだ続けますか。これ以上続けるのでしたら、流石に営業妨害ですので、いくら王女様とはいえ、わたしもそれなりの対応をさせていただきます。今すぐお帰りいただけませんか。」

「無礼者。ファリア様を侮辱し続けるのであればこちらも黙ってはおられぬぞ」

わたくしはあまりの出来事に呆気を取られてされるがままになっていた。わたくしの体は、ミシェルダからバルモアの元に移されていた。
ミシェルダも冷静ではなくなっている。ミシェルダは店主を今すぐにでも斬り伏せようとする気概で背中に挿していた長剣を抜いていた。ミシェルダは基本的には短剣を使って戦う。ミシェルダは、市民を傷つけないためにわざと魔術刻印も入れられていない短剣を使っている。これは、一般に売られているナイフと変わりはない。しかし一方でミシェルダの持つ長剣は、伝説上の生物である聖龍の力が宿されているとされており、剣を握るものは、あらゆる結界の効果や魔術効果を受け付けず、自身には魔力強化と身体能力強化の効果も付加されるという国宝級の代物である。長剣を振るえば相手を殺しかねないのだが、相手はわたくしが最高刑を処した罪人であるからして、この場で殺しても問題はないという状況ではある。しかしながら、ミシェルダが長剣を抜いたということは、本気を出さなければならないだけの強敵ということだ。実際、わたくしもミシェルダが背中の長剣を抜くところを初めて見た。それほど、相手は脅威ということだ。
剣を交えようとミシェルダが動き出した。
電光石火の如く、一瞬の跳躍で一気に間合いを詰める。

と、その瞬間に閃光が走った。

目も眩む激しい光に包まれてバルモアに庇われながら、わたくしは目を瞑った。そして再び目を見開くと、驚きの人物が目の前にいた。

「父上………」

その閃光は、ミシェルダが発したものでも、店主が発したものでもなかった。
わたくしの父、ファルスカ王がそこにいた。
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