異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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ファルスカ王国王女 ファリア

道中

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ファルスカの王宮を出発して、およそ10日が経過した。その間、わたくしは馬車の個室でずっと座るか寝るか読書をするかの生活をしていた。非常に退屈である。
ダンジョン内でわたくしは一切馬車の外に出ることを禁じられていた。ダンジョン内は、凶悪なモンスターも出れば、仕掛けが施された区域もあると聞く。王女であるわたくしの身に危険が降りかかることなどあってはならない訳なので、ダンジョン内での行動制限措置は至極当然のことだ。頭では理解しているが、実際10日も密室の中で過ごすのは苦痛でしかない。

「王女殿下、先遣隊が地下第7階層ギルドダルゴニア支所に到着しました。料理屋聖龍軒の営業も確認しました」

伝令兵が馬車の扉を半分開け、入口にいる侍女に報告していた。
わたくしの乗る馬車の周りに、王国騎士団が前・中・後と各一個中隊ずつ配置され、前方と後方に冒険者からなる傭兵隊が挟むという編成だと聞いている。その列の最先端を成す冒険者からなる先遣隊が、聖龍軒のあるギルドダルゴニア支所に到着したというのだ。
出発の時間差はあるが、わたくしたちも目的地に近づいているようだ。開いたドアから見えた景色は、薄暗い森の中といった雰囲気だった。恐らくわたくしが今いるのは地下第6階層ではないかと思う。今読んでいる『ニャティリの自叙伝』に地下第1階層から地下第12階層までの地理や出現モンスターの解説が事細に記されていたのだが、地下第6階層は通称「闇霧の大森林」と呼ばれ、サーベルウルフ、キラービー、ジャイアントベアー、アイアンキメラクネ、ポイズンフロッグなど比較的凶悪とされるモンスターが生息しており、その名が示しているようにフロア全体が森で、ダルゴニアで最も広大と言っても過言ではない程の敷地面積の上、常に霧がかっていて薄暗いのが特徴だと書かれていた。
話は変わるが、この『ニャティリの自叙伝』がかなり面白い。まずもって、地下ダンジョンダルゴニアの情報が余すところなく書かれている書物は『ニャティリの自叙伝』の他に存在しない。情報は冒険者にとって何よりの財産とされているため、冒険者は基本的に自分の持つ情報を他者にひけらかすことがない。ギルドがその分、冒険者に必要な情報を提供しているのだが、ギルドが提供している基本情報すら書面化されていないため、ダンジョンについて書かれた書物というのがこれまで存在しなかった。冒険者は引退した後に、自身の冒険譚や武勇伝を基に生計を立てることとなる。それに冒険者同士では、情報は金にもなり、交渉事に際しての切札ともなるのだ。冒険者の持つ情報を書物にして広く市井に広めるなど言語道断だとどの国でも暗黙の了解とされてきた。しかし、突如として『ニャティリの自叙伝』がギルドから出版された。公式的にギルドが、暗黙の了解を破ったのである。『ニャティリの自叙伝』が出版されるやいなや、瞬く間に市井にまで広まっていった。
普通であれば冒険者や元冒険者から反発の声が上がっても仕方がないと思うが、この時の冒険者ギルドの対応が素晴らしかったのだ。ギルドは『ニャティリの自叙伝』の売上の一部を、冒険者や元冒険者に配当金として配るようにしたのだ。そして、残る売上の一部は法整備や若手の育成、鍛冶・薬師・魔術師などへの援助、王宮や教会への寄付に当てられたらしい。『ニャティリの自叙伝』はファルスカ王国に情報革命を引き起こし、冒険者の地位向上に寄与するとともに、国力増進にも一役買ったのである。『ニャティリの自叙伝』が郊外の村にまで広まって、『ニャティリの自叙伝』を読みたいがために識字率まで急速に高まったというのだから笑ってしまう。王女のわたくしですら、ニャティリという人物は尊敬に値すると思っている。
そんなニャティリという人物自体は、どうやらエルフ族のようでわたくしのような純血のヒューマンと比べてかなり長生きをしている。その分、自叙伝の内容も非常に濃い。吟遊詩人が謳っているような冒険自慢ではなく、地理やモンスターのこと、魔術や冒険に役立つ豆知識なども詳細に解説されており、実用的でもあった。料理や食材の解説までされている。わたくしは今までにここまで多岐に渡ることを書いた書物は見たことがない。恐ろしい程優れた出版物であることは間違いない。
そんな『ニャティリの自叙伝』で、誰もが疑問に思う箇所がある。それが本の最後のページである。最後のページには、「同志に向けて」と章題だけ書かれて他は何も書かれていない。これが何を意味するかは全く分かっておらず、未完で終わっているが故に、様々な憶測が広まっていると聞いた。最も有力とされているのが、ニャティリは生きておらず、自叙伝の執筆途中で死んでしまったという噂だが、真相は分からない。ダンジョン内の様々な情報は『ニャティリの自叙伝』によって広く市井に伝わったが、自叙伝出版に関わる子細な情報やニャティリという人物については、情報が錯綜しており、王女のわたくしのところにすら信憑性の高い情報は入ってきていないのが実情である。
そんなことはともかく、第7階層の料理屋へ向かう道中の馬車内で、『ニャティリの自叙伝』を読み込んで暇をつぶし、伝令や食事の時間に馬車のドアが空いた時垣間見える景色からわたくしたちの現在地を予測することをささやかな楽しみとして過ごしていた。
窓やカーテンくらい開けて外の景色を見ても良いではないかとわたくしは思うのだが、すれ違う冒険者に王族の命を狙う者がいないとも限らないし、カモフラージュの馬車もいくつか走らせているため、窓の開放すらできないのだそうだ。
しかし、今地下第6階層にいるとなれば、地下第7階層に辿り着くのも時間の問題だ。ついに、憎き店主への復讐を遂げる時間がやってくる。
どんな奴かは知らないが、王女の召集を断った罰を与える時が刻一刻と迫っていた。
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